2015年10月7日水曜日

同じ文言を入れなきゃいけないの!?検査所見

どうして検査所見って、こんなに面白くないんだろう。
いろいろな方に、受けたいろいろな検査の結果と所見を見せてもらいますが、どれを見ても同じ文言が並んでいます。

第1位「視覚的な手立てが有効だと言えます」
第2位「日々の生活の中で、見通しを持たせてあげられると、落ち着いて活動できると考えられます」
第3位「マッチングが得意なので、学習に活かしていくと良いでしょう」
あとは、ジグに、手順書に、ルーティンに、環境調整に、興味関心を活かしてって感じ。

字数も限られているし、日々の業務で忙しいのもわかります。
(たま~に「どっかで見たな」という文章も見ます。上書き?参考?定型文?)
でもね、これって自閉症関係の本なら、どこにでも出てくる文言でしょ。
視覚的な手立てが有効なのは分かるから、理解するのに有効なのか、発信するのに有効なのか、学習するのに有効なのか、思い出すのに有効なのか、覚えたことを変更するのに有効なのか・・・っていうように、その人特有の"我が子感"がわかる所見じゃなきゃならないと思うんです。
だって、私、そんな当たり前のことが書いてある所見を見せられても、アセスメントが荒いから結局、細部について確かめるという作業やってますよ。
もし必要な情報がきちんと書かれていたら、すぐに指導に入れます。
これは私の仕事だけではなく、医療や教育、福祉の機関でも。
せっかく長い期間待って、せっかく長い時間と労力をかけて、すぐに活かせるような資料ができなければ、検査を受けたこと自体が"満足"になってしまいます。

検査所見が荒くても、短くても、簡易な文章でも、本当は構わないんです。
ただし保護者の方、もしくは当人がきちんと記述されていない細部まで理解できていれば。
しかし、残念なことに細部まで具体的に理解できている方は少なく、しかも書かれていることがどういう意味かまでわかっていない方も少なくありません。
これは検査者側の問題だと言われても仕方がありませんね。

はっきり言って検査するだけでは何も変わりません。
改めて検査することを通して見えてきた情報、確認できた情報をまとめ、それを実生活に活かして初めて意義が出てくるのです。
ですから、荒い情報ではなく、すぐに活かせるような輪郭を持った情報が欲しいのです。
ワクワクするような検査所見は読んでいて、会ったこともないその人が見えてくる文章です。
保護者の方や本人が説明できるのでも良いので、そんな活きの良い情報待ってます。

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