【No.1512】観察すると関係は切れる

「観察」という言葉を使うときは気を付けているつもりでした。
あくまで観察する対象は症状や特性であって、子ども自身ではない。
しかも、その観察は「注意深く見る」という意味で、変化や経過を含めてしっかり見ましょう、ということで使っていたんです。
が、先日、相談者の親御さんが「大久保さんが言う通り、娘のこと、しっかり観察することを意識して過ごしました」と言って、ありゃ、まずいと思った。
その場で謝りましたよ、ごめんなさい、説明が足りませんでしたって。


もちろん、症状も、特性も、その子に出ていることだから、大きく言えば、子どもを観察していることには違いない。
でも、「観察」っていうのは「客観的に見る」ということになるから、関係が切れちゃうの。
子どもは親との関係の中で生きてるよね。
だから親から観察されると、子どもは寂しい気持ちになるんだ、独りぼっちの感じが出るから。
子どもについて詳細に語ることができる。
引き継ぎの資料作りも上手だし、SNSでの発信も手に取るように子どもの様子がわかるくらい素晴らしい。
だけど、子育てがうまくいっていないっていうのが典型的なパターンだね。


観察する側とされる側。
これは物事を教えるのには良い関係。
親御さんが子どもの宿題なんかを傍で教えようとすると、感情が乗ってうまくいかない(笑)
最初は優しく教えていたのに、途中から「なんでわからないの」「何度言ったらわかるの」と怒りがこみ上げ、いつの間にか喧嘩に発展している。
他人の子を教えるときはキレずに優しく教えられるのに。
それは子どもに対する期待などの感情があって、それに応えたいと思う子どもの気持ちと繋がっているからね。
でも、それは勉強の妨げになる。
学習っていうのは単純に言っちゃえば、新しい情報やパターンを記憶することで、「ここまでわかってて、ここが躓いている」というのを瞬時に把握して、「ここに注目」とか、「こうやってみて」と気付かせ導くこと。
そこに感情の交流は必要ないよね。


子育てって、なにかのパターンを教え込むことじゃないね。
親子で感情のやり取りを通して、お互い育ちあう、共に育っていくということが大事だと思うんだ。
さっき言ったような宿題を見てもらってたけど、いつの間にか親子げんかになった日常の一コマは勉強、テストの点数にはつながらないかもしれないけど、親子の成長、豊かな情緒を育てるのにはつながるよね。
大人になって振り返ったとき、「母ちゃんとの良い思い出だな」となることもあるだろうし。


勉強や学習だったら、親じゃなくても、他人でいいし、それこそAIなんかでもいいよね。
だけど、愛着形成を中心に、情緒、内面、思考、失敗から立ち上がる力、頑張り続ける力を育てるにはやっぱり親子の“関係”が必要なんだ。
関係を結ぶこと、関係をより豊かなものにしていくには、「観察する自分」ちゅうのはダメで、一緒に笑ったり、怒ったり、悲しんだりするような感情の共振れが大事だよ。
支援者でも、子どもと一緒にワイワイやっている人は伸ばすのが上手だよね、本人は気付いてないことが多いけど。




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