2021年5月31日月曜日

【No.1168】「われ思うゆえに、そうである」という助言

都知事がまたおかしなことを言い始めました。
今度は、「20時までに仕事を終え、帰宅」の号令です。
なぜ、20時にこだわるのかわかりませんが、というかなぜ、20時で仕事を切り上げることが感染症対策になるのか、教えてほしいものです。
「安全だけれども、安心ではない」などの発言からも、科学的な思考をお持ちではないのでしょうから、単に焦っているだけなのでしょう。
要請に従わないお店は増える一方、外に出る人も増える一方。
グローバルダイニングの裁判でも、ボロが出まくり。
日本は法治国家であり、憲法がある国ですので、「われ思うゆえに、そうである」というのは感情のままにワガママを言っているだけです。
首長にしても、専門家にしても、根拠を示さない我がままっ子ばかり。


私が仕事をしている上でも、この「根拠を示す」ということは大事だと考えています。
しかし、扱っているのが目に見えない「発達」ですので、ここが一番苦労するところでもあります。
まあ、研究者ではないですし、民間企業ですので、結果が出ればすべてOkという想いもあるのですが(笑)
ただそれでもやはり根拠を説明できなければ、「大久保が分かる」=「大久保に頼めば良い」という感じになってしまい、それは宗教であり、ギョーカイがやっていることと同じになってしまいますので、科学的な根拠と合わせて、子どもさんのどういった様子が確認できるから、こうなんです、という説明はしていかないといけないと思っています。


いろいろなところで、医師や支援者からの診断、アセスメント、意見書の類を見せてもらうことがあります。
しかし、笑っちゃうぐらい全国どこでも同じようなことが書かれています。
児童デイのような自動でシートを作成してくれるアプリがあるのかもしれませんが、手書きのモノもあるので、そうではないようです。
全部、昔、私が学生時代に習ったような「見通しを持たせるために予定を事前に伝える」「コミュニケーションが苦手な子は、絵で伝える」「気が散りやすい子は、掲示物を減らす」「多動な子はトランポリン」。
だいたい、こういった決まり文句を接続詞だけ変えておけば、完成です。


こういったマニュアル的な決まり文句が令和になっても生き残っているのは、ギョーカイに知識の更新がないという表れです。
これはコロナ騒動で出てくる人達と同じで、ずっと「未知のウィルス」状態。
ですから、ずっと「脳の機能障害」状態ですね。
「未知のウィルス」ゆえに、緊急事態宣言、お店は時短、収容人数は50%。
同じように「脳の機能障害」ゆえに、生まれつき、治らない、生涯支援。
でも、もう「未知」ではないし、「脳の機能障害」でもない。


あと思うのが、「未知」も、「脳の機能障害」も、その一言だけで、なんも説明していないんですね。
よくあるのが、「どうして、うちの子、不器用なんでしょうか?」「多動なんでしょうか?」「不安が強いのでしょうか?」と親御さんが訪ねると、それは「脳の機能障害だから」「特性だから」「発達障害だから」と専門家、支援者、教員は返してきます。
でも、これはなにも答えていないのと一緒です。
不器用=脳の機能障害とはいえません。
不器用な理由は、体軸の課題かもしれないし、感覚の課題かもしれないし、運動発達のヌケからかもしれないし、栄養不足かもしれないし、経験不足かもしれない。
そこの原因、根っこを捕まえ、説明するのが専門家の仕事です。
「人流を止める」というのはバカでも言えます。
同じように、「脳の機能障害」というのも、バカでも言えます。
バカで言えないことを言うから、お金を頂いて仕事ができるのです。


学校の先生や現場の支援者からも、相談を受けることがあります。
医師の意見書やなんとかセンターの助言や指示などを受けることがあるけれども、言われた通りにやっても全然うまくいかない、と。
そりゃそうです。
だって、書いてあることが視覚支援とか、ご褒美とか、環境調整とか、だけなのですから。
どうして視覚支援が、この子に必要なのか、根拠の部分、もっといえば、「この子」の部分が抜けているのです。
これだったら、発達障害という診断を受けた子なら、誰でもいいよな、というものばかり。
どうして、この子が学校で不安を強く感じているのか、その子の特徴、背景と合わせて、理由が説明されていないので、うまくいくわけないのです。
常日頃、エラソーに言っている有名支援者、医師、大学教授たちも、「なんだ、こんなもんしか書けないのか」と思うことが多々ありますね。
名前だけ変えたコピペ診断書、意見書、アセスメントばっかりです。
この前、行動療法系の支援者が書いたものを見せてもらいましたが、主語を犬に変えても成り立っていて、苦笑いもできませんでしたね。


でも、こういう私も、すべての根拠が説明できているわけではありません。
そしてこの発達という分野は、1対1で原因と結果が成り立っているわけではありません。
一言で、「言葉の遅れ」といっても、その背景は複雑です。
なので、できるだけ多く考えられる理由、背景を挙げていき、その中でも課題の改善に有効だと考えられるものを絞って伝えていく。
その有効性の基準は、「その子が育てようとしているところから育てる」「育てやすいところから育てる」「根っこ(胎児期に近い方)から育てる」です。
私の場合は、この並びで優先順位を付け、助言するようにしています。


さあ、みなさん、お手元にある専門家からもらった資料を見返してみましょう。
その文章の中に、根拠や理由、背景が記され、説明されていますか。
その文章の中に、我が子の姿を感じますか。
その助言、あなたの息子さん、娘さんだけに当てはまりますか。
よく入門書のようなものを読んで、「ああ、うちの子のことが書かれている」と思われる親御さんがいらっしゃいますが、その感覚のまま、専門家・支援者と対峙してはなりませんね。
似ているのは表面に現れる特性であり、その特性からは具体的なアプローチの仕方は組み立てられないのですから。
その子をしっかり見て、いろいろなところを確認して初めて具体的なアプローチが見えてきます。
年齢や環境、成育歴、資質、体験したもの、受け継いだもの…。
そういった個が表れる助言を貰っていますか??
「われ思うゆえに、そうである」という助言は最悪です。




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