【No.1466】自動販売機のようなアセスメントとアプローチ

ひと昔前は発達障害の子ども自体を変えようとすること、症状自体にアプローチすることに否定的な意見が多かったと思います。
それは脳の障害ということを信じていたからかもしれませんし、症状を改善、治療する方法を知らなかったからかもしれません。
時代は進み、身体アプローチが標準化し、発達障害自体が固定化されたものではない認識が広まりました。
それは書店に並ぶ特別支援系の本をパラパラッとめくっただけでもわかります。
この頃はめっきりTEACCHも、ABAも、棚に並ばなくなりました。


症状は改善できること、発達障害は治療の対象であること。
身体を通した神経を育てるアプローチが広まったことは嬉しく思います。
だけど、私は物足りないのです。
私にはそのほとんどが対症療法にしか見えないのです。


神経を刺激し、育てようとするアプローチを謳っているのに、発達の遅れの原因は「脳の障害」とひと言で終わっている支援者や本の数々。
「アセスメントが大事」と言っている割に、それは表面的なレベルのアセスメントで終わっているな、と思うことばかり。


たとえば、授業中に大きな声を出してしまう子のケース。
その子をアセスメントすると
「姿勢保持ができていない」
「机や子どもの声に反応する」
「掲示物が揺れるとそちらのほうに意識が向いてしまう」
「字を枠内に書くことができない」
「友達との距離感が近い」
などが確認される。
で、その理由が前庭感覚の未発達だったり、聴覚過敏だったり、ハイハイを飛ばしたなどの運動発達のヌケだったり。
これでアセスメントは終了で、じゃあ、感覚を育てましょう、運動発達をやり直しましょう、となるのが一般的な流れ。


でも、これって薄いアセスメントだと思う。
たぶん、私が発達相談、レポートでこういったレベルのものを提示したら文句を言われると思う。
もちろん、私のお客さんは良い人ばかりなので、そういったことは直接言わないと思うけど、私だったら許されないレベルだと思います。
聴覚過敏がある子に聴覚の未発達があるから、耳を育てましょう、で良いのか。
それで世の中の親御さん達は満足なのでしょうか。


感覚の問題や運動発達の問題など、ともに生活している親御さんなら聞かなくてもわかっているものです。
わざわざ支援者、専門家が偉そうにやるアセスメントなのでしょうか。
私が親だったら、聴覚の未発達もわかるし、その育て方もわかる、知りたいのは「なぜ、遅れたか?」「どこに問題、課題があって育っていかなかったのか?」こちらだと思います。
なんか「自分を責められるようで嫌だ」という人もいるようですが、真剣に我が子のことを考えれば、自分自身、家や生活全般で改善できるところがあれば改善したいと願います。


私のモヤモヤの根っこはまさにここなのです。
支援者、専門家は核心を突こうとしない。
親御さん、家庭を否定するようなところは触れようとしない。
単純にわからないのかもしれないし、それはかわいそうだと思っているかもしれない。
あと大きいのは商売のお客さんは子どもではなく、利用する決定権をもっている親御さんだから気分を害させてはいけないと思っているところ。
でも、そんなうわべだけのアセスメントとアプローチで良いのでしょうか。
そんなもんじゃ治らない。
発達障害は治るけれども、簡単には治らない。
棚ぼたもないし、どこかの他人が治してくれるものでもない。
問題の根本が神経発達なので、コツコツと継続的な本人の歩みと、それを支え続ける家族の姿勢が必要なのです。
今までいろんな元発達障害児の親御さん、家族と接してきましたが、子ども以上に親御さんの努力と覚悟がありました。


児童デイや療育機関、専門家のところに通うのも、自らが学び、よりよい家庭環境、よりよい子育てを目指しているのか、「良くしてもらえないかな」と思っているのか。
はたまた発達障害は家庭や子育ての領域じゃなくて、専門分野の領域、つまり「私のせいじゃない」を積み上げるために通っているのか。
自動販売機のような1対1対応のアセスメントとアプローチでは良くはなるけど、治るまではいかないと思います。
家庭を子どもがよりよく育つ場所に変えるには、アプローチの手数を増やす前に遅れた背景、育っていかなかった理由を見つめる必要があるのです。


発達障害が生まれつきの障害で、子育てのせいじゃないと思うのは親御さんの心を助けるのかもしれない。
だけど、子育てのせいじゃないのなら、子育てを変えても発達障害は変わらない、残り続けるというのを認めることにもなる。
長年、この国の特別支援、専門家や支援者たちは、家庭での育み、日々の営み、親御さんの親心を自分たちが行う療育、支援の下に置き続けていたのです。
だから、治そうとしないし、治らなくて良いと思っている。
他国と比べて日本の特別支援がいまだに受容と支援から治療へと脱することができないのは、彼らのこの姿勢なのです。


本人の資質と環境の一致がつねに起こるわけではありません。
ある子にとっては育つ環境でも、ある子にとっては発達を妨げる環境にもなる。
だからこそ、一つひとつの家庭と向き合い、丁寧に子どもさんと環境をアセスメントする必要がある。
子どもさんの生きてきた歴史は育ちの歴史。
その歴史を振り返ることで、未来を変えることができるのです。
私はそれができるのは専門家じゃなくて、ともに歴史を歩んできた家族だと思っています。




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