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地域で活躍するカッコいい場所、カッコいい人!

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帰りの車の時計を見ると、「13:32」の表示。 話し始めたのが、11時。 ということは、2時間半も経っていたことに‼ 話をしているときは、時間の流れがまったく気になりませんでした。 昨日はそれくらい面白い話が聞け、また魅力的な人とお話をさせて頂くことができました。 昨日、私は函館市大手町(国際ホテルのすぐそば)にある「函館圏フリースクール すまいる」さんの見学をさせて頂きました。 フリースペースでは、子どもたちが一人ひとりのペースに合わせて、自主的な活動ができる居場所になっていました。 またフリースクールでは、通信制高校のレポート作成のサポートや高校卒業資格習得に向けた支援が行われていました。 函館にある唯一のフリースクールです。 代表の方のお話はとても分かりやすく、また興味深いものばかりでした。 特に『不登校と発達障害』のお話は、思わず前のめりになって聞いてしまうものでした。 「確かに不登校の子どもの中には、発達障害の人もいる。しかし、発達障害だからと言って、必ず不登校になる訳ではない。発達障害が不登校の直接的な要因だとは言えない。学校に通えなくなるというのは、身体も、心も"休み"が必要だということ。それは定型発達の子どもも一緒。学校で嫌なことがあり、それをきっかけに通えなくなる子どももいるが、その前からの蓄積の結果。嫌なことがあったとしても、全員が学校に通えなくなるわけではないのだから」 「すまいる」さんを利用する子どもの半数は、スタッフが何も促していないのに時期が来ると、自分から「学校に行く」といって、再び学校に通い始めるそうです。 やはり心身の休養が必要であり、心身の休養が取れた結果、また自らの意思で歩みだすことができるのだと感じました。 本当は当初5年計画で進めようとしていた事業の展開も、開始から1年半というスピードで事業の広がりがみられるようになっているそうです。 それは地域に必要な資源であり、ニーズが多いことが関係しているのだと思いました。 一人ひとりの学び方やニーズに合わせること。 将来の自立的な生活を目指すこと。 不登校と発達障害の部分は、別々にアプローチすること。 いろいろな学びがあっていいこと やはり"学び"が大切なこと など、対象とする人たちは違ってい...

"忘れられない脳"に対し、支援者は?

「忘れることができる」というのは、本当に素晴らしい能力だと思います。 もし経験したすべての嫌なこと、辛いことを覚えていたら、とてもつらくて毎日過ごすことができなくなる・・・。 人は忘れることによって、前を向くことができるし、次にチャレンジする気持ちを持つことができると思います。 しかし、その「忘れること」が自閉症の人たちは苦手です。 自閉症の人たちの脳は、記憶することが得意な反面、忘れることが難しい、といった特徴を持っています。 ですから、嫌なことや辛かったこと、中には特定の人や事柄に対する恨みをずっと持ち続けている方たちもいます。 将来の自立的な生活や豊かな人生を送るための技能の獲得や勉強、支援は大切だと考えています。 でも、さらに過去のマイナスな経験や感情を断ち切り、乗り越えるためのサポートも同じくらい大切だと考えています。 その支援は、忘れることが苦手な人に「忘れなさい」というような方法ではなく、具体的にどのような方法だと乗り越えていけるか、を本人と共に考え、実践していくような方法で。 周囲の人たちが本人の持つ特別なニーズに気づかず、また合わせた支援を行わなかったことによって生まれるマイナスな感情もあるでしょう。 でも、どんなに周囲の理解が得られ、本人に合った支援を行われてきたと言っても、人生の中で嫌なことや辛いことがまったくなかった、と言える自閉症の人もいないと思います。 ですから、自閉症の人たちが持つ「忘れられない脳」に対する支援を考え、深めていくことが、これからの支援者に求められる力、専門性だと考えています。

障害者福祉で儲けちゃだめですか?

障がいを持った人たちを支援する仕事は儲からない。 ほとんどの組織は、行政の援助だったり、大きな組織の支援だったりを受けている。 個人なら、本業以外の仕事の掛け持ちは当たり前。 「障害者支援=福祉=慈善活動」が一般的な考え!? でも、障がいを持った人たちへのサービスで"儲け"という発想は不謹慎なのかな。 そうなると、障がいを持った人と障がいのない人を区別しているんじゃない。 だって、障がいのない人たちは"儲け"が大前提。 障がいを持った人へのサービスを提供する人たちが、儲けられる仕組みを作りたい。 そうなれば、もっと障がいを持った人たちと関わる人が増えるし、サービスの量や種類が増えていく。 サービスの量や種類が増えれば、次は質が求められてくる。 障がいを持った人たちへの支援も質が重要! 障害者サービスを福祉から一歩踏み出してみたい。 一般的なサービスとは、対象者の数が違うじゃないか、って。 何を言っているの、特別なニーズを持った人たちは私たちの周りにたくさんいますよ。 ただ表に出てないだけ。 ただ与えられるサービスを受け取るしかなく、選びたいサービスがなかっただけ。

「頑張れ」って、何をですか?

「頑張って」「頑張れ」「頑張ろう」など、私たちが誰かを応援したいときの言葉。 声を掛けられた方は、その一言によって気分や行動が変わることがあります。 そのため、その一言で結果まで変わることもあります。 「頑張って」という励ましの言葉は、私たちに力を与えてくれることもあります。 (*中には自分で「頑張っている」と思ってやっているのに、さらに「頑張って」と言われると、気分がマイナスの方に向かう人もいますが・・・)。 しかし、その「頑張って」という言葉の意味が伝わりにくい人たちもいます。 それは自閉症の人たちだと考えられます。 自閉症の人たちの中には、「頑張って」という言葉を受け取ることはできますし、"応援してくれている"という意味もきちんと理解できる人もいます。 でも、その「頑張って」という言葉を受け取ったあと、実際の行動の変化まで起きる人は少なくなります。 その理由は、自閉症の特性でもある「想像力の違い」が関係しています。 自閉症の人たちは、物事の見える部分、確認できる部分に対しての理解は得意ですが、隠れた部分を想像することが苦手なため、結果としてそのような部分の理解が難しくなります。 この「頑張って」の件で言うと、「頑張ることで何がどう変わるか?」「自分にとって"頑張る"とはどういうことか?」などの理解が難しいと言えます。 でも、運動会や発表会、試験などに向かう姿を見たら、思わず「頑張って」と言いたくなりますよね。 そんなとき、どうやって自分の応援したい気持ちを伝えればいいのか? また、良い結果が出るために、声を掛けた相手の行動を変えたいとき、どうしたらいいのか? どちらも「具体的に伝える」ということが良いと思います。 「運動会の徒競走で最後まで走り切れたら、お母さんは嬉しく思うよ」 「ピアノの演奏を聴けることが、先生は楽しみです」 などというように、相手の理解に合わせて、応援する気持ちを誰の、どんな気持ちかをより具体的に表すと伝わりやすくなります。 また良い結果に導きたいのなら、この場合も相手の理解に合わせて、具体的にどんな結果が待っているかを伝えると良いでしょう。 例えば、「水泳の練習が終わったら、アイスを食べに行く」とか、「入試が終わったら、旅行に行こう」などです。 想...

私、どんなことルーティンでやってるかな?

では、何がルーティンで良くて、何がルーティンで悪いのか? そのポイントは、"変化"です。 変化がないものはルーティンでOKです。 例えば、料理を作る手順や自分の部屋の掃除の流れ、家に帰ってきたら手を洗うといった望ましい習慣などです。 反対に変化のあるもの、変化の可能性があるものはルーティンで身につけない方が良いと言えます。 例えば、仕事の手順はルーティンでも良いと思いますが、一日の仕事の流れは日によって異なるので、ルーティン化しない方が良いと思います。 また、人とのやり取りやコミュニケーションなども相手がいて、変化があるものなので同様です。 自閉症の人の中には、一度ルーティンで覚えてしまうと、あとからそのルーティンを変えようとしても、なかなか受けいることができない方もいます。 しかし、ルーティンは自閉症の人たちの強みであり、得意な学び方でもあるので、いつまでも変わらない手順や流れ、望ましい習慣などは、ルーティンで身につけていくことも良いと思います。 ただし教える過程で、支援者の手助け自体がルーティンの一部にならないように気をつける必要はあります。 支援者の手助けがないと、次の手順や流れに移れず、活動自体が途中でできなくなる場合もあるためです。 自閉症の人たちに限らず、私たちもルーティンで物事をやっていることがあります。 今日一日の生活を見返し、どんなことをルーティンで行っていたかを知れば、何がルーティンで身につけて良いのかが分かってくるはずです。 よろしければ一度、お試しを。

ルーティンは強みであり、好みである

自閉症の人たちにとって、ルーティンは強みの一つだと言えます。 ルーティンで活動が行えると、繰り返し、同じ手順で、場所などの状況が変わっても、同じように力を発揮できることにつながります。 場所や人などの状況が変わると、できていたことができなくなるという自閉症の人たちが苦手な部分をルーティンが助けてくれます。 しかし、ルーティンに関して支援者は注意しなければならないことがあります。 それは、どの部分をルーティンに導くか、ということです。 活動や手順によっては、ルーティン化すると望ましくないこともあります。 ですから、何をルーティン化してもらうか、特に新しい活動や手順を教えるときは意識しなければなりません。 ルーティンは自閉症の人たちの強みであると同時に、好みでもあります。 教えられていない内容は、自分なりの捉え方で、次々ルーティンを築いていくことがあります。 自閉症の人たちの強みを生かすためにも、特に新しい活動や手順を教えるときには、事前によく考え、望ましいルーティンを築けるよう導いていくことが大切だと思います。

スケジュールのルーティン化はどの部分?

自閉症の人たちがルーティンで学んだり、活動をしたりすることが得意なことは、よく知られています。 ですから、その得意なルーティンをスケジュールについても活用することが望ましい、と思います。 しかし、気をつけないといけないことがあります。 それは『何をルーティンにするか』ということ。 スケジュールを行うことをルーティン化するのではなく、スケジュールを"確認する"ことをルーティン化します。 時々、スケジュールの順番をルーティン化してしまい、日課の流れに固執してしまっている人を見かけます。 また、スケジュールの場所に行き、スケジュールを処理し、目的の場所に移動するという一連の動作をルーティン化してしまっている人も見かけます。 この場合、自閉症の人たちが得意なルーティン化があまり望ましくない部分に活用されてしまっている、と言えます。 昨日も書きましたように、スケジュールは「やるもの」ではなく、「確認するもの」です。 自閉症の人たちにスケジュールを確認するというルーティンを築いてもらえるようにするには、日課の中に"変化"があることが大切です。 "変化"があることで、スケジュールに注目し、自然と確認する動作が導かれ、反復されます。 反対に言うと、スケジュールがいつもと同じで変わらないのなら、スケジュールに注目しなくなりますし、別の部分でルーティン化してしまう余地が出てきます。 自閉症の人たちは、ルーティン化を好みますので、支援者は先回りし、望ましいルーティン化を導いていけることが大切です。 これはスケジュール以外に関しても同じことが言えます。 スケジュールを確認することをルーティン化することにより、変化があっても、また場所が変わっても、自閉症の人たちが落ち着いて活動が行えることにつながっていく、と私は考えています。