2018年11月29日木曜日

情報提供しているだけ

「出張に行った、行く予定」に対して、「売名行為だ」「自慢している」と言われました。
生きづらーい(;´∀`)


出張に行ったのも、行く予定も事実だし、何よりも道外に出張に行ったからといって、偉くもなんともない。
徒歩圏内で相談、発達援助を行うのも、飛行機に乗って相談、発達援助をするのも、何ら違いはありません。
やることは一緒。


むしろ、我が子のために、今後のより良い子育てのために、時間とお金をかける親御さんの方が何百倍も偉い。
だって、それだけ真剣に子どもと向き合い、今という時間を大切に感じているのだから。
世の中にはエラソーなことは言えるのに、行動できない人がたくさんいる。
だからこそ、私は行動できる人を尊敬するし、その人の願い、要望なら全力で応えたいと思います。


出張の話をしたのは、全国に同じ想いをしている親御さん達がいることを伝えたかったから。
時々、ブログに載せる子どもさんの話も、親御さんの話も、そう。
治る人、治った人、治るための知見やそれを持っている人は増えてきたけれども、まだまだ多数派にはなっていないし、まだまだこういった事実を知らない人が大勢います。
治る道を歩みだした人だって、身近に共感してくれる人がいなくて、孤独感を持ちながら進んでいる人だっています。
だからこそ、私が関わらせてもらった子どもさん、親御さんで、ヒントになるエピソード、励まし、希望になるエピソードがあれば、それを紹介させてもらっています。


私が関わった人達のエピソードを載せるのは、ただ単純に知っているからです。
知らないことはブログに書けません。
しかも、私が関わったから良くなった、治ったなんてことは思ってもないですし、そんなはずはありません。
何度も言うようですが、私に治す力はありませんし、治すのは本人であり、家族です。
本人が発達のヌケを育て直す行動をし、家族がそれを後押しするための行動をしたから、治ったのです。


今までにも、いろんな方達の育み方、発達のヌケの育て直し方を一緒に考え、伝えてきました。
でも、治らなかった人、治っていない人もたくさんいます。
「ああすれば、根っこが育っていき、伸びやかに成長できるのに」
「ここから育てていけば、ラクになるのに」
私がそう思っても、やるかやらないかは、本人、家族が決めることです。
その行為、行動自体を私が決めることも、やらせることもできないのです。


やればいいのに続かなかった、そもそもやらなかった、なんてこともあります。
当然、私は残念な気持ちになりますし、悲しいですし、自分の力のなさを痛感します。
でも、それは仕方がないのです。
治す主体は本人で、子育ての主体は親御さんだから。


治そうと思っていない人を治すことはできません。
治すか、治さないか、どう子育てを行っていくかは、本人と親御さんが決めることです。
ですから、私の仕事は情報提供すること。
「こうしたら治るかもしれない」「こうしたらグッと成長できるかもしれない」「こうしたら今よりもラクになれるかもしれない」
そういった情報を言葉で、行動で、雰囲気で、ニュアンスで伝えていくのが、私の仕事。
その情報をどう受け取り、どう判断し、どう行動に結びつけるかは、私の範囲ではありません。


素晴らしい本や知見、実践家の方を知れば、それを伝える。
関わった方の中に、素晴らしい取り組みやアイディア、エピソードがあれば、それを伝える。
全国で治す道を懸命に歩んでいる方達がいれば、それを伝える。
これらはすべて、私が多くの方達、特に子ども達に治ってほしい、と願っているから。
私が全国の子ども達のうちに行くことも、私自身が治してあげることもできない。
だからこそ、自分ができるギリギリのラインである治るための情報を伝えているのです。


相談や出張の依頼からは、身近に共感してくれる人、治す道を進んでいる人がいなくて、孤独感を感じている、という雰囲気があります。
なので、そういった方達の希望や励みに繋がるような治る情報と治る道を歩んでいる人達のエピソードを伝えようと思っています。


最初から「私には治せません」と言っている人物の『治ったエピソード』は、なんの売名行為にもならないでしょう(笑)
出張に行くのだって、私の事業形態が可能なものになっているから、依頼がきて、それに応じているだけです。
偉いのは、大きなお金を出してまでも、我が子のために頑張ろうとしている親御さん。
そして、その親御さん達を後押ししているのは、その地域の支援者たち、ギョーカイたち(ブ)


だから、私はなんも偉くないし、すごいわけでもありません。
私は、したい仕事を自分で作って、しているだけ。
仕事ができて幸せなのは、函館でも、道外でも変わりがありません。
なので、敢えて「道外からも、出張の依頼が来たぜ、イエーイ」なんて言う必要はなく、言っても自分の仕事の腕が上がるわけではありません。
まあ、ひがんでいる暇があるのなら、ご自分たちの腕を上げるために研鑽を積むことだと思うだけですね。

2018年11月28日水曜日

支援者に手柄などあるわけがない

数年に渡って、一人の若者を鳥かごの中に押し込めようとしていたのにも関わらず、本人が仕事を始めると、「あなたは自立できる人だと思っていた」と言ってしまう、あまちゃん県の支援者。
散々、人権侵害してきたし、同県のギョーカイ人達がひどいことを行ってきたのを見聞きしていたのにも関わらず、そこで本人のことを守ろうともしなかった、「それはおかしい!」と同県のギョーカイに抗議をすることもしなかった。
本当に、この若者のことを信じ、自立できるような人だと思っていたのだったら、必死に守るし、一緒に闘うはず。


言葉なんて、あとからでも、なんとでも言えます。
100万歩譲って、本当に可能性を信じていたとしても、ボーと見ているだけだったら、それは同県のギョーカイと同じ。
身近に、自分を助けてくれる人、応援してくれる人、そして何よりも一緒に理不尽と闘ってくれる人がいなかった、その孤独感、喪失感を想像したことがあるのか、と言いたい。
行動が伴って初めて、言葉に信用が生まれるもの。


本来なら、「申し訳なかった」と謝り、自分の見る目の無さ、ウデの悪さ、行動に移せなかった卑怯者の心を悔やむのが、ヒトとして、ひと様を支援する者として自然な姿。
自らの過ちに気が付くからこそ、今までの己の支援、同県のギョーカイのあり方から、切り離すことができる。
そして、より良い支援、支援のあり方へと変わっていくチャンスを得る。
本人が変わったのに、支援する側が変わらない、というのはあり得ないこと。


結局、こういった支援者の変わり身、手の平返しは、あわよくば自分の手柄にしたい、という想いの表れです。
あまちゃん県に限らず、こういった類の話は、よくあることです。
だって、私だって、何度も経験しているから。
あれだけ「この子が、一般就労を目指すって(笑)」「IQが上がるわけないでしょ」「感覚過敏は治らないの、それが障害だから」と言っていたのにもかかわらず、治ったり、一般就労したりすると、「うちの支援が良かったから」「うちの学校の教育が良かったから」と言う。
しかも、それを対外的にも言ってしまう。
学校見学のときの実績として、講演会のネタとして。
「てらっこ塾??そんなのやめちまえ」と言っていたのにね。


ギョーカイというのは、一般就労した人、自立した人、治った人の話を欲しているんですね。
だって、自分たちの関係者にはいないから。
みんな、年がら年中、「生きづらい」と言い、その生きづらさの一つすら解決したことがないんですもん。
挙句の果てに、「治らないのは障害だから」「生きづらいのは社会のせいだ」とまで言ってしまう。
だからこそ、少しでも接点のある人が、一般就労したり、治ったりすると、それを外に向かって言ってしまうのです。
というか、言わないと、結局、治せず、対処療法と青いお祭りしかしてないことがバレチャウからね。


支援者が大きく勘違いしているのは、自分たちが手柄を得られると思っていることです。
支援して、その人が自立したり、就職したりしても、支援者の手柄にはなりません。
動いたのは、本人であり、家族だから。
コネと力関係でねじ込む福祉的就労やグループホーム入所は、そりゃあ、支援者の手柄といえるかもしれません。
でも、自立や就労、特に治るに関しては、本人が治したから治ったのです。


昨日のブログと通じますが、本人と家族がしっかりと土台を育んだから、発達のヌケを育て直したから治るのですし、そこから本当の意味での自立や就労が始まります。
支援者なんていうのは、万能な能力を持っているわけではありません。
一般の人より、経験と情報を持っているくらいなもの。
その限られたものの中から、本人と家族が主体的に利用するのが自然な関係性。


私も仕事で、見たてや育み方の提案、技術転移を行いますが、それだって情報提供しているにすぎません。
関わった家族の方達から治った報告を頂くことがありますが、それだって本人が治そうと動き、家族が育み、後押しをした結果です。
治したのは、本人と家族であり、私はただ情報提供をしただけ。


だからね、支援者が「手柄」なんていう言葉を考えた時点で終わっているのです。
支援者は、本人と家族に利用してもらうもの。
主は、絶対に支援者側になりません。
支援者側に主体が来ないのだったら、そこに手柄などあるわけがないのです。


治ったのは、本人の頑張りの結果。
自立できたのは、家族の育みと後押しの結果。
支援者とは、その姿を見て喜ぶのが仕事。
「一般就労できたのは、私の支援のおかげよ」というようなヤツは、支援者の風上にも置けない人だといえますね。
その考え方自体、ギョーカイ臭が漂っています。

2018年11月27日火曜日

治したいと思うのは、誰か?

支援者や学校の先生からも相談や助言を求められることがあります。
自傷や他害などをどうにかしたい。
対処療法ではなく、根本から育てていきたい。
そういった熱い想いをぶつけてくれます。


根本から解決したい、育てていきたい、というのは、親御さんに近い視点です。
ということは、それだけ目の前の子どもとしっかり向き合えている証拠。
だからこそ、私はそういった支援者、先生たちを応援したいと思います。


でも、治すのは支援者でも、先生でもありません。
治すのは、本人であり、家族。
発達の土台、根本を育てようとすればするほど、家庭に突き当たるのです。
自然な家庭での営み、子育ての中に、根っこを育てる舞台がある。


いくら療育機関や学校で解決しよう、治そうとしても、時間も、環境も、日常の部分であり、断面でしかありません。
発達とは、本人の主導で育まれていくもの。
「さあ、療育の時間です」という具合にはならないのです。
生活の土台、生きる土台である家庭の中で、やりたいときに、やりたい育ちをとことんやり尽くすことによって、発達が満たされていきます。
安心した雰囲気の中、本人のペースで発達が育まれていく。


発達のヌケは、支援機関に通う前に、学校に入学する前に、できているものです。
なので、やっぱり支援機関も、学校も、“治す”にふさわしい場所ではありません。
発達のヌケは、ヌケが生じた環境で育んでいくのが良いといえます。
ですから、支援者や先生が、根っこに注目し、それを掴もうとすると、家庭と繋がっている。


家庭での育みがなければ、いくら外で頑張っても、課題の解決には至りません。
脆弱な土台の上に、何かを建てようとしても、不安定で、すぐに崩れてしまうからです。
相談やアドバイスを求められる方達の悩みの本質はここ。
結局、問題行動も、発達の課題も、根っこから育てなければ、という想いを抱いている。
でも、自分たちが関われるのは、生活の一部。
だから、どう頑張っても、自分たちの関わりが根っこを養う力までに及ばない。
支援者や先生が頑張れば頑張るほど、その支援、指導が、上辺へのアプローチになってしまい、バランスを崩すことに繋がるというジレンマを抱えている。
案外、何もしない同士の方が、子どもは安定しているもの。


家庭という土台、発達の土台がしっかり養われて初めて、支援者や先生の支援、指導が活きてくるのだと思います。
家庭で、快食快眠快便を整えること、身辺スキル、基本的な生活習慣を身に付けること、しっかり遊び、親子の間で愛着の土台を養うこと、これらが育まれてから、本当の学びが始めるのだといえます。
栄養も十分に摂れず、夜も遅くまで起きていて、不満やイライラを抱えて登校してくる。
その子の問題行動、発達の課題を、どうしたら学校で解決できるというのでしょうか。
支援者、先生からの相談のほとんどは、「それって家庭の問題でしょ」という一言で終わるものが多いのです。


私も、以前は、同じような悩みを抱えていました。
だからこそ、私は家庭支援を始めたのです。
本人が変わる前に、家族、特に親御さんが変わる必要がある。
何故なら、発達の土台、根っこは、家族であり、家庭に存在するものだから。
「学校や療育機関がどうにかしてくれる」「専門家がどうにかしてくれる」ではなく、親である私が治す、私達が自立するまで育ててみせる。
そういった想い、主体性を持つことが、治るための一歩だと言えます。


本人を中心とし、家庭が頑張り、学校が頑張る。
家庭が土台を養い、学校が学力や技術を養っていく。
そうやって自立までの後押しをしていく。
家庭がしっかりしていれば、支援機関に通わなくとも、学校が残念だったとしても、ちゃんと育っていくものです。
反対に、家庭が残念だと、いくら支援者、先生が頑張っても、ほとんど効果はありません。


ですから、支援者、先生の役割は、きちんと直言すること。
言うべきことは、きちんと言わなければなりません。
私も、たくさん直言してきました。
その結果、利用が終わった家庭もたくさんあります。
でも、仕事のために接待するのは決して良くないこと。
子どもにとって、家族にとっても。


ですから、療育機関、学校で起きる問題にどう対処したら良いか、育てたらよいかが悩みなのではなく、家庭に直言できない自分と向き合うのが悩み、ということ。
本気で治そうと思えば、家庭に変わってもらう必要があります。
また家庭に、その気が無いのなら、諦めるのも一つのアイディア。
治そうと思っていない人、支援を受けて生きていければいいや、という人は治せません。
「治したいと思うのは、誰か?」
そういった問いかけを自分自身にすることも大事だと思います。

2018年11月24日土曜日

個人が、個人で治していける時代へと移り変わる時期

相談にいらっしゃる方達から、「どうして、同じ地域に大久保さんのような人がいるのに、支援機関の人達は教えてくれなかったのでしょう」と言われることがしょっちゅうです。
いつものことですから、私は「組合に入っていないからでしょうね」と答えています(笑)


支援センターとは、公的な機関であり、その地域の資源でもあります。
だから、本来は「この地域には、こんな資源、サービス、人がいて、現在の相談内容からしますと、こういった選択肢が考えられます」と提示すること、そして相談者の意思と選択を尊重した上で、相手の機関とつなぐことが役割だと思います。
最初から、紹介するところ、除外するところを決めておいたり、支援者側の都合で勝手に相談者の選択を誘導したり、決めたりするのはもっての外。


なんとか“センター”というくらいですから、地域という円の中心に存在していて、相談者の利益につながるような情報とアイディアと結びつける。
でも、実際は、地域という円ではなく、自分たちを中心とした円を勝手に引いてしまい、そこに入る組織と入らない組織かを見定めている。
青いお祭りは、いわゆる踏み絵です。
だから私は、誘われても「NO」と言い続けた。


結局、自分たちで引いた円の中に入った組織、人間だけで、パスを回し続けます。
障害者支援とは、利用すればするほど、儲かる仕組みだからです。
ちゃんとパスを返してくれる組織にだけ、パスを出す。
一つの機関で抱えていたら、その機関のみしか、回数が増えていきません。
ましてや、自分自身で解決したり、家庭での取り組みだけで治ってしまったら大変です。
だからこそ、お互い裏で悪口を言いながらも、支援機関、支援者同士で繋がりを持つ。
だからこそ、相談者に提供する情報は、支援者が事前に選別しているのです。


事業を起ち上げた当初、「あそこには挨拶行っといた方が良い」「あっちとは敵対しない方が良い」「あの人とはつながっておいた方が良い」などと言ってくる人達がいました。
その人達は親切心で言っていたのかもしれませんが、私には意味が分かりませんでした。


私が組織の中にいる人間なら、そういった振る舞い、行為をすることが、組織に適応し、地域に適応することへとつながったのかもしれません。
でも、私は事業を起ち上げたのです、独立したのです。
起業の醍醐味は、自分が掲げる理想的な社会、地域に向けての挑戦ではないでしょうか。
少なくとも、私はその挑戦権を得るために、独立したともいえます。


第一、私の挑戦は、この地域に選択肢を作ること。
「支援一辺倒ではなく、育ちを」
「子育ての主導権を、もう一度、家庭に」
「一生涯の支援から、自らの足で歩む人生へ」
既存の大きな組織、影響力を持った人間と手を結ぶというのは、地域の目で見れば、ただ既存の組織の外部機関が一つできた、ということと違いがありません。
既存の組織、特別支援の焼き増しをやるくらないなら、最初から起業などしないのです。


起業から6年目。
当初の理想であった地域の選択肢の一つになる、ということはまだまだ実現していません。
しかし、その一方で、この地域以外の方達から相談や出張の依頼が来るようになりました。


全国から依頼が来るようになったのは、私が地域の既存の組織と手を結ばなかったからだと思います。
起業当初に言われた「あそこに挨拶」「あっちの仲良く」をやっていたら、こういった今はなかったはずです。
どこの地域にもある従来の特別支援、療育を行う人間だったら、わざわざ他県から依頼が来るわけがないのです。
つまり、事業を起ち上げてから言われたアドバイスはすべて「この地域でうまく商売するには」という前提があったということです。
もちろん、起業時には「全国に出張して」などとは考えていませんでしたので、アドバイスの本当の意味には気が付いていませんでした。
でも、私に言い寄ってくる面々を見ますと、惹かれるような仕事、子育てをされていなかったため、「この人達の言うことは聞かない」と判断することができました。


どこの地域も同じだと思いますが、従来の組織は、「回数を増やせば儲かる」という仕組みに、体制として組み込まれてしまいました。
既存の組織、支援者たちに、この凝り固まった体制を批判することも、ぶっ壊すこともできません。
支援者のバイアスのかかった情報、アイディアしか得られない支援センターに、自立も、治るも存在しないのです。


これからは、自立した人、治った人とが、個人と個人でつながる時代。
自立したい人は、自立した人と繋がる。
治したい人は、治した人と繋がる。
地域の大きな組織、中心的な組織、支援者と繋がることの意義はなくなったのです。
むしろ、既存の体制に組み込まれる危険性があり、マイナスにすらなります。


自立や治すには、組織との繋がりは必要ありません。
必要なのは、主体的に考え、選択し、実行する力。
個人が、個人で治していける時代ですから、従来の「一生涯の支援」「支援者との繋がり」なんていう価値観をいち早く捨てたものから、治っていけるのだと思います。
まあ、既に若い世代の親御さん達は、そういった価値観すら最初から持っていない場合もありますが。
今、変化の時期なので、従来の価値観とこれからの価値観が混在しているのだと言えますね。



2018年11月20日火曜日

地域が問われない時代、問われるものは?

スマホを使えば、簡単に情報が得られる時代です。
ですから、治したい人、一生涯の支援ではなく、育んでいきたい人にとっては、良い時代になったのだと思います。
以前ですと、地域によって違いがありました。
どういった資源があり、どういった学校、支援者がその地域にいるかが、子ども達、親御さん達に大きな意味をもたらせていたといえます。
「先進地域」などという言葉が使われたことが、それを物語っていたと思います。


でも、今は「先進地域」などと言われません。
何故なら、先進的な“地域”はなくなったから。
あるのは情報であり、その情報を得ているか、どうかの違いになりました。
地域に関係なく、治したい人が治していける時代になったのは歓迎すべきことだと思います。


特に、成人した方達にとって、「地域が問われなくなった」というのは素晴らしいことです。
自らの意思と主体性で支援を、生活を、人生を選択できるようになったのです。
昔のように、障害を持った人を地域の支援者、支援機関が結託して鳥かごの中に押し込めようとしても、「こんな支援、方法がある」「全国には、違った選択をし、自立できた人もいる」と闘うことができます。
そして全国の心ある人達と繋がることで、自分の身を守ることができるようになったのです。
どんなに辛い状況だったとしても、主体性を失っていない限り、自ら治していけるし、治すアイディア、育むアイディアを持っている人と繋がることができます。
ですから、どんな地域に住んでいようとも、たとえ味方が周りにいなかったとしても、応援してくれる人を求め、全国に心と身体を動かすことができるのです。


若者や成人した人達にとって、素晴らしい時代になったと言えますが、子どもにとってはそうとは言えない現実があると思います。
何故なら、自分以外の意思と選択に左右される可能性があるから。
つまり、親御さん次第で、大きく変わるということです。


情報を自由に選べるということは、偏りが生じるのです。
情報がたくさんあるからこそ、親御さんの選択によって近道にもなれば、遠回りにもなる。
ある意味、迷子になる子が出てくる時代。


地域に固定されていた時代、左右されていた時代は、みんな同じ方向に進むので、良い結果、残念な結果というゴールは違いますが、その子だけ迷子になる可能性はなかった。
地域も、その子ども達、若者たちに合わせて設計されていきますので、そういった面での生きづらさはなかったといえます。


でも、今は違います。
情報を自由に選択できるということは、同じ地域にいたとしても、その子の未来に大きな違いが出てくるのです。
治そうとする親御さん、育もうとする親御さん、自立を目指す親御さんと、一生涯の支援、社会の理解ガー、対処療法と外注子育ての親御さんとは、まったく異なる道を歩むことになります。
つまり、親御さんの姿勢、情報の選択、主体性と行動力が問われるのです。


素晴らしい実践家の先生を求め、各地に足を運んだり、書籍やネットから情報を得たり、治している親御さんとつながったりする親御さんがいます。
一方で、当日が近づいているのにもかかわらず、定員の数の1割も満たない高名な先生方、特別支援の世界をリードされている方達の講演会に、サクラとして動員させられる親御さんもいます。
地域の支援者から、同じ親御さん同士から目を付けられないように、ポイントを稼ぐために、やりたくない雑用を断らず、引き受けちゃう親御さんもいます。
こういった姿勢の違いが、子どもの未来に関わってくるのは当然です。


自分のポジションを守るため、自分の愛着の課題を癒すために情報収集している親御さんの子は、後回しになります。
まずは、親御さん自身が治る必要があるから。
自己治療のための情報を得たあとに、子どものための情報を探すことになるから。
でも、実際は、子どもの情報を得るまでに至らない親御さんが多い。


「うちの地域は…」という文言は、ただの言い訳という意味しか持たなくなりました。
地域に関係なく、治している人は治っているし、自立している人は自立しているから。
しかも、地域の支援を利用することなく、自分自身で、家族とともに育むことで。
せっかく全国どこでも治していける時代になったのですから、支援者の一生涯の支援を受けなくても働き、自立できる時代になったのですから、その時代の素晴らしい面を享受していきましょう。


生物は強いものが生き残るのではなく、環境に適応できたものが生き残る。
これからの時代で言えば、自らの手足を使い情報を得て、主体的に選択しながら、より良い未来を築いていける者が、豊かな人生を歩んでいけるのだと思います。

2018年11月19日月曜日

先輩たちが歩んでこられた途中から、堂々と子育てを始めれば良い!

一般の教科書』と『特別支援学校・知的障害者用教科書』というブログに対する反響が続いていまして、わざわざメールで感謝の言葉をくださる方もいらっしゃいます。
それだけ存在を知らなかった人が多かったということだと思います。
メッセージをくださる方達の様子をお聞きすると、どうも都会だから知っている、地方だから、小さい学校だから知らない、ということはなく、学校、それこそ、担任の先生たちの考え方が大きいような印象を受けました。


どんな背景があるにせよ、「その教室内で教科書がどのような扱われ方をしているか?」は、その学校、教室、先生の教科学習に対する考え方が表れていると思います。
どう考えても、プリントのみで、教科書の内容を網羅することも、教科書で得られる知識、学力を身に付けることも難しいでしょう。
いつも批判され、この地域では存在しない事業となっているので、たまに感謝の言葉を頂くと嬉しく思いますが、せっかく情報が得られたのですから、その情報を活かし、お子さんのために時間を使ってもらいたいな、と思っています。


「情報を得ながら、子育てをしていく」というのは、すでに一般的になっていますし、必要なことだと思います。
子どもの数は減る一方ですし、核家族化なんて、わざわざ言われもしなくなりました。
おばあちゃんと地域にいた先輩ママ達が、スマホに替わったのです。
「今の親はスマホばかり」と言う人たちもいますが、スマホに頼らざるを得ない現実もあるのだと思います。
遠くの親戚より、近所の知らない他人より、スマホが助けてくれる時代。


スマホが助けてくれる時代を生きているのですから、上手に利用すれば良いと思います。
特に、発達障害の子ども達の育み方は、大いに利用すべきだと思います。
治った子の親御さん達、治ってきている親御さん達の子育てにはアイディアが詰まっています。
もちろん、そのまま真似をしても、うまくいくことはないでしょうが、我が子の子育てを考えるきっかけになります。
そして、我が子に対する育みに、より多くの時間を注ぐことができるようになります。


情報を得ることは、時間を生みます。
例えば、今回の教科書の話。
これを知るだけで、知らなかったときよりも時間を有効に使うことができるのです。
「うちの子、学力が身についていかないな」
「支援級に行かせたのは、本人のペースで、しっかり学んでほしかったはずだよな」
「このまま、プリント学習のみだったら、普通級の子ども達との差が広がるばかりだよな」
そんなモヤモヤした時間を一気に吹っ飛ばすことができる。
親がモヤモヤして動けない時間は、子どもにとっても動いていけない時間になります。
だけれども、「一般の教科書以外にも、教科書がある」という情報を知っているだけで、先生に尋ねることができる、要望することができる、家庭で学ぶようにシフトチェンジすることができる…。
「疑問を感じる→教科書の存在を調べる」という時間を、子どもへの後押しの時間に変えることができるのです。


治している親御さん達というのは、ご自身の手と足でいろんな情報を掴み、そしてそれを基にたくさんの試行錯誤をされてきた方達だといえます。
「こんな取り組み、教え方、育み方をしたら、治った、治らなかった」という経験をたくさんされている。
そんな先輩たちが一生懸命歩んできた道、切り開いてきた道を、今の親御さん達は途中から始めることができる。
ですから、ありがたく、そこから始めればいい、と私は思います。
治している親御さん達というのは、他の子ども達が治ることも、心から喜ぶ方たち。
そして何よりも、社会が彼らが治り、活躍することを願っている。


私は、苦労も、失敗も、悩むことも、より良く生きることに繋がる意義のあることだと考えています。
でも、必要な苦労と、そうではない苦労があると思います。
親御さんが「おかしいな、特別支援って」と思うところ、理由に辿りつくまでの時間は、悩む必要のない時間。
「一生涯の支援」は、ギョーカイのセールストーク。
「社会の理解ガー」は、治せない腕を隠すためのカモフラージュ。
「自立を目指す」と言いながら、ずっと支援者がくっついてくるのは、支援者自身の愛着障害。
違和感を感じ、モヤモヤし、やっとギョーカイの仕組み、残念な特別支援へと気が付いた頃には、子どもが大きくなっている。
これはとってもモッタイナイこと。
支援者は愛着障害を持っている人が多く、支援は利用してくれることで儲かる仕組み。
これを知っていれば、不必要な苦労をしなくて済みます。


支援者との関係、特別支援との関係に悩む時間があるのなら、子どもの生きづらさが解決し、より良く育ち、治っていくための時間に使った方が良いです。
そのために、情報を得ること。
支援者が垂れ流す情報、選別されて渡してくる情報を受動的にただ受け取るのではなく。
主体的に、治っている親御さんから、治った親御さんから、子どもを幸せにする情報を掴んでいくことが、これからの子育ての姿、発達援助の姿。


同業者から、私の事業を紹介されることは、まずありません。
でも、相談、依頼してくださる方が、この地域にも、全国にもいらっしゃる。
そんな皆さんに共通するのは、「きっと子どもをより良く育てる方法がある。私がまだ見つけられていないだけで」という想いを持ち続けていること。
ある親御さんは、一年以上、いろんなところを尋ね歩いた、ネットで検索し続けた、という方がいました。
そんな姿勢を知り、私はこのご家族は治していける方達だ、と思うのです。


このブログを読んで、連絡をくださる方も少なくありません。
私は、素晴らしい実践家や親御さん、素晴らしい本も、どんどん紹介します。
私を呼ぶ前に、家庭でできることもお教えしますので、ご安心下さい(笑)
ギョーカイのように、先に選別し、自分に都合の良いような情報しか伝えない、なんてことはしませんので(ブ)

2018年11月18日日曜日

自然治癒力に期待し、沿う仕事

相談を受けた親御さんが仰っていました。
「公的な機関は、すべて行きました」と。
役所の相談窓口、保健所、児童相談所、教育相談所、支援センター、子育てセンター、学校のコーディネーター、カウンセラー・・・。
考えらえるところはすべて行き、相談されてきたそうです。
でも、誰一人、訊きたいことに答えてくれる人はいなかった、と。


親御さんは、お子さんの生きづらさを解決したかったのです。
親としての心構え、対応の仕方を知りたかったのでも、考え方を改め、悩む気持ちを抑え込む方法を知りたかったのでもありません。
親の代わりに支援をしてくれる場所、その利用手続きの仕方を知りたかったわけでもありません。
一緒に悩みを共感してくれること、そういった仲間、居場所を作りたかったわけでもありません。


子どもの生きづらさの原因を知り、そこへのアプローチを、どうやって育てていけばよいか、育んでいけばよいかが知りたい。
その想いを持ち続けた結果、私との縁が生まれました。
本人とお会いし、発達のヌケ、未発達の部分を確認。
そして、親御さんと一緒に、受精から今までの物語を紡いでいきました。
その物語を聞き、最後に親御さんは「数年間、ずっと靄がかった中を生きてきましたが、一気に晴れた気がします」と言っていました。


一回目の相談を終えたあと、次にお伺いすると、親御さんも、子どもさんも、一気に変わっていました。
間隔も短かったですし、具体的な発達援助のアイディアは1つ、2つと言ったところでした。
でも、これだけ一気に変わった。
ですから私は、このご家族には、「生きづらさには、原因がある。根っこがある。そして育てる方法がある」ということを知る、というのが、一番の望みであり、発達援助だったと思いました。


別のお子さんですが、最初の面談のとき、「ぼく、ふつうになりたいんです。ふつうになれますか?」と言ってくる子がいました。
私はすぐに、「ふつうになりたいんだ。いいね。おじちゃんが、普通になるお手伝いするよ」と返すと、ガラッと表情が変わり、子どもらしい笑顔が出るようになりました。
まるで、抑え込んでいたものが一気に飛びだしてきたみたいです。


あとから親御さんに聞いた話では、ずっと「普通になりたい」という気持ちを抑え込んできたそうです。
先生や支援者などに言うと、「普通にならなくて良い」「〇〇くんは、そのままで良いんだよ」と言われ続けてきたそうです。
そのたびに、その子は悲しい想いをしてきたとのこと。
そして初めて、普通になることを応援してくれる人、間違えじゃないと言ってくれる人と出会え、とても喜んでいたことを教えてくれました。


確かに、「普通」ってなんだろう、どういう状態を言うのだろう、と私もわかりません。
でも、その子は、その子の考える普通があり、その言葉の深くには、成長という方向へ向かって進んでいきたい、という想いが脈々と流れていたのです。
私は、その匂いを感じたので、「普通、いいじゃん!」と言ったのです。
その子の想い、エネルギー、発達が向かいたい方向へ後押しするイメージを込めて。


「普通になりたい」と言った子は、今でも感謝されるのですが、本当に私は何もしていません。
ちょっと一緒に発達に繋がる遊びをやっただけ。
その子が自分自身で「普通」に向かって進んだだけ、いや、走っていっちゃった、というのが私の感想です。
この子の場合は、普通に向かいたかった流れを解放させるお手伝いが必要だったのでしょう。


私は発達援助、相談を通して、いろんな方達とお会いしますが、このように一人ひとり、心身と発達が欲するものが違っています。
本人と家族に技術転移をする前に、治っていく人達がいるのです。
そんな姿から私は思うのです。
その人の内側に、発達、成長する力、治っていく力があるのだ、と。
その力が何らかの原因により発揮できていないから、本人は悩み、家族も悩むのだ、と。


発達、成長する力、治っていく力が発揮できない理由が、発達のヌケ、遅れである場合があります。
そのときは、見たてとアイディアをお伝えし、自分たちで育んでいけるよう教えていくのが私の仕事。
しかし、実際は発達のヌケ、遅れだけが原因なのではなく、言葉や知識など、外部から侵略してきたものにより、内側に力が留められていることもあります。
だからこそ、本人の言動には表れない本当の願いに耳を傾け、その匂いを感じられることが大事だと思います。


発達援助という仕事にはマニュアルが入る余地がありません。
一人ひとり欲するものが異なっているから。
ただ支援して、構造化して、では勤まらないのです。
その人の内側から聞こえてくる発達の鼓動、流れを掴むことが必要。
自然治癒力を信じ、沿うのが仕事だといえます。
本人が欲していない支援を提供されても、その人の心身は喜ぶはずはなく、伸びやかな発達、成長も起きるわけがないのですから。

2018年11月16日金曜日

習い事ができるようになったら、卒業!

私の援助を卒業した子と、久しぶりにお会いする機会がありました。
子どもの1年、2年はとても大きなもの。
見違える程、たくましく成長した姿から、会わなくなってからの時間に流れた本人の頑張りを感じました。


このご家族と初めてお会いしたときから、私はこう言っていました。
「〇〇くんは、社会や地域の中で育ち、成長していく子。だから、地域の資源が利用できる、社会の中でより良く成長できる段階までお手伝いします」と。
当初の親御さんの希望、依頼内容とは異なりましたが、本人と接し、本人の気持ち、可能性を確認したあと、「地域の習い事に通えるくらいまで育ったら、卒業」と決め、それに向けて発達援助を行いました。


実際に本人と関わらせてもらったのは半年もありませんが、本人も、親御さんも、私も、発達のヌケ、課題の根っこをしっかり捕まえられたという実感が得られてからというもの、加速度的に成長のスピードが高まっていきました。
まさに発達はドカン!
本人が自分の変化、自信を感じ始めたタイミングを見て、地域のイベントに参加。
いろんな子ども向けのイベントに参加するうちに、友達ができ、これをきっかけに興味が広がる。
興味が出たものに関して、個人でやっている教室があり、そこに見学→通うようになりました。
今では、苦手だった運動に関する習い事もやっているそうです。


一般の習い事に通えるようになったとき、親御さんは本当に喜ばれていました。
まさかこんな日がくるとは思わなかった、と言います。
学校では教科学習の時間10分。
親御さんが「勉強は…」と言うと、「この子達には自立できる力を養うことが大事」と、身辺面と体力面、一人で過ごせる余暇ばかりのカリキュラム。
だから、同世代の子どもと同じような姿は想像できなかった、と言っていました。


私は、「最後のところは、社会が治す」と信じています。
それは、社会に出て、働き始めると、どんどん治っていく若者たちを見てきたから。
支援者に「まだダメだ、まだダメだ」と止められていた人が、その手を振り切り、社会に飛びだしていくと、一気に治っていきました。
社会には治す力がある。
いや、「社会にこそ、治す力があるのだ」と、そういった若者たちの姿から思うようになりました。


支援者、専門家に治せる部分は、社会と比べれば、ごく限られた部分です。
私の仕事は、発達障害の人達を飼い殺しにすることではなく、発達援助なのですから、社会に飛び立つ、その手前までが役割になります。
子どもで言えば、学校の勉強ができるようになる、地域にある資源を活用できるようになる、放課後、家庭や地域で自由に遊ぶことができるようになる、まで。
これらの一つでも可能になったなら、そこは、それぞれが担っていけば良いのだと思います。
だって、子ども達の目指す先は、社会だから。


社会で暮らすこと、自分の資質を役立てていくことが、子ども、家族、社会の願いです。
だからこそ、社会に出ていけるように後押しするのが支援者の役目であり、責任になります。
社会、地域に出ていける力を育もうとしない、社会、地域で利用できるものがあるのに、そこまで支援者が手を出そうとする。
放課後、友達と遊びに行けるのに、一般の習い事に通えるのに、学習塾や家庭教師を利用できるのに、学校卒業するまで児童デイ。
社会に出ていくことが自立ではないのでしょうか。
支援者の手の中で、問題を起こさず、おとなしく立っていられるのが自立なのでしょうか。


支援者の中に、一部の親御さんの中にも、子ども達を社会から遠ざけている人達がいます。
社会に出ていってほしいはずなのに、社会資源、地域資源を活用しない、そこで学び、経験させようとしない、それを利用できるくらいまでに育てようともしない。
いつになったら支援が終わるの!?っていう支援者が多すぎる。
いつになったらお腹の中から子どもを出してあげるの!?っていう親が多すぎる。


「自立を支援する」と言っている支援者が、子どもが小学生になり、中学生になり、高校になり、大学生になっているのに、一向に支援から離れようとしない。
さらに、成人後の支援まで始めようとする。
まったくもって理解不能です。
私は仕事をしていて、いつも思います。
できるだけ早く、社会に送りだそう、と。


子どもなら、柔軟な頭と身体、より自然な心を持っている時期に、社会、地域の中でたくさんのことを感じて経験してほしい、と願います。
だって、私が援助できることは限られているから。
社会、地域の中の方が、バリエーション豊かな刺激、自然で自立につながる刺激にあふれているから。
そして何よりも、彼らの進む先、飛び立つ先、人生の舞台は、社会だから。


別の子ですが、身体の軸が育っていなく、ぐちゃっとした子がいました。
すると、療育機関で「軸を育てましょう」と取り組みが始まった。
何をするかと思えば、トランポリン。
わざわざ時間と労力と税金をかけて、トランポリン。
私は発達のヌケは育て直しますが、「軸だったら」「この子の身体を育てるんだったら」と、家庭でできる遊び、活動や、利用できる地域資源を連想します。


申し訳ないけれども、軸が育っていないからトランポリン跳ばせとけばいい、というぐらいの発想しかない療育機関だったら、地域で一般の人、子ども達に教えている習い事の先生、人達の方がよっぽど豊かなアイディアと引き出しを持っていると思います。
だから、基本的に、地域の資源、人達が担えない部分が私の担当、役割と考えています。
私と遊ぶより、友達と遊んだ方が何百倍も刺激が多いし、楽しい。
私が教えるよりも、習い事の先生、地域の人達が教えてくれることの方が何千倍も豊かな学びになる。


支援者の役割は、家庭と地域の橋渡し。
橋を渡るまでが支援者の役割。
いや、橋を自分で渡っていけるようになるまで、橋の前に立つまでが役割かもしれません。
近頃、というか、特別支援が始まってからずっと、橋を一緒に渡っていこうとする支援者、橋の前に立ち、渡らせようようとしない支援者が減らず、困ったものです。




2018年11月15日木曜日

『一般の教科書』と『特別支援学校・知的障害者用教科書』

教科書が貰えない問題に対して、多くの反響がありました。
ブログのアクセス数も多かったですし、SNSやメール等で感想や経験されたこと、各地域の実態などを教えてくださった方たちがいました。
ほとんどの方達の反応は、「あり得ない!」という驚き、怒り、呆れでした。


昨日のブログで、私は意味が通るからと思い、「教科書」と記していました。
でも、よく考えたら、「教科書」という表現だけでは、普通級の一般的な教科書だと捉える方がいると思いました。
特に、まだ就学前の子ども達の親御さんは。
実は、教科書には、一般の教科書(私達が使い、イメージする教科書)と、特別支援学校・知的障害者用教科書(通称☆本:ホシボン)があるのです。
というか、多くの人は知らないですよね。


私だって、大学の講義で存在は知りましたが、実物は見たことがありません。
学生時代は、支援学校で補助をし、施設職員時代では子ども達を学校に送り、支援学校教員として働き、そして今、家庭支援事業を行っている。
でも、一度たりとも、見たことがないのです。
そして使った、使っているという声も聞かない。
私が実物を見たのは、盲学校の拡大教科書と点字の教科書のみ。
でも、それだって、普通の教科書を拡大したり、点字にしたりしていたものですから。
ですから、私にとっては、ツチノコみたいなもの(←昭和)


ということで、教科書には、普通の教科書を分かりやすくした特別支援学校・知的障害者用教科書があるのです。
しかも、その特別な教科書は、☆の数によって難易度が異なっており、「☆」「☆☆」「☆☆☆」という具合に小学生版は3段階、つまり、3種類の教科書があります。
ちなみに、中学生版は「☆☆☆☆」の1種類。
私も、この事業を始めて、「教科書をくれない、やらない」「自分で買えと言われる」という相談を受けるようになってから調べ、びっくりしたのが正直なところ。
だって、こんなに丁寧に種類を分けて作られている教科書があるのです。
普通級の子は、選択肢がないのに。
だから、初めに思ったのが、どうしてこんなに配慮されて作られた教科書があるのに使わないんだ、しかもその存在すら見えてこないんだ、という疑問と憤りです。


改めて教科書を使わない、渡されもしない、というのは、どういうことなのか考えてみます。
まず、どの子にも教科書が渡されます。
で、違いがあるとすれば、一般の教科書か、特別な教科書かの違い。
だから、教科書自体がないはずはない。
1冊も貰っていないのに、「教科書を買われるなら、ご家庭で」というのはおかしい。
紛失か、転校か、特別な教科書をもらったうえで、一般の教科書も欲しい場合に限る。


そして、教科書を使わない授業、指導には妥当性があります。
でも、その場合、特別な理由が必要(学校教育法附則第9条)。
まずは、一般の教科書を検討。
で、子どもの実態に合わなければ、学年を下げて一般の教科書を使用する。
それも難しいなら、特別な教科書を検討。
しかも、3段階=3種類の中から合うものを探す。
しかし、それでも難しいなら、学校教育法施行規則第139条により、一般図書を教科書として使用できることになります。
でも、一部の内容しか載っていない図書はダメで、たとえば問題集などは認められていません。
つまり、問題集を買ってきて、そのプリントをやらせるだけではダメ、教科書の代わりは認めませんよ、ということ。
さらにさらに、代替にする一般図書だって、文部科学省の教科書課が「一般図書一覧」を提示しているのです。


シンプルに言ってしまえば、教科書を使わないという判断は、「お子さんには、一般の教科書はもちろんのこと、特別支援学校・知的障害者用教科書、しかも3段階、すべて適切ではない、難しい」ということ。
これって、すごく重い判断だと言えませんかね。
しかも、この重大性は、判断した教員も、親御さんも理解しているのでしょうか、説明や検討は十分にされていると言えるのでしょうか。


当地でも、私が疑問を投げかけると、「えっ、支援級は教科書使わないのが普通って言われました」なんて反応が返ってくることがあるのです。
普通って何だよ、と思います。
普通じゃなくて、異常なんです。
学校で、教科書を使わないなら、何をしているのでしょうか。


学校で勉強しているというプリントを見せてもらうと、書店で見かける問題集のコピー。
問題集をやるなら、学校に行く意味はないでしょ。
家で、問題集買ってきてやらせるのと何が違うの?
衝立、スケジュールのあるなし??
こうなってくると、学校は通う練習、思い出作りになります。
実際、教科書貰えず、教科学習なしの学校生活を送った親御さんは、そのように言っていました。
だから、私は腹をくくって、この子が自立できるために必要なことは何でも教えるし、地域の人に協力して育ててもらう、といって、見事、一般就労しました。


小学校4年生の学力の重要性から、私は教科書を改めて見直しました。
本当に大事なこと、基礎基本となることが丁寧に記されています。
だから、教科書を使わないという選択ができる教員というのは、よっぽど腕に自信があるか、よっぽどの怠けものか、でしょう。


特別支援は、どうして教員の数が多いのか、普通級よりも余裕を持たせているのか。
それは教員をラクにするためでも、働き方改革でもないはずです。
一人ひとりに合わせた細やかな教育をするためでしょ。
「私達は、一人ひとりに合わせてプリントを作っているんです」と言ってきた教員がいましたが、作るって言ってるけど、問題集をコピーしているだけじゃん。
プリントを作るって、どこをコピーするか決めることじゃないでしょ。
作るって言ったら、本人の特性、認知に合わせて、学習教材を作り、用意することじゃないの。
せめて、コピーしたプリントに色を付けるとか、コントラストをつけるとか、手を加えなよ、と思います。


教科書を使わないという重大な判断をしたのにもかかわらず、問題集のコピー。
6年間、小学校1年(上)の教科書。
6年間、ひらがな、かたかな、足し算、引き算…終了。
☆本すら使わない、注文しない、卒業式に一般の教科書6年分持ち帰る。


まさかとは思いますが、一人ひとりの実態に合わせて、特別支援学校・知的障害者用教科書を選択し、注文するのがメンドクサイから、「来年度の教科書どうします?」「別に授業で使わないから、一般の教科書に数足しといてください(笑)」みたいなことはないでしょうね。
卒業式、終業式の日に持ち返ってくる、めくられた形跡のない新品の教科書を見て、施設職員だった私も悲しかったですよ。
これが親御さんなら…。
せめて、特別支援学校用の教科書があるのなら、☆が一つのものだとしても、それを渡してほしかったし、使って勉強してほしかったですね。


「教科書がもらえない、使われない」って、支援級、支援学校にいたら、特別なように思えませんが、実は根が深い問題、特別支援教育が歩んできた十数年の課題を象徴するような話なんです。
養護学校時代なら、「あなたは情緒学級じゃなくて、養護学校ね」みたいな子どもも、支援学級を選択することもあります。
だから、学校の体制、環境上、難しいこともあると思います。
でも、そうだとしても、学ぶ権利は大事にしなければなりません。
未だに、重度の子に合わせた授業。
軽度、知的障害がない子が、お世話係ってなくならないでしょ。
この子達が大人になったら、どうなるのか。


普通に受け答えができて、働く力があるのに、「小学校の勉強がわからない!?じゃあ、福祉ね」になるでしょ。
障害や認知機能ゆえの「学力が身についていない」と特別支援教育の中で勉強してこなかった、機会がなかった、時間が足りなかったの「学力が身につていない」は全然違います。
そういった若者たちが、作業所や福祉サービスを利用することになると、ショックを受けて心身を病んでいくんです。
だから、私は「知的障害は作られる」と表現するのです。


メッセージをくださった方、本当にありがとうございました。
SNSのおかげで、一瞬にして全国の心ある方達とつながることができました。
特に、一生懸命子育てをされ、我が子を自立へと大きな後押しをされてきた親御さん達は、しっかり闘ってこられたことがわかります。
我が子の学ぶ権利と成長の機会を守るための闘い。
その一つが、ちゃんと調べ、情報を集めること。
親自体が、支援者、先生、専門家に任せっきりにするのではなく、いろんなことを見聞きし、経験をされてきた。
だからこそ、素晴らしい後押しができたし、いろんな情報をもっていらっしゃる。


ですから、若い世代の親御さん達は知ることが大事です。
教科書には、一般の教科書と、特別支援学校・知的障害者用教科書がある。
しかも、☆の数で難易度が異なる。
親御さん達が情報、知識を持つことが、我が子を守り、より良い教育を作っていくのだと思います。

2018年11月14日水曜日

学校に教科書がないわけはない

公立の小学校、中学校の教科書は無償です。
無償の教科書を、「支援学級の子だから」ということで、最初から数に入れない、購入しないということはないでしょう。
特にこのご時世、「障害があるから、その子たちの分は購入しませんでした」なんてことはあり得ないし、教育委員会もツッコミを入れられるようなリスクは取らないはず。
ということで、子どもに教科書が渡されない、というのはおかしいですね。


学校教育法附則第9条には、特別支援学校、支援学級において、適切な教科書がないなど、特別な場合には定められた教科書以外の使用が許されることもある、と記されています。
教科書を使わなくても良い教育と、「教科書を購入しない」「教科書は必要ない」は別の話だと思います。
実際のところ、教科書を使わない学校もありますが、教科書自体はある、というのがほとんどのはず。
施設で働いていたとき、支援学校に通っていた子ども達も教科書ありましたもん。
毎年、卒業式の日に、1ページもめくられていないままの教科書6年分、持って帰ってきてましたから。


「教科書をくれない」という話は、当地の相談でよく聞きます。
いやいや、教科書使わないんだったら、何を勉強しているのって訊いたら、当地御自慢の構造化支援。
ブースの中で、ワークシステムを使い、簡単な計算、文字のプリントをやる。
いやいや、より良く学ぶための構造化された支援なのに、構造化された支援を使うことメインじゃん、6年間、ひらがな、足し算引き算でおしまいですかってことも。


どうして教科書をくれないのか尋ねると、「知的障害があるから」「発達障害があるから」と返ってきます。
知的障害も、発達障害も、教科書で学べない根拠にはなりませんね。
中には、教科書で学ぶことが難しい子もいるでしょうが、支援級にいる子全員が、ということはないでしょう。
教科書で学べる子もいれば、教科書以外で学んだ方が良い子もいる。
それが普通です。


教科書をくれない、使わないという学校とはやりあってきましたが、明確な根拠を述べられるところはありませんでしたね。
先ほど述べたように、「障害があるから」の一点張り。
で、そういうところに共通してみられるのが、教科書を使っている子がいない、ということ。
教科書で勉強できる子、勉強した方が良い子もいるのに、その子すら使っていない。
つまり、これって予防線を張っているということ。
一言で言えば、教師の怠慢。


クラスに教科書を使っている子が一人でもいれば、「うちの子も」と当然なる。
そういった声を封じるためにも、みんな使わない。
で、そんな本音は言えないから、「教科書よりも」とか、「障害があるから」とか言っているだけ。
結局、めんどくさいんでしょ、こっちで教科書、こっちでプリントが、こっちで身辺スキルが。


特別支援教育とは、個々がより良い学びができるよう保障するものだったはずです。
じゃあ、みんながいる教室内では刺激が多くて勉強ができない子のニーズは?
少人数で刺激のない環境だと、しっかり学ぶことができる子のニーズは?
そういった子が支援学級に在籍していて、もし「うちのクラスは教科書を使いません」という教師が担任をしたら…。
実際、教科書を配られない学校があり、教科書で学べる力を持った子達も、衝立の中で簡単なプリントをやって、あとは自由時間みたいなことが起きているのです。


「教科書を渡されない」という出来事は、「教科書がない」のではなく、「渡さない人がいる」ということでしょう。
前例主義だから、前年度の担任が使わなかった教科書を持ちだすのは、同僚、管理職、親たちを刺激するからひっこめる。
大学の同級生たちもよく言っていました、「はりきって頑張ろうとすると、新しいことをすると、横やりが入る」と。
でも、そう言っていた同級生たちも、しっかり染まって、「どうせ足を引っ張られるだけだから、何もしない。前年度通り」となっている。
で、結局、そういった同級生たちも中堅になり、若手の足を引っ張るようになる、自分が頑張っていないのがバレるから。
こうやって文化は引き継がれる。


まあ、話を戻すと、学校に届いているはずの教科書を、子どもに、家庭に配っていないだけ。
将来の自立のため、いろんなリスクを減らす要因として、小学校4年生レベルの学力を身につける、というのは有名な話。
その大事な学びの教科書を配られない、使おうとしないっていうのは、それだけで大変な選択をしているということになります。
大袈裟に言えば、子どもの将来を左右しかねない選択を本人でも、家族でもない人間がやっちゃっている、というのが現状です。
しかも、その人間は、大人になった子どもを見るわけでも、保護するわけでも、食べさせてくれるわけでもない。
私が一番憤りを覚えるのは、ここ。
安易に、「教科書使わない」「プリントで学習するから必要ない」「勉強よりも、生活スキル、社会性」などと言うのが許せません。


いま、教科書が使えない、理解できないのなら、それができるように育てなよ、と思います。
無償だから、配られるものだから、使わなくても良いことが認められているから、そんな気持ちで教科書を棚の奥にしまっているように感じてしまうのです。
教科書を貰えない親の気持ちを想像したことがあるのか。
もし自分の子が、全国の子ども達、元子ども達が学び、身に付けている教科書で学ぶことを認められなかったら、それを「はい、わかりました」といえるのだろうか。
私にも子どもがいるが、ちゃんとまずは教科書の内容をしっかり身に付けて欲しい、と願っている。


教科書の問題の本質は、教師の怠慢だと思います。
一人ひとりに合わせた学びを提供できない怠慢。
子どもの将来を左右しかねない判断をしていることに気が付いていない怠慢。
就学時に出された知能検査、診断名のまま、6年間、3年間を過ごさせる怠慢。
親御さんに、教科書を使わない理由をきちんと説明できない怠慢、合意形成ができるようコミュニケーションを取らない怠慢。
教科書を使うよりも、子どもがより良く成長した、という実感を持たせられない怠慢。


私は特別支援教育に期待していたし、否定しない。
でも、こういったことが起きると、どうしても「支援学級がいいですよ」とは言えなくなる。
だから私は、支援級在籍の子は普通級で学べるよう後押しするし、最初から普通級に行ける可能性がある子は、そちらを勧めます。


こうやって教師の怠慢と結論付けた私ではありますが、親の方にも怠慢があると思います。
それは「教科書が欲しい」と訴えた親御さんではなく、「支援級だから仕方ないよね」「問題起こさず、楽しく学校に行ってくれればいい」と声に出してこなかった親御さん。
再三言いますが、小学校4年生の学力が大事なのです。
もしその学力が身についていなかったら、あとから自分で学び直さないといけないのです。
学校に通っていた9年間、12年間で身につかなかった学力は、いつだれが教えていくのでしょうか。
学校卒業後、自立できないのは、障害だけのせいでしょうか、本人の問題だけでしょうか。
ですから、みなさん、もっと教科書にこだわった方が良いと思います、声を挙げるべきだと思います。


特別支援教育から漂っている怠慢の空気は、親御さんが作っている部分もあると思います。
期待外れの特別支援教育ではなく、子ども達が一人ひとりに合った教育の場に変えるのは、親御さんと社会の声です。

「頑張ったから」ではなく、適応を望まない心身が『二次障害』という表現をしているのだ

私が出会ってきた人達の中に、頑張ったために心身を病んだという人はいなかった。
心身を病んだ人というのは、むしろ、頑張ることを止められた人達。
「頑張りたいけれども、頑張れない。頑張らせてくれない」という叫びが心を蝕み、向かう場所を失ったエネルギーが身体を滅ぼしていく。


おぎゃあと生まれた瞬間から、いや、精子と卵子が出会った瞬間から、ヒトはより良い次の瞬間を求めて歩み続ける。
細胞を分化させ、神経を伸ばし、環境に適応するための身体を作り上げていく。
環境に適応できるというのは、より良く生きることに繋がる。
より良く生きるために、環境からの刺激を受け取れる感覚器を育み、対応できる動き、身体を育む。
受精した瞬間から命が尽きるその瞬間まで、より良く環境へ適応しようと、ヒトは進化、発達、成長を続ける。


「頑張る」というのは、本来、心と身体が同じ方向を向く、とても心地良いことである。
「〇〇ができるようになりたい」
「この目標を達成したい」
これらも、高度な環境適応といえる。
頭で思い描いた目標、理想という環境へ、身体を適応させていく。
絶えまなく続く身体の進化に、心が一致する瞬間。
頑張ることは、心地良い。
頑張ることは、心身を一致させ、伸びやかな発達、成長を促す。
だから、頑張ることで心身が病むことはあり得ないのである。


支援者は「頑張ると、二次障害になる」と言う。
支援を受けさせるための脅し文句として使っている者もいれば、本当に信じて疑わない者もいる。
信じて疑わない者は、先人から与えられたフィルターを通して、心身を病む当事者を見たに違いない。
「ああ、やっぱり、頑張ると二次障害になる」


しかし、現実は違う。
ただの偏見、ただの解釈の誤りである。
頑張ったから二次障害になったのではなく、その人は頑張れなかったから、心身を病んだのだ。
環境に適応できなかったから、心身を病んだのだ。
ヒトは頑張って進化を求める動物であると同時に、適応を目指す動物でもある。
だから、頑張ろうとしているのを止められると、身体を病む。
だから、適応したくない環境に適応し始めると、心を病む。


「普通になりたい」と子どもが言う。
「仕事して自立したい」と若者が言う。
すると、「普通になんかならなくて良い」「一般の仕事しても続かないし、あなたには支援を受けて生きる方が合っている」と制止が入る。


自分が心地良く描いた目標、理想の環境へ向かうことを止められる。
つまり、環境適応を人為的に止められるということである。
心身が一致して、環境適応を目指し動き出している。
心は、支援者からの言葉で抑え込められる。
しかし、すでに動き出している身体、エネルギーはどうだろうか。
せっかく一致していた心身が離れ、身体だけが動き続ける。
行き場を失ったエネルギーが、自傷、他害、パニックという形で消耗される。


普通になりたい子どもが、特別支援の中に入れられると、心を病む。
働いて自立したい若者が、福祉の中で頑張らなくてもできる仕事をすると、心を病む。
頑張らなくて良い環境の方が、心を病ませる。
何故なら、身体が適応を始めてしまうから。


長く特別支援の中にいた子どもは、特別支援適応を始める。
長く福祉の世界にいた若者は、福祉適応を始める。
「自分の居場所はここじゃない」と思い続けても、長らく特殊な環境にいると、身体の方が先に適応を始めてしまう。
心は望んでいないが、身体が適応してしまっている状態。


「私には支援が必要です」「一般就労は無理です」「社会の理解があれば」と言い、言葉通りの環境に身を置いているのにも関わらず、心が晴れず、ついには病んでしまっていく人達。
その人達は、ただ言葉で心を押し込めているだけで、本当は心の中でこの環境に適応することを拒否している。
動かしたい身体が動かない。
まさに鳥かごの中にいるような心は、変わらない風景を眺め、寒々しく凍えていく。


主体性のある頑張りの機会が奪われると、心身を病む。
主体性を奪われた頑張りを強要されると、心身を病む。
本来、主体的な頑張りは、心身を解放させ、伸びやかな発達、成長へと繋がっていくのだ。
「頑張ると二次障害」の実情は、主体性を奪われた環境に対する抵抗と、「適応できず」という自然治癒力の表れである。

2018年11月13日火曜日

「選ばせない」じゃなくて、「選ばれよう」でしょ

「てらっこ塾を利用するな」「あんな、おかしい人間の支援なんか受けるな、相談するな」「治るなんて、詐欺に決まっている」と、支援者たちが言うのは、何とも思いません。


「あなたの子は、一生涯支援が必要です」
「頑張らせると、二次障害になりますよ」
「普通級には行けません。良くて支援級です」
「知的障害がなくなることはありませんよ」


そんな風に言われていた子ども達、若者たちが、次々、予言を覆し、勉強ができるようになり、姿勢や動きが自由にできるようになる。
一般の高校に入り、一般就労し、支援がなくても、自分の力で生活ができるようになる。


縁日のくじみたいに、年齢や症状、知的障害の有無に関わらず、みんなスケジュール、みんな衝立、困ったらSSTと出てくる景品は同じもの。
そして、本人に変化が見られないと、「社会ガー」と十八番の責任転嫁。
これじゃあ、「利用するな」と言うくらいしかできないでしょう。


支援者たちが、そのように言うのはわかります。
自分達を守るために仕事をしている人達だから。
でも、学校の先生はそうじゃないでしょ。


「利用するな」は、学校の先生から言われることもあります。
もちろん、直接ではなく、利用してくださっている親御さんに対して。
でも、放課後、しかも親御さんの意思で利用しているものに、どんな権限があって、教員がモノ申すのか。
だって、家庭で習い事していて、それに対して、担任が「止めた方が良い」なんて言ってこないでしょ。
「あの塾、やめてください」「野球クラブは止めた方が良いですよ」なんて言わないでしょ、普通。


来年度を見据えた時期的なものもあるのでしょう。
止めた方が良い、という理由が、「本人が頑張りすぎていると思うから」
意味不明ですね。
本人の成長は認めるが、頑張りすぎているように感じるから、利用しない方がいい。
この言葉を教員の口から聞くと、悲しさは倍増しますね。


教員って、子どもの成長を願い、そしてそれを心から喜ぶ人達ではないのでしょうか。
たとえ、塾や放課後の習い事だったとしても、子どもが成長していく姿を見て、一緒に喜ぶのが教員じゃないのでしょうか。
身体面からのアプローチ、言葉以前のアプローチで、授業をしっかり聞けるようになり、成績が上がり、支援級へと言っていた子が、普通級で堂々と学校生活が送れるようになった。
良い方向へ予想が外れたなら良かったでしょ。


結局、「田舎特有の公務員偉いんだぞ、民間よりも」と、自分たちが何年もかけて解決できなかった問題を、家庭での取り組みで解決してしまったから面白くないだけ。
なんとかコーディネーターは、学校内で権限があるのかもしれないけれど、民間人の私からしたら、どっかの知らないオヤジ、オバサンです。
私が提案したことに、家庭と一緒に取り組んだことに納得ができないのなら、「こっちの方が、良いアイディアです。取り組みです」と持ってくればいいだけのこと。
それができずに、ただ「止めた方が良い」「本人が頑張りすぎているから」なんて言うだけでは、社会人として相手にされませんね。


恨むのなら、自分たちの腕を恨んだ方が良い。
元はと言えば、ずっと必要だと言われ、受け続けてきた支援が、本人により良い変化をもたらさなかったのが問題の発端。
だから、私に依頼が来た。
しかも、本人は成長し、自ら「僕は支援はいらない。必要なのは運動とトレーニング。みんなと同じようにできるようになりたい」と意思表示している。


本人が受けたくない、必要ではないと言っているものを、「いいや、受けた方が良い」と言い続けるのは、たとえ子どもであっても、本人の意思をないがしろにすることであり、自由と権利を侵害しているといえます。
配慮や支援を求める主体は、学校の先生でも、専門家でもありません。
そこをはき違えている支援者が何と多いことか。
「あなたは支援が必要」は、他人の主観。
本人がいらないと言っている支援を押しつけるのは、人権侵害。


商売がたきがブーブー言うのは想定内。
言いたいヤツが勝手に言っていればいいだけだし、喧嘩は腕でするもの。
私のところを利用してほしくないのなら、自分たちが金太郎飴の支援から脱却し、 過去の先進地域を捨て去り、より良い支援、援助を学び、選ばれるようにすれば良いだけの話。
結局、早期から診断を受けようとも、療育を受けようとも、構造化しようとも、自立しないし、一生涯の支援だったら、今の親御さん達は別の道を探します。
一生涯支援を受け続けるか、発達のヌケや未発達の部分を探し、そこを育て直して自立を目指すのか。


こういった閉鎖的で、未だに数十年前の先進地域の幻影で支援している地域で事業を起ち上げたのは、別のアプローチを提示することで、お互い喧嘩して、切磋琢磨できたら、結果的に地域のためになると思ったから。
でも、相変わらず、「こんな良い支援があるぞ」という話ではなく、ただの悪口、妨害だけ。
ホント、レベルが低い。
しかも、上記のような学校の中からも、子どもの成長よりも、自分たちが主導権を握りたい、自分たちの教育が認められたい、という足の引っ張りがくる。


函館は住みやすいところで、海も山もあって食べ物が美味しく、好きな場所だけど、なんかがっかりすることばかり。
ちゃんとケンカすらできない。
子どもや家族を中心に討論ができない。
発達障害の人達が公共事業みたいになっている。
冬は雪が降って、外でランニングできないし、もともと暑いところの人間だから、南下したいな、なんて思うこともありますね。
仕事も、相談も、道外が増えたし、一年中走れるところで仕事を探そうかな。
満平さん、雇ってくれないかな。

2018年11月11日日曜日

我が子と一緒に歩む道は、どこか懐かしさを感じるもの

虫歯ではなく、麻酔をかけるわけでもなく、歯垢を取るだけなのに、どうしてこんなにも通わないといけないのでしょうかね。
100歩譲って、上の歯と下の歯で2回に分けるならまだしも、上の歯を3回に分け、下の歯を3回に分ける。
どうして一気にできないのか尋ねると、「歯に負担がー」と、それ以上、ツッコミを入れさせませんよ、というような定型文が返ってくる。


歯の負担というけれども、通う方の負担はどうでも良いのか。
結局、「患者さんのために」と言いながら、回数を稼ぎたいだけでしょ、と思ってしまう。
自営業だから、なんとでもなる、時間の融通が利く、と思っているのかもしれませんが、自営業は働いてナンボの世界。
働かない時間は、無収入。
だから、毎日、せっせと働いています。


訪問するお宅が、函館だろうが、泊りがけで伺う場所だろうが、一発勝負と思って仕事をしています。
発達のヌケを探り、その子の物語を完成させる。
発達のヌケの育て直し方と、そのご家庭の雰囲気、流れにあった育み方を提案する。
限られた時間で、これらすべてをやりぬくことが、私に依頼してくれた方への誠意だと思っていますし、子どもの貴重な発達の時間を守ることだと考えています。
なので、「上の歯、三本でおしまい。また来週」みたいな支援を見ると、つまんない商売してんじゃねーよ、と思ってしまいます。


お金は後からでも稼げばいいですが、時間というのは後からどうしようもありません。
ですから、私が帰ったあとから、すぐに本人が、家族が動き出せる形まで持っていく必要があります。
いや、理想で言えば、一緒にお話しし、考えている最中から、本人、家族の意識や気持ち、雰囲気が動き出している状態です。


私が確認し、見たて、提案する。
それを本人、家族が受け取り、「はい、ありがとうございました」では、つまらんのです。
私はきっかけの一つであり、本人と家族がより良い未来に向かって歩みだす後押しの一つにすぎません。
私がいくら限られた時間の中で、一つの形を作ったとしても、動きが生じなければ意味がないのです。
そういった意味で、私自身が問われます。
家族の流れに沿った発達援助ができているか、を。


家族の流れに沿いながら仕事ができていると感じられるのは、親御さんから次のような言葉が聞かれたときです。
「そういえば、自分も、子どもの頃、そうだった」
「この子の〇〇というところは、自分にそっくりなのかもしれない」
話題の中心は子どもさん。
でも、子どもを通して、過去の自分を呼び起こし、そして自分と子どもが繋がりを見せる。
その瞬間、「今日は良い仕事ができた」と感じることができるのです。


発達障害の子は突然変異で生まれてくるわけではなく、天使が「あなたのおうちに決めた」と連れてくるわけでもなく、両親から資質や特徴を受け継ぎ、生まれてくるもの。
ですから、我が子と自分の繋がりを感じることが重要です。
特に、自立した人に育てるためには。


鹿児島の神田橋先生がおっしゃられているように、親が仕事をし、結婚して、子どもを授かれているのだから、子どももそれくらいにはなれるだろう、というのがあります。
つまり、親御さんの人生の中に、子どもさんをよりよく育て、自立まで後押しできるヒントがある、ということです。
それが子ども時代、熱中したことかもしれない。
それが両親の育て方だったのかもしれない。
それが、誰々との縁であり、育った環境なのかもしれない。
その辿ってきた道に、今、親として自立し、子どもをもうけ、家族を形成している理由があるはずです。
似た遺伝子を持った自分がある意味で治り、資質を開花させられた理由が。


私が発達のヌケを確認し、その子の物語を紡ぎ、具体的な発達援助を形作る。
そこには面白みがないのです。
でも、そこに親子の繋がりが生まれると、一気に発達援助が躍動し始め、その家族ゆえの発達援助が彩られます。
そうなると、私が同じ空間にいても、家族が揃ってより良い未来へと動き始める。
支援者などという他人を介さずとも、家族の力で歩んでいける、進んでいけるのが理想であり、自然な姿だと思います。


ただ口を開けて、やられるがまま、言われるままの治療は、面白くも何ともありません。
しかも、その本人の力を引き出すことも、育てることもない。
だから、与える、与えられるの発達援助はつまらないのです。


発達援助は、子どもの力を引き出すことが肝心です。
しかし、同時に親御さんの力を引き出すことも大事。
その大事な親御さんの力とは、自分の歩んできた道から、素晴らしいアイディアとエッセンスを抜き取ること。
そのためには、我が子と自分の発達が繋がることが必要です。
私が作ったものを土台にし、家族が彩り豊かに仕上げていく。
気が付いたら、家族の自分たちだけで治る道を歩き始めているのが理想です。


我が子と一緒に進む道は、どこか懐かしさを感じるはずです。
だって、親の自分が辿ってきた道と、どこかでつながっているから。

2018年11月10日土曜日

親が治るから子も治る、子が治るから親も治る

エビデンスにこだわる人というのは、エビデンス以外の世界を想像できない人なのだと思います。
エビデンスに忠実というよりは、エビデンスのような記号的で、揺らぎや想像、解釈の余地がないものに、すがらざるを得ない脳みその持ち主なのでしょう。
そういった意味で、その人自体が実生活の中で生きづらさを抱えている。


ましてや、子育てといった原理原則が存在せず、余白こそが主戦場となる営みに対し、恐怖すら感じているかもしれません。
ですから、子どもの発達、成長よりも、子どもの健康、幸せよりも、エビデンスを取る。
いや、取るしか選択肢がないのです。
エビデンスの外を想像できないから。
揺らぎや想像、解釈といった流動的なものが脳内に侵入してくるのを防ぐために。


目の前にいる我が子よりも、どっかの誰かが唱えたエビデンスを取る、ということは、その親自身、発達障害を持った人だと想像できます。
当然、親の特徴は子どもに遺伝しますから、子どもが発達障害の場合、親にもその要素が大なり小なりあるといえます。
なので、エビデンスしか信じられないというような特徴が前面に押し出ている人以外でも、何かしら発達の課題を持って生きていると考えられます。


エビデンス原理主義のような極端に特徴が出てしまっている場合は、自ら治す方向へと踏みだすことはできませんし、もし踏みだしたとしても、治るまで歩き続けることはできないでしょう。
当然、子どもは治らない。
しかし、こういった極端な家庭でなくとも、発達障害を持つ子の親御さんは、自身の発達と向き合い、治していくことが重要です。
何故なら、治るとは親子の協働作業だからです。


発達障害が治るには、子どものみが頑張れば良いのではありません。
子どものみが発達援助を受け、それで治っていく、という話は聞きません。
親御さん自身が、自分の発達の課題と向き合い、治そうとする、治っていく。
そうすることで、子どもが治っていく。


子どもの発達に注目することで、自分の発達の課題に気が付く。
子どもの発達を促す試行錯誤が、自分の発達を育て直すアイディアへと繋がる。
ですから、子どもが治ると、親も治る。
親が治ると、子どもが治る。
このような歯車が回りだすと、家族が一緒に治るまで到達するのです。


親御さん自身に発達障害があり、生きづらさを抱えたままですと、治り切るまで踏ん張れないのです。
子どもの視点の想像、子どもの未来の想像。
より良い遊び、関わり方、刺激、環境の創造。
考え、実行し、反省し、修正と工夫を繰り返す試行錯誤。
目に見える変化が見えなくとも、発達の鼓動を感じ、より良い未来の姿を脳裏に映し出すことができること。
課題を持ち続けたままですと、これらのどこかに支障が出るものです。


親御さん自身が、自分の発達障害を強く意識し、それと向き合ってきた人ほど、子どもは治っているように感じます。
もちろん、似たような感覚を持っているからこそ、分かり合え、より良い営みへとつながっている、とも考えられます。
しかし、それよりも、「私が治ったんだから、我が子も治る」というような実感があり、揺らぎない信念があるようにも感じます。


親御さん自身が、自分の発達障害を治してきた人は強い。
エビデンスなどといった記号にすがることなく、揺らぎの世界へと突き進むことができる。
それは、ご自身の中に信念があるから。
我が子を治すための想像と創造、試行錯誤とやり切れるためだけではなく、こういった揺るぎない信念を持つためにも、親御さん自身、発達障害を治した方が良いと思います。


子どもだけ治ることは珍しい。
「親が治るから子も治る、子が治るから親も治る」
子育ての本質は、身体を使った対話であり、親子の交流ですから、これは当然で自然な姿だといえますね。

2018年11月9日金曜日

「できない現実」と「できるはず」の狭間に生きづらさが存在する

私はいつも「この子の、この家族の未来が少しでも良くなってほしい」と想い、仕事をしています。
実際に子どもと関わるときも、親御さんと発達援助の方法を考えるときも、いただいたメールに返信するときも。
「ちょっぴり成長できたな」「こうして子育てしていけばいいんだな」「気持ちがすっきりした」「少し元気が出た」
受け取り方は人それぞれでも、何か前に進む力の一つになれれば、私は嬉しく思います。


発達障害の方達と接していると、皆さん、治りたいという想いを持った人達なんだと感じます。
身体、機能障害の方達とは異なり、なんとなく、漠然とした、言葉で表せないような違和感や生きづらさを抱えている。
その掴めそうで掴めない、見えそうで見えない存在から解放されたいという想いをひしひしと感じます。
ですから、現状維持や保護された環境に身を置くと、皆さん、どんどん病んでいくのだと思います。


親御さんの中には、今はしゃべらないけれども、知的障害があると判定されたけれども、コミュニケーションが成立していないけれども、「この子は、ちゃんと理解していると思う」「この子は、普通級で学んでいける」などとおっしゃる方達がいて、十中八九正しかったりします。
こういった親御さん達は、感じることができています。
我が子の漠然とした違和感と、治る未来を。


生きづらさとは、感覚的なもの。
もちろん、何かができない、うまくいかないという行動の結果から生きづらさを感じます。
しかし、単に「〇〇ができない」のではなく、「〇〇ができると思えるんだけれど、できない」というギャップ、違和感に生きづらさを感じているのだと思います。
だからこそ、支援が一番に向かう先は、本人の気持ちであり、違和感からの解放。


治りたい本人がいて、治したい親がいる。
なので、その気持ちに添うのが支援というもの。
「少し治ったな」「一歩でも、治る方向へ進んだな」
そんな感覚を得られることが、支援の存在意義だといえます。


世の中に、治る人も、治る知見も、増えてきました。
それを見て、必死になって治そうとする人も出てきました。
しかし、中には気持ちを横に置いた、発達援助をされている人がいるような気がします。
発達援助と名を変えた行動変容。
「ここに発達のヌケがあるから、こういった動きを続けよう」
「腰を育てる遊びをどんどんしよう」


治るには、対話が必要です。
子どもの場合は、親子の対話であり、大人の場合は、自分の心、身体との対話です。
対話があるから、自らの発達、成長を、そして心地良さを感じられ、より良いアイディアへと発展していけます。
対話は言葉ではなく、心を介した交流。
心の声を聞かずして、本当の発達援助は行えないと思います。


周囲から見れば、その子の「できない」「困った」をどうにかしようとするもの。
でも、その子の生きづらさに心を傾けることも大事だと思います。
「どうして生きづらさを感じているのだろう?」
「何がクリアされれば、生きづらさから解放されるだろう?」
そういった問いを持ち続けることも必要です。
すると、ただの行動変容ではなく、ただのトレーニングではなく、発達援助になります。


生きづらさの正体である「できない現実」と「できるはず」のギャップ、ズレ。
そのズレこそ、本人の生の声であり、その人の発達が向かいたい先。
発達を援助するとは、その人の気持ちと発達が向かいたい方向へと後押しすることをいう、と私は考えています。


世の中に、より良い未来を願わない人はいません。
特に発達障害の方達の一番の願いは、物質的なものより、違和感からの解放であり、治ること。
そのために私は、気持ちが前に向かうこと、治るに近づいた感覚を得られることを願う言葉、行動、雰囲気を選んでいます。

2018年11月2日金曜日

「見えないものは、ない」は障害特性?先天的な障害?活かすべきもの?

「見えないものは、ない」というのは、自閉症、発達障害の人達に多く見られることです。
ですから、「想像力の障害」という言葉で片づけられ、それが障害特性で、それこそ、変わらない部分で、支援や配慮が必要なものとして捉えられます。
でも、本当にそうなのでしょうか。


「見えないものは、ない」人達と接して感じるのは、情報処理の問題ということです。
定型発達と言われる私達だって、見えていないものは、どう頑張っても見えません。
でも、この部分において日常生活での問題にならないのは、見えないものを想像して補っているからです。


じゃあ、どうやって見えないものを想像しているのかといったら、複数の情報を同じテーブルの上に乗せ、過去の経験や体感などを駆使し、「多分、こうだろう」と想像している。
で、もちろん、外れることもあるが、想像はだいたい合っている。
だから、見えるものと、見えていないものを総合しながら、人と付き合ったり、仕事をしたり、生活したりしている。
ちなみに、子どもが面白い、突拍子もない想像をするのは、まだ経験が少ないのと、複数の情報を同時に処理する力が育っていないなど、まだ脳(特に大脳皮質、前頭前野)が育つ過程だから。


自閉症、発達障害の人達は、定型発達と情報処理の仕方が異なると言われます。
確かに、情報処理の仕方が違うな、というのは、この「見えないものは、ない」からも感じますが、それは独特な情報処理の仕方を持って生まれたというよりは、成長の過程の中で作られた処理形式、脳の使い方のようにも思えます。


例えば、感覚面に発達の遅れ、未発達があれば、特に視覚情報などの偏った情報しか入ってこなくなって、視覚に頼った情報処理の仕方ができてしまう。
例えば、爬虫類の脳や哺乳類の脳など、脳の表面よりも深い部位に発達のヌケや遅れがあれば、ヒトの脳の部位に発達の遅れが見られ、結果的にいろんな情報を整理、統合することが難しくなってしまう。


よく「自閉症の人は視覚的な情報処理が得意なので、その得意なことを活かしましょう」などと言われます。
でも、本当に得意なことで、生きていく上で武器となるような特性だとしたら、世の中の自閉症の人達はこんなに困っていないはず。
だから、得意と言うよりは、仕方なく、そうなるしかなかったというのが本当のところだと思います。
視覚以外の部分が平均くらいで、視覚的な情報処理が飛び抜けて優れているのならわかりますが、総合的に見れば、偏りであり、偏りによって作られた情報処理の仕方じゃないですかね。


受精後4ヶ月くらいで眼ができ、開くのが6ヶ月くらいから。
しかし、器官ができても、神経と繋がって情報処理ができるようになるためには刺激が必要。
ということは、やっぱり生まれつきじゃない、出生後の発達過程で作られていくもの。
だから、「活かす」というよりは、活かさざるを得ないというのが事実であって、そうだったら、偏りの根っこにあたる未発達、遅れのある部分を育てましょ、という方が良いと思います。


「見えないものは、ない」という人が、まったく見えないものを想像できないか、と言ったら、そうではありません。
見えなくても、想像できることもある。
想像するために持ってくる情報は少ないかもしれないが、そこから考えて、導き出すことができる。


「見えないものは、ない」という人は、「見えるものがすべて」という人であり、見えた情報のみで想像してしまう人ともいえます。
当然、生きている世界が狭いし、想像が妄想になりやすい。
なので、根っこからの解決じゃないけれども、経験することが何よりも大切。
経験することで、現実と想像のギャップを埋めることができる。
経験することで、情報が増え、妥当な想像ができることにつながっていく。
経験することで、妄想から想像へ発達させることができる。


「見えないものは、ない」というのは、障害特性でもなんでもなく、誕生後、偏った刺激の中で育まれた情報処理の仕方。
もちろん、特異な情報処理がとっても優れたものなら武器にして活かした方が良いけれども、ほかの部分に発達の遅れや未発達があるのなら、そちらを育ててからじゃなければ、本当の武器にはならないし、それを活かして、より良い人生を歩むことはできません。
結局、想像するとき、テーブルの上に乗せる情報が少ないということ。
そのため、見えていないものを想像する力が弱かったり、独りよがりの想像、妄想になりやすい。


想像するために必要な情報を、より多くテーブルの上に乗せるためには、身体、感覚面の発達のヌケ、遅れを育て直し、いろんな感覚、身体全部を使って情報を受け取れるようにすること。
同時に、こういった育て直しは、脳の深部を育てることになるので、ここが埋まりだすと、脳の表面、ヒトの脳の部分に広がりが出てくる。
そうなれば、想像するための材料を置くテーブルのスペース自体が広くなるし、いろんな情報を整理して見やすく置けるようにもなる。


そして、対処療法としては、経験すること。
経験すれば、自分の想像の正しさ加減がわかるし、次の想像の材料を増やすことにもなる。
だから、「視覚的な強みを活かして」などと言って、どんどん視覚情報を与え、どんどんそれ以外の情報を制限し、どんどん偏らせちゃダメ。
一般的な感覚として、一日中、眼ばっかり使っていたら疲れるでしょ、耳ばっかり使っていたら疲れるでしょ。
いろんな感覚、身体全体を使って処理しているから、私達は自然な生活を営むことができるのです。
こうやって改めて「見えないものは、ない」を考えてみると、想像力自体に問題があるのは、支援者の方かもしれませんね(ブ)

2018年11月1日木曜日

流れを大切にした仕事をしたいから、アンケートは作りません

新規や出張支援を利用される方から、「事前に記入しておくアンケートはありますか?」と尋ねられることがあります。
療育機関や相談事業所などでは、そういったアンケートの記入が一般的なのでしょう。
でも、うちにはアンケートはありませんし、今後も作るつもりはありません。
だって、実際にお会いするから。
だって、一緒に作り上げていこうと思っているから。


アンケートとは、効率化の象徴のように思えます。
事前に情報を集めておくことで、ポイントを絞って準備ができるし、支援ができる。
より少ない労力で、その時間を収め、次から次へとさばいていく。
労力は少なく、利益は多く。
もちろん、効率的に仕事をするのは当たり前のことだと思いますが、療育に、いや、人を育てるのに、この考え方はそぐわないと思います。


きちっとしたアンケートが渡されると、記入する方は「ちゃんとやってくれる事業所だ」「事前に聞いてくれるなんて熱心だ」というように感じる方もいると思います。
しかし、私はそうは思いません。
「あなたの声を聞きますよ」と言っているようで、枠が決められているから。
「自由になんでも」と言いながらも、誘導している主は、本人でもないし、親御さんでもない。
子育てに効率化が侵入するのも悲しいですが、知らず知らずのうちに支援する側と支援される側の関係が出来上がっているのも悲しいといえます。


アンケートを書いてもらった支援者側は、どうやって、それを利用するのか、支援に繋げるのか、私にはわかりません。
と言いますか、私はアンケートを貰っても、そこから支援を組み立てていくことはできません。
何故なら、アンケートとは切り抜きだから。
その子のある部分の切り抜きであり、親御さんの見立て、想いの切り抜きであり、時間の切り抜きです。


アンケートに、我が子のすべてを記入することはできません。
また記入を求められた部分が、その子の発達のヌケ、課題の根っこであるとも限りません。
アンケートとは、作った人の視点が入るもの。
やりたい支援、得意な支援に引っかかる部分が項目になっていることもあります。
ですから、人為的な切り取りになってしまい、本当にその子が必要な援助が届かないこともあるのです。


それに、アンケートを書いた時点と受け取った時点、実際に支援する時点は、すべて別の時間になります。
時間は常に流れているものなのですから、アンケートに書かれたその子と、実際に目の前にいる子は別の人。
大事なのは、目の前のいるその子を基点とし、過去と未来を流れで見ることです。
アンケートという過去を基点とした支援を始めようとすると、ズレが生じるもの。
その子の流れ、発達の流れをしっかり掴めないと支援はできません。


私に天才的な腕があり、治す力があるのなら、次々に治していくためにアンケートがあった方が良いと思います。
でも、私にはその才も、腕もない。
だから、一生懸命、お話を聞いて、一緒に発達のヌケ、課題を探そうと思っています。
そして、本人と家族が主となり、どうやって発達の後押しをしていくか、より良い育みを行っていくかを考える補助ができれば、と考えています。


治すのは、本人であり、家族です。
だから、本人、家族の生の声が重要なのです。
その生きた声には、単に情報だけではなく、想いや願い、それぞれの視点が漂っています。
そういった雰囲気から、その子の流れ、発達の流れ、家族の流れが伝わってくるのです。


何をどういった順番でお話しされるか。
どんなときに感情が揺らぎ、想いが溢れてくるのか。
どんな場面で、家族の息、動作がシンクロするのか。
そのすべてが過去から現在に繋がっている流れの表れ。
その子の流れに沿った援助の仕方でなければ、未来は伸びやかに発達してきません。
家族の流れに沿った育み方でなければ、未来に活き活きとした家族の時間が流れません。


個人で仕事を行っている意義であり、強みは効率化と真逆の方向へ進んでいけることだと思っています。
その子に、その家族に、とことん付き合うことができる。
発達のヌケ、課題の根っこが掴めなければ、それが見えるまで、一緒に土の中を掘り続けることができる。
そこには時間の切り抜きはありません。
ある意味、その子と、その家族と同じ時間の流れの中に身を置くことができる。
同じ時間の流れに身を置くことができるのは、オーダーメイドの発達援助を作る上での第一歩。
流れを大切にした仕事をしたいから、アンケートは作りません。