詳細な記憶から曖昧な記憶への発達

記憶するのが得意な子がいました。
特に自分の興味関心のある分野に関しては。
幼いときから携わっていた支援者たちは、「将来は、〇〇系の大学に進んだらいい」「〇〇の研究者になって生きていくのがいい」などと、あたかも既に進路が決まったかのように言ってきたのでした。


でも、その子が進んだのは特別支援、そして福祉の道。
あれだけみんなで「大学大学」と言っていたのに、大学を受験する資格すら得ることができませんでした。
ただ詳細に記憶できたとしても、それだけでは大学生になれませんし、そもそも「詳細に記憶する」というのは、記憶の発達段階で言えば、最初の方なのです。


高校くらいまででしたら、詳細に記憶する力は武器になります。
これから試験の形式、求められるものもどんどん変わってくるでしょうが、現行の大学入試はより多くの知識を正確に記憶していることが有利だといえます。
しかし、大学に入ってからは別でと言いますか、大学以降、社会人になれば、ただ正確に記憶しているだけではより良い学びはできませんし、知識の分量よりも、それを基に何を考え、何を発想するかにポイントが置かれるようになります。


一般の学生でも入学後戸惑うのですから、大学に進学する、また進路として目指し始めた若者たちにはこういった違いを事前に説明することが大事だと考えています。
また同時に私の中では、詳細に記憶する段階から曖昧に記憶する段階へと発達を促していくことも大事だと考えています。


小さな子は、どんどん新しいことを記憶していきます。
まだたどたどしい言葉しか出ないような時期に、物や人の名前を覚えたり、歌を覚えて口ずさんだりする。
そんな姿を見て、「うちの子は天才かも」と思うのが、親の性。
そして年齢が上がっていくと、「どうしてこんなことも覚えられないの」「どうしてこんな点数なの」と言われるのが日常になり、記憶することに苦労するようになる。
でも、これは子どもの頭が柔らかくて、年を取るごとに固くなるからではなく、記憶の発達。
脳が成熟していけば、詳細に記憶するから、曖昧に記憶するへと発達していくのが自然なのです。


曖昧に記憶するというのは、ヒトに見られる特徴です。
他の動物は、詳細に記憶します。
それは写真で切り取ったように。
でも、写真で切り取ったように記憶するというのは、応用しづらい。
背景や場所、物が変わると、別の情報として捉えてしまいます。
ですから、詳細な記憶とは応用が利かないもの。
幼い子がどんどん記憶していくのは、他の動物のような詳細に記憶するという脳の発達段階であるという意味だと私は捉えています。


大学は専門バカが集まるところではありません。
私も15年くらい前は大学生でしたが、関わっている学生さんや大学の様子を見聞きすると、講義の風景も、求められる学生像、社会人像も、ガラッと変わっているように感じます。
ただ試験を受けて、レポートを提出して単位をもらう、はい卒業というのではなく、考えること、発想すること、そしてそのプロセスまでが評価され、高めていくことを求められる。


今の若者たち、子ども達が社会人として生きていく時代は、AIと共に生きていく時代。
いつの時代のお話ですかというような「得意なことを活かしましょう」「自閉症の人達は記憶力に優れている」「研究者向きです」などという支援者には、これからの若者たちに生き抜く力をつけさせることはできません。
まあ、始めから社会の中での自立を考えていないからこその発言でしょうが。
単純な記憶、詳細な記憶はAIに勝てなくなるのです。


自分で考える力、考え抜く力、新しいことを発想する力は、より多くの知識、情報を記憶することが土台になると思います。
ですが、ただ記憶量を増やしていくだけではなく、脳も育てていかなければなりません。
自閉症、発達障害の人の中には、詳細な記憶を得意とする人がいます。
でも、別の見方をすれば、記憶の発達段階が進んでいない状態と言うこともできます。
詳細な記憶の段階から曖昧な記憶の段階へ発達させること。
柔軟な発想には柔軟な身体が必要なように、曖昧な記憶には人間脳の土台となる爬虫類、哺乳類の脳をしっかり育てることだと考えています。


子どもから大人になる過程で、詳細な記憶から曖昧な記憶へと発達していく。
子ども時代に詳細な記憶という特徴を使い、知識、情報を増やしていく。
そして、貯めてきた記憶と曖昧な記憶という特徴を使い、自分で考え、考え抜き、新しい発想を生みながら社会の中で生きていく。
こういったことをイメージしながら私は若者たち、子ども達と関わっています。
社会を変えるよりも、社会の流れを読み、その中でおぼれないように、自力で泳いで進んでいけるように後押しするのが、ヒトを支援するということなのですから。

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