2020年1月15日水曜日

【No.1003】支援者にグレーを黒に染める力があるのだろうか

関東出張から戻ってくると、年賀状やメールが何通も届いていました。
ほとんどの方が、1回したお会いしたことのないご家族です。
それでも、素敵なお子さんの写真と成長の喜びが綴られていました。


写真をみれば、どのような時間がその子に、そのご家族に流れていたのか、わかります。
その子が綴っている文字は、「勉強も頑張っているよ」「勉強の準備が整ってきたよ」と教えてくれます。
親御さんが綴る我が子の成長を喜ぶ言葉は、あのときの子育ての迷いから吹っ切れ、定まっていった姿を見せてくれます。


そんな中に、目に留まるものがありました。
そこには、まだ発語はないけれども、理解できる言葉が増えたこと。
身体が育ち、自ら主体的に遊んだり、行動できるようになったりしたこと。
身の回りのことや社会のルール、教科学習など、身につくようになったこと、などが葉書いっぱいに綴られていました。


近頃、とても気になるのが、「言葉が出ない」「言葉の遅れ」があると、即、診断や療育を勧められ、また周囲も、「自閉症」「発達障害」などの子として見る傾向がある、という話です。
町の健診で、保健師さんから「一度、専門機関へ」と勧められる。
もちろん、勧めること自体に問題があるわけではありませんが、その言葉の節々に「障害がある」前提なのがプンプン漂っている。
幼稚園や保育園でも、「私達はわからないから、専門の先生のところへ」と言うわりに、我が子だけ、他の子よりもレベルを下げた目標になる、同じ課題、活動をやらない、求められない、という変化がある。


心配しているようで、本当は障害児として事務的に進められている事実に、親御さんは傷つくと言います。
同時に、親として知りたいのは、障害があるなしではなく、その前に、どうやったら育っていくか、私に何ができるか、ということです。
言葉が出ない子、遅れている子を見て、「自閉症では」「発達障害では」というのは、専門家の仕事ではありません。
そんなことは、ネットで検索すれば、瞬時に出てきます。


専門家、いや、お金を貰って仕事している身分なら、最低限、その遅れは、「正常発達の範囲に入るものか、異常といえるものなのか?」を見分けられなければなりません。
また、異常と言えるのなら、その原因、課題の根っこ、どこから発達にズレが生じているのか、も読み解けなければなりませんし、じゃあ、そこからどうやって育てていけば、発達を後押しできるか、も伝えられなければなりません。
更に言えば、どのようなことを、どのくらいの期間やって、いつくらいに、子どもさんの発達がどうなるか、まで伝えて、一人前だと私は思います。


まだまだ、「早く見つけて、少しでも早く診断、療育に繋げる」というのが仕事で、役割だと勘違いしている人達が多くいます。
いくら早く繋がっても、誰も発達の促し方、治し方は教えてくれません。
それよりも、どうやって障害児として生きていくか、適応していくか、支援者が支援しやすい子に育つか、という視点で、グレーが黒になり、黒が真っ黒になるばかりです。


「どうして、診断を受けると、支援と繋がると、子ども達は黒くなっていくのだろうか?」
そこには関わる者の技術的な問題があると思います。
でも、最近、私は技術よりも、その眼差しが、子ども達を黒く染めているのだと考えるようになりました。
その眼差しとは、「諦め」です。


私も支援者の一人です。
私がいくら頑張っても、子どもさんを治すことはできませんし、与えられる影響はほとんどないと言ってよいくらいです。
でも、子ども達は発達し、治っていく。
そこには、子どもの内側にある発達する力が存在しているのだといえます。


同じように、治そうとせず、適応や支援に促そうとする支援者であっても、子どもを黒く染めるだけの力があるのか、影響力があるのか、と思うのです。
もし、支援者がそういった方向へ持っていこうとしても、その子自身の伸びる力が発揮されれば、黒に染まらず、反対に薄まっていく子もいるはずです。
実際、よろしくない支援者、先生と関わった子でも、治っていく子ども達、若者たちは大勢います。
「子ども達は、支援者に染まるほど、やわじゃないし、どの子にも伸びる力がある」
これが現時点での、私の捉えです。


じゃあ、どの子も持っている伸びる力が発揮できないのは?黒く染まっていく子がいるのは?
その答えが、諦めの眼差し。
医師や保健師、保育園の先生や幼稚園の先生、支援者や学校の先生。
その多くの人達が、「障害もその子の個性」「その子に合った学びを」と言いながらも、その目は諦めの目をしている。
誰一人、障害が治ると思っていないし、多分、このまま、支援を受けていく子だな、将来も、支援を受けながら生きていく子だな、と勝手に諦め、子の可能性を限定してしまっている。


その眼差しが態度となって表れ、本当はもう一頑張りすると伸びるところも引いたり、最初からやらせようとしなかったりする。
そういった周囲の態度が積み重なっていくと、育つものも育たず、反対に乏しい刺激が、ますます偏った育ちを増長させていく。
結局、未発達をそのままにし、症状を重くしていくのは、支援者の関わりと言うよりも、発達の機会を奪われたことによるものだと、私は思うようになっています。


発語はないけれども、いろんな発達、成長が見られた子のお母さんは、諦めなかったお母さんです。
諦めの眼差しを痛いほど、感じてきたけれども、「いや、我が子は伸びる」「まだまだ成長できる力がある」と信じ、子育てをされたのです。
その歩みが、お子さんの発達を後押ししていった。


自由自在に動く身体が育てば、主体性と自立心が育っていきます。
主体的に行動できるようになると、意識が刺激に、活動に、その背景に向くようになります。
また、自由自在に動く身体は、脳に余白を生みます。
その余白に、新しい知識、技術が入っていくのです。
「身体が整うと、学習する力が伸びる」というのは、当然だといえます。
身体が整う→余白ができる→新たに学ぶ→理解が高まる&生活がラクになる→さらに余白ができる…のポジティブなサイクルの完成です。
このサイクルが、子どもの今と未来の生活を輝かせる。
それは、言葉が出ること以上に、尊いこと。


素人は、「言葉が出ない」という表面を見ます。
でも、親御さんは、その背景を知ろうとし、どうやったら、そこが育っていくか、私が後押しできるか、を求めています。
そんなとき、親御さんにとって諦めのまなざしは、ただただ迷惑なだけです。
諦めるのは、支援者の勝手。
でも、親御さんの足を引っ張ること、子ども達の発達の機会を奪うことは、やめてほしい。


だって、年賀状にあったお子さんの表情は輝いていて、その字には、親御さんの喜びが溢れていたから。
こういったご家族と出会えたことを、私も心から嬉しく思うのだから。



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【事務連絡】

①関東出張の報告書を、今朝、発送しました。早ければ明日、遅くても明後日にはお手元に届くと思います。報告書に目を通していただき、質問や気になったこと、さらに訊いてみたいことがございましたら、遠慮なく、メールください。何度でもお答えいたします。


②2月22日・23日の関西出張は、現在、スケジュールの調整中です。検討中のご家族も数件ございますが、正式に依頼してくださった方を優先します。今、空いているのが、22日(土)に1家族です。もし、ご希望でしたら、21日(金)伊丹空港到着後、16時頃よりの発達相談も検討することにしますので、お問い合わせください


③3月8日(日)、関東で出張相談を行います。午後は、すでに訪問するご家庭が決まっておりますので、午前でしたら、お受けすることができます。もし、「この機会に」という方がいらっしゃいましたら、お問い合わせください。なお、今回の出張は、3月7日(土)花風社さんの講演会参加に伴って行いますので、函館~羽田の航空券代と宿泊費は、負担していただく費用に含めません。

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