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【No.1418】開業13年目を迎えて

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「事業とは社会の一歩先を歩くもの」 そんな想いで起ち上げた事業も、今日から13年目に入ります。 当時は家庭で行うとすれば、絵カードか、衝立&構造化でした。 あとはでき始めた児童デイ、療育に一生懸命通うだけ。 「これでよくなるのだろうか」という想いと、「これしか選択肢はない」という想いのはざまで揺れ動いていたお母さんたちの姿が印象的でした。 ただただ支援を受けるだけの日々ではもったいない。 発達や知的に遅れがあろうとも、学び、成長することはできる。 家庭でできること、発達を後押しすることができるのではないか。 きっと既存の支援、療育に疑問を持ち、我が子のためにできることを求める親御さんが増えていくはずだ。 そうやって社会の一歩先を見据えた発達相談、援助サービスを始めたのです。 その一歩先の現在はどうなったのでしょうか。 変わらず発達の遅れに悩む家庭は多くあります。 しかし、支援や療育に依存するだけではなく、様々な取り組みを家庭で行う人達が増えました。 診断が外れ、支援が必要ないくらまで育った子も珍しくなく、元発達障害児は一般社会の中で自立して生きていく。 主観メインの診断から脳波測定による客観的な問題、課題、特性の把握へと変わり、直接的なアプローチも可能になったのです。 「治るか、治らないか」ではなく、「知っているか、知らないか」「行動するか、しないか」の時代。 てらっこ塾という事業も、次の一歩先を考えないといけません。 相変わらず1歳代、2歳代、3歳代のお子さんを持つご家庭からの相談が中心になっています。 そしてこの年代から発達援助を始めた家庭は、本来の発達の流れに戻るのも早いですし、同世代のお子さん達よりも優秀なくらいまで心身が豊かに育つ場合も多くみられるのです。 自閉症の特性も、知的障害の状態もとても重い方たちの支援から始まった私のハッタツの世界。 そこから家庭支援を始め、多くの子ども達、ご家庭と関わり、その子たちも成人していきました。 良くなった家庭だけではなく、そうならなかった家庭も多く見てきた私だからこそ、小さい子ども達と親になったばかりの親御さん達のためにできるアドバイスがあるのではないかと思っています。 さらに将来的にはまだ子を持つ前の若者たち、若い世代のご夫婦への予防の仕事がしたい。 発達障害を治すのではなく、なる前に治す。 そんな思いを胸に本日、2...

【No.1417】「自閉症の人の精神年齢はマイナス7歳で考えたらいい」

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「自閉症の人の精神年齢はマイナス7歳で考えたらいい」なんてことを教わったのは、もう20年ほど前。 ほかにも「実年齢×0.7」という話もありました。 たしかに知的障害を持っていないASDの人も、実年齢よりも幼い、遅れている印象があります。 でも、数学の公式のように「-7」「×0.7」というのは乱暴すぎると思いますね。 個別性を訴える一方で、一律の計算式。 発達が多様というのなら、精神の発達だって多様なはずです。 成人のASDの人たちとお話しすると、「いま、中学生くらいかな」「この頃、小学校4年生くらいから5年生くらいになったかな」と感じることがあります。 こないだお会いした50代のお姉さんは20代中頃といった感じ。 今週お会いした20代の女性は、中学1年生の生徒さんと話している感じ。 親御さんからは「成人しているけれど、まだ幼い」という相談。 「身の回りのことでできることは増えているし、仕事でも任されることが増えている」 でも、内面が幼いのは「発達障害ゆえですかね」と。 私は「発達のヌケは埋まるし、知的にも発達していく。同じように精神年齢も発達していきます」と回答しました。 発達のヌケや感覚の未発達は、身体アプローチを中心としたトレーニングによって育っていく。 幼い子どもさんなら3か月もあれば、1つの発達課題はクリアできる。 中学、高校年代なら半年から1年。 成人した人でも、年単位で続けていけば変化がみられるものです。 これらが育つと、脳みその振り分けができるようになり、情報の出し入れがスムーズになり、知的・認知の面でググっと育つ。 知的・認知の面で大きな変化があると、社会での体験が豊かになっていく。 ”社会での体験”をもっと具体的に言えば、人との交流。 やはりヒトの内面は、人と人の間で育っていくもの。 これも700万年の進化の過程が証明してくれる。 未発達の部分が育ち、発達のヌケが埋まる。 発達のヌケが埋まれば、知的に伸びる。 知的に伸びれば、精神が育つ。 だから成人した子の親御さんがおっしゃっていた「身の回りのことでできることは増えているし、仕事でも任されることが増えている」というのは、内面の発達が進んでいく合図。 発達障害のある人も発達する、それは認知の面でも、精神年齢の面でも。 ▶発達相談の内容・お問い合わせはこちら http://terakkojyuku.c...

【No.1416】自分の頭で考え、行動する

昨日、一部の報道で「北海道根室沖でマグニチュード9クラスの巨大地震を引き起こしうるプレートのひずみが蓄積されている可能性」とありました。 でも、地震について調べてみると、ひずみと地震の関係性は明らかになっていませんし、そもそも地震のメカニズムもまだ研究途上。 ですから地震学の予算を得るために、その研究組織を永らえるために、定期的な研究結果とやらを出してきたのだろうとうがった見方をしてしまうのは私が性格が悪いから? それもあると思うけど、政府が出している「全国地震予測地図」とやらを見たからかもしれない。 南海トラフが想定されている地域は赤色で示されている(2020年版)。 でも、2024年の能登地方は警戒地域になっていなかった。 じゃあ、東日本大震災の前年(2010年版)に出された地図ではどうなっていたか? 関東地方は南海トラフの関連で赤く警戒地域になっていたけれども、東北地方は一部を除いて30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率は0.1%以下。 それじゃあ、誰も警戒しなかったじゃないか。 もし地震予測で東北地方を警戒地域で示していたら、もっと準備、備えができていたかもしれない。 もっと多くの命が救われたかもしれない。 南海トラフ地震。 今後30年以内に80%の確率に引き上げられたのもここ最近。 もし本当に起きれば、「ほれ、正しいじゃないか」となる。 もし起きなくても、30年後にはそう発表していた専門家たちは退任しているか、お墓の中。 だからどっちに転んでもOK。 いま、予算が得られれば。 ある専門家は、南海トラフは土木、公共事業を引っ張ってくるための手段でしかない、と発言していましたね。 「社会はフラクタル構造」というのは私が考える出発地点。 2000年代に始まった発達障害ブームも、予算の奪い合いのための手段だったかもしれない。 2005年に施行された「発達障害者支援法」 それによって多くの税金がこのギョーカイに流れた。 発達支援センター、児童デイサービス、啓発活動の予算、学校は教員を増やすことができ、福祉、医療は多くの顧客を生み出すことができた。 ニーズがゼロだったとはいわないけれども、日本人の悪い面の貧乏根性が「もっともっと」と鵺のような化け物を生み出す。 サービスや支援が増えた今、発達障害のある人たちは生きやすくなったのだろうか? 20年経って得たのは、支...

【No.1415】始まりはアセスメント。戻るのもアセスメント

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学童野球で使用しているグランドは、冬季間、雪捨て場になっています。 雪がたくさん降った日などは、トラックが行き交い、荷台に積んできた雪を下ろしていくのです。 大人の背丈以上に積みあがった雪も、3月に入り、一気に溶け始めました。 いよいよ球春の季節がやってきます。 北海道内でも私の住む函館、道南は雪解けが早いため、3月の中旬から4月初旬にかけて、道内各地のチームが遠征にやってくるのです。 そこで先週末はグランドに広がった氷を割り、雪解け水が流れ出ていくような道を作りました。 コーチ2年目も始まります(笑) 高校野球の時以来、野球の本や講演会などを受講し、勉強すると、見ていた子ども達の姿も違って見えてきます。 知ることで視点が増え、見え方が変わる。 当時、正しいとされていた打ち方や練習方法などが否定されていたり、曖昧だった部分が科学的に説明されるようになったり。 そしてなんといっても当時なかったネット、とくにYouTubeなどでプロ野球選手やトレーナー、メジャーリーグの選手を指導するコーチの動画が見れちゃう時代です。 理由もわからず、また説明もなく、監督に「こう打て」と言われればそのように打ち、「ああ投げれ」と言われれば訳も分からずそのように投げる。 先輩が「走れ」というから走り、これがうちの高校の伝統だとなれば、そのように動く。 そんな時代からみれば恵まれた時代、うらやましいなと思える時代。 でもその一方で自分軸がない子には大変な時代だと感じます。 今日、この打ち方をしていたかと思えば、次の日には別の打ち方をし、また次の日には…。 結局、身になる前に次の何かに気が移ってしまう。 これは野球の話ですが、ほかの習い事、また子育て、学校、仕事、社会、日本と同じような構造が見られるのではないでしょうか。 特別支援、ハッタツの世界もそうですね。 良いと言われる情報は無限とあり、日々新しい情報が出てきます。 専門家と言われる先生の講演会に行き、実際に専門的な支援を受けることもできる。 どんどんマニアックになろうと思えばなれる時代。 でたくさん手に入れた情報をもとに子育てを行おうとする。 そしていつの間にか、情報を処理することに追われ、目の前にいる我が子が見えなくなっていく、まるで溜まった録画をこなすように観てしまうように、まるでYouTubeの「お気に入り」に入れておいた動画を減...

【No.1414】「うちの地域、遅れている」の変遷

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25年前の「うちの地域、遅れている」という意味は、発達支援センターがあるかないか、でした。 20年前の「うちの地域、遅れている」は、TEACCHプログラム、ひとことでいえば視覚支援をしているかどうか。 それが15年くらい前からは特別支援教育、療育機関、児童デイがあるかどうか、どのくらい専門的な、つまりただのお預かりではないところがあるかどうかになって、ここ10年くらいは身体アプローチをやるところがあるかどうかへと変遷を辿ってきたといえます。 いつの時代のお母さん達も、「うちの地域、遅れている」とおっしゃいます。 これが意味するところは、常にお母さんのニーズ、情報のほうが先行するという意味です。 別の言い方をすれば、行政や公的な機関、学校はいつも遅れているということです。 それは特別支援の世界に限らず、日本全体あらゆるところで見られる現象でしょう。 とにかく遅い、遅れる、周回遅れ。 だからこの日本という国でよりよく生きようと思うのなら、変わるのを待つのではなく、変わるために動くしかないのです。 国に頼らず、行政に頼らず、医療や教育に頼らず、自らで動く。 今この瞬間、生まれつきの障害でできることは理解と支援だと思い子育てをしている家族がいる。 一方で脳の可塑性、エピジェネティクスの考えをもとに、またQEEG検査などで脳の状態を確認し、治療やトレーニングをしている家族がいる。 当然、家族が進む道、子ども達の将来は大きく違ったものになるでしょう。 同じ日本という国にいながら、全く別の道を歩んでいる。 人間の脳の特徴として最初に入った情報から抜け出せない、なかなか更新することができない、ということがあります。 なので、はじめが肝心なのです。 はじめに公的な機関に行けばアウト、不幸を垂れ流している親御さんのSNSをみればアウト。 「発達障害がある子も発達する」 「全身に張り巡らされている神経からアプローチすれば改善していく」 「幼少期診断を受けた子も、自立して生活している」 「診断名は外れるし、治る」 「脳のどの機能が落ちているのか、神経結合がどうなっているか、がわかるし、それに対する治療もある」 このようなポジティブな情報、最新の情報を増やしていかなければなりませんね。 「治らない」「理解と支援しかない」と思っている人を変えるのは難しいですが、これから子育てを始めようとしてい...

【No.1413】「自閉症の赤ちゃんは頭が大きい」という話

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「自閉症の赤ちゃんは頭が大きい」というのは、昔から言われていたことですね。 自閉症=頭が大きい、とはいえないものの、確かに頭が大きい子が多いのも事実。 施設で働いていた時も、その傾向は顕著でした。 入所している子どもも、大人も、明らかに頭囲の大きさが目立っていました。 その背景として「シナプス(神経結合)の刈り込み」が指摘されています。 生後すぐの脳内は過剰といえるシナプスが存在しています。 たぶん、ほかの動物にも共通していることなので、生まれ出た環境に適応できるように多めに繋げているのでしょう。 しかし、そのシナプスも成長とともに、環境に合わせて必要なものを遺し、あとは除かれていく。 全部残していたら効率が悪いですし、多くのエネルギーを使っちゃいますからね。 このシナプスの刈り込みがうまくいかない、不要なものまで残してしまうために、効率的な、つまり機能的な行動を獲得、実行できないんだと思います。 自閉症の特徴で有名な「シングルフォーカス」もそうですね。 詳細に細かく物事を捉えてしまうため(多くの神経回路が発火する、不必要な神経回路を迂回しちゃう)、全体を捉えることができず、情報の捉え間違い、勘違いが起きてしまう。 私は自閉症は治るし、支援じゃなくて治療派でずっとやってきましたが、この「シナプスの刈り込み」の件は話題にしてきませんでした。 だって頭(脳)が大きいものを小さくするのは「そりゃあ、無理でしょう」と考えていたから。 それに頭(脳)を小さくする方法を私は思い浮かばないから。 過剰なシナプスをどうやったら適切な状態にすることができるのか、それこそ、「刈り込み」なんていうのを人為的に行えるのか。 「治しやすいところから治す」という方針で発達援助をしてきた私からしたら、過剰に神経回路が繋がり、脳の大きさまで肥大化させた頭(脳)にアプローチしようとするのは最後の最後で現実的な話だと思ってませんでした。 だから、この頭の大きさ、シナプスの刈り込みの話は避けてきたんです。 でも、ある信頼できるお母様から「シナプスの刈り込みも可能」という回答をQEEG検査(←所見の方はネット検索へGO!)の結果とともに聞いたというのです。 これは衝撃的な話です。 もちろん、頭の大きさを小さくする(外科的な意味)という話ではありませんが、そういえば実際に脳にメスを入れた自閉症の子がいたのを...

【No.1412】人が人らしく、人にしかできない部分で発達援助を行っていく

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厄払いをした父親と、何もしなかった母親。 した方が体調を崩し、しなかった方には何も起きなかった。 子どものとき、そんな姿を見ていたので、私は何もしないことにした。 だけど振り返れば、本厄モロ受けというのが今年の私でした。 なにか動こうとすると、ダメになる。 うまくいかないというよりも、ストップがかかるというのが2024年の一年間。 同じ57年生まれの男衆に訊けば、体調を崩した人、車や家などモノが壊れた人、ある人は自分じゃなくて家族に災難ばかり起きていたということでした。 そういえば、モノが壊れることは多かった。 たまたま重なっただけかと思っていたけど。 モノが壊れない時期は、自分の身体が壊れていた。 モノが身代わりになってくれていたのでしょうね。 とにかく厄年はあなどれないことがわかったのでした(笑) 相談者さんの中に、QEEG検査を受けたというご家庭が出てきましたね。 来年はますます増えることでしょう。 今までどういった脳機能が低下しているのか、発達が凸凹しているのかは、怪しいチェックシートか、行動観察か、支援者の見立てか。 私の場合、どうしても怪しさを抜け出せない(笑) 邪気とか、よどみとか、脳のこっちが動いてないですね、とか。 みなさんを説得するための唯一の基準は、定型発達という尺度で、いついつこれができる、通過している、ここまでが正常発達の範囲といったものでした。 そこにQEEG検査という客観的なデータが現れ、発達障害の世界、いや、発達援助の世界に大きな前進がみられた一年だと感じました。 金太郎あめのアセスメントと、職人芸頼みのアセスメントの時代は終わりました。 もうすぐAIがアセスメントする時代になるでしょう。 脳の見える化が進んだあと、大事になってくるのはヒト本来の役割。 各家庭の子育てを応援したり、アイディアを出したり、その子が育つ環境をクリエイトしたり。 どこに課題があるかがわかったら、その課題をどうクリアしていくのか、また実際に手足を動かし行動するかは、人が行う役割。 人が人らしく、人にしかできない部分で発達援助を行っていく。 今まで金太郎あめの療育に、カニカマの支援者ばかりでしたね。 支援者を食わせるために仕事を作ったみたいなハッタツ業界。 儲けるための過剰診断も、自立を目指さない自立支援も、みんな、淘汰されていく。 AIは忖度しないですからね。...