【No.1130】『発達障害・脱支援道』(花風社)を読んで

福祉、特に障害者福祉の世界は不思議である。
施設職員による暴力や人権侵害など後を絶たないが、いつもそれは"内部"告発によって世の中に出る。
自ら訴えることが難しい当事者にとって、本来、一番の代弁者は親であるはずなのに、親からの告発はめったにない。
あったとしても、それは我が子と親の闘いに終わることばかりで、同じ施設を利用している他の親たちに波及することがなく、ネットニュースの一つとして埋もれ、消え去っていく。
そうして、いつまで経っても、福祉の闇は闇のままである。


今回、皆様にご紹介、お勧めする本は、自閉症・発達障害を持つお子さんを育てられた親御さんであり、また自ら様々な福祉の現場で働かれた経験を持つ廣木道心さんが執筆されたものです。
廣木さんほどの経歴・職歴を持っている親御さんは少ないと思いますが、親から支援者の立場になられた人は少なくないでしょう。
しかし、そういった親御さんと廣木さんの違いは、我が子のパニックを治し、働く大人として社会に送りだした点です。
そこがまず大きな違いです。


大部分の支援者に転身した親御さんというのは、我が子に叶わなかった願い、子育てを他人の子を使って気をそらしているだけ。
これまた障害者福祉の不思議なところで、我が子をより良く育て、社会に送りだした親御さんほど、福祉の世界に入ろうとはしないのです。
反対に、「まず我が子をどうにかしろよ」という親御さんほど、ひと様の子の支援や相談、挙句の果てに講演会の講師まで引き受ける始末。
療育手帳では重度という判定を受けながらも、同年齢の子ども達と同じ学校、教育を選択し、社会人になった今では子ども時代から磨いてきた資質を使い、社会の中で一人の大人として生きている息子さんを育てられた先輩として語られる言葉に耳を傾け、学ぶことは大きな意義のあることだと思います。


また冒頭で記した通り、福祉の問題は内部告発でしか表に出ない中、この本で語られている現実は、外から福祉を覗く者にとって貴重な証言になるはずです。
特に、まだ幼いお子さんを育てている親御さんたちにとって。
もちろん、小学校、中学校というように、特別支援の世界が長くなれば、福祉の闇は見聞きするものですし、何となく皆さん、気がついています。
でも、人というのは見たくない現実を頭の中で変換する能力を持っています。
「私が見た児童デイの職員の対応は、あの職員個人に問題があったからだ」
「施設内虐待のニュースが出ていたが、あれはあの施設に問題があるんだ」
「私が出くわしたあの場面は、たまたま手が出て、たまたま声を荒げてしまっていただけだ」


このように現実を見ようとしない人が少なくないのは、いずれ我が子が利用しないといけない世界だと思っているから。
必ず行きつく道だとわかっているのなら、自分の身と心を守るために、自分自身に騙されたフリをする。
私が見てきた親御さん達もそうでした。
障害者福祉の世界は、構造上、内部から変えるのは難しいといえます。
だからこそ、内部告発によって表になったとき、利用している親御さん達が協調し、皆で訴え変えていく方向へと進まなくてはならないのに。
だけれども、「じゃあ、おうちでみてください」と言われるのが怖くて、というか自分自身でも負い目があり、だんまりを続け、自分たちの日常生活に戻っていく。


何故、廣木さんの見てきた世界の証言が、貴重な証言になるかと言えば、揺るがない現実を見せてくれるからです。
子どもから成人まで、児童デイ、生活から移動支援、介護士から施設長。
これだけの世界を実際に働き見てきた廣木さんが語っていることに対し、私達はいくら頭で「特殊な例」と変換しようとしても、それは不可能です。
障害者福祉の問題は、その地域とか、その福祉法人とかの問題ではなく、障害者福祉の歴史の中で脈々と続き、絡み合って作られた深い闇です。
たとえ1つの法人、一人の職員が会心し変わったとしても、障害者福祉全体の課題は変わらないのです。
その事実を私達に突き付けてくれるには、十分すぎる程の職歴と体験と本の内容だといえます。


たぶん、10年後、この本を読んでも、内容は色あせないと思います。
今の私達と同じように、「やっぱりそうだったのか」と手にとった未来の親御さん達も思うでしょう。
障害者福祉と特別支援教育は離れているように見えて、既に教育の中でも福祉の侵食が進んで根付いているといえます。
「どんなに頑張っても、結局、卒業後は福祉だろ」
どれほど「社会の中で自立を」と真剣に子ども達と向き合い教育に携わっている先生であったとしても、上記のような言葉が思い浮かんだことが一度もない、という人はほとんどいないと思います。
それくらい特別支援教育から「社会の中で自立」は難しいのです。
一応、卒業時、一般就労ができたとしても、一年以内に8割が退職、数年後にはほぼゼロ。
そして、福祉の世界に入っていく若者達の姿を、現実を、多くの先生方は知っているはずです。


私はこの本を読んで、「覚悟」という文字が浮かんできました。
廣木さんとご夫婦の"覚悟"が、今のお子さん達の姿に繋がっている。
読む私たちにとっても、見ようとしなかった現実と向き合う"覚悟"がいる。
そしてこの本を読み、"覚悟"が決まった親御さんは主体的で、独創的な子育てへと力強い一歩を踏みだすことができる。
「このまま、福祉に向かう道で良いのだろうか」と疑問を持つ親御さんにお勧め、プレゼントできる本ができて、私個人としても大変うれしく思います。




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