2021年10月22日金曜日

【No.1198】親が親になることを妨げるハッタツの世界

いよいよ今度の日曜日は函館蔦屋書店さんでの出版記念講演会です。
函館はホームといえばホームですが、現在は道外の仕事が多くなっていますし、どのような人がいらっしゃるかもわかりません。
例えると、五輪中、東京ドームで主催ゲームをしたスワローズみたいな感じでしょうか。
基本的に函館ではアウェーなのは変わっていませんので(笑)、そういった状況の中でどういった話ができるのか、どういった部分に共感を持ってもらえるか、が個人的な楽しみでもあります。


若いときから比較的、人前で話す機会があったのですが、どうも事前に原稿を作り込むとうまくいかないことが多い気がします。
本来、どんな場であろうとも、事前の準備は大切で一生懸命行う必要があると思うのですが、あらかじめしゃべることを決めておくと、途中で自分が飽きてしまい(ごめんなさい)グダグダになったり、決められた通りしゃべることに意識が向いて窮屈な感じがしてしまいます。
ですから、ある程度、大枠だけは決めておいて、あとは当日の雰囲気でしゃべるようにしています。
やっぱり誰かを前にして行うのですから、綺麗に話すよりも、ライブ感が重要な気がして、また当日ギリギリまで鮮度が良いもの、その瞬間連想したことのほうが面白いと思っています。
ということで、スライドは完成しているので、あとは当日の雰囲気でって感じです。


昨日の続きになりますが、「生まれつきの障害」という言葉が誰かの気持ちをラクにしたり、それ自体が救いになったりするのもわかります。
しかし、それが拡大解釈され、過剰になっていることの弊害が大きくなっていると私は感じています。
端的に言えば、「親の育て方、関わり方によって、予後が変わる」ということが禁句のような扱いになっている点に問題があると考えています。


昨年の第一回目の緊急事態宣言の際、親子で濃密な時間を過ごした家庭が大きな発達、成長が生じたというのは、発達援助の本質的な部分だといえます。
発達障害の子ども達は、既に誕生時、または乳幼児期の初期に発達のヌケや遅れが生じています。
再三申し上げますが、胎児期から2歳前後に生じる課題です。
とすれば、胎児期はそのまま母子の1対1関係ですし、0歳から2歳も中心は近しい人との1対1関係になります。
つまり、最初の対人関係である1対1関係で生じた課題は、やはり1対1関係の中で育つ部分が大きいということになります。
だったら、親御さん、家族の育て方、関わり方で予後が変わるのは当たり前です。


しかし、何故だか、そんな当たり前のことがタブーになっているのが発達障害の世界です。
あれだけ「あの療育施設は良い、悪い」「あの先生はいいけど、あの先生は悪い」などと言っているわりに、「あの親は」とは表だって言わない。
親御さんが相談に行くと、「〇〇ちゃんのためには、療育を増やした方がいい」「あの療育園に行った方が良い」「やっぱり支援学校のほうが伸びますよ」などと言う。
どうして「お母さん、お母さんが頑張ったら、〇〇ちゃんは上手に成長できるよ」と言ってあげないのか。
同年齢の診断を受けていない子でしたら、幼稚園でも、保育園でも、学校でも、当たり前のように家庭での子育てについて指摘されるのに。
もちろん、そういった助言を聞く聞かないは親御さん次第ではありますが、決して「お子さんに習い事させてないから」「学校の担任が悪いから」などとは言わないはずです。
それは子ども時代は、家庭での育ち、家庭の環境が重要なのはみんな、わかっていることだからでしょう。


私も二人の子を持つ親ですが、「お父さん次第で、子どもさんがよりよく伸びますよ」と言われた方が頑張れる気がします。
実際、保育園の先生方からはいろいろな助言を貰い、それが二人の子の子育てに変化をもたらしたと思っています。
もし保育士さんに、「家庭は関係ありませんよ。個性を持って生まれている子どもですから、放っておいても育ちます」と言われたら、とくにお腹を痛めたわけでもない父親ですから、今のように子育てに意識が向いていたかはわかりません。
ここ数年、1歳、2歳、3歳の子ども達の相談が増えているということは、親御さんだって親になって1年、2年、3年しか経っていないわけで、親になって数年しか経っていない親御さんが「生まれつきの障害で、できることは専門家、療育機関に行くこと」と言われれば、親としての成長も、心情の変化も乏しくなってしまうのではないか、と思います。


ある人は「母親脳」と言っていますが、そういった母親脳に変化できなかった親御さんが増えてるような気がします。
年端もいかないうちから、専門機関に通うということは、親子の愛着の面で支障が出るのは自然な流れです。
同時に、特にお母さんは我が子との触れ合いが減ってしまうと、「我が子」という認識が身体的に感じられなくなり、どこか我が子なのによそよそしい感じ、壊れ物に触るかのような感じを漂わせることがあります。


こういった姿は、強度行動障害を持つ子の親御さんと重なる部分です。
赤ちゃんのときからほとんど寝ない、四六時中泣いている、自傷や他害、異食などがひどかった子の親御さんも、当然、関わりたくても関われない状態で、しかもどうしたらよいか分からず、我が子に気を使いながら生活せざるを得ない環境ですので、自分がこの子の母親であるという実感が育たないまま、月日が流れてしまったという場合が往々にしてあります。
施設職員時代、我が子を送ってくるとき、別れに対する感情の変化がまったく見られない親御さんや、我が子から見えないように隠れて、まさに置いていくように去っていた親御さんは少なくありませんでした。
こちらから寮でのお子さんの様子を電話しても、ほとんど興味を示すことなく、一方的な情報伝達のみで終始してしまうこともありました。


発達障害の子を持つ親御さん達の内側には、「家庭の違いで子の予後も変わる」というのは認めたくない心があるのかもしれません。
しかし、実際は親御さん次第で伸びる部分が大いにあります。
もちろん、親御さんにも生活環境の違いやセンスの部分での違いもありますので、みんながみんな、上手な子育てが最初からできるとは思いません。
でも、私も含め、どの親御さんも同じように、子の年齢とともに親としての年齢も重なっていく。
子が1歳なら、親も親になって1歳です。
だからこそ、先輩や専門家から助言を貰いつつ、我が子の親になっていくのだと思います。


それなのに発達障害の世界は、「子どもにとって良いことは専門的な療育、支援を受けさせること」としてしまう。
これだから、愛着形成がうまくいかない子が増えるし、親御さんだって親になる機会が奪われてしまう。
結局、頭でっかちで、支援者のセミプロみたいな親御さんが増えるだけで、発達のヌケは埋まっていかないし、プラスで愛着障害も抱えるようになり、どんどん本来の発達の流れから遠のいてしまう。
私が「もう一度、子育ての領域へ」と主張しているのは、子どもさんだけではなく、親御さんにとってもネガティブな影響が大きくなっているからです。


といったことは、秋の日曜日の午後、おしゃれな蔦屋書店でしゃべれません(笑)
ですから、この場で吐き出してみました。
この道南、函館は今も昔も、生まれつきの障害で、家庭の違い、親の違いによっては差がでませんよ~の地域です。
一度、吐きだせば、満足するので当日は口を滑らせないと思います。
私の本音吐きにお付き合いいただき、誠にありがとうございましたm(__)m




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すでに全国の書店に並んでおります。


10月24日(日)13:30~15:00 函館蔦屋書店2階イベントスペースにて出版記念講演会を開催いたします。ご予約不要で入場は無料ですが、先着30名になっております。詳細は函館蔦屋書店HPよりご確認いただけます。当日、本を購入してくださった方には、特製ミニクリアファイルをプレゼントいたします。


11月6日(土)午後1時よりzoom講演会『コロナ禍のヌケも育て直せる!』で講師を務めさせていただきます。主催は花風社さんです。講演内容やお申し込み方法はこちらをご覧ください。当日リアルタイムで参加できない方は、後日配信も行っております。


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