2021年7月14日水曜日

【No.1178】問題の根本を知ることから始めましょう

アメリカ大リーグのオールスターは、まさにお祭り騒ぎといった感じで、超満員のスタジアムでみな、歌うし、飲むし、抱き合うし、大声を出して歓声を送っていました。
一方で、日本のプロ野球は1万人の観客で、マスク姿にパチパチと手を叩くのみ。
しかも、神宮球場からちょっと歩けば、国立競技場。
で、どういったわけか、オリンピックは無観客。
新コロちゃんはちゃんと意思があるようで、国内のイベントとオリンピックの違いがわかるのでしょう。
国立競技場は材木をふんだんに使っているので、新コロちゃんたちが集まりやすいのかもしれません、エビデンスは無いけど。
横浜球場でベイスターズの試合は有観客だったけれども、オリンピックの野球の試合は無観客という謎理論。


結局、ウィルスの問題じゃなくて、制度の問題、政治と医師会の問題でしょ。
今までのコロナウィルスのように、体調の悪い人が近所の医療機関を利用できればここまでバカ騒ぎする必要はありません。
「発熱者お断り」なんていうのを病院の扉に貼るのが諸悪の根源。
医師が病人を診なくて、何を見るのでしょう。
元気なお年寄りですか(笑)
慢性疾患を抱えた元気なお年寄りが一番おいしい商売だから、医師を志したときの「病気を治す」という想いを忘れてしまったのかもしれません。


昨日の続きですが、就学相談でも「無理して普通級(支援級)に行けば(支援学校を勧めている)、二次障害になる場合も」なんていう輩が出てきたそうです。
それは就学後とかにとっておく手だったでしょ。
就学相談でその手を使うようになったなら、よっぽど苦しくなっているのでしょう、今の親御さん達に対するのは。
ひと昔前の親御さん達は、「はい、わかりました」が多かったけれども、今はスマホですぐに情報共有ができますからね。


なにかにつけて、「二次障害になる」という言葉を使います。
「もし何も感染対策をしなければ、42万人死ぬ」みたいな西浦理論ですね。
だって、何もしないわけはないし、まったく1ミリも成長しないわけはないですもん。
で、二次障害にならなくても、決してそういった人達は謝らない。
「私が大袈裟に言っておいたから、42万人も死ななくて良かったでしょ」と同じです。
就学相談でも、その他の学校や支援機関でも、言いっぱなし、やりっぱなし。
その子がどんな将来を歩もうとも知ったこっちゃない。


もちろん、42万人じゃないけれども、死ぬ人もいれば、二次障害になる子もいるでしょう。
でも、それは少数派です。
もし発達障害の人の大部分が二次障害になるのなら、それは発達の障害ではなく、精神障害になるはずです。
そうじゃなくて、発達の障害というか、発達の遅れ、不具合な状態なのですから、二次障害がレア事例です。
そのレア事例を持ちだして、他人の家に土足でどかどか入ってくるのは失礼にもほどがある。
子育ての問題、家庭の問題なのに、どうして他人がとやかくいえるのでしょうか。


「"二次障害になる"と言われました」と相談される親御さんに対して、「だったら、二次障害になっても治してみせます」と言ってみたらどうですか、と助言したことがあります。
二次障害になるのは親御さんの問題なのでしょうか。
親御さんが支援学校ではなく、支援級または普通級を選択したことが原因なのでしょうか。
そこんとこをよく考えた方が良いと思います。
親が子どもの成長を願い、可能性を信じるのは当たり前。
できるだけ将来の選択肢を狭めないような道を選ぶのは自然なことでしょう。
で、もし学校に通っている間に、二次障害になるのなら、それは学校の問題もあるでしょ。
100%親の問題、家庭の問題とはいえないはずです。


そして私がもっとも言いたいのは、医療、支援者、あんた達です。
そもそもといえば、医療が二次障害を治せないのが問題なのです。
二次障害には投薬??
それって症状を抑え込んでいるだけで、対症療法でしかありません。
どうして二次障害、精神的な不調をきたしているのか、そこの原因、根っこから解決しないと治らないのです。
そういう意味で、二次障害になっても治せる医師が(ほとんど)いない、から縮小生産の方向へ進むのです。


二次障害になっても治せる医師がいない。
だから、二次障害にならないようにする。
そのために、頑張らせない、無理させない。1ランク下げた選択肢を選ぶ。
子どもの成長のために、支援級、支援学校なら良いのですが、二次障害にならないために支援級、支援学校はとても危険な発想です。
それがどこに行き着くかと言えば、何もしない、施設の中でただ時間が流れていくのを待つだけになって、昔の福祉に逆戻りです。
せっかく特別支援ができて、これだけ認知が進み、親御さんが利用できるサービスと知識が増えたのにもかかわらず、結局、福祉施設で一生涯面倒を見てもらえばいいや、というのは非常にまずいのです。


精神科病棟には何十年も入院し続けている人たちがいます。
福祉施設には何十年も入所し続けている人たちがいます。
コロナ後の世界は、中小企業がボロボロになり、そのまま再建できず潰れていくか、一部の大企業、投資家に買いたたかれていくでしょう。
効率効率の流れの中に、日本の社会、そして教育も飲みこまれていく。
そうなったとき、人を育てる、子が育つという一番効率から離れた場所にある大切なものが渦の中に飲みこまれる可能性は小さくありません。


既にリモート授業が行われ、これだったら優秀な一部の先生が全国の小学生、中学生に同時進行で授業を行えばよいではないか、という話も出てきそうです。
で、もちろん、それは特別支援教育を受ける子ども達にも当てはまり、むしろ普通級の子ども達よりも先に効率化の流れに飲みこまれる可能性だってあります。
何故なら、ずっと、私が学生時代から20年以上も、「どうせ、卒業後は福祉だろ」と言われているから。


どうせ、二次障害は治せないから、支援学校に行く。
どうせ、支援学校に行ったら、自立しない、一生福祉だから、一生懸命教育しない、できるだけ平穏無事に学校の時間が終わればいい。
というか、自分が担任の間だけ、問題が起きなければいい。
親御さんも、どうせ自立できないなら、支援学校でのんびり過ごしてもらえばいい。
楽しく学校に通ってくれさえすればいい。
二次障害にならないように、無理させないでほしい。
どうせなら放課後の迎えは移動支援を使い、そのまま児童デイで過ごしてほしい。
オーバーに書いてるように見えるかもしれませんが、私が約20年間で見てきた現実です。
それがコロナ騒動で加速する気配がするので、危機感を持っているのです。


病院が診てくれないから、コロナに罹りたくない。
だから、どんなに暑くてもマスクをするし、過剰な自粛と感染対策を行う。
そうじゃなくて、最初からコロナは医療が治せないし、治すのは一人ひとりの自然治癒力だと認識することです。
同じように、医療は二次障害を一時的に抑えることはできるけれども、根本から治すことはできない。
だから「二次障害になりますよ」と脅されても、結局、二次障害になろうがならまいが、自分自身で頑張るしかないし、家庭がより良い子育てを目指して行っていくしかない。
発達障害の分野において医療ができることは診断と投薬のみ。
やることは一緒なら、最初からいつでも行ける道を選ぶのではなく、チャレンジできる道を選んだ方が良いと思いますよ。
結局最後は親御さんの覚悟です。




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