【No.1475】発達に凸凹がある子が学習するために必要な援助とは
「発達に凸凹がある子はまず凹への援助が中心」
というのが昨日のブログの話でした。
そして気づかれた方もいると思いますが、全体的な認知機能が低下している子、知的障害が重い子に対してはそのように言っていません。
そういった子ども達は現実的な問題として、援助者とともに決まったトレーニングをすることが難しかったり、トレーニングの意味や意図を理解することが難しかったりします。
そうなると特定の発達の課題、未発達の部分を育てることが難しく、できることが「発達全般に良いこと」「子ども、ヒトにとって共通して良いこと」になります。
整理しますと、「発達が遅れている幼い子」「発達に凸と凹がある子」「ある程度、理解する力を持っている子、援助者と共同作業ができる子(大人も含む)」は、凹の部分の苦しさが減るような援助とトレーニングが優先される。
「全体体的な発達の遅れ」「認知機能の遅れ」「トレーニングの意図を理解するのが難しい」「共同作業に困難がある」子の場合は、凹の部分を狭く捉えることも、ポイントを絞ったトレーニングも難しいため、発達全般に良いこと、その中でもできることを行っていくのが現実的な話になります。
ここからは今日の話に移りますが、「発達に遅れや凸凹がある子を集団の中に入れるのはどうか」です。
幼児さんの親御さんからは「一般の保育園、幼稚園に通わせようか。療育施設、児発に通わせようか」と、就学前の親御さんからは「普通級か、支援級か」「支援級か、支援学校か」という悩みを伺います。
そういった親御さん達に共通する考えの一つが「集団の中に入ることで社会性が身につく」になります。
反対に定型の子との関わりを制限することで、小集団になり特定の子しか関わることがなくなることで、「社会性が育ちづらく、身に付きづらくなるのでは?」という点を心配されています。
結論から言えば、定型の子の集団の中に入れても、というか入れるだけでは社会性は育ちません。
育つんだったら、すべての子を普通級、一般の幼稚園&保育園に入れればよいわけです。
定型発達の子ども達のようにはいかないのです。
定型発達の子ども達は、園生活や学校生活、遊びや習い事、日常生活などのあらゆる場面で、自ら試行錯誤を行い、また模倣することで社会性、対人スキルを学習、習得していきます。
しかも子ども達は「さあ、社会性を身に付けよう」「この場面に必要なスキルを学習しよう」などと意識することなく、技能を自らの中に定着させていきます。
一方で発達障害を持つ子ども達といえば、この学習プロセス自体が難しい。
模倣が苦手な子、試行錯誤が難しい子、その事柄の意図を想像したり、注意を向けたり、持続したり、複数ある情報を統合して行う状況判断が難しいといったことがあります。
ですから社会性を育むには「集団か?」「小集団か?」「個別か?」といった環境面よりも、この定型発達のように自然と、無意識に学んでいけない、という点への配慮が重要なのです。
その配慮とは「意識づけ」です。
社会性や対人面のスキルに関しては“意識して”学習する必要があるのです。
「発達のヌケを育てなおす」「未発達の感覚を育てる」とは異なる点だといえます。
意識させるものは、その活動自体かもしれません。
またはその意図や理由だったり、具体的な相手の顔の部位、しぐさ、言動かもしれません。
それは相手の気持ちだったり、自分の気持ちだったりするかもしれません。
あとから振り返る場面を作り、状況判断のもととなる情報を一つずつ確認することも必要かもしれません。
このように挙げていくと大変だと感じられると思いますが、実際大変なのです。
実生活の場面は無限にあり、そこで用いられる具体的なスキルも無限にあります。
ですから、「マイルールでパターンを決める」「一切の関わりを遮断」といったサバイバル術が生まれたり、誤学習によるトラブルが多かったりします。
私達は意識することなく、子ども同士で遊んでいるうちに、集団で過ごしているうちに、社会的なスキルを身に付けてきました。
しかし、模倣や注意、情報の整理統合に課題を持つ人たちにとっては、それを補助するための意識づけやポイントとなる情報に対するフックをつけるような援助が必要だといえます。
「意識することで学習できる」というのが、彼らの学びを援助する私たちが忘れてはいけない視点なのです。
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