【No.1457】「治らない」という意見と、「治る」という意見
お母さんが仕事から帰ってきたら「お父さんが死んだ」と言おう。 そういえば今日はエイプリルフール。 今も昔も、新年度初日を愉しんでいるのは子ども達のようです。 でも息子よ、どうせならもう少しハッピーな嘘にしてくれないかな(笑) 大人の世界では「フェイクニュース」や「陰謀論」など、噓か実か瞬時に判断できない情報で溢れていますね。 ある個人や集団にとって都合の悪いものをそういった言葉で打ち消そうとしたり、逆に都合のよい方向へ誘導しようと捏造し情報戦を仕掛けたり。 人間は「最初に見た情報」と「多数派の意見」を信じてしまう傾向を持っていて、しかも日本人は「権威に弱い」ので真実かどうか確かめるよりも先にコロッといってしまう。 「最初に見た情報」「多数派の意見」「権威に弱い」 まさにハッタツの沼の正体です。 最初に「生まれつきの障害で治らない」という情報に触れ、「育て方のせいじゃない」「支援が必要」「受容が必要」という多数派の意見を信じ、非科学的な問診と行動観察のみの診断名を医師という権威がつけたということだけで受け入れる。 冷静に見れば、ハッタツのギョーカイで言われていることのほとんどが“意見”です。 新生児の脳を調べて、「この子は自閉症ですね」と診断された子も、診断した医師もいない。 育て方は関係ないというけれども、成育環境によって脳や神経発達に影響が出ることは明らかになっている。 支援や受容が必要な子や場合はあるかもしれないけど、それよりも発達の遅れを育て直すことが必要な子、育てなおすことが可能な子もいる。 同じ“意見”だったら、「発達障害が治る」も、「治らない」もその人が信じるほうを選択すればよいのです。 まあ、「治らない」と思って子育てしていると治らないので、その人にとっては「治らない」が真実になるのでしょうが。 この特に親御さんがどう捉えるか、考えるか、は子どもさんの予後に大きな影響を与えると思います。 たとえば、音に強く反応することを「聴覚過敏」と捉えるか、「耳の未発達」と捉えるかで大きな違いです。 なんでもかんでも「特性」と言っちゃうのもそうですね。 「これは自閉症の特性なんです」と言っている家庭のお子さんを見れば、それはまだ学習できていなかっただけだったり、別の課題があってうまく行動がつながっていなかっただけだったり。 多いのは同年齢の子と比べて数年遅れて出てい...