2018年4月27日金曜日

子どもの側から診断名を見る

現在のところ、自閉症の診断は風邪の診断に近いといえます。
脳波やレントゲン、血液、遺伝子などの数値化されるデータから診るのではなく、風邪のように症状を診て、その種類、重さ、組み合わせから診断されています。
ということは、画像や数値から判断する病気や障害よりも、人が入り込む余地があるのです。


「人が入り込む余地がある」=「医師が恣意的に診断している」と言いたいわけではありません。
診断には、様々な要素が混じり合っています。
診断する側の“人”のみではなく、そのときの本人の心身の状態であったり、家族からの情報、見たてだったりが存在します。
症状だって、強く出るときもあれば、ほとんど確認できないときもあります。
このようなことが考えられるからこそ、事象を反対側から見ることも大事だと私は思います。


私が関わっている方達の多くは、診断を受けています。
医療機関で正式な診断を受けているのですから、その診断自体をどうのこうのいうつもりはありません。
ですが、私は診断名をそのまま鵜呑みにし、前提として支援、援助を進めていかないように心掛けています。
必ず、疑うのではなく、反対側から見るようにします。
例えば、自閉症という診断を受けた方でしたら、「自閉症ではない」というのを否定する作業を私の頭の中で行います。
「私は自閉症である」は、「私は自閉症ではない、ということはない」とイコールになります。


どうして、こんなややこしいことをしているのかと言いますと、自閉症を前提として出発してしまうと、すべての言動が自閉症の特性に見えてしまうからです。
例えば、こだわり一つとっても、それが変化に対応できない、不安や恐怖を感じるからかもしれませんし、単にその対象が好きだから、それ以外を知らないから、たまたま今、マイブームだからかもしれません。
定型発達の子ども達だって、たくさんこだわりは持っていますし、「やめなさい」と言われても止めないことも多々あります。
症状の強度や頻度にかかわる部分でも、障害からくるものなのか、幼さや脳が発達途中、経験不足、練習不足だから自制できないのか、同世代の子と比べて大きな差があるのか、など考えるべきことがあります。


走り回っている子を見て、それが「多動」だとするのなら、「いや、同世代の子と同じような活発さだ」という見立てを否定する作業が必要です。
「同世代の子と同じような活発さ」が否定できないと、多動に見えるし、子どもらしさにも見える、では支援が定まりません。
また「多動だ」とする一方的な見方では、もし子どもらしさ故の活発さだったときに、それを制止したり、「静かに過ごしましょう」と指導したり、動きまわれない環境に変えたりしてしまえば、同世代の子ども達と同じような発散し、発達する機会が失われることにつながりかねません。


咳が出ているので、ただの風邪だろうと思っていたら、肺に重大な病気があった。
症状のみで判断する風邪の場合は、その他の病気が隠れているという点を否定する作業が必要だと思います。
もちろん、この考え方がそのまま当てはまるとは思いませんが、障害名から子どもを見るだけではなく、子ども側から診断名を見る必要もあるのだと思います。
これはひと様の人生に関わらせてもらう仕事をしている者として大事なこと。
「もし私が見誤ってしまい、別の視点から援助してしまえば、その子の可能性を潰しかねない」という恐怖感を常に持っています。
ですから、支援者という立場の心構えとして、診断名の、症状、特性の否定の否定を行っています。


最後にちょっと話が逸れますが、関連したお話。
「支援がないと二次障害になる」と真実のようによく言われますが、この場合は、「支援があると、二次障害にならない」ということが証明されないといけませんし、「支援がなくて二次障害にならない」ということが否定されないといけません。
私の周りにも、全然公的な支援は受けていなくて、二次障害になっていないし、自立して働いている人もいます。
と言いますか、自閉症の特性みたいに二次障害が語られますが、どこの診断基準を見ても二次障害が自閉症の特性であり、診断の必須条件とはなっていません。
長く支援を受けてきた人の中にも、二次障害になっていない人はいますが、それがすべて支援のおかげと言うのなら、親御さんの子育ての影響、学校の先生の影響、そもそも二次障害を起こすような人ではなかった、というのをすべて否定する必要もあります。


まあ、最後と言いながらクドクドと書いてしまいましたが、オチは「話し半分に聞きましょう」です。
ときに支援者は一方からの視点、事実しか言っていないことがあるからです。
診断する人も、支援する人も、そして本人も生きている人。
生きている人間は、留まることなく、常に変化し、発達するものですから、反対側に立って見ることで、その人をより立体的に捉えることが重要だと思います。

2018年4月26日木曜日

「診断できる医師がいない」という訴え

特別支援が始まった当初は、「診断できる医師がいない」とよく言われていたものです。
でも、あれから10年程が経ち、そういった声はあまり聞かれなくなったように感じます。
診断できる医師が増えたという理由からかはわかりませんが、診断を受けた人はたくさん増えました。
現在は昔のサザエさんの歌のように、「あなたもASD、私もASD。こだわるものまでおんなじね」みたいな感じがします。


ASDをはじめ、発達障害の診断を受ける人達が増えました。
当時の人たちから言えば、望んでいた状況に近づいたといえます。
でも、診断を受けた人が診断を受けることによって、自立できるようになった、自分の人生の選択肢が増えた、というような状況になったかといえば、そうとは言えない実態があるように思えます。
特に、以前はそれこそ診断できる医師がいなかったために、診断を受けることの少なかった高機能の人達は、診断を受けることで得られたラクと、その反面で失った選択肢、自立があるように見えます。


では、何故、診断を受けられる人が増えたのに、自立していく人が増えていかないのか。
それは「診断=サービスを受ける手形」になっているという実態があるからだと思います。


そもそも診断とは、自分自身をより良く理解し、成長や自立、選択肢や可能性を増やしていくことが一番の目的であるといえます。
特別支援が始まった当初に診断できる医師を求めていた人達だって、「はい、あなたは自閉症ですね」「あなたはADHDですね」という診断名のみが欲しかったのではなく、どういう特性があるのか、そしてそういった特性に対してどのような対処、方法、支援を行っていけば良いのか、まで診てくれる医師が増えて欲しいと言っていたはずです。
しかし、現状はそこまで診てくれる医師が少なく、診断書を書いて終わり、という話をよく見聞きします。


全国からくる相談メールには、面白いくらい同じことが書いてありまして、診断してくれた医師に行動の原因や特性の背景、どうやって育てていけば良いかを尋ねても返ってくるのは「自閉症だから」と「支援サービスを受けて」の二つ。
確かに、感覚過敏も、こだわりも、問題行動も、大雑把に言えば、その根のどこかに「自閉症だから」というのがあるのでしょうが、それで事足りるなら、ぶっちゃけ医師以外でも言えます。
ある有名支援者が「日本で診断の権限を医師会が手放さないのは、それが利権になっているからだ」と、憤慨しながら言っていましたが、そう言われても仕方がない現状もあるのだと感じます。


ですから、診断の実態が「サービス利用の手形」みたいになっているため、学校や民間の支援者がこぞってアセスメントを行っているのです。
また、そこで新たな利権みたいになっていて、ライセンスが必要なアセスメントだったり、いろんなアセスメントシートから付け足しして独自のアセスメントを作ったりして、何万も、何十万も徴収する。
これってすべて利用者負担になりますし、子どもさんだったら診断を受ける負担、アセスメントを受ける負担が大きいといえます。
で、すべて終わって着いた先が、「一生涯の支援」だったら、なんだそれってなりませんかね。


この頃は、何かあるとすぐに「診断受けたら」「薬飲んだら」と言われるそうです。
実際に関わっている子どもさんも、相談を受けた親御さんのお子さんも、普通級にいるのですが、学校の先生からそう言われたそうです。
そして、親御さんが同意しないと、「前の学校で担任してた子はすぐに受診した」「あそこの病院に行くと、すぐに診断が受けれる」なんて言う。
このように、身内以外の人間が言うのも、また軽々しく言うのも、診断という現状があらぬ方向へ歩を進めていることを教えてくれていると思うのです。


支援者の中にも、「この子には支援が必要。だから、診断を受けた方が良い」なんて言う人もいます。
また、「合理的配慮が求められるから」「金銭的にも支援が受けれるから」「働けなくても、福祉がみてくれるから」なんて言う人もいます。
確かに、診断があることで様々なサービス、支えを得ることができます。
でも、こういったサービスは、本人をラクさせようというのが目的ではなく、本人の可能性をより広げるものであり、また福祉は個人ではどうしようもない状況になったときの支えがその役割です。
なので、サービスを利用するが先にある診断も、支援したい他人が発端である診断も、違うと私は考えています。
というか、民間で支援している私から言えば、診断あるなしは関係なく、治せるなら治せ、ですね。


綺麗事と言われるかもしれませんが、診断も、本人がより良い成長と人生を送るための手段、選択肢の一つだと考えています。
よく医師も、支援者も、「診断はゴールではなく、スタートです」と言いますが、スタートしたあとの道が決まっている、というのはおかしいと思います。
診断というスタートを切ったら、線路が敷かれていて、その線路を進んでいく。
進んでいった先はギョーカイに続き、ゴールが一生涯の支援…。
障害名をオープンにしている人の多くが福祉的就労で、一般就労している人の多くがクローズで就職した人というのは、診断を受けることで得られたものと失ったものを考える事象だといえます。


10年前よりも、診断できる医師は増えたし、診断を受けた人も増えた。
でも、その人の可能性、選択肢を最大限増やすことにつながっているかと言ったら、そうとは言えない現実もあります。
診断を受けることで幸せになれなかったとしたら、それはまだ支援や制度、社会の理解が足りないからなのでしょうか。
私個人としては、診断受けて、アセスメントも受けて、支援サービスを受けて、結局、治らない、一生涯の支援、というのは、本人の幸せとは違う方向へ進んでおり、間違った流れだと考えています。


2018年4月24日火曜日

特別支援の正体

ある日、突然、養護学校は特別支援学校へと名前を変えた。
子ども達は、障害を持っているのではなく、特別なニーズを持っている子ども達になった。
発達支援センターができ、児童デイもどんどん生まれていった。
そして、それまでは支援の対象ではなかった子ども達も、それらのサービスを利用することができるようになった。


大規模な福祉施設からグループホームへ、人里離れた福祉施設からより地域生活の中心地へと社会の空気は流れを変えていった。
ある意味、養護学校時代の象徴と言うべき施設で働いていた私にとっても、これから始まる特別支援は期待を寄せる変化だった。
早期から、そして軽度の子達も、一人ひとりに合った支援を受けられることで、より良い成長と未来へと進んでいけると思っていた。
きっと彼らが大人になったときは、それまでの時代とは異なり、障害のあるなしの線は薄れ、多くの人には見えない線になると思っていた。


今、当時を振り返り、改めて特別支援を見ようとしても、その姿を捉えることはできません。
特別支援とは何ぞや?という問いに、明確な答えが見つからないのです。
私達が「大きく変わる」と感じた空気感は、今も空気のままだった。
いや、今も当時も変わらず、特別支援とはもともと空気だったと私は感じるのです。


それぞれの立場で期待を寄せていた特別支援。
でも、実際は特別支援という何か具体的なものがあるのではなく、それは空気でした。
「何かが変わるぞ」という空気。
その空気に期待を寄せていた人達が多くいた一方で、特別支援とは実態のないもので、空気のような存在であることにいち早く気が付いた人達がいます。
それが一部の支援者たちです。


その支援者たちは、空気を先導し、作る役割を与えられた人達でした。
「特別支援によって、障害を持った子ども達の未来は変わる」という空気を流しました。
その空気は心地良く、本人や家族たちの期待と合わさり、大きな風を生みました。
その風を受け、支援者たちは全国を、また世界を飛び回ったのです。


全国、世界を飛び回っている支援者の姿を見ていた人達は、「自分たちのより良い明日のために、支援者たちが頑張ってくれている」そう思っていました。
しかし、一向に自分たちの元にやってこないのです。
やってきたかと思えば、輸入してきた知識や技能を披露するだけで、いつの間にか、共に頑張るという姿が見えなくなりました。
彼らは一段高い位置から、本人や家族、その他の支援者を見るようになった。


今にして思えば、空気を先導し、作っていた支援者たちの多くに、本人や家族の期待という空気を勘違いする要素があったことが始まりだったように感じます。
彼らにはコンプレックスがあり、愛着形成に課題があった。
また彼らは支援者であったが、当事者の家族でもあった。
だから、特別支援が目指した自立が、真の自立にはならなかったのです。
私達がいう自立は、一人で生きていくための自立。
でも、彼らは口で「自立」と言いながら、心の底では自立してほしくなかった、自分から離れていってほしくはなかった。
彼らの求めていた自立は、自分たちの手の届く範囲での自立であり、自分と当事者、家族が穏やかに暮らせる楽園であった。


そもそも特別支援が始まる前にも、一人ひとりに合わせた支援は存在していました。
本人や学校、家族、地域の人達の間で、みんな自立を目指しての試行錯誤が行われていました。
何も特別支援が始まって初めて、障害を持った子たちへの教育、支援が行われたのではありません。
特別支援が始まる前から、成長し、自立していく障害を持った人達はいました。
「それは今と時代、社会が違うから」と言われるかもしれませんが、今で言えば、知的障害を持った人が一般就労をして生活し、家族を作って生活している人もいます。
特別支援はありませんでしたが、彼らには今よりも自由と選択があったと感じることもあるのです。


特別支援とは、空気のようなもので、掴もうと思っても掴むことができないものです。
ですから、支援者は見えない空気に線を引く作業を行いました。
「ここからは支援が必要ね」「ここからは私達の範囲ね」って具合に。
そして、その線がいつしかどんどん広がっていき、また線の色も濃くなっていきました。
それがこの10年間の特別支援だったように感じます。
結局、特別支援の範囲は広がったけれども、その範囲にいる人達が求めている自立は進んでいかなかった。
むしろ、一度引かれた線の内側に入った人を出ていかないようにするのが支援であり、線の内側をどれだけ支援者を含めた当事者たちにとって楽園にするかが目的地だったようにも見えます。


今こそ、特別支援が生まれた当初の空気感を思い出す必要があると思います。
障害を持った人も、持っていない人も、同じ地域で自立して生きていく社会が私達の望んでいた未来ではなかったでしょうか。
「スペクトラム」なんて言葉が流行ったように、人はみんなつながっており、人と人との間に線引きするのが目的ではなかったはずです。
どんな人も自分の資質を活かし、そして自分と社会の幸せのために生きていけるような多様性のある社会を目指していたのだと思いますし、そういった社会がやってくるのです。


今の特別支援は、支援対象者を区別し、サービスを区別し、選択を区別するような流れがあります。
これは支援者側が作った特別支援だということが明らかです。
本来、特別支援とは本人と家族、そして社会のために生まれたはず。
支援者のために特別支援が生まれたわけではないことのです。
支援者に特別な権限を与え、本人を特別扱いするのを特別支援と言うのなら、私はまだなかった時代の方が良かったと思うのです。

2018年4月23日月曜日

公園内に見える特別支援の線引き

息子と歩いていたとき、通りかかった児童デイの建物を指し、「これは何をするところ?」と言ってきました。
外から中にある遊具が見えていたので、何か遊ぶ場所や習い事の教室だと思ったのでしょう。
小学生の息子に、児童デイの本来の目的と現状について話をするわけにはいかないので、「学校が終わったあと、身体を動かしたり、みんなで遊んだりしながら、自分でできることを増やしていく勉強をする場所」だと説明しました。
そうすると、「僕も行きたい!」というのです。


現在、診断名、療育手帳を持っていない息子は、いくら本人が望んでも児童デイに行くことはできません。
でも、息子の習い事には、障害のあるなしに関わらず、みんな通うことができます。
もちろん、習い事の種類、指導者側の考え方によっては断られる場合もあるでしょう。
しかし、原則、学びたいものを、習いたいことを、自分で選ぶことができます。


雪が解け、温かくなると、放課後の公園には子ども達がたくさん遊んでいます。
そんな中には、児童デイの子ども達もいます。
私はセッションでも、プライベートで子どもと遊ぶのでも、よく公園に行きますので、大型の車に乗って、スタッフの方達と共に遊びに来ているのを見かけるのです。


児童デイの車でやってきた子ども達も、他の子ども達と同じように遊んでいます。
時々、名札を付けた大人が「鬼ごっこをするぞ」と声を掛け、それに集まってくる子ども達を見て、「ああ、児童デイに通っている子達なんだ」と思うくらい。
子ども同士で楽しそうに遊んでいますし、名札を付けた大人も、ベンチに座っている時間が多いので、たぶん、問題なく遊べる子ども達なんだと思います。


で、私は率直に思う。
本当に彼らにとって児童デイは必要な選択なんだろうか。
彼らに教えるべき生活スキル、彼らが身に付けるスキルは、放課後、公園に行き、遊んで帰ってこれるスキルではないだろうか。
もしトラブルや不測の事態が起きるのが心配だとしたら、それこそ、どう対処するかを学び、実践するのが必要な援助ではないだろうか、と。


児童デイを利用するのは、本人のニーズだけではなく、親御さんの事情やニーズというのもあると思います。
でも、どう見ても、彼らは自分たちで遊びを形成し、楽しんでいます。
うちの子は、他の学校、違う学年の子とも、公園に行ったら一緒に遊びますが、彼らは児童デイの子同士、スタッフと一緒に遊ぶように促される。
同じ公園で、同じ位の年代の子ども達が遊んでいるのに、馴染んでいけない集団があるのが私には違和感に感じてしまいます。
トラブルが起きれば、間に入る必要もあるかと思いますが、子ども同士馴染みあっていく方が楽しいだろうし、よい経験になると感じます。


私が学生の頃は、毎日、誰かしらのお宅に訪問し、子ども達の放課後の時間を一緒に過ごしていました。
たった1時間、2時間でも、親御さんに大変喜ばれましたし、学生&素人ゆえのエネルギーで重度の子や行動障害を持った子とも、どんどん公園や公共施設に行っていました。
あのときの私達は、何かを教えることはできなかったですが、一緒に経験することはできたと思います。
何度も通えば、その場に馴染むこともできました。


そんな児童デイがなかった時代、学生に放課後頼るしかなかった時代から、大きく変わった現在。
果たして、本当に子ども達のニーズ、願いは満たされるようになったのか、子ども達の選択肢は増えたのか、と思います。
私は、児童デイに限らず、特別支援が突き進み、もたらしたものは、定型、非定型の線引きであり、親の選択肢を増やすことだったと感じています。


たまたま私が公園で見た子ども達が、自分たちで遊べるくらいの子ども達だったかもしれませんし、そのときは何のトラブルもなかっただけなのかもしれません。
しかし、もし児童デイのない時代だったら、放課後の彼らの過ごし方は違ったかもしれないと思うのです。
地域の習い事に行っていた子もいたでしょう。
同じ公園で遊んで過ごすにしろ、子ども同士の自由な交流は阻まれなかったはずです。
もし足りないスキルがあれば、必死に教えてくれる親や先生がいたと思います。
でも、今は特別支援の名の元に、親ですら手を出そうとしなくなった雰囲気があります。
「ここからここは学校」「ここからここは児童デイ」
定型、非定型の線引きは、時間の線引き、役割の線引きへと浸食してきているように、私はこの10年の歩みを見ています。


冒頭の息子のように、定型発達の子が通いたいけれども、通えない場所がある。
ノーマライゼーションの考え、多様性を認める社会と同じ方向を見ているのでしょうか。
何も、定型発達の子にも、児童デイに通えるようにしろ、と言っているのではありません。
ただ今の子ども達は、将来、多様性のある社会を担い、その中で生きていく人達なのですから、特別支援の名の線引き、分離が進んでいくことは、彼らのためにならないと思うのです。
特別な支援は必要ですが、「ここからここは特別支援ね」という線引きはいらないと私は思います。


私が関わっている子ども達の親御さんの中には、児童デイを辞めた方も多くいます。
親御さんが一緒に公園に通い、そこで我が子に必要なスキルを教えている方がいます。
地域の学習塾や習い事に通わせ、そこで様々な経験をさせ、育てていこうとされた方がいます。
みなさん、特別支援の線を取っ払ったら、自分にできること、そして我が子に必要な機会が、特別支援の外にあったことに気がつけたのです。


「特別支援の内側にいることが幸せ」というのは支援者側の戦略であり、そもそもそんな線引きなど存在していなかったのだといえます。
ないはずの線を引くのは、囲い込みのためです。
社会には特別支援と非特別支援の線引きなどありません。
子ども達が思いっきり遊ぶ公園は、彼らの未来の社会の姿。
本来の支援とは、公園に入る前までの支援のことを言うのだと思います。
公園に入れば、思い思いに、自由に遊ぶ。
「ここからここまでは入っちゃいけませんよ」なんて言って付いて回るのは、支援ではなく、お節介だといえますね。


それにしても、私たちが学生の頃とは違って、重度の子ども達の姿を見かけなくなりました。
彼らも公園で思いっきり遊ぶのは好きだと思いますし、学生時代関わってきた子ども達は、みんな公園に行くとはしゃいで走り回っていました。
重度の子ども達は、放課後、どこに行っているのか。
まさか同じ児童デイの中でも外には行かず、衝立の中で淡々と課題やDVDを観て過ごしていることなどはないと思いますが…。
成長へのエネルギーが使えず、また消化できなかったエネルギーが更なる問題へと向かわせるなんてこともあったり、なかったり。

2018年4月20日金曜日

成仏系支援者

懐かしい歌声が聞こえてくるなと思ったら、息子が熱心に『ゲゲゲの鬼太郎』を観ていました。
近頃、夕方に再放送がやっていて、毎日、そして時々怖がりながら観ています。
私が子ども時代に観ていた話の再放送なので懐かしくもあり、そういえば、同じように妖怪や幽霊はいるのかな?死んだら魂が抜けていくのかな?なんて真剣に考えていたような気がします。


その当時から、もう30年くらい経ちましたが、未だに妖怪や幽霊は見たことがありません。
でも、この仕事をするようになってから、成仏できずに彷徨っている幽霊みたいな人達に出会うことがありました。
成仏系支援者の存在ですね。


成仏系支援者というのは、一見すると熱心な人であり、正義感の強いような人物です。
自分の主義主張をしっかり持っていて、その実現のために世の中に訴えかけます。
行動力もあって、いわゆる“良いこと”を言うので、好印象を持たれ、一定の支持者が周りにはいます。
しかし、その周りにいる人達の入れ変わりは激しい。
その理由は「信じるものは救われる」だから。


成仏系支援者は、悲しい人、辛い人、過去に傷を負った人が好物です。
現在進行形で生きづらい人に対して、「私は、あなたの気持ちがわかります」「私は、あなたを全面的に受け入れます」と、手を差し伸べてきます。
当然、今、辛い人は、その差し伸べられた手を温かく感じ、つないでいきます。
それが周囲にいる人達の中心になります。


このように書くと、良い支援者じゃないか、優しい支援者じゃないか、と感じられると思います。
でも、その裏の顔が出る瞬間があるのです。
それは周りにいる人の辛さが和らぎ、弱々しい存在でなくなると、急に冷たくなることです。
また、その支援者の主張と違う意見を述べると、あれだけ優しく、すべて受け入れるような雰囲気が出ていたのに、頑なに同意しなくなるのです。
成仏系支援者は、雨が降ろうが、やりが降ろうが、決して自分の主義主張を変えることはありません。


ここに成仏系支援者と、私が思う素顔があります。
成仏系支援者は、自分の過去に、自分自身の内側に、行き場のなくなった想いを持っています。
分かりやすく言えば、コンプレックスであったり、過去の自分への後悔や惨めさ、特に子ども時代に負った心の傷があります。
そういった行き場のない想いをはらすために、支援者をやり、主義主張を行っている。
落語家の立川談志さんが「落語は人間の業の肯定」と言っていましたが、それに近い印象です。
「支援は自分の業の肯定である」といった感じで、自分の過去の行い、過去の後悔や惨めさ、傷を肯定するために支援をやっているように見えます。


ですから、自分と同じような弱々しさ、生きづらさを持っている人を見ると、手を差し伸べたくなる反面、自らの足でより良い未来へ進んでいく人には興味がない、または拒否感すらある。
結局、そういった支援者の根本には、自分自身への支援がありますので、生きづらい人を見ては、「そうだ、私の過去は間違っていなかった」と肯定感を感じる。
その一方で、過去と決別し、未来に向かって歩んでいく人からは、未だに決別できずに、成仏できない思いを持っている自分が否定されているように感じてしまう。
なので、周囲にいる人達は、現在進行形で生きづらい人か、過去と決別できずにいる人ばかりですし、当の支援者本人も、強い主張の反面、弱々しさ、生きづらさを漂わせています。


優しい言葉をかけてくれるし、受け入れてくれる広さを感じるのに、他人の意見、特に自分の主義主張に触れそうな意見に関しては、頑として受け入れない固さを感じる。
それは主義主張を固めることで、なんとか心のバランスを保っているからです。
もし揺らいでしまったら、決別できない想いが出てきてしまい自分自身が辛くなってしまうのです。


自分自身で決別できない、処理できない想いを持っていると、周囲や状況、環境を変えることで正当化しようとします。
それに、自分の想いを周囲にいる人達の代弁という形で解き放つこともあります。
たとえば、自分が子ども時代、学校や教師に対するネガティブな感情、出来事があり、大人になった今もそれを引きずって生きている。
そうすると、生きづらい子ども達に対して「原因は学校だ」とやり、学校が悪いところだから、今、あなたは苦しんでいるんだ、と主張する。
でも、これは、今の子ども達を守りたい、救いたいからの言動ではなくて、昔の自分に対して、「子ども時代、僕は苦しんだけれども、それは学校が悪いからだよ」と伝えているだけ。
ある意味、自己治療であり、それによって成仏させようとしているんですね。


自分が子ども時代、親から愛情を感じられなかった、また恨むようなこともあった。
でも、その親に直接想いを伝えることができなかったから、今の子どもを代わりに使って、原因のすべてを「親が悪い」にしちゃう人もいる。
反対に、自分自身が惨めだったと思いたくないから、認めたくないからこそ、親は愛情がなかったわけではない→愛情を持っていたけれども、できなかっただけ→それは社会が母親に冷たかったから、制度を整えていない国が悪いから、と主張する人もいる。


つまり、本来支援者というのは、目の前の子どもや親御さんの課題を解決し、より良い未来に歩んでいけるように後押しするのが仕事です。
ですから、どんな手段や選択、道を通ったとしても、より良くなれば、それが支援者にとっても喜びになるはずです。
でも、やっていることといったら、受容と主張のみ。
受容するのは、その人に重なって見える過去の自分に対する肯定であり、受け入れです。
主張するのは、未だに決別できない想いを、今、苦しんでいる人の口を使って解き放っているのであり、環境を変えたり、主張に同意してもらったりすることで、自分自身の過去は間違えではなかった、辛い思いをしたのは自分のせいじゃなかった、と納得しようとしているのです。


受容も、主張も、本来、当事者の方達、家族の方達が行うものだと思います。
それを率先して支援者の立場の人間がやっているのが、そもそも違和感を感じます。
支援者だったら、具体的なアドバイス、後押しをするのが仕事。
よっぽど精神的に参っていなければ、第三者の知らないおじさんやおばさんに受け入れてもらっても嬉しくはないはずです。
主張だって、どなたかの依頼があって主張しているのか。
治す支援者が、「治らないなんて間違っている」「治っていくのが自然です」とやるのなら分かりますが、何も直接的なプラスになる支援ができていないのに、主張するだけというのもおかしなことだと思います。
ですから、こういった支援者たちを見ると、当事者の方達のためではなく、自分のために支援者でいるのだと感じます。


みなさんの周りにもこういった支援者はいないでしょうか。
生きづらい人が好き、過去に傷を負っている人が好き。
具体的な支援ではなく、受容と主張だけ。
自分の主義主張に触れようとすると、激しく抵抗する。
そして何よりも、支援者の明るさ、やさしさ、行動力に無理が見え、時折、悲しさ、生きづらさを漂わせいる。


そういった支援者というのは、成仏系支援者かもしれません。
成仏系支援者は、自分の中にある成仏できない想いと過去を持っていて、それを肯定するために支援者でいる。
だからこそ、治せないし、そもそも他人を治すことを目的としていない。
「良いこと言っているし、優しいんだけれども、それだけ」という支援者の裏の顔は、他人の不幸、生きづらさを自分の主義主張のために使っている人かもしれません。
こういった支援者は、妖怪や幽霊よりも怖い存在に思えますね。

2018年4月17日火曜日

オーブンレンジに記されていた注意書き

朝ランが心地良い気候になりました。
ほのかな温かさを感じながら走る朝は気持ちが良いものです。
朝日を浴びて、身体を動かすと、一日元気に過ごせますし、ごはんがよりおいしく感じ、より深く眠ることができます。
私は、食べること、走ること、寝ることが好きなので、狩猟採集民の血が色濃く流れているのだと思います。


働いてお金を得ることは、おいしいご飯を食べるためであり、大事な人達と共にその時間を過ごすのが、何よりの至福の時だと感じています。
食べることが好きな私は、料理も好んで行っています。
何を作ろうかと考えるのが面白く、どうやったら効率よく、さらにおいしくなるか、思いを巡らせながら手を動かすのも面白いですね。
健康を考え、油を減らしたいと思っていますので、最近はよくオーブンレンジを使って調理しています。


オーブンの中の焼き具合をチェックするときに、初めて気がついたのですが、サイドに注意書きがありまして、そこには「技術のあるサービスマン以外の人は“絶対に”キャビネットを開けないでください」と太字で強調されて書かれてありました。
確かにむやみに開けると、危険があったり、壊してしまうかもしれません。
でも、その何で?は書かれておらず、すぐ下にはカスタマーサービスの連絡先が書かれていたのでした。


支援者の中には、家庭で起きた問題を「自分のところで支援してどうにかする」という人がいます。
もちろん、根本から発達を促し、発達のヌケを育て直そうとする場合には、そういった別の場所での支援や療育が結果的に家庭での問題解決へとつながることもあります。
でも、基本的には問題が起きた場所に問題があるから問題が起きるわけです。


いくら別の場所でのイライラや不満、疲れが溜まっていたとしても、その場所が本人にとって安定した場所であり、そこにいる人との関わりが心地良いものであったとしたら、問題までに発展しないはずです。
ですから、最優先に変えないといけないのは、その問題が起きた場所であり、そこにいる人。
それなのに「うちの支援機関に来なさい」というのは、自分で原因を探らず、対処せず、「とにかくカスタマーサービスへ」と言うのと同じように感じました。
「素人がやると危ないぞ」というのを醸し出しつつ、自分のところへ誘いだす感じです。


オーブンレンジならカスタマーサービスで治せるかもしれませんが、家庭で起きた問題は支援機関では治せません。
「一緒に協力して問題解決へ向かって頑張りましょう」というのはただの営業トーク。
本気で解決しようと思ったら、家に行って支援するし、ダメ出しもします。
でも、それはやらないから意味不明です。


意味不明と言えば、「家事のできるひきこもりを目指す」と言う支援者に支持者がいること。
まあ、支援者がこのようなことを言うのはわかります。
障害を持った人をめんどりにしたいだけ。
でも、この表現はストレート過ぎるというか、正直過ぎるというか、表現があからさま過ぎる。
他のギョーカイ人は、もう少しうまい表現を使うので、その意図がわからず、支持する人達もいるのがわかるのですが、どうしてこの言葉に共感できるのか、私には理解できないのです。


ひきこもりの人の中には、発達障害を持っている人もいて、実際に家族の相談にのらせてもらったりすると、「せめて家事ぐらいしてほしい」と言われる場合もあります。
また、ひきこもりとは言わないまでも、自立して生活できるくらいまでの仕事を行っておらず、趣味と家の手伝いをして暮らしている人もいます。
でも、彼らだって、最初から「家事のできるひきこもり」を目指していたわけではありませんし、本人も、家族も、今の状態のままで良いとは思っていません。
それは社会だって同じです。


いわゆる知的障害のない発達障害の人達、軽度と言われている人達を支援対象にしたのは、彼らに学ぶ機会を保障し、しっかり学び、自立して生きていけるような、将来の社会を担っていくような人に育ってほしいからです。
どこの社会、国が、皆が働いて納めた税金を家事のできるひきこもりになってほしいと使うというのでしょうか。
特別支援の理念だって、そうだったはずです。
それを国の制度、理念、社会のニーズをぶっ飛ばし、「家事のできるひきこもりを目指そう」などと言う人がいる。
そのこと自体が、そういう考え、思想を持った支援者がいるのはわかるけれども、私には到底理解できません。


さらに、それを支持する人達がいることは、ただただ驚くばかりです。
本当に、自分自身が、自分の子どもが、家事のできるひきこもりになることを目指し、願っているのでしょうか。
やむをえず、また、せめても、という状態の人がいるのも分かります。
でも、心身の状態が安定したら、きっとその先を目指すはずです。
もし本気で、家事のできるひきこもりを目指している本人、家族がいるとしたら、その先が見えないくらい辛い状態の本人や家族が、私の見ぬところに大勢いるということなのでしょう。
きっと、こういった発言を堂々とできる支援者の側には、その支援者が治せない人達で溢れているのだと想像します。


私は料理以外にも、家事全般行います。
掃除だって好きです。
でも、家事だけやって、ひきこもっていなさい、と言われれば、日々辛くなっていくのは明らかです。
私は大事に育てられ、多くの学ぶ機会を得ることができました。
世界や歴史から見れば、恵まれた国で、恵まれた時代に生きていると思います。
たとえ、秀でた能力はなかったとしても、自分に与えられた資質を世のため、人のために少しでも活かしたいと私は考えています。
それは、どんな人も同じであって、そういった想いは内側に存在しているのだと思います。


だからこそ、社会の願いに逆行するのも間違いですが、一人ひとりの想い、資質を否定し、他人がこうあるべきだなどと言うのは大きな間違いだと思います。
幼いときから、一生懸命しつけをし、家事を教えていくのは、将来、家事のできるひきこもりになってもらうためではありません。
その子が将来、より良く生きられるようになるためであり、そして自分の資質を開花させ、社会のために活かしてもらうためです。


問題が起きたら、すぐに助けを求めるのではなく、その場で考え、対処し、行動する。
それでも解決できないときに、専門家に支援を求める。
でも、そのときも、自分の主体性を奪ったり、自分や家族、社会の願いに反する支援をしたりする人は選んではなりません。
自分で問題や課題を解決し、より良い人生を歩むための後押しするのが支援者です。
「あなたの問題、課題、人生をすべて請け負います」という人には気を付けましょう。

2018年4月16日月曜日

「頑張り続けることに疲れました…」

「ずっと頑張り続けることに疲れました」
このような相談を受けることが少なくありません。
不登校やひきこもりの方に多いですね。
また親御さんでも、同じようなことを言う方がいます。


そもそも頑張るのは、自分のためですから疲れれば休んで、元気になったら再び頑張ればいい。
そこに自分の意思があるはずです。
何か目標達成のために、自分の未来を変えるために頑張るのは、心地良い疲れを運んできてくれると思います。
でも、どうも心地良く感じていない、それが辛さとつながっている。
ということは、自分のためではなく、他人のために頑張っている。


その他人が、一番近く、愛情が欲しい人なのは想像するのも難しくないと思います。
頑張る、頑張らないにかかわらず、存在をそのまま受け止めてもらった感覚に乏しい人は、このように頑張る姿を見せることで認めてもらおうと、もがきます。
そのもがき続けることに疲れたというのが、頑張り続けることに辛さを感じている人だといえます。
よく彼らは言います。
「頑張れない、頑張っていない今の状態の自分には価値がない」と。


本人側の背景として、発達の遅れやヌケがあったために、うまく愛着が育っていかなかった、そこにもヌケがあるという場合もあります。
でも、そういった子の親御さんを見ると、「それ何の役に立つの??」みたいな民間の資格を取ったり、ナントカコーディネーターと名乗っていたり、ギョーカイ活動に熱心だったりする。
「私達も輝かなくっちゃ」「輝いている私を見て見て」と言って、Facebookにキラキラ、モリモリ写真をあげているタイプ。
そういうときに、私は思うんです。
あー、親御さん自体が心の底に寒々しさを抱えているのねって。


今でにも、いろいろな方に紹介したり、プレゼントしたりしたのが、花風社さんから出版された『愛着障害は治りますか?』です(kindle版も出ました!)。
この本を読んでから、改めて過去を振り返ってみると、愛着形成に課題を抱えた人が多かったこと、そして今も出会う方達の中に多くこういった課題を持っている人が多いことに気が付きます。
自分を高めるために、またその知識、技能をひと様に活かすために、いろんな資格を習得される方もたくさんいると思います。
でも、そういった人達の中に、頑張ることで自分の存在を確かめている人がいることを感じます。
自分自身のために資格を取り、「私を見て見て」という姿に、自分の寂しさを隠すように高価な物、派手なもので着飾る姿が重なります。


本来、ボランティア活動とは、自分に満たされ感があり、自分に心身の余裕がある人が行うものだと思います。
だけれども、ボランティアをする人自体が苦しそうだったり、援助が必要な状況だったりする人がいます。
誰でも他人から認めてもらうことは嬉しいことではありますが、それが目的でボランティアに従事するのは、それも一種の自己治療なのでしょう。
「嫌だ嫌だ」と言いながらも、講演会のサクラになったり、青いお祭りのボランティアを続けたりするのは、それによって満たしたい何かがあるから。
正直、ボランティアする前に、もっと我が子と向き合った方が良いはずです、という方が少なくありません。
ある親御さんは、「青い光を見ると、現実逃避できるのかな(ブ)」と言っていました。


「頑張り続けないと自分の存在価値がない」と思いながら生きるとは、どんなに生きづらいことかと思います。
それでは疲れ果てて、成長云々以前に、生活するだけで辛いことでしょう。
だからこそ、愛着についても治していく必要があるのだと思います。
で、下手くそな支援者は、「頑張らなくて良いんだよ」「あなたが生きているだけで素晴らしい」とやっちゃうから、何も育たず、変わらず、生きづらいまま。


「ありのままを受け入れる」というのは、主語が親でも、支援者でもありません。
「ありのままでも存在していいんだ」という感覚を本人が持てること、そこまで育つことだと思います。
子育てに悩み、苦しむ親御さんがいるのは、子の成長がわからない、先が見えないだけではなく、「頑張り続けないと、母親として、いや自分自身の存在価値が掴めないから」というのもあると思います。


頑張り続けることに疲れた子のそばに、自分自身を認め、受け止めて欲しい親がいる。
そして弱い立場の人を利用し、自分自身が必要とされることで、愛着不全を治療している支援者がいる。
問題の長期化の背景には、このような三者三様の寒々しさが隠れていることが少なくないと思います。

2018年4月15日日曜日

嫌われることを厭わない親御さんは治している

昨日のブログの最後に、支援者の多くが嫌われるのを怖がる傾向があることを書きました。
それで、ふと思ったのですが、嫌われることを避けたり、怖がったりしている間は、治らないし、治せないということです。


ある程度の年齢、キャリアになって、仕事上、自分のことを嫌っている人がいない、というのは、「真剣に仕事しているの?」「自分なりの信念、哲学をもって仕事をしていないの?」と感じます。
でも、特別支援の世界に入ってから、嫌われないようにしている姿をよく見かけるようになりました。
効率の良い仕事をするよりも、質の高い仕事をするよりも、嫌われない方が大事??と思うような人も少なくありませんでした。
あとから、その背景に愛着形成の課題があることや、支援者という仕事自体に愛着障害の人が多いことが分かりましたが、それまではただただ理解不能、ここは学校か!?というツッコミでいっぱいでした。


支援者の多くに愛着障害があり、嫌われたくない、嫌われることが怖い、という考えがある。
だからこそ、彼らの行う支援、SSTが、いかに好かれるか、いかに嫌われないようにするか、というような方向になってしまう。
だから、治せないし、社会の中では生きづらいまま、理解されないままになります。


で、今日のメインはギョーカイ話ではないので、この辺にして、親御さんの中にもこういった嫌われたくない人、嫌われることが怖い人が多い気がします。
教師や支援者に言いたいことがあっても黙っている人。
でも、本人以外の人には、「〇〇ってダメだよね」なんて言う。
私にも言ってこられる人がいますが、「じゃあ、直接、その方とお話しされれば」「じゃあ、そこを止めれば」と言っています。
だって、何か違和感を持ったまま、問題点に気が付いているのに、子どもをそこに通わせているのは、そっちも問題ですから。
子どもの大事な育つ時期にベストが尽くせないのは、子どもの未来への影響が決して小さくありません。
子どもが成人したあと、「小学校のあの先生が悪かった」「あの支援者の対応が良くなかった」など、いつまで経っても言い続けている親御さんも見かけます。


子どものため、自立のためと思えば、おのずと身体が動き出すのが自然だと私は思います。
でも、その動き出す身体を止めるものがあるとすれば、自分自身の中にある「自分が行動したことで嫌われたらどうしよう」という不安だと感じます。
未だに驚き、理解できないのですが、ママ友の子が通っている児童デイに、自分の子も通わせようとする人がいること。
子ども同士が仲良しなのかもしれませんが、それでも課題や伸ばしたい部分は一人ひとり違います。
結果的に同じ施設ならわかりますが、最初から同じところを選択する。
そして問題があれば、「あの施設はー」とやるだけで、辞めて、別の選択をすることがない。
「みんなが通っているから、うちも児童デイに通わせる」
「あの医師のところに行っても、何の意味もないけれども、申請書のために通い続ける」
「〇〇センターとうまくやっておかないと、あとあと支援が利用できなくなるかもしれないから、手伝いや講演会に参加する」
というのも同じだと思います。
だって、その視点が、子どもではなく、親視点だから。


子どものことを最優先に考えたら、おのずと意見を言わなければならない場面は出てきますし、闘わなければならない場面も出てきます。
特に一人ひとりの発達に大きな違いのある子ども達ですから、一人別の道を歩んでいくこともあるでしょう。
「うちの子には、こういう方法が合ってたよ。やってみたら?」
「あそこの支援を受けたら、問題が解決したよ。相談してみたら?」
と言われても、「うちの子の今の課題は〇〇だから」というように、子ども中心の軸をぶらすことなく、受け入れない、同意しない、という意思を出すことも必要です。
そうでなければ、常に周囲に流され、子どもにブレブレの歩みを後押ししてしまうことにもなります。


子どもを一人の社会人として送りだした親御さん、子どもの課題を解決し、子どもが治っていく親御さんを見ると、周囲に流されない人であり、嫌われることを厭わない人が多い気がします。
治している親御さんというのは、他の親や支援者、学校などに敵がいるものです。
それは「我が子のためにきちんと闘ってこれた」という表れだと感じます。
ですから、私は治していることよりも、そういった親御さん達の姿勢に尊敬の念を抱くのです。


よく「親の私達自身のことも大切にしなきゃね~」と言って、集まっている人達がいます。
もちろん、親も人間ですから、息抜き、休むことも必要。
でも、子育て中は、子どもが最優先だと私は思います。
それが嫌なら、子どもを作らなきゃいいのです。
ある日、突然コウノトリが運んできたわけではないのですから、子ども自身に主体性、選択する力がつくまでは、子を最優先にし、親が責任をすべて負うのは当然のこと。
だからこそ、子どもの今と未来を守るために、親は闘う必要があるのだと思います。
それがヒトの子育ての姿。


子どもは不思議なもので、年齢や発達段階、障害の程度に関わらず、親が自分のことを優先して考えてくれているか、どうかはわかるものです。
それが親子の間での愛着、信頼を育んでいく。
嫌われることを厭わない親御さんの子どもさんを見ると、しっかり愛着と信頼が育っているのがわかります。
ですから、そういった子どもさん達は、主体性、自発性があり、自らの意思で選び、自分の人生を力強く歩んでいっているのだと思います。


敢えて嫌われる必要はありませんし、嫌われるかどうかは相手の感情次第ですが、親御さんのこういった姿勢が子どもの土台作りに大きな影響を与えているといえます。
闘わなければならない場面で、しっかり闘えることこそが、みんな仲良くSSTよりも、より良く生きること、真実の社会の姿を教えるのだと思います。
嫌われるのが怖いと、社会が必要以上に怖く見えてしまいますね。

2018年4月14日土曜日

1%の真実

特別支援や障害者福祉に批判的な意見を述べることが多いので、私のことを「よっぽど嫌っている人」「恨みがある人」「全否定している人」と思っている人がいます。
でも、誰にとっても有害なものであり、無くなってほしいものだとは思っていません。
そういった教育や支援が必要な人はいますし、そもそも必要な人、必要な時期に積極的に利用し、より良い成長、生活、人生へと繋げていけば良いと考えています。
入所施設で働いていたときも、いろんな批判を受けることがあるけれども、入所施設、福祉があることで救われる人もいる、必要な人もいる、と感じながら仕事をしていました。
今は治りたい人、治したい人達と共に歩んでいますが、特別支援、福祉は大切なものだと考えていますし、一緒に働いた仲間たちや同じ志を持った人達がたくさん教育、福祉にいるのも事実です。


じゃあ、なんで批判的な意見を述べるのか。
そもそも私は批判的な意見とは思っていなくて、真実を述べているだけ、情報提供しているだけ、という認識です。
また、ある側面だけの情報を伝えるのはフェアではなく、卑怯だと考えています。
特に、情報の裏を読み解くことが苦手で、そのまま信じてしまう傾向が強い方達、初めて出会う障害、特別支援という不安で、手探りで、情報を欲している家族の方達に向けてブログを書いていますので、内容によっては厳しく、ネガティブな感情につながるような内容でも、きちんと記そう、それこそが誠意である、という想いでいます。
真実を伝えると、相手がショックを受けるから、そこには触れないでおこう、良い面だけを伝えようとするのは、結局、その人のためにならず、自分自身が可愛いがための行為だと思うのです。


ギョーカイ(ギョーカイは否応なしに嫌いですし、潰した方が良いと思ってますが)、支援者が発信している内容を見ますと、「同じ話を聞いたことがあるな」と思うことがあります。
つまり、ギョーカイであっても、障害を持った人を自己治療、食い扶持のために利用している支援者であっても、中には自立する人もいるだろうし、幸せな生活を送っている人もいます。
だから、「支援があって良かった」「特別支援によって成長、自立した」というのは事実。
でも、そういった良かった事実の裏で、選択肢が狭まった人、生きづらいままの人がいませんか?と感じるのです。


特別支援、福祉が、誰かの人生を良い方向へ後押しできた面もあれば、その反対もある。
それなのに、「〇〇療法、サイコー」「一生涯の支援がより良い人生につながる」などとばかりやるから腹が立つ。
「治るなんて言う方がおかしい」も同じ。
実際、ギョーカイ人、支援者、医師に、「この子は一生福祉、支援が必要」「言葉は出ない」「勉強は無理」と言われた人達が、普通学級で学べるようになったり、進学したり、一般人として就労したりしている。
少なくとも、ギョーカイの支援を受けてきた人よりも、成長、自立、選択肢が増えた人が多い。
だから、そのことを言って何が悪いんだと思います。
むしろ、こうやって可能性を広げ、自分の人生を謳歌できている人の話を伝える方が、本人、親御さんにとって力になるはずです。


反対に、暗くなるような話、ネガティブな情報であったとしても、その情報を知ることによって、より主体的に、現実をみて、人生を、選択肢を考えられるようになると思います。
「厳しい話だったけれども、聞くことができてよかった」と言われる親御さんは少なくありません。
ネガティブな情報を知ることが、ネガティブな未来になることとは違います。


自分が関わってきた100人に1人、1000人に1人の話を、あたかも全員が全員、そうなるが如く言うのはおかしなこと。
「その話、いつの話ですか?」と尋ねると、「え~と、10年前」というようなこともある。
「それって、何人ぐらいがそうなったんですか?」と尋ねると、「1人ですが…」というようなこともある。


1%の真実を99%の真実のように述べるのは、どこの世界にもよくあることですが、過大広告に気が付きづらい人、藁をも縋る想いで情報を得たい人の前でやってはいけないと思います。
みんな、そういった人達と関わっているという自覚があるのに、騙すようなことをやるもんだから、より卑怯だと私は感じるのです。
ギョーカイがある一面だけの話をするから、1%の真実のみを伝えようとするから、私はより別の側面、真実があることも伝えようと思います。


意図が伝わらず、離れていった人、怒り、顰蹙を買った人もいます。
でも、私は真実を伝えること、いろんな角度から物事を捉えられるよう情報提供することは、真摯に向き合う姿勢だと考えています。
たとえ、結果として同じ選択肢、道を選ぶことになったとしても、知らないで選択するのと、知ったうえで選択するのは、全然違うはずです。


親御さんご自身ではなく、子どもさんの人生に関わる選択という場合もありますので、あらゆる情報を知ったうえで考え、選択し、歩んでいった貰いたいと思います。
「これを伝えると、かわいそうだから言わない」は、とっても失礼なことです。
かわいそうと思うのは、本人ではなく、自分自身であり、自分自身の価値観だから。
伝えたあと、自分がどう思われるか、嫌われるかは、コントロールできることでも、すべきことでもありません。
大事なことは、本人の主体性を尊重し、自らの意思で選択してもらうこと。
それこそが、本当の支援といえるのではないでしょうか。
まあ、嫌われるのが怖い支援者の多くには難しいでしょうがね(ブ)

2018年4月13日金曜日

なければ、無い方が良い対象を強引に正当化する

障害も、発達の遅れも、感覚過敏も、無いなら無い方が良いに決まっています。
それなのに、一部(?)の支援者と親御さんが強引に正当化し、美化しようとします。
「障害は個性です」「特性は活かしましょう」と支援者が言う。
「障害を持った子が生まれて、私の人生は素晴らしいものになった」と親御さんが言う。
きっと私がその人達の子どもだったら、「お前のために、私の人生があるんじゃない」と憤るはずです。
一般の感覚、社会の感覚と同じように「治してほしい」と願うはずです。


でも、時々、そういった困難を持った本人の中に、「私は障害があって良かった」「私は不登校を経験できてよかった」と言う人がいます。
もちろん、その困難を克服し、治し、自分の強みまで磨き上げられた人がそういうのなら分からなくもありません。
しかし、そういった人だって、困難の真っ只中では「どうにかしてほしい」「ラクになりたい」と思っていたはずですし、もう一度、その困難な状態に戻るかと言ったら、うんとは言わないでしょう。
結局、今、そう思えている、ということ。


で、だいたい無いなら無い方が良いものを「あって良かった」と言っている本人というのは、周りの人間に洗脳されている人であり、「あって良かった」と言ってなきゃやってらんね~という状況の人です。
無理やり不自然な価値観を生みだし、それを丸飲みしようとしている。
「ただでも苦しい状況なのに、そんなの丸飲みしてさらに苦しくない?」と私は率直に思いますし、それ以上、苦しまなくて良いでしょと思います。
やるべきことは、苦しい状況を丸飲みし、受け入れてしまうことではなく、その状況を打破し、苦しみから抜け出すこと。
それを手助けするのが、支援者であり、家族の存在だと思うのです。


それなのに、苦しむ本人以外の人間が自己満足のための価値観を植え付けようとする。
特に子どもに対して行う場合は、教育でも、支援でもなく、ただの洗脳。
「きみの障害は個性なんだよ」「否定するものではないんだよ」「良い面もたくさんあるんだよ」
素直な子どもがそのまま受け取ってしまったら、彼らの発達、成長する動き、エネルギーを削ぐことにならないでしょうか。
それに今、自分が感じている生きづらさに対して大人は何もしてくれない、そのままでいろというのは、子どもに無力感を持たせるものにならないかと思います。


いじめはダメだけれども、それをきっかけに学校に行けなくなった子どもに対して、「学校に行かないことは悪いことではない」「学校はきみを守ってくれない危険な場所」「学校に行かなくても、立派な大人になった人は大勢いる」というのも同じだと思います。
いじめは嫌だけれども、学校に行きたいと思っているかもしれない。
感覚過敏が治り、刺激の影響が少なくなれば、みんなと同じように学びたいと思っているかもしれない。
そういった想いを、大人側の想いやコンプレックスから生まれた価値観で覆い隠してはいけません。


啓発活動がうまくいかないのは、こういった一般的な感覚から外れた価値観を押し売りしてくるからです。
個人で、またギョーカイ内、限られた集団の中で、その特殊な価値観を持ち、満足しているのなら、私は何も言うことはありません。
しかし、往々にして、その特殊な価値観を受け入れない社会を「理解がない」と批判する。


「障害、発達の遅れを治そうとしています。でも、治るまでに時間がかかることや協力、配慮してもらいたいことがあるので、理解してください」と言われれば、「そうか、協力できることはしよう」という人も増えてくる。
だって、無い方が良いものを無くしていく、と言っているから。
反対に、「無い方が良いよな」「その状態はまずいよな」と思うことを、いくら熱心に、お金と労力をかけてやっても理解されません。
啓発活動をやればやるほど、離れていく人が多いのは、その価値観が受け入れられないからですし、押し売りされているように感じるからです。


よくナントカ会といって集まっている人達というのは、そういった特殊な価値観を受け入れられる空間を味わっている場合が多いと感じます。
啓発活動が熱心な地域ほど、ナントカ会が活発。
それは自分たちの価値観が受け入れられないという熱量を身内で集まって発散してバランスをとっているのでしょう。
そもそも本人の生きづらさ、困難が克服できているのなら、啓発も、ナントカ会も、ニーズがありません。


特殊な価値観を生みだし、それを受け入れようと努力する時間があるのなら、その生きづらさの根本をどうにかした方が何百倍も良いはずです。
生きづらい状況を、「これが私の人生だ」と受け入れるよりも、どうにか良くはならないだろうか、少しでもラクになるように動こう、と思う方がより良い人生につながると思います。
またそれが支援者の役目だと思います。
それを一緒になって、というか、支援者が率先して「生きづらさを受け入れよう」と言うのはおかしなことです。
教祖様になりたい支援者が洗脳し、治すだけの腕のない支援者がそれを隠すために方便を使う。
それが、無いなら無い方が良いものを「あってよかった」なのでしょう。


最後に、こういった内容を書くと、「障害者を否定するのか」「マイノリティー、苦しむ人を否定するのか」と息巻く人がいるものです。
こういった人は大概読解力がない人か、障害と自分がくっついてしまっている人。
障害=自分、困難=自分と思うのなら、それこそ、洗脳されている証拠であり、身体や感覚が育っていないのでしょう。
それか、自分という存在を与えられるものか、得たものでしか感じることができない人。
「頑張っている自分しか価値がない」「何もしていない自分はダメな存在」と、常に「何かしないと自分の存在が認められない、評価されない」という強迫観念を持った愛着障害の人なのでしょう。
自分と障害、困難とがちゃんと分かれていないと治せないですし、治すための一歩が踏み出せません。
「治すなんて差別だー」は、自分という輪郭が掴めていない人の特徴です。

2018年4月12日木曜日

良い支援という理想郷を求めて

「良い児童デイ、知っていますか?」と尋ねられると、私は「知りません」と答えます。
何故なら、良い児童デイなどは存在しないからです。
これは当地の児童デイがろくでもないと言っているのではなく、また児童デイという存在意義が見当たらないと言っているのではありません。
児童デイを利用することで伸びていく子ども達はいますし、中には課題を的確に把握し、そこに対して適切なアプローチができる支援者もいます。
つまり、「良いか、悪いか」と見ることがおかしいのだと思います。
良い児童デイ、施設ではなく、子どもに合っているか、合っていないかであり、もっと言えば、その時々の子どもの課題、伸ばしたいところを親御さんが理解したうえで、それに適切なアプローチができる場所か、どうかなのだと考えています。


児童デイに限らず、「良い施設は?」「良い支援者は?」などと表現する方達がいます。
しかし、こういった発言が出ている段階では、子どもさんを治すことは難しいといえます。
実際、私が接してきた限りでは、まずうまくいっていない。
どうしてかと言いますと、良い支援を求めている時点で、他者に委ねようと身体が動き出しており、また支援、子育てに正解があるように錯覚してしまっているからです。
もちろん、自分ができない部分を施設、支援者に頼ろうと積極的に動かれている親御さんも中にはいますが、多くの方は理想を探しに行こうとする雰囲気が漂っています。


「自分はまだ知らないけれど、自分の地域にはないけれども、理想の支援があり、理想的な地域がある」
そんなまだ見ぬ理想郷を求めて、厳しいようですが、彷徨っている親御さんは少なくないように感じます。
これはギョーカイのセールストーク、理想の支援があれば、理想的な地域があれば、子ども達の生活、未来は輝けるものになる、というのを素直に字義通りに受け取ってしまっている影響もあるのでしょう。
でも、はっきり言って、そんな理想的な支援、地域などは存在しません。
もしそのようなものがあれば、全国から人が殺到するでしょうし、国を挙げて公的なプログラム、制度にするでしょう。
そんな現実がないのが、何よりの証拠です。
むしろ、ギョーカイの言う理想的な支援を受け続けた人ほど、人生の選択肢が狭まり、自由を謳歌できずにいます。
ギョーカイの言う理想郷は、ギョーカイにとっての理想郷であり、自分たちの鳥かごのことを指しているのです。


理想的な支援とは、作り上げていくものだと私は考えています。
理想的な支援がどこかにあるのではなく、自分たちで作っていく。
それが子育てであり、自立していくことだと思います。
万能な支援がないように、万能な支援者などいません。
一人ひとりの発達は異なりますし、その時々で必要な刺激、援助が異なるからです。
また発達、成長は多様であり、他人が関われるのは全体ではなく、部分です。
そして何よりも大事なことが、発達、成長する主体は本人ということ。
どんなに優れた支援者であっても、発達、成長する主体を代わってあげることはできないのです。


私はよく「支援者は使い捨てにするもの」と言います。
私の支援、援助が必要なくなれば、バサッと捨ててもらって結構です、と伝えます。
つまり、私が援助できることは、部分的で、一時的だということ。
ですから、私が真面目に仕事をすれば、必ず必要がなくなるときがきますし、それまでの間、私が持っているものの中から、自分に活かせるものを抜きとって、今後の人生に持っていってもらえれば良いのです。
そういった本人が主体的で、自分に合った支援を作り上げていこうとする姿勢があれば、自然と受ける支援は“良いとこ取り”になるのです。
「この部分は、この施設」「この時期は、この支援者」という選択の積み重ねが、その子にとって理想的な支援を作ることになり、また私達が生きる社会を理想郷にすることができるのだと思います。


「良い児童デイ、知っていますか?」と尋ねている時点では、治ることも、治すこともできません。
「我が子の〇〇という部分を育てたい」「〇〇という課題をクリアする後押しがしたい」
そういった考え、親御さん自体にも主体性があった上での「良い児童デイ、知っていますか?」なら、私は全力で協力しようと思います。
先進地域と呼ばれていた場所が、軒並み残念な場所になっています。
全国からくる相談を聞くたびに、驚くような支援、私が学生だった頃の支援が展開され、また有難がっているその地域の人達がいるという現実を知るのです。


今、地域の中で、自分の資質を活かして働いている人、自分の人生の自由を謳歌できている人、そして治り、普通の人として学生生活、社会人生活を送っている人は、みなさん、理想郷を求めて辿りついた人ではなく、自分で理想の支援を作り上げ、その場を理想郷にした人です。
ですから私は一人でも多くの方達に、まだ見ぬ理想郷がどこかにあるのではなく、自分たちで作り上げていくものだと知ってもらいたいと思うのです。
特別支援に関して遅れていると言われている地域にも、治っている人がいます。
治そうと思えば、どこに住んでいても治していけるのです。

2018年4月11日水曜日

不適応行動の意味

今も使われているかはわかりませんが、『不適応行動』という言葉があります。
いわゆる問題行動の言い換えです。
「問題」という言葉が「本人の問題」「本人が問題」という雰囲気をもろに出しますので、本人と家族への忖度であり、環境調整を支援の中心に据える集団の中で用いられていた言葉ですから、「あなた(支援する側)の支援が悪い」と言いたいがために、そういった言い換えがあったのだと考えられます。


こういったギョーカイ内の論理はどーでも良い話なのですが、「適応」という視点を持つことは大事だといえます。


ヒトは環境に適応することで進化し、生き延びてきました。
未熟な脳、身体で生まれてくることが、その人類の歩みを表しているといえます。
もし、まったく環境に変化がない世界だとしたら、柔軟に適応するための余地など残さない身体で生まれてくるはずです。
環境に適応できなければ、生きることも、自分たちの種を残すこともできません。
つまり、ヒトは環境適応を念頭に形作られており、柔軟に適応できるために繁栄してきた生き物だと考えられます。


このように考えると、子どもの発達は「環境への適応」と見ることもできます。
身体の形や機能など、基礎的な部分は受け継ぎ決められたものといえますが、どのように感覚を発達させ、どのように動きを発達させ、どのように知能を発達させるかは、環境によるところが大きいと思います。
環境が、その人のある部分の発達を促したり、抑制したりすることで、変化をもたらす。
ですから、より良く生きるとは、より多く、より高度に発達、成長することではなく、より環境に適した形で発達、成長することだといえます。


発達障害を持つ子ども達は、感覚や動き、認知に不具合があります。
感覚面に辛さがある子は、感覚面で環境との不適応を起こしているといえます。
その辛さを無くす方法には、二通りあります。
環境を変えるか、その環境に適応できるように育てるかです。
多くの特別支援は、本人に合わせて環境を変えます。
辛くなる刺激を統制することで、その場に適応できるように支援します。


もちろん、辛い刺激を制限し、心身を安定させることは大事であり、必要なことです。
しかし、環境を変え続けていると、その人工的な環境への適応が始まります。
その環境が居心地よくなりますし、目や耳がその環境に適した形で発達します。
それが進んでいくと、特別な環境ではうまく生活できるけれども、いったん外に出ると不適応を起こすようになります。
それを見て支援者が「ほら、環境調整が大事だ」と言いますが、自然な環境ではなく、特別な環境へと適応させてしまったともいえるのです。


子どもの育ちに関わる人間は、子ども達の生きる環境、将来、生きていく環境を念頭に置かなければなりません。
何故なら、ヒトは環境に合わせて発達する特徴を持っているからです。
特別支援、特に環境調整型の支援の弊害は、人工的な環境が、人工的な発達をもたらすところにあります。
本来、特別支援とは、将来、子ども達が生きていく環境に適応できるように育て、支援することが役割です。
しかし、一般的な環境に適応できない、不適応を起こしている子ども達、発達段階の子ども達に対して、適応できる環境を用意することは、根本的な問題の解決にはなりません。
そればかりか、ますます特別な環境でしか生きられなくなる人を作ることになるのです。


特別支援が、より専門的で、マニアックになっていくほど、ますます一般的な環境、将来、生きていく環境に適応できなくなる。
特別支援に熱心になればなるほど、一般的な環境で生きづらくなり、自立が遠のいていくのは皮肉なことです。
ヒトの歩みを考えれば、生きていく環境で不適応を起こしているのなら、そこで適応していけるような発達を援助していくのが自然な流れだと私は思います。


環境調整した中で、不適応行動を起こす子どもがいます。
支援者から見れば、環境調整の仕方が悪いということになりますが、子どもの視点に立てば、この環境が合わないという訴えです。
家庭や地域、社会の中で不適応行動を減らしていく、適応できるように成長していくのが望ましいことであり、目指すべき姿なのです。
特別な環境の中のみで安定しているのを喜ぶのは支援者だけ。
特別な環境が居心地悪くなり、不適応を起こすのは、ある意味健全なことであり、自立へ向かって歩みだした表れです。


目の前にいる子は、どこで適応し、どこで不適応を起こしているでしょうか?
その場所によって、適応の意味、不適応の意味が違ってきます。
将来、子どもに生きていってほしい場所、環境に合わせて、子ども自身も、子どもの脳も、身体も、感覚も育てていくことが大事だと考えています。

2018年4月10日火曜日

特定の療育への傾倒が自立を遠ざけていく

「うちの子には、〇〇療法が合っているんです」と話す親御さんの横で、目が笑っていない子が立っていたりする。
特定の療育が話題の中心になると、熱量が高いのはいつも本人じゃない人。
熱量のバランスが崩れている親子、支援者と本人というのはよく見る姿であり、往々にして本人が伸び切れていない状況があります。
こういったとき、私は「特定の療育への傾倒は本人を救うものではない」と思うのです。


特定の療育への傾倒は、親を救い、支援者を助ける。
そんな風に私は感じます。
特定の療育に傾倒することで、親は主体性を預けることができます。
本来、子を育てるとは、試行錯誤、選択の連続です。
その試行錯誤、選択には、自分の中に軸がなければできません。
その軸を特定の療育に移譲することで、主体的に行動しなくて済むようになります。


主体性がなければ、ただただ特定の療育を信じ、求めるだけで良くなるのです。
そこにセンスや腕、責任などの個人が問われなくなる"間"ができます。
熱心さが唯一の価値基準になる。
ただ一心に求めるだけで、特定の療育を信じあう集団の中では、子ども想いの良い親として振る舞うことができる。
そして、その集団の中では、自分の居場所が確保され、生きやすくなる。


特定の療育だけで、すべてが万々歳、自立して生きていける、ということはありません。
その限界には、特定の療育を提供する支援者だって気が付いています。
何故なら、あまたある療育方法のほとんどが対処療法であり、対処の連続は真の意味での自立を生まないからです。
対処療法は、対処し続けることで、自立“的”な生活を送る、というのが目標になります。
私達がイメージする『自立』は、根本から育ち、治すことでしか達成されません。


本人の自立が中心でないとしたら、支援者の見る向きは親となります。
『自立』は本人の言葉、『対処』は本人以外の言葉。
「私は自分のことを対処します」「僕はこれからの生活に対処していきます」とは言いませんので、対処療法の対処をするのは、親御さんになるのです。
よって、対処し続ける親御さん、対処を気に入ってくれる親御さんが、特定の療育を存続させる土台になります。
自分のところの療育に傾倒してくれる親御さんを支援者が励まし、褒めたたえるのは、自分たちを助ける存在だからです。


「私には〇〇療法しかありません」「〇〇療法じゃなきゃ嫌だ」
そんな風に訴える子どもはいません。
特定の療育にこだわるのは、親の趣味嗜好であり、子ども達にとってはラクになれて、より良く成長できる方法だったら、何でも良いはずです。
子ども達が求めているのは、自分にとって“いいとこどり”。
ですから、特定の療育にこだわる家庭の子ども達は、いつも息苦しそうに見えるのです。
特定の枠組みが、本人の発達、成長、可能性よりも小さい場合がたくさんあります。


特定の療育にこだわる親御さんのお子さんは、重い知的障害を持っていたり、明確な発信がみらえれないことが多いです。
またそうではない場合も、本人の主体性が育っていないことが多いといえます。
本人に主体性、選択する力、訴える力があれば、特定の療法にこだわる状況など生まれないのです。
本人が必要な方法を選び、合わなくなった方法は切り捨てていくからです。
それが自然な成長する姿であり、自立への道。
特定の枠組みの中に立ち続けることが、居心地悪くなるからこそ、自立への一歩を踏みだすことができるのです。


特定の療育への傾倒していくのは、自分の居場所を求めているのだと思います。
でも、特別支援の中に居場所を求めるのは、本人ではありません。
本人たちは、社会の中に自分の居場所を作りたいと思っているはずです。
特定の療育や支援者からの支援を受けているうちは、自立できません。
子ども時代は親が一番の支援者であり、成長するにつれて、一番の支援者が自分自身に移り変わっていく。
自立とは、自分で自分のことを支援できる状態を指すのだと考えています。
特定の療育に傾倒していけばいくほど、自立が遠のいていくのは、こういった理由があるからだと私は思うのです。

2018年4月9日月曜日

子どもの発達を止めるのは難しい

発達障害は、発達しない障害のことを表すのではないのですから、今、この瞬間にも発達しています。
特に神経発達が盛んな子ども達は、息をするように発達する。
ですから、子ども達の発達を止めようとするには、それなりの覚悟と労力がいるのだと思います。


子どもの発達を止めるには、刺激を与えないのが一番です。
神経発達の一番の栄養素が刺激だからです。
ひとたび、刺激が得られれば、待ってましたと神経が反応し、全身に電気が流れます。
そして繰り返し刺激が駆け巡れば、神経が伸び、繋がりが強くなっていく。
よって、大元の刺激を遮断するか、刺激が少ないような単調な生活、変化のない生活へと環境を調整するのが、発達を食い止めるには有効です。


「子どもの成長が見られない」「変化がない」と嘆く方がいます。
先に述べたように、子どもは息をするように発達するのですから、その人からは見えていないだけで、子どもの内部では神経が踊っている、ということもあります。
そんなときは、「まあまあ、もうちょっとお待ちになって」と言えば、私の仕事はおしまいです。


しかし、悲しいことに、「そりゃあ、そんな刺激のない生活を続けたら、無理もない」という場合もあります。
パニックを起こさないように、問題行動を起こさないように、が結果として、子どもから刺激を奪うことになる。
問題を起こす機会と発達を起こす刺激の物々交換です。
自分で交換しといて、あとから文句を言うのはよろしくありません。


また「子どもに変化が見られない」には、実は変化している、成長している、ということもあります。
一言で言えば、伸びる方向の違いです。
子どもの持つ躍動する発達を人工的な環境の適応に、特別な文化の学習に向かわせているのです。
社会に出る前の学び舎が、社会から陸続きではなく、分断されていると、その特殊な環境に適応しようと動き出します。
家と学校と児童デイで見せる顔が違う、というのは、それぞれの環境に適応するためにエネルギーを使っているとも言えます。
「場所場所で異なるルール、教え、文化を学ぶのを頑張っているよ。だから、神経の発達よりも、将来の自立よりも、こっちの勉強頑張ってる」という声が聞こえます。


社会では使えないSST。
助けるはずの構造化が必要なくなったけれども使ってます、からの特殊な手続きの習得。
良い行動にはご褒美、悪い行動には無視が、これまた特殊な手続きとなり、同時に支援者の価値観の学習になる。
子どもに変化がないのではなく、特殊な文化の学習に費やしているだけということもあります。
「息子さん、ちゃんと成長していますよ。〇〇という文化を学び、身に付けているでしょ」
親御さんはあっけにとられます。
学校に、児童デイに適応しているし、特別支援を、〇〇療法を学習している。
社会の基準、自立という目標、発達障害を治す、という視点で見れば、変化がない。
だって、それとは異なるベクトルに向かって成長しているのですから。


子どもの成長、神経の発達を止めようとするのは、とても難しいことです。
敢えて止めようとしなければ、止まりません。
ですから、「無理させない」「失敗させない」「変化させない」は、「ありのまま」よりも良くないといえます。
刺激や変化が統制された環境にいるよりは、何もしない方がよっぽど発達、成長する機会があります。
それ特別支援だ、それ〇〇療法だ、と言っていない時代の子ども達の方が自立していく人が多い。
逆を言えば、特別支援にどっぷり浸かっている人で自立していく人がほとんどいないということであり、それが何よりの証拠。
今みたいに、知的障害のない人がバリバリ福祉を利用しているのは、特別支援の産物とも言えます。
社会に出るための特別支援ではなく、社会と分断され、離れた特別支援は特別支援のための特別支援。
特別支援という文化への適応であり、学習になります。
変化、成長がないのではなく、特別支援という方向へ成長、発達しているということ。


特別支援を止めたら、成長、変化が見られることもあります。
「やっぱり合っていなかったんですね」と相談者から言われることもありますが、合う合わないではなくて、刺激を与えなかったら伸びるものも伸びないだけ、特殊な環境に適応し、学習していただけです。
子どもが伸びない、変化がない、というのは珍しいことなのですから、そういったとき、私は「お子さんが受けているのは、特別支援教育ではなく、特殊教育ですね」と言うのです。

2018年4月2日月曜日

時計の針を進める力

「今の日本はー」「今の世界はー」などと言う人がいますが、時間という縦軸で捉えると、少しずつですが確実に良い社会になっていますし、人類史上、一番良い時代を私達は生きているのだと思います。
飢えに苦しんでいる人もまだたくさんいますが、人類の歴史のほとんどは飢えとの戦いであり、今のように食料がある時代はつい最近の話です。
世界の平均寿命は延び続け、子ども時代に命を落とすものは減り、自らの命を全うすることのできる人達が大勢いる世の中。
争いによって命を落とす人も、争い自体も減ってきているのです。
ヒトが受精した瞬間から発達、成長へと進んでいくように、人類自体も少しずつですがより良い方向へと進んでいます。


私の中にはこういった考えがありますので、時計の針が進めば、より良くなっていくものだと思っています。
ですから、私が携わっている特別支援の世界もより良い方向へと進んでいく、変わっていくと思います。
一部の人間が自分たちの商売と愛着の埋め合わせのために、発達障害の人達をそのままにしておこうとしていても、社会のニーズと人類の歩みを見れば、より良い方向が治る方を向いているのが明らかです。
どんなに抵抗する人がいようとも、自然な流れ、治る流れは止められないはずです。


流れは治る方向へと進んでいますが、その時計の針をより早く進めている人達がいると私は感じています。
その人は自分が学び、深め、得てきた知見を伝えることで、時計の針を押しています。
その人は方々に散らばった知見を集め、縁を結び、一つの形として作り上げ、発信し、残すことで、
その人は自分の人生と真剣に見つめ、良かったことも、そうではなかったことも、向き合う勇気と力強さを発揮することで、
その人はより分かりやすく、より相手の心に直接的に語り掛けることができる資質を磨き、活かすことで、
その人は親としての本能とまっすぐな親心によって我が子を治し、社会に送りだすことで、時計の針を押してます。
こういった人達がいるおかげで、時計の針は5年、10年と早まっている、早めることができていると感じます。


人類の歴史から見れば、5年、10年などは一瞬といえます。
でも、今を生きる私たちから見れば、その5年、10年はとても大きな意味を持ちます。
5年早く時計の針が進めば、小学1年生の子が12歳になる頃に得られたであろう知見を今得ることができるかもしれません。
10年早く時計の針が進めば、これから10年の間に生まれてくる未来の子ども達が生まれ出た瞬間から治す道を歩むことができるかもしれません。
人にとって5年、10年はその人の人生に大きな影響を与えます。


自分の仕事を振り返れば、理想には程遠く、時計の針を進めるような活動はできていません。
かろうじて流れを感じ、その流れに合わせ、遅れないように必死についていっているという状態だといえます。
しかし、いずれかは治る方向へと進んでいる時計の針を押すような仕事をしたいと思っています。
たとえ1日でも、1時間でも、1分でも良いので、時計の針を進める動力になりたい。
それができれば、自分の命をきちんと使えたと感じられるような気がします。


本日より開業6年目に入ります。
10年一区切りと考えれば、折り返しに入りました。
自らの腕を磨き、一人でも多くの方達の治るための後押しをすることが中心のままですが、それと同時にどうすれば時間の針を進める仕事ができるかも考え、模索しながら走っていきたいと思います。
6年目のてらっこ塾もよろしくお願いいたしますm(__)m