2019年12月6日金曜日

『経過観察』の本来の姿、目的、意義

気が付けば、もう師走。
この一年を振り返ると、2歳とか、3歳とか、本当に小さいお子さんの発達相談が多かったな、と思います。
当たり前ですが、2,3年前まではお腹の中にいた、もしくは姿形もなかった子ども達ですよ。
それなのに、もう診断名が付いて、それに応じた生き方、環境の中を進んでいこうとしている。
脳性麻痺のような疾患を持った子ども達ならわかりますが、「言葉が出ない」「運動発達が遅れている」ということのみで、障害児にされてしまう。


医師が書いている健診に関する専門書をいくつか読みましたが、そこには「言語理解に問題がなければ、3歳まで言葉が出なくても異常とはいえない」とも記されていましたし、「発達の遅れ=障害ではない」「発達の遅れを見つけることは、診断のためではなく、丁寧な経過観察をし、子育て、子の育ちをサポートしていくために」とも述べられていました。
この辺のニュアンスが、同じ医師でも、産婦人科の先生や乳幼児健診を行うような小児科の先生と、ゴリゴリの発達障害専門ですみたいな先生と異なるような印象を受けます。


発達の遅れにも、問題ないレベルや個人差のレベルのものもあれば、即、「障害」「リスク」というレベルのものもあります。
しかし、私の乱暴な解釈かもしれませんが、「即、障害」というレベルのものは、単体ではなく、複数確認できたときに、初めて発達障害というリスクに繋がるのだといえます。
私が勉強した限りでは、「〇〇の遅れのみでは、発達のリスクとは言えない」ですとか、「〇〇の遅れが見られたとき、△△の発達を確認する」ですとか、そういった記述が多かった印象があります。
これは、私が子ども達と接しているときに感じるものと同じだったので、印象に残っているのです。


親御さんから「〇〇の遅れを指摘されて」「これができないんです」という訴えを聞いたあと、実際に確認してみると、「これは問題ないな」「このままにしておくと、まずいな」という感覚があります。
その正体は、発達の遅れの組み合わせであり、もっと言えば、原始的な脳から端を発した問題かどうか、原因の根っこに関するものだと思います。
発達の遅れにもいろんな種類があり、パターン、組み合わせがあります。
ですから、いかに本当のリスクを見つけ、そこを育てられるか、自然な発達、個体差の部分を見つけ、そこをいじくらないようにできるか、が重要であり、技量が問われるところだと思います。


最初の話に戻りますと、幼い子ども達からの相談は、その子の成長、発達に携われる喜びよりも、悲しみの方が強いものです。
何故なら、こうやって出会えた子ども達は良いですが、その子の背後には、「そうか、障害なんだ」と思い、子育てよりも、家庭よりも、療育や支援、理解の方へ傾倒していく多数の子ども達の姿が見えるからです。
発達の遅れを見つけることは、療育を受けるためでも、支援や理解を得るためでもないはずです。
健診に関わる先生たちが言っているように、丁寧に成長の経過を確認していった方が良い子を見つけ、親御さんと子どもを専門家がバックアップしていくことで、将来のリスクを減らし、より良い発達、成長に繋げていくことが、本当の目的。


現在の『早期診断→早期療育』というパッケージ商品には賛同できませんが、2歳や3歳など、低年齢で発達相談に来られることは、とても意義あることだと思います。
ある程度、大きくなったり、療育とか、なんだかんだやったりしていると、どうしても、学習の要素が、その子の姿に影響を及ぼしていきます。
療育もある意味、型があり、その型を学習すること、型にはまることが目的になりえますので、純粋な発達の上に、学習が覆いかぶさり、本来の姿を見えにくくします。


一方で、低年齢の子ども達は、学習が少ないですし、発達の凸凹がそのままの姿で確認できますので、課題の根っこを掴みやすいといえます。
それになんといっても、本来のその子の発達の流れからズレた地点が近いので、軌道修正しやすいし、幼い分、治るスピードも早い。
ですから、今年初めの1月、2月、3月に出張相談で関わった子ども達は、幼い子どもさん達ほど、夏くらいから徐々に「経過観察が終わりました!」「保育園の先生から補助は必要ないね、と言われました!」「兄弟と同じ幼稚園に行けるようになりました!」というような喜ばしい報告を受けるようになりました。


5歳くらいまでの子どもは、月をまたぐ(月が替わると)と、ググッと成長する、大きく変わる、というのは一般的な姿です。
ということは、それくらい発達のスピードが早いということ。
だからこそ、早期に発達のリスクを見つけ、そこを育てていくことが、将来のリスクを減らし、本来の発達の流れに戻る近道。
経過観察は、本来、ポジティブな行為であるはずなのに、結果が伴わないと、ただのその場しのぎであり、親御さんに障害受容する時間を“与える”という意味合いになってしまいます。


療育を受ける前に、治せるところは治す。
できれば、経過観察の間に、その子の本来の発達の流れに戻しておく。
いろんなことを勘案しても、これがベストですし、本来の「経過観察」「早期診断」の姿だと思います。
お金や支援、知識は後から得られますが、幼いときの時間だけは、どうやっても戻ってこないので、一日も早く本当のリスク、発達課題の根っこを掴み、そこを育て始めることが大事だといえます。

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