2021年9月2日木曜日

【No.1188】誰でも言えること、言えないこと

日曜日、羽田空港を歩いていると、不快な音声が聞こえてきました。
「公共機関ではマスクをつけましょう」
「4人以下の会食を」
7月の羽田空港では流れていなかったはずなのに、8月お盆くらいからが流れ始めたのかもしれないと思いました。
まあ、見事に誰も聞いていないし、私の他にもノーマスクの人もチラホラ(笑)
飛行機で各地に飛ぶ人達は、空港内にいても、せいぜい2時間くらいなもの。
だから、空港内で働くスタッフが毎日、何時間も会長の声を聴き続け、「私達はどこにも行っていないのに、こんなに利用客がいて」と、ただ分断とストレスを与えているだけで効果は無い、というか、最初から効果なんて狙っていないんだと思います。


夏休みやお正月休み、お盆や連休の前に、「人流を抑える」「ステイホーム」と言うのは、専門家の仕事でしょうか。
言ってくれれば、私が代わりに言ってあげます(笑)
つまり、誰でも言えることを、誰でもできることを行うのは、専門家の仕事、プロの仕事ではないんですね。
また見事に連敗記録を更新した京大の教授は、「みんなに嫌われても、オリンピックを止めるために動けば良かった」とご発言されていました。
「みんなに嫌われても」の部分はご心配なく。
あと、終わったあとなら何とでも言えます。
事前に法則性を見つけ、対策を提言するのが専門家の役目。
オリンピックは都とIOCの契約であり、一般の人がどんなに嫌われようとも、止めることはできない次元の話です。
ということは、結局、8月末の予想(予言)も大幅に外したエクスキューズであり、人々の関心を逸らすためのいつものパターン。


もし会長が本物のプロフェッショナルなら、どうやったら人流を止めずに、以前に近い生活が送れるか、具体的な方法を提示するはずです。
もし数理モデルのプロフェッショナルなら、オリンピックをどうしたらより安全に行えるのか、安心して帰省や旅行、子ども達が夏休みを過ごせるのかを予測を元に提示するはずです。
一言で言えば、「どうすればみんながより幸せになるか」というポジティブな未来を提示するのが専門家の仕事だと思うんです。
しかし、この1年半、出てきた専門家は、主に人々を脅すだけ。
しかも、言いっぱなしで検証も、反省もしない。


あれだけ散々、「二週間後には欧米に」と言っていたんだから、規制を完全撤廃したイギリスや独自の路線を進んだスウェーデンなど、今こそ「二週間後は、東京もロンドンに」と言えばいいのに。
ぼったくり男爵を批判した人も、ぼったくり男爵(いや、お殿様?)だったなんて笑えませんね。
ベッドは確保したけれども、医師や看護師が確保できず、でも補助金は頂戴する。
自分の病院をマネージメントできない人が、1億2千万人の行動をマネージメントなんてできないと思いますよ。


なぜ、今日は長々とプロについて綴ってきたかと申しますと、この頃、出張が終わるたびに思うことがあるからです。
私の事業としては、離れた場所からでもご依頼や仕事をいただけることはありがたく、嬉しいことです。
しかし一方で、それぞれの地域にいる支援者は何しているんだという気持ちもあるのです。
親御さんからしたら、自分の住んでいる地域に頼れる専門家がいれば、そちらのほうが良いに決まっています。
発達相談が終わるたびに、私は「ああすればよかった」「もっとこういう言い方、具体的な方法を伝えればよかった」などといつも反省しっぱなしです。
全国には私がいつも学ばせていただいている実践家、プロフェッショナルの人達がいらっしゃいますし、そのような方々を見れば、私はまだまだ遠く及ばないと思っています。
そんな私なのに、「地元の支援者よりは良い」というのでは困ることなんです。
税金の使い方としてダメでしょ。


国語や算数などの勉強ができない子に、「こんなドリルをやってみては」「塾や家庭教師はどうですか」などの誰でもできるアドバイスや、「この子は無理ですよ」「それより支援学校に」という脅しは、プロとしてどうなんだろうと思います。
それこそ、やっている感だけですよね。
小学校低学年レベルの勉強ができないのは、内容が難しいからではなく、身体が育っていないから。
もっといえば、幼児期の遊び、運動発達をやり切っていないと、勉強ができる準備が整わないし、そんな状態でいくら教え方や環境を工夫してもできるようになるわけはありません。
せいぜい暗記はできるけれども、そのものの意味の理解まではできない。
だから概念学習が出てくる小学校3年生が一番の壁であり、普通級から支援級への転籍が多いのです。


さらに原理原則がわからないと、助言はできないものです。
ヒトは国語の脳、算数の脳があり、そこを刺激し、育てることで書字や計算、読解などができるわけではありません。
ヒトの進化の過程をみれば、動物的な生活を送っていたときに発達させ、使っていた脳の部位を転用して、現代の国語や算数ができるようになっているのです。
眼球運動と計算は脳活動が似ていますし、「道具を使う」が転用して「言葉を使う」になっているのも有名な話です。
また筆を動かす(つまり、書字・描画)と移動の動きはリンクしていて、概念の理解は数唱と繋がっていて、数は指と繋がっている。
現代社会から見れば、知的な活動はそれ相応の脳が進化したから、大脳皮質が大きくなったからと思いがちでしょうが、結局、ホモサピエンス時代で培った脳を現代風に代用しているだけなんです。
ここがわからないと、身体アプローチの意味を単なる療法の一つと勘違いしてしまいます。


アマゾンでは10月8日出版予定で予約が始まっております。
浅見さんから出版のお話を伺ったとき、そして今もですが、自分の仕事がなくなるのが理想です。
これは起業当初から目指しているところで、本来ならこういったサービスはない方が良いに決まっています。
理想は各家庭で、子育てを通して育っていく、治っていくこと。
その次は補助として地域の支援者、専門家がいて、また学校の先生や保育士さんなどが子ども時代は中心に助言したり、親御さんの背中を押してあげ、子ども達が自立していくこと。


発達援助という仕事を考えたとき、目指すは子どもの自立だけではなく、親御さんの自立も後押しできることだと思います。
そして利用したあとは、ポジティブな変化が生じること。
役目を終えたら、きちんと消えてなくなることが理想的な最後の姿です。
このたび、浅見さんと一緒に出版させていただく新刊を読んでくださった方が、「大久保に依頼しようと思っていたけれども、自分でやってみよう」と思い留まり(笑)、行動して頂けることが私にとっても嬉しいことです。
出版がてらっこ塾としての寿命を短くするものになれば、本望です。
やっぱり親子の子育ての中で、自然と治っていく、自立した人生を歩みだしている、社会に飛び立った、というのが一番ですよね!
ちなみに次は、発達障害とは全然関係のない仕事をしたいなと思っております。


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