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【No.1446】「やったらやっただけ“よくなる”」という勘違い

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松山ケンイチは相当、自閉症について勉強、研究したんだと感じます。 役を演じる人物にどんな特性があるか、事細かく書き出し、それを踏まえたうえで演じている、と知りました。 若干、過剰気味かなと思うところもありますが、過去のドラマと比べて自閉症の演技を違和感なく観ることができています。 それにしても今週の『テミスの不確かな法廷』は切なかった。 迷惑をかけたわけではなく、ただ他の子と“違う”ことで、どうしてこんなにも本人、家族が苦しまなければならないのか。 この世界に入って20年以上経ちますが、このあたりの悲しさは変わっていないと思います。 こちらのブログに来てくださっている方たちは、みなさん、常連さんで、すでに症状や課題がクリアされ、元発達障害児のお母さんが多いと想像します。 ですから今日は情報共有です。 私がてらっこ塾を立ち上げたときとは異なり、個人や民間で発達相談、援助などをする人が増えました。 いろんな人がいろんなことを言い、いろんな方法で「良くなりますよ」と言っている。 だからかもしれませんが、どうも親が頑張れば頑張るほど“良くなる”と捉えている人が増えた気がします。 もちろん、親御さんが頑張るのは当然といえます。 だけど、多くの親御さん達が勘違いしているように、「やればやるだけ良くなる」というわけではありません。 どうも改善したおうちというのは、「お母さんがたくさん勉強して、たくさん家でも療育をしているからよくなったんだ」と思っている節がある。 私のところにも 「親が頑張らないと治らないんですよね」 「あの治ったおうちは、親御さんが相当勉強して家でもアプローチを頑張っているんですよね」 「うちの子が治らないのは、私の勉強不足、やってあげられないから」 とおっしゃる親御さん達はいます。 「治ったおうちは、いろんな専門家にみてもらってアプローチや助言をしてもらい、それをおうちでも継続して行う先に“治る”に到達した」というイメージ。 でも実際はそんな感じはありませんね。 むしろ、そうやって親が主体で「やらねば」と熱心に取り組んでいるおうちのほうが治るから遠ざかっているケースもあります。 発達援助の基本と言いますか、私の考えかもしれませんが、大事なのは「子どもが自ら育っていくための環境づくり」だと思っています。 本人の内側にある発達する力をどうやって引き出していくか。 ...

【No.1445】5歳児健診という新たな関門

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生後すぐに1ヶ月健診がある。 その後、1歳半健診があって、3歳児健診がある。 3歳児健診以降、就学まで健診がないから「5歳児健診を」というのは、新たな利権づくりにしか見えないのは私だけでしょうか。 5歳児健診、早期実現の目的に「切れ目ない診断体制」「早期に発達の課題を見つけることで安心して就学を迎える」とある。 “切れ目ない”というのはお決まりのワードで、結局、お客さんを手放しませんよ、取りこぼしませんよ、という本音を隠したもの。 そんなに検診してどうするのでしょうか。 そもそもそこで発達に課題がある子を見つけて、医療、福祉はどんなことができるのでしょうか。 「発達障害は生まれつきの障害で治らない」と言いつつ、早期に見つけて介入しようとする。 医療や福祉が早期に介入して良い変化が起きるのなら、こんなに発達障害で困る子ども達が増え続けるのはどうして? 少子化は進んでいるのだから、困る子が減るのが普通じゃない。 でも実際は就学後、学校生活でうまくいかない子たちが多くいる。 学校現場からも、そういった子の対応で「大変だ」という声が上がっている。 普通級の中に発達に課題のある子、発達障害と疑われる子が多く在籍し、問題となっている。 だから就学前にそういった子を見つけて、早期に介入し、課題を解決しよう、という流れもあって「5歳児健診」という話だが、0歳、1歳半、3歳でなす術がない医療、福祉に「5歳からの介入ならいけそう」と期待するのは無理でしょう。 というか、彼らに症状の緩和や改善、治療という視点がないのですから。 彼らが求めているのは、長く利用してくれるお客さんを獲得すること。 安定した顧客確保なのです。 幼い子を育てる親御さんをサポートすることは重要なサービスだと思います。 だが一時的に預かってもらっても、日中自分の時間が持てるようになっても、悩みや不安を聞いてくれる時間と人が持てるようになっても、金銭面で補助してもらっても、悩みの根本である我が子が良くならなければ同じことが続くだけ。 特別支援が始まってもうすぐで20年になりますが、一度も発達障害で悩む子が減った年がない。 むしろ、増え続ける一方。 普通、なんらかの介入をしたら、ポジティブな変化が生じるはずです。 そのポジティブな変化が見られないとすれば、それはその介入が間違っているか、意味がないかのどちらか。 国は長く...

【No.1444】☆祝☆創業30周年~花風社さん

昨日の2月23日、いつもブログで紹介させてもらっている、また私が長年、愛読し、ファンである花風社さんが創業30周年を迎えられました。 一つの会社を30年間もの長い間、続けられたというのは並大抵なことではないと思います。 代表である浅見さんの行動力、社会のニーズや一歩先の未来を読む力、またその時々の課題を解決してくれる人が現れる不思議な縁、導き。 そしてそうやって世の中に送り出された数々の書籍を長年、愛し、応援した読者の人たちがいた結果ではないでしょうか。 30年という月日の中で、どれほど多くの子ども達が大人になったのか。 どれほど多くの自閉っ子たちの課題を解決、また成長を後押ししたのか。 どれほど多くの家族の希望、喜びに繋がったのか。 想像しただけで花風社さんの存在の大きさを感じます。 私個人的なことを書かせてもらえれば、こんなに大きな影響を受けた書籍、こんなに何度も繰り返して読む書籍はありません。 10年以上前に出版された書籍であっても色あせず、何度も読み返しては新たな気づき、また発達援助の指針を感じることができます。 そういった魅力が続くのも、読者の自立心や応用力を信じた書籍づくりがされているからでは、と思っています。 自閉っ子たちを援助するための原理原則、基本となる軸が記されているからこそ、常にアイディアを刺激してくれるのです。 発達相談では悩みの相談と同時に、「おすすめの本はありますか?」と訊かれることが多くあります。 そのたびに本棚にある花風社さんのラインナップから 「〇〇さんのご家族には『脳みそラクラクセラピー』がヒントになるかも」 「いまのお悩みには、『自傷・他害・パニックは防げますか?』が助けになるな」 「お母さんには支援のアイディアというよりも、『支援者なくとも、自閉っ子は育つ』が良いな」 と紹介しています。 発達相談を続けていく中での共通言語&理解にもなるので、よりよい変化と結果に繋がっていると感じています。 花風社さんは特別支援関連の中でマイノリティと捉えられている面もあると思います。 しかし、本当にそうでしょうか。 私の住む函館の書店であっても、新刊が発売されればすぐに棚に並びます。 全国各地出張に出かけても、必ずと言っていいほど、花風社さんの書籍が特別支援コーナーに並んでいます。 たしかにほかの出版社のような大学教授や有名支援者&医師が著者...

【No.1443】理解を助ける支援、援助

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例年よりも雪が多く降った函館。 やはり旧正月を迎えたあたりからプラスの気温が続くようになって、道路のアスファルトが見えるようになりました。 日本の気候、四季から言えば、1ヶ月半のズレがありますよね。 北海道の長い冬がようやく終わろうとしています。 今日は久しぶりのブログ更新で、「理解」について書こうと思います。 相談の依頼の多くは「我が子の発達の遅れを育ててあげたい」「我が子の〇〇について悩んでいるので対処、解決の仕方を知りたい」というものです。 最初はメールの文面でそういった相談がくるのですが、これってAIに同じ文章を書いて送っても良いのでは、と思います。 発達障害の治療や援助の実績は積み上がり、情報は溢れている。 だから、「言葉の遅れを育てたい」とAIに尋ねれば、それだったら「口の発達はいかがですか」「足の親指の力は育っていますか」なんて、すぐにhow-toが返ってくる。 今は完璧にはできないかもしれませんが、そんな時代はすぐそこまで来ているでしょう。 発達の遅れを取り戻した人、育てた人はたくさんいる。 発達障害の人あるあるの悩みを解決した人もたくさんいる。 AIは便利で素早く、そういった人、情報を繋げてくれる。 じゃあ、発達相談の仕事はなくなるか、といえば、そうは思いません。 なぜなら、本当に訊きたいのは育て方、対処法、解決の仕方じゃないから。 発達相談の仕事をして、もうすぐで丸13年になりますが、「悩み事に対する回答が得られれば満足です」という親御さんには会ったことがないのです。 いろんな悩み事、相談事がある。 しかし心から望んでいることは、「我が子のことを理解したい」という想い。 別の言い方をすれば、「理解できるはずの我が子のことが理解できず、苦しんでいる」というのが本当の姿ではないでしょうか。 一番そばにいる親である自分が我が子の言動を理解することができない、わかってあげることができない。 だからこそ、悩むし落ち込むし、その「少しでも理解してあげたい」という想いが本やネットでの情報収集、支援機関、専門家への訪問へとつながっているのだと思います。 私は発達相談という仕事を通して、まず「我が子のことを理解できない親御さん」のことを理解しようと考えています。 繰り返しになりますが、how-toを知りたければ、本やネットを調べれば私に依頼する必要はないのです。 ...

【No.1442】インスタの扉をあけたら時代の変化に衝撃を受けました

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インスタの扉を開けたおじさんは驚いた。 発達支援を謳う人がこんなにもいるなんて。 ほとんどは児童デイや療育機関に所属している人だけど、私のように個人事業で行っている人もいる。 てらっこ塾を立ちげた上2013年は全国的に見ても私くらいなものだったのに。 児発やデイだけじゃなくて、支援者も雨後の筍状態になったのか。 おススメに流れてくる支援者のアカウントと投稿の波に飲み込まれそうになりました。 今の子育て世代に当たる親御さん達はエックスやブログじゃなくて、インスタやTikTokが主戦場だといいます。 さすがに43のおじさんに今からTikTokを始めるのはハードルが高い。 そんな想いでインスタにしたけれども、この短い動画と写真でちゃんと伝わるのだろうか、と疑問に思う。 我が子の発達の遅れが気になる。 そんな指摘を受けた。 それで検索するのがインスタ。 で流れてくるのが、私を含めたよくわからない支援者の顔写真と主張。 この中からどれが良くて、うちの子に合うのか決めるのはとても難しいじゃないかな。 いろんな支援者の投稿を見ていて気が付いたことがある。 結構、身体や神経をターゲットにした療育が多いこと。 こうやったら「目が育つ」「耳が育つ」「身体が育つ」「動きが育つ」と身体からのアプローチで発達を促そうとしている投稿も目立つ。 動画もあるのでいくつか見たけれども、「やり続けたらターゲットとなる神経の発達は促されるよな」と思うことばかり。 でも同時に、「それって発達障害児だけの話じゃないよね」とツッコみが入る。 発達障害が神経発達症になった。 だから神経をターゲットにしたアプローチが増え、効果が出ているのは頷けます。 実際、私も実践してきたことですし。 でもインスタに出てくるアプローチの多くは、神経発達を促す遊びや運動であって、なぜ、その子にいま、それが必要なのか、が示されていません。 幼稚園や保育園で実践されていた養育をそのまま発達の遅れがある子に転用しているように感じます。 ひとことでいえば、誰にでも当てはまる方法。 神経発達を促すアイディアが幼稚園や保育園、運動、スポーツ系から入ってくるのは良いことだと思います。 選択肢が増える、それだけオーダーメイドできる可能性が増えるからです。 一方で、その子のどこに発達の課題があり、生きづらさの根っこに繋がっているのか。 またその発達...

【No.1441】2026年のご挨拶

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今年は帰省しなかったので、函館で新年を迎えました。 大晦日から降り続けた雪が20㎝ほど積もり、朝から雪かき。 そのあと、家族で初詣に行き、やっと今、ほっと一息といったところです。 外も氷点下の気温が続いていますが、やっと雲の合間から太陽の光を確認することができました。 昨年末に書いたブログの通り、今年もますます「発達障害かどうか」「診断があるかどうか」は大きなことではなくなると予想しています。 それよりも大きくなるのが、「あなたは何ができますか?」という問いに対する答えだと思います。 「何ができますか?」の“何”はAIに取って代わられない人間らしさの部分です。 小学生と中学生の子の親ですが、彼らの勉強を見ていると、30年前の私が受けた教育と基本的には変わっていません。 多少、「自分で調べて発表する」といった能動的な内容が増えた感じがしますが、根本は知識の習得であり、輪を乱さない指示に従える人間を作ることになります。 脳みそを鍛えるという意味では9年から12年、それ以上の期間、学校教育で学ぶことは良いのかもしれませんが、敢えて人間がそれだけの時間をかける必要があるのか、と思います。 そういったことはAIに任せて、人間しかできないことをやったほうが良いのではないでしょうか。 人間らしさって何だろう。 人間らしさというのは、自分の意思で、また内側から湧き出る欲求に従って行動できること。 AIには意思もないし、欲求もない。 合理的な結論よりも、ときに非効率で直感的、感覚的な行動ができる。 そこに人間らしさというものがある。 また「肉体を持つ」というのも重要な人間らしさといえます。 コロナ前までは、できるだけ普通級で、できるだけ進学という方向で助言することが多かったです。 実際、そちらの方が社会に出たときの自由度、就職率も良かった。 しかし、社会が大きく変わる今、そういったことよりも、経験と実績、技術を持つことのほうが自由に、また豊かに生きていける可能性が高くなったといえます。 昨年の発達相談でも、こういった社会の変化を念頭にお話をした結果、専門学校を目指したり、アルバイトでも実技を必要とするようなところを選択したり、というような若者とそのご家族が増えています。 コミュニケーションが苦手でも、発達が凸凹してても、知的な遅れがあっても、自分の肉体を使って働ける人間は重宝される。...

【No.1440】AIがチャッピーに変わった2025年

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「AI」と聞けば、なんか遠くの、一部の技術者のものというイメージでしたが、今年はそのAIが「チャッピー」に変化しました。 つまり、私のような一般人までもが専門的な知識も必要なく、簡単に利用できるようになった。 テレビや車が一家に一台に、ケータイが一人一台に。 このようにある一部の人だけが持っていたものが大衆化したとき、それまでの価値観、生活スタイルは大きく変わるのです。 それが2025年を振り返ったときに思ったこと。 AI化が進めば、真っ先になくなるのはちAI」と聞けば、なんか遠くの、一部の技術者のものというイメージでしたが、今年はそのAIが「チャッピー」に変化しました。 つまり、私のような一般人までもが専門的な知識も必要なく、簡単に利用できるようになった。 テレビや車が一家に一台に、ケータイが一人一台に。 このようにある一部の人だけが持っていたものが大衆化したとき、それまでの価値観、生活スタイルは大きく変わるのです。 それが2025年を振り返ったときに思ったこと。 社会のAI化が進めば、真っ先になくなるのは「裁判官」と言われています。 裁判官といえば、かなり優秀な頭を持った人がなる仕事。 あの分厚い六法全集を学び、過去の判例の中から判決を導き出す。 でもAIなら一瞬で判決を出すことができます。 もう知識の量と質では、人間はAIに敵わないのです。 アメリカでは「ブルーカラービリオネア」という言葉が今年を象徴するものになっています。 以前は低賃金だった肉体労働者がいまは大金持ちになっていく。 水道管の漏れの修理だけで1,000ドル以上もしているところもあります。 まさにAIにできない仕事だからこそ、人間、しかも腕を持つ技術者にしかできない仕事だからこそ、このような金額になる。 「AIには難しい」と考えられていたクリエイティブな作業も、かなり質が良いものができるようになっているので、明治以降、追い求めていたエリート像が崩れ去ってしまいました。 「大学に行くと貧乏になる」 これもアメリカで言われていることです。 学校教育も変わっていくでしょう。 いや、変わらなければなりません。 生きていくうえで最低限必要な「読み書きそろばん」以上のことはほぼ必要なくなるはずです。 それよりも子ども時代にいろんな体験、世界を見ることで自分の資質を確認し、なにが社会のためにできるのか、自分の...