【No.1020】「正しく怖がる」までの発達過程

先日、飛行機に乗っていて、ふと思ったのですが、どうしてコロナ感染者の中にCAさんがいないのでしょうかね。
今日だって、中国に向けて飛行機は飛び立ち、中国からの飛行機が到着している。
クルーズ船の乗務員の人達に多く感染者がいたのにも関わらず、全国の空港職員に感染者が出ていない。
つまり、感染者がいないのではなく、検査を受けていない、または症状が重くない、軽症や無症状の人が多くいるのだと思います。


ヒトは、未知のものに対して、不安や恐怖を感じます。
これは知性が発達したヒトゆえの想像力がもたらすものです。
ですから、こういった実態の掴めないものを怖がるのは、ヒトとしての脳が育っている証拠です。
子どもがオバケを怖がるのは、ちゃんと脳が育っているからです。
赤ちゃんは、オバケを怖がりません。


しかし、これが極端に表れると、問題となります。
このたび、よく見聞きする「正しく怖がる」というのができない状態です。
何故、正しく怖がることができないか。
それは、脳と身体、脳と感覚のバランスが崩れているからです。


赤ちゃんは、身体が危険な状態にさらされると、激しく泣いて本能的に訴え、反射によって乗り切ろうとします。
その段階から、身体と脳が発達していき、少しずつ感覚的に危険かどうかがわかるようになります。
この「感覚的にわかる」というのは、身体を通して受け取った刺激に対し行動を起こし、さらにフィードバックを通してわかる(学習)ようになるのです。


乳幼児期の子どもさんは、なんでも口の中に入れますし、危ないと思われるような場所でも、どんどん進んでいきます。
上れるのなら、どんどん高いところまで上っていくのが、この時期のお子さんの特徴です。
まだ「感覚的にわかる」という段階を歩んでいる途中ですから。
そういったいろんな「危ない」を体験し、少しずつ感覚的に、「この辺でやめなきゃまずいな」「ここまではいけるな」という危険認知力を養っていきます。
これは、お母さんに「危ないから、やめなさい」と言葉で教わるのではなく、知識としてストックしていくのではなく、やはり自分の身体を通した体験から磨かれるものだといえます。


そういった意味でも、身体の発達、感覚系の発達は重要になります。
これらが未発達のままですと、身体を使った体験が乏しくなりますし、刺激と行動のフィードバックが限定されたものになってしまいます。
このような未発達が土台にある人達が、「正しく怖がる」ことができずに、頭でっかちで、限られた情報、狭い視野の中で妄想を膨らませ、脳内でどんどん恐怖に苛まれているのだといえます。


私の発達相談でも、幼いお子さんの場合は特に、この「危険の認知」は大事な確認ポイントになります。
だって、ここの育ちは、生命に直結しますし、大人になれば社会に背を向ける人になる可能性を高めますので。
「正しく怖がれない」人は、環境によって、自分が左右されます。
同時に、自分の脳内で膨れ上がった不安に耐えられなくなると、周囲の環境に向かって不安を吐き出し、安定を得ようとします。
自分の脳内で作り上げられた「不安」なのに、その妄想と整合性を取るために、「誰々が悪い」と何かのせいにしたり、周囲に対して同じように怖がることを強要するようになります。


乳幼児期で言えば、ちゃんと反射から体験の段階に進んでいるか、もう少し大きくなれば、体験から感覚を磨けているか、が重要になります。
よく見られるのが、反射を卒業し、体験の段階に進めているんだけれども、動きや感覚に発達の遅れがあり、十分なフィードバックが得られていないお子さんです。
そういったお子さんは、4歳、5歳になっても、危険を感じず、危ないことも平気で行っています。
ある程度、無鉄砲なのは、子どもさんの特徴で自然な姿なのですが、危険を察する場面が“増えていかない”というのは問題になります。


身体や感覚が育つと、急に「怖がるようになった」というお話を親御さんから良く聞きます。
「怖がらない」というのは、これも一つの未発達であり、ヒトは「怖さがわからない(反射)」→「怖さがわかるようになる(感覚)」→「怖いものとそうではないものが区別できるようになる(認知)」→「この程度なら大丈夫。ここからはマズイ(知恵)」という具合に、最終的に正しく怖がるまで発達していきます。
ですから、お子さんが、どういったものに、どれほど怖がるか、または怖がらないか、を確認することも大事な子育てのヒントになります。


私は出張相談を行っていますので、日頃からマスクや風邪薬、除菌セット等の準備は行っています。
ですから、あと数週間分の出張は大丈夫なようになっています。
ビタミンもストックOKですし、出張前後はビタミンCとDを盛ります。
コロナもウィルスの一種ですし、そのウィルスをゼロにすることも、リスクをゼロにすることもできないでしょう。
風邪に治療薬がないのと同じで、全くかからないようにするというよりも、かかっても重症にならないような準備が現実的な手段ではないでしょうか。
ウィルスと共存している我々人類ですので、今回のウィルスとも共存の道しかないのだと思います。


自分の身体を基準にしたリスクを想像し、それに見合った対策を取る。
それが人類の知恵ですし、人類の生存戦略です。
一定数リスクにさらされ、命を落とすことを前提とした他の生物とは選択が異なるのですから。
そのための余白を持って生まれた脳ですし、ヒトがヒトを長期間にわたって育てていく意味だといえます。


人生100年時代を生きる子ども達なので、今後も同じようなことがあるでしょう。
そのときの備え、親としてできることが、「正しく怖がる」段階まで発達を後押ししていくことだといえます。
危険を危険と感じるところから。
それには、危険を体験する身体と感覚の育ちが必要です。


発達障害を治している人達、子ども達は、こういったときに真価を発揮します。
将来、自立して生きていく姿の中には、このような危険の認知、発達も含まれるのです。
不測の事態だからこそ、見えてくる我が子の課題もあるはずですので、この機会を活かすくらいの気持ちでお子さんと関わってもらえれば、と思います。

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