2019年8月29日木曜日

普通になるのは、怖いことではない

いつからか、「個性的」という言葉が、褒め言葉になりました。
「あなたは個性的ね」と言われると、「そうかな」と照れる感じ。
なんだか世の中的にも、個性的が一つの評価となり、それを求めているよう空気があります。
ですから、「自分は個性と言えるものがない」なんていう若者の悩みすら生まれてくるのでしょう。


「個性的」という言葉を聞くと、私は中学生になった途端、茶髪だ、ピアスだ、をしてくる同級生たちの姿を思いだします。
ついこないだまでは、放課後、一緒に鬼ごっことか、サッカーとかしてたのに。
小学校とは違い、いろんな学校から集まってくる生徒たち。
その中で、自分が埋もれてしまわないように、自分の存在が消えてなくならないように、インスタントな方法で、自分を表出しようとする。
あれは、個性ではなく、ただの悪目立ち。


今思えば、家庭に恵まれていない子が多かったような気がします。
こういった行動に向かわせるのも、一種の愛着障害なのでしょう。
話をすると、日頃の態度とは違い、人懐っこい面がありました。
彼らからは、いつも「私を見て」という雰囲気が漂っていた。


今の社会には、「私を見て」という人達が多いのだと思います。
端的に言えば、寂しい人達が増え、親からの、他人からの愛情に飢えているのでしょう。
個性なんてどの人も持っていて、にじみ出るようなものなのに、みんなで必死に自分の個性を探しに彷徨っている感じです。


「発達障害は、その子の個性だ」「不登校も、その子の個性だ」というような人もいます。
でも、発達障害は神経発達に遅れがある状態であり、不登校は学校に行けていない状態なだけ。
個性でも、なんでもない。
でも、それをポジティブな言葉として、当事者、家族に投げかける支援者達がいる。
多分、支援者達は、「私は、あなたのことを見ているよ」「側にいるよ」という意味で使っているんだと思います。
自身がしてもらいたいことが土台にあり、当事者の持つ根本的な悩みを解決するアイディアを持たない者は、ある意味、そういった言葉しか出てこないから。


このように、ふと考えると、発達障害を治すことに、異様な拒絶や恐怖を感じる人達というのは、結局のところ、見捨てられ不安が根っことしてあるのだと思います。
「発達障害が治ったら、私じゃなくなる」というようなことを言う人もいます。
その人達を接すると、身体性の乏しさ、感覚系の未発達があることがわかります。
ですから、私は最初、身体的に「自分」が掴めないから、そのようなあり得ないような不安感を持つのだと思っていました。
確かに、それもあると思いますが、併せて、いわゆる“かまってちゃん”が多いのです。
適切、不適切な方法、行動によって、注目を引こうとする。


自身の発達障害が明らかになった瞬間、家族、先生、支援者からの注目が集まります。
早期診断、早期療育を受けてきた子どもは、幼少期から同世代の子ども達が受けないような眼差し、注目を受けて育ちます。
大きくなってから診断を受けた若者も、それまでネガティブな出来事に溢れていた日常から、突然、手厚い眼差し、特別な眼差しが注がれるようになります。
そういったある意味、異質な環境の中に入ったとき、仕舞い込んでいた欲求が噴出します。
「私を見て」「見捨てないで」という想いが、支援を受ける対象になることで、表面的に満たされていく。


未発達な部分が育つこと、発達のヌケが埋まることは、本人の成長や生きやすさに繋がり、人生の質、選択肢を増やすことに繋がります。
どう考えても、発達障害が治る方が良いはずです。
でも、それを拒むということは、身体的なラクよりも、愛情を求めている証。


確かに、愛情は、ヒトにとって何よりも優先させるもの。
だって、この世に生まれ出た瞬間、愛がないこと=死を意味していたから。
私が、私達が、いくら治ることの素晴らしさ、治った人達の喜びを伝えたとて、愛情に飢えている人達に届かないのは、そういうこと。
愛情は、生きる始まり。
身体よりも、感覚よりも、愛を満たそうとする。
いや、愛が満たされないと、本当の意味で人間としての発達が生じないのかもしれません。


個性の話に戻れば、発達障害の人が治ると、目立った個性がなくなっていきます。
その場に、集団に、地域に、社会に、馴染んでいく感じです。
いい意味で、「普通になる」ということ。
発達障害を持つ人ではなく、一人の人として見られるようになるのです。
でも、だからといって、その人の個性が失われるわけではありません。
どの人も、そうやって働き、生活しているように、自分の持って生まれた資質で勝負できるようになる。


最初、「発達障害があります」ということで一般就労した若者が、店長や同僚が変わっていくうちに、誰もその若者が「障害がある」と言って入社した人だとは思われなくなる。
仕事もどんどん任されるようになり、同世代の人と同じような責任とキャリアが積み重なっていく。
以前、その若者と会ったとき、「自分に障害があること、忘れてました。みんな、同じように仕事を任せてくるから」と言っていました。
まさに、その職場に馴染んだということ。
そして、新しい仕事を任されるというのは、その若者の個性が発揮できているということ。


愛着の土台が育っているのなら、迷わず、治った方がいい。
普通になるのは、怖いことではなく、一人の人間として生きること。

2019年8月28日水曜日

発達のヌケを育てるベクトルと、経験・体験を積み重ねていくベクトル

療育機関へ一生懸命通わせるご家族がいる一方で、地域の習い事に通わせるご家族がいます。
言葉は出ていないけれども、まだまだ発達の遅れはあるけれども、「同世代の子ども達が体験するようなことをうちの子にもやらせたい」。
そのような想い、考えを持って、一般の習い事、活動に参加させています。


最初の頃は、一斉指示が分からないし、他の子とは違う動きをしてしまう。
でも、子どもというのは、大人が思っている以上にたくましいものです。
分からないながらも、必死についていこうとしたり、限られた情報から見よう見まねでやろうとしたりします。


半年、一年と、まったく活動ができなかった子が、ある日突然、みんなと同じように動けるようになることも。
一見すると、変化がない期間は「ムダ」に思えてきます。
しかし、目に見える変化がない期間も、子どもの内側では変化が起きています。
見ていないようで見ている。
聞いていないようで聞いている。
わからないようで分かっている。


発達のヌケ、遅れが育ってくると、理解できることが増え、掴める情報が増え、自由に動かせる身体が整ってきます。
そうすると、それまでの体験と結びつき、目に見える変化として成長を感じられるようになります。
これがいわゆる「ドカン」というやつです。
子どもの成長は、大人のような緩やかな直線を描きません。
主に新規の神経同士の繋がりになりますので、じわじわとあらゆる神経を伸ばしつつ、繋がった瞬間、一気に「ドカン」です。


ですから、大人の我慢力、忍耐力、ブレない姿勢が問われます。
「これこそが大事」と一度決めたのなら、子どもがやりきるまで、目に見える成長が現れるまで、腹を据えて、腰を据えて、待ち続ける必要があるのです。
一度、習い事を始めたら、ある程度の期間は、子どもの変化を信じて続けてみる。
この部分を育てようと思ったら、その部分が育ちきるまで、とことん付き合い続ける。
ほとんどが未経験で、新しい刺激になるのが子どもです。
だからこそ、子どもの体験にムダはないのです。


「地域の一般的な習い事に通わせたいけれども、まだ発達の遅れがあって…」というような相談を受けます。
それに対する私の基本的な考え方は、こうです。
他害等がなく、その場、その環境、その活動に自ら向かおうとするのなら、早いうちからやった方が良い、特に将来、社会の中で自立してもらいたいのなら。


同世代の子ども達が経験すること、体験することの「差」は、意外と後々の自立、成長、選択に影響を及ぼします。
「発達のヌケが埋まった。さあ、そこから同世代の子と同じように」というのでは、経験の差が大きく開き過ぎていることもあります。
典型的なのは、ずっと支援級、支援学校、放課後は児童デイで、社会に出る若者たち。
18まで、障害を持った仲間と、特別支援の先生、支援者の中で過ごす。
そうすると、同世代の人達が18年間で経験、体験してきたこと、その積み重ねとのギャップが生じ、新たな課題として立ちはだかるのです。


発達の課題と、経験不足は、分けて考える必要があると思います。
時々、ごっちゃにしている人がいます。
発達のヌケ、遅れを育てていくことと、同世代の子ども達が体験を通して学んでいくことは、別。


発達障害が治ったら、その瞬間から同世代の子と同じような学び、関わり、活動ができるというわけではありません。
よくあるのが、発達のヌケや遅れは育ったんだけれども、同世代の子と比べて“幼い”んです、ということ。
幼いから、なかなか同級生と遊べない。
それで、また経験、体験の差が生じてしまうケースも。


支援級の子が10分勉強している間に、同世代の子は、45分×5~6時間勉強している。
じゃあ、その差は、どう埋めていくか、ということ。
これは勉強面のたとえでしたが、社会性の面、人間関係の面、遊びの面、運動の面は?となる。
そういったことを考えると、地域の一般的な習い事、活動に参加することは、とても意義のあることだと思います。
発達のヌケを育てつつ、同世代の子ども達と同じような体験を積み重ねていけるから。
また、この二つは分けて考える必要がある一方で、体験が発達のヌケを育てる刺激になることもあります。


「一般の習い事の先生は、障害の理解が…」という方もいます。
でも、そこが反対に良いこともあります。
ヘンに接待したり、支援したりしないから。
純粋に、その時間、そこで技術、勉強を教えよう、その活動の楽しさを感じてもらおう、としている人がほとんど。
そういった自然なかかわりが、子どもにとっても良い経験、体験になる。
つまり、同世代の子ども達と同じように、経験、体験できる、ということです。
それに理解のある人たちに囲まれた療育を早期から受けても、社会性、身につかないでしょ。


よくお話しするのは、「今の子ども達が作る社会は、私達の時代以上に多様性のある社会になる」ということ。
いろんな文化、バックボーンを持った人と共に生きていく社会です。
ですから、障害を持った子が、幼いときから同じように地域の習い事、活動に参加するのは当たり前のこと。
何も特別なことではないのです。
地域も、社会も、多種多様な世界へと変わっていくのですから。
障害があるから、発達の遅れがあるから、同世代の子ども達が体験できるようなことが体験できない、というのはバカげています。
子どもが成長できる機会、選択肢を大人が狭めてはいけないのです。

2019年8月26日月曜日

発達援助とは、新たなネットワーク作り

文章や言葉で伝えるとき、私も「重い」という表現を使うことがあります。
でも、それはニュアンスを伝えるため。
そもそも何を持って症状が重いというのか、わかりません。


知的障害の重度、軽度などという表現だって、ある側面を切り取った検査結果に基づいてラベリングされているだけです。
知的障害の知的って何だろうか。
ヒトの知能を検査で表しきることができるのだろうか。
というか、知能って何?
DSM-5でも、知的障害に関してIQのみからの判定から適応状態からの判定に変わりました。


「重度」や「軽度」などの表現を目にしますと、私は「発達障害者の中で」「ASDの人の中で」という具合に捉えます。
時々、「私は重度なんだ」「うちの子は重度なんです」という具合にこだわるような人もいますが、発達障害の人達に重いも、軽いもない、と私は思っています。
正直、発達障害の人に重い人はいないと思います。
同じ発達障害という括りで見れば、それは状態の違いがあるのでしょうが、障害全体で見たらどうでしょうか。


脳の状態、神経の状態からみれば、決して重度に分類される障害だとは思いません。
何故なら、五体満足の身体があり、ほとんどの発達障害の人は自分で移動することができ、口から食事を摂ることができ、他人に伝えられる表現を持っているからです。
多くの発達障害の人は、勉強だってできるし、仕事だってできるし、恋愛だってできる。


私は今、発達障害の人とばかり関わっていますが、これまでの間には他の障害の人達とも多く関わってきました。
頻繁にてんかんを起こす子もいましたし、胃ろうの子、自分で筋肉を動かすことができない子、身体に不自由がある子、それこそ現代医療では治らない病気を持った子もいました。
病気のため、障害のため、天国に旅立った子ども達もいます。
そういった子ども達と関わると、自然と重さを感じます。
そして脳や神経、身体へのダメージの大きさ、根っこからの問題を感じるのです。


彼らと関わった時間がありましたので、発達障害の人達と関わっても、重さは感じません。
多分、彼らと比べれば、発達障害の人達の障害された箇所は、部分的であり、とても狭く小さな範囲の話だと思います。
それこそ、神経細胞のダメージではなく、神経細胞の繋がり、シナプスの部分の不具合なのでしょう。
「繋がるべきところが繋がっていない」というイメージ。


五体満足な身体があり、神経細胞自体の問題ではない。
その繋がりの問題だったら、繋げれば良いと思います。
末端神経から刺激を送って、他の神経細胞を辿って。
ある部分での繋がりが生じなかったのなら、その周辺の神経細胞、シナプスで繋げていけばいい。
そんなイメージで、仕事をしています。


遺伝的な要素に、環境がスイッチを入れる。
そのため、繋がるべきところの繋がりが生まれず、それが発達の遅れとなって表面化する。
そのままの状態でいれば、発達障害。
もし、神経発達が起きない障害だったら、ずっと発達障害。


でも、繋がっていない=神経細胞がダメ、新たな繋がりが生まれない、というわけではありません。
周囲の元気な神経細胞を使って、新たなネットワークを築いていけばいいと思うのです。
「ヒトは死ぬまで発達する」というのは、遺伝ですべてが決まるわけではない、ということ。
そして、環境からの刺激によって、生涯、新たなneuroネットワークを作り続ける、ということ。


脳に損傷があった人が、器質的なダメージを受けた人が、他の脳の部分を使って、繋げて、機能を回復することだってあります。
元気で若々しい神経細胞に満ち溢れた子ども達に、どうして新たなネットワークが生じない、と言い切れるのでしょうか。


「発達するけれども、治らない」というのは、すでにフィクションであり、非科学的であり、一部の人達の願いから生まれる妄想にすぎません。
同じ発達障害なのに、これだけ表現型が一人ひとり違うのは、それだけバリエーションのある部分に生じた問題だということ。
まさに神経の繋がりこそ、多種多様、一人ひとりで全然異なる部分です。
それだけバリエーションが出るということは、繋がり方によって治る、機能回復する、中にはより良い繋がりによって、本来持っていた以上の資質が開花する場合だって考えられるのです。


一箇所の繋がりが生じなければ、もうおしまい、生涯そのまま。
それこそ、ナンセンス。
繋がり方に自由と柔軟性を求めたから、ヒトはどんな環境にも適応し、600万年、生き延びられてきたのでしょ。
「発達障害が治らないでほしい」というのは、たかだか100年くらいのとっても、とっても個人的な想い。
一箇所つながらないのなら、別のところから繋げていけばいい。
そのために、神経の材料の食事、ネットワークを繋げるための睡眠、末端神経を通した刺激。


本来繋がるべきだった部分での神経同士の繋がりが生じるか、で言ったら、生じないと思います。
本来、繋がっているところが繋がらなきゃ、その状態こそが「治る」のでしたら、治らない。
でも、そんなこと観察できないし、評価できない。
本来とは異なる部分同士の繋がりであったとしても、同じような機能で、生きている環境で適応できていたら、それこそ、治った。
脳にダメージを受けて身体が動かせなかった人が、リハビリによって動けるようになっても、「それは治っていない」というのですかね。
発達障害の人達は、それよりももっと部分的で細部で、シナプスというもともと自由度の高い部分での繋がりの不具合なのに。


初めてお会いする人と関わるとき、「ああ、本当はここのところが繋がりたかったのね」とアセスメントを行い、「じゃあ、その周辺からアプローチしましょうね」「新たなネットワークを作りましょうね」と発達援助をしています。
重いと感じる時間があったから、私は今日もポジティブな発達援助ができるのだと思います。
本来の場所じゃないかもしれないけれども、ちょっと遠回りしちゃうかもしれないけれども、新たなネットワークを築き、治っちゃいましょう!

2019年8月22日木曜日

言葉、雰囲気

この仕事をしていて思うのが、雰囲気を感じることの大切さです。
なぜなら、言語化できないものと向き合うのが、仕事だから。
まだ十分に説明できるだけの言葉を持っていない子もいます。
言葉を持っていたとしても、しっかり捉えられるだけの感覚を持っていない人もいます。
そして何よりも、援助の中心である発達とは、言葉でいい表すことができないものです。


たとえば「問題行動」というのは、言葉です。
言葉だから、それは道具。
道具になると、使い方の幅は狭まり、みんなが似たような使い方をするようになります。
だから、特別支援が学問になり、専門になっていくと、個人が薄まり、道具に使用される人という具合な主従逆転現象が起きるのです。


今の特別支援を見ていると、どんどん新しい言葉が生まれ、その新しい言葉をどう使いこなそうか、四苦八苦している支援者たちの姿を感じます。
懸命に言葉を使いこなそうとすればするほど、いつの間にか、言葉に行動が規定されていく。
だから、養護学校と呼ばれていた時代の方が、まだ個人があり、自由があり、治るがあった。


言葉によって支援が展開されていくと、パターン化、マニュアル化が起きます。
なので、少しでも困った行動が見られれば、「止めなきゃ」「無視しなきゃ」「別のところへ意識を向けなきゃ」となってしまいます。
その行動の背景には、個人があるはずなのに。
個人よりも、言葉が優先されてしまう。
誤学習、自己防衛、純粋な発達では、それぞれの姿から漂っている雰囲気が全然違うのに。


本人からの相談で多いのは、「なんだか困っている」「なんだか生きづらい」というものです。
その“なんだか”は言葉にできない何かです。
つまり、雰囲気。
その雰囲気を感じられるか、共有できるかが、その人の支援者になれるかどうかの判定になります。


親御さんからの相談でも、「周りは大丈夫って言うけれども」「その行動は無視してください、と言われるけれども」「障害だから受け入れましょう、と言われるけれども」、やっぱりこのままじゃいけないと思うから、相談します、という場合が少なくありません。
なんだか胸騒ぎがするから相談する。
なんだか、こうやったら良いかな、と思うからそうやってみる。
それが結果的に功をなすことが多いのです。


親御さんは、子どもの生きている流れを常に感じながら、共に生活しています。
だから、子の雰囲気を誰よりも早く気が付き、共有することができる。
普通の子育てをしている親御さんが、特別支援という言葉と距離を置いている親御さんが、子どもの発達を上手に促し、後押しし、治しているのは当然だといえます。
雰囲気という言葉にならないものを大切にするということは、その子、個人を中心にすることだから。


その子の生きてきた流れ、内なる力、発達、資質…。
これらは、言葉に表せないものです。
ですから当然、パターン化、マニュアル化できないもの。
つまり、支援しようなどと身構えた時点で、支援の対象から除外されてしまうのです。


発達という、個人という、言葉に表せないものをどう支援していけばよいか。
そのためには、雰囲気を感じるしかないのです。
なんだか良さそうだな、良い方向へ進んでいるな。
そういう雰囲気を頼りに、後押しするか、引き返すか、方向を変えるか、選択していく。
だから、子どもを治せるのは、常に雰囲気を共有している家族であり、親御さん。


治せる支援者、発達を掴み、後押しできる支援者というのは、言葉に頼っていない人であったり、言葉をちゃんと道具として使いこなせていたりする人のような気がします。
多分、子どもが部屋に入ってくる瞬間、課題を見抜き、「じゃあ、セッションを始めましょうか」と言う頃には、すでに援助の方向性が定まっているはずです。
別の言い方をすれば、「目が合うかな」「受け答えはどうかな」「言葉はあるかな」と考えないといけないようでは、個人に合わせた支援、より良い発達への援助はできないといえます。


言葉や説明は、後付け。
大事なのは、本人がラクになるか、心地良いか、より良い発達が生じるか。
エビデンスのある方法の効果が、限定的で表面的なのは、エビデンス自体が言葉だから。
言葉によってエビデンスを証明するということ自体が、個人を切り捨て、発達や資質という言葉に表せないものを切り捨て、ほんの少しだけ残ったものを対象にせざるを得ない、というジレンマを抱える。


子どもを見て、「なんとなく調子よさそうだな」「これをやってみて大丈夫そうだな」と感じられるかどうか。
そして、感じたものを素直に実行できるか、信じて選択することができるか。
「子どものことを良く見て援助してください」と言うのは、子どもから漂っている雰囲気を感じてください、重視してください、ということです。
「何秒以上できたら、どうだ」「腕の角度がどうだ」というのは、パターンを覚えさせているだけで、発達は促されていきませんので。

2019年8月21日水曜日

問題行動というズレ

「問題行動」という言葉は、支援者によって造られ、支援者のために存在する、といえます。
それに対応するだけのアイディアを持ち併せていないとき。
その言動の内側に流れる意味を捉えるだけの感性を持っていないとき。
支援者は、「問題行動」という言葉を借りて、自らの逃げ道を作るのです。


「問題行動」と称されるものには、3つの流れがあります。
誤学習と、自己防衛と、純粋な発達。


「誤学習」は、その名の通り、時間をかけて培ってきたズレた学習です。
本人的には、ズレた意識はないのですが、結果的に周囲や環境と折り合いがつかなくなった学習パターン。
ですから、気づいていないズレを教えることが必要。
そのためには、まず培ってきた学習パターンを一度、壊す必要があります。


支援にあたる者は、身体的な体力と言語的な体力が求められます。
それに、まずおのれの愛着の土台に脆さを持つ者は、対応不可能。
徹底的な否定ができなければ、中途半端な否定と肯定に揺れ動くのなら、一度形成された学習パターンを壊すことができないから。


自立できていない人達の中には、多かれ少なかれ、誤学習が存在している。
なので、支援者は誤学習と向き合う場面が多い。
そして、愛着障害と親和性の高い支援者という存在が、中途半端な否定と肯定を繰り返す。
特別支援の世界に誤学習が溢れているのは、元来、誤学習と対処することを一番苦手としている者たちが、その任務を担っているからでしょう。
驚くのは、誤学習すら、障害特性と捉えるような支援者の存在。


「自己防衛」は、ある意味、本人の資質の開花でもあります。
ヒトは追い詰められ、生きるか死ぬかのギリギリのラインに立たされたとき、意識を飛び超えた次元の反応が表れます。
どうして思いついたか分からない。
でも、それをすることで、なんとか今、私は生きている、生き続けることができている。
周囲からは理解されないけれども、自分にも害を被るけれども、自らを助けるがために発動された行動には躍動感をも感じます。


自己防衛は、そうせざるを得ない状況、状態があります。
刺激に圧倒される状況、心身の状態。
孤独な状況や心理的、身体的に他者から侵略されそうな状況。
ですから、まずはその状況、状態から解放できるかが支援の一歩になります。


そして、自己防衛自体は、本人からしたら正しいことをしているので、否定ではなく、その方向性を少しズラす。
本人の心地良さを害さず、また侵略という雰囲気を感じない範囲で、「ちょっとだけズラしてみては」と提案する感じ。
筋肉を使った自己防衛なら、同じ筋肉を使う、より周囲や自分の命と調和しやすいような行動へと誘ってみる。
心理的なバリアなら物理的なバリアへ。
家にこもるのなら内へこもるへ。


誤学習は開き直りで、自己防衛は悲しみの雰囲気を感じます。
しかし、純粋な発達には伸びやかな雰囲気を感じます。
特に、子どもさんを育てている親御さんから、支援者、学校の先生から相談を受けますが、「困った行動」と聞き、確認してみると、ただ自ら必要な発達段階を歩んでいるだけ、ということが少なくありません。
ズレで言えば、時間軸のズレ。


小学生の子が、お母さんに身体接触を求めてくる。
身体も大きくなっているし、同世代の子は、そんなことをしない。
どうしたもんか、と親御さんは悩む。
もしかしたら、中学生になっても、成人しても、他者に向かったら。
でも、本人からしたら、口周辺の感覚を育てたいだけだったりもする。


学校の校庭で、いつも泥をいじって困っている、という。
泥を口の中に入れようとすることもある。
よく聞けば、幼少期、泥遊びはしなかった、触りもしなかったとのこと。
大きくなった子が泥遊びをするのは不適切に思えるかもしれませんが、発達のヌケを育て直しているだけ。


誰にでも声を掛けてしまうのは、やっと言葉が出るようになって、その楽しみを感じているからかもしれません。
友達に触ろうとするのは、幼少期に霧の中にいたからかもしれません。
友達に触れようとするのは、1歳、2歳の子ども達の遊びかた、関わり方。
その当時できなかったから、発達の遅れがあって準備ができていなかったから、今になってやっとやれるようになったのです。


作業所のスタッフから、仕事中に急にクルクル回って困っている、という相談が。
学校からの引き継ぎでも、「止めてください」「やるべき活動へ促してください」と言われてきたとのこと。
でも、それでは一向に収まらない。
それはそうです、耳の内側を育てているのだから。
中途半端に止めるから、やりきらせてあげないから、18以降も残っているのです。
回転する椅子を用意してもらい、家でグルグル回っていたら、1ヶ月くらいで行動が見られなくなりました。


定型発達という軸を持たない支援者が、未発達を問題行動と見間違える。
同世代の子はやらない行動が、すべて問題行動なわけはありません。
その背景を読み解いていくと、ただ未発達を育てているだけ、ということが少なくないのです。
1、2歳の子がやる行動、発達課題を、小学生、中学生、大人がやるから違和感を感じるだけ。
でも、本人からしたら、発達のヌケを育て直している。


「当時はできなかったから、今やっているの」
そういう声が聞こえるようになれば、「問題行動」などという陳腐な造語が消えてなくなると思います。
本当の問題行動とは、本人の視点と支援者の視点のズレなのかもしれませんね。

2019年8月20日火曜日

原始的なレベルでしか埋められない発達段階

思いっきり水遊びをした子ども、できた子どもは、泥遊び、砂遊びに興味が移っていきます。
ヒトが辿ってきた道を振り返れば、それは当たり前のこと。
夏が始まる前、「とにかく思いっきり水遊びを」とお伝えした数家族の親御さん達から、「急に砂場で遊ぶようになった」「泥が平気になった、自ら進んで触るようになった」というお話を聞きました。
一生懸命、来る日も来る日も、水をテーマに遊び、子育てを頑張られた結果だと思います。


水の段階を完了するのは、とても重要なことです。
何故なら、皮膚とその感覚を育てるから。
そして、次の段階である泥、砂の段階へ進めるから。
ヒトは、泥遊び、砂遊びを通して、人になる。


触っただけで、物事を判別できるようになる土台は、泥遊び、砂遊び。
ひとまとまりだった手を、親指と4本指に分けるのも、そのあと、5本、それぞれの指に分けるのも、泥遊び、砂遊び。
夢中になって、泥や砂と戯れているうちに、自然と手で情報を得られるように育ち、指の分化が完了していく。
だから、泥遊び、砂遊びは、とても大事な発達刺激。


水の段階を卒業していない子に、いくら促しても、泥や砂で遊ぼうとしません。
遊んでいる風に見える子は、みんな、スコップや木の枝など、道具を介して泥、砂と関わっているもの。
手で、足で、直接戯れる姿が、真の姿。


水の段階を完了していないから、泥や砂で遊ばない子もいるし、環境的に水で思いっきり遊べなかった、泥や砂で思いっきり遊べなかった子もいます。
いずれにしろ、それは手先の不器用となって表れます。
手先が不器用な子の中には、首の問題の子もいますが、結構、水遊び、泥遊びが足りなかったから、という子も少なくないように感じます。
原因、アプローチの方法は異なりますが、どちらも未発達が背景にあります。
だから、治る。


しかし、治るけれども、不器用だからといって、細かい作業をさせたり、指を動かす訓練をしたりしても、なかなか育っていきません。
養護学校で、手先が不器用な子ども達にネジ回しなどの指先を使う作業をひたすらやらせる姿を見てきました。
12年間やったのに、卒業時も、手先は不器用なまま。
結局、不器用だから指を動かす活動、では育たないということ。
ネジ回しはうまくなっても、指は自由に動かない。


近頃、つくづく思うのは、発達には、それに応じたレベルがある、ということです。
やっぱり泥遊び、砂遊びで育つ発達段階の刺激は、泥や砂以外ない。
今は、いろんなグッズやアイディア、プログラムに溢れているけれども、代替できるものはほとんどない、と思います。
進化の過程の中にある発達課題、段階は、どうしても自然を通してしか育てられない。
高度なものでは代替できない、どうしても原始的なものが必要な発達段階がある。


成人した方の中にも、同じような悩みを抱えている人がいます。
親御さんに尋ねると、やはり幼少期、泥遊び、砂遊びをした記憶がないといいます。
ですから、ある人には、土いじりを提案しました。
庭の小さな場所で野菜を育てる。
おのずと土、泥と関わるようになる。
気が付いたら、以前よりも、ラクに指が動かせるようになった、手で触ってわかるようになった、と言っていました。
他の方には、陶芸をお勧めしたこともあります。
成人してからの泥遊び、砂遊びは難しくても、泥や砂と戯れることはできます。


時代が進めば、より高度で、効率的なモノ、アイディア、プログラムへと、特別支援の世界も進んでいくはずです。
でも、発達のヌケ、特に言葉以前の発達段階、2歳までの発達段階のヌケ、遅れに対しては、ある意味、非効率的で時代にそぐわない方法でしか、育てられないと私は思うのです。


100年後、200年後の未来は、今の社会とはまったく違った文化、テクノロジーに溢れた世界だと思います。
人間の生き方も、当然、違っている。
しかし、人間の本質、発達は変わることがない。
人類の歴史から見れば、そんな100年、200年という単位で、遺伝子も、性質も、本質も変わるわけはないから。
ということは、100年後の子ども達も、水で戯れ、泥や砂で遊び、発達を遂げていく。


水でビシャビシャになって困るのは、泥で服が汚れて困るのは、大人の都合。
子どもの視点に立てば、重要な発達段階を歩んでいる証拠です。
どこかの療育機関に行かなくても、なんとかプログラムをやらなくても、子どもの発達を促すことはできるし、自然の中でしか育たない発達段階、レベルもある。
ある親御さんは、「久しぶりに、私も子どもと一緒になって泥遊だらけになって気持ちが良かった」と言っていました。
どこか懐かしい感じがするのは、泥だらけになってすがすがしかったのは、私達、大人も辿ってきた道だから。
子どもの発達を保障するとは、子ども時代を子どもらしく過ごせる自由を守ることかもしれませんね。

2019年8月18日日曜日

若い頃の子育て、年を重ねてからの子育て

子どもは、いつまでも子どもではありません。
子どもも、年を取ります。
同じように、親も年を取る。
そして、親の親も年を取る。
月日が流れると、そのとき、想像していなかったことが起きるものです。


子どもの年齢が幼い頃は、親も体力があり、意欲も満ち溢れているものです。
ですから、子育ても、発達の後押しも、じっくり時間をかけて取り組むことができます。
しかし、子どもの年齢が上がり、そして自分は年をとっていくと、なかなか腰を据えて、時間をかけてじっくりと、ができなくなります。
自分の健康上の話も出てくるし、親の介護等、そっちの話も出てきます。
そうすると、子どもが幼いときのように、子ども中心でいられなくなる。


大学から私は函館にいますので、長い人では20年近くの付き合いがあるご家族がいます。
学生時代はもちろんのこと、施設で働いていたとき、学校で働いていたとき、そして今の事業を起ち上げてからも、治るとは思っていませんでしたし、治るアイディアも持っていませんでした。
しかし、今は違います。
多くの治った人、治したご家族とご縁がありましたし、治す知見を持った実践家の人達からも教えをいただくことができています。
なので、当時の私とは異なり、「治る」と自信を持って言うことができます。


ある意味、未発達の集合体が「神経発達障害」という状態だといえます。
その一つ一つの未発達を育てていけば、全体的な発達が進み、障害というラインを飛び越えることができる。
また、それができなくとも、一つの発達課題がクリアされると、それだけで生きやすくもなるし、脳みそにも余裕が生まれる。
当然、適応力だって上がっていきますので、障害という範囲の中にいるかもしれないが、社会に適応し、自立的に生きていけるようにもなれる可能性がある。
だから、いくつになっても、たとえ一つの未発達だとしても、それを育て直し、クリアしていくことがとても意味のあることだと思います。


ただ、それが伝わらない、長年、治らない前提で子育てをされてきた親御さん達に。
学生時代からの仲であるご家族も。
興味があるけれども、途中までやるけれども、若い世代の親御さんのように続かないし、やろうろともしない。
この親御さん達の10年前、20年前も知っているけれども、決して柔軟性のない人、意欲のない人、コツコツできない人、支援者の顔色を伺う人でもなかったのです。
ただ“遅かった”。
それは、子どもさん(もう皆さん、成人されていますが)の発達という意味ではなく、親御さんにとっての。


もし、10年前、20年前に、今の治るアイディア、未発達を育てる知見があり、それがわかれば、どの親御さんも、今の親御さんのように、熱心に取り組み、同じように治していったと思います。
どの子も、「重い」と言われていたけれども、それは未発達の部分を育てず、そのままにしていただけで、決して特別に重い人達だとは感じません。
ですから、どの子も、治る可能性は持っていた。
小さい頃を知っていただけに、今のように児童デイもなく、一生懸命育てられていた親御さん達の姿を知っていただけに、私自身、とても寂しい気持ちになります。


今、仕事で関わっているご家族の中心は、就学前の子ども達。
子どもさんは、神経発達が最も盛んな時期を過ごしていますし、親御さんも体力、気力ともに満ち溢れています。
おじいちゃん、おばあちゃんの世代も、まだ若いですので、介護等の心配もない。
十二分に、子ども中心に生活が回せる、子どもの発達に力を注げる。


発達とは、お金で解決できないし、基本的に子育てなので、外注できるような次元でもない。
だから、子ども自身が発達課題をやり切れるよう、とことん腰を据えて付き合える身体を親御さん自身がもっていなければなりません。
親御さん自身が我慢できるだけの筋力がないといけませんし、動けるだけの身体が整ってなければなりません。
試行錯誤する脳みそだって必要。
そう考えると、子どもの年齢が幼い頃から、発達のヌケや遅れを育て直すことは、親御さんにとっても意義のあることだといえます。


一生懸命我が子のことを愛し、動いてきた親御さんも、時が経てば、「今、親の調子が悪くて、あまりうちの子に構ってられないわ」「今さら、もう聴覚過敏は治らないと思う」「もう自分のことでやっとだから」「施設で問題なく過ごしているみたいだから、もうそれでいいのよ」という言葉が出てしまう。
どんな人だって、年はとるし、年代年代によって、若いときに想像しなかった悩みが出てくる。
そういった意味でも、子ども時代の治す中心は親御さんであり、成人後は自分自身なのかもしれません。


いつの間にか、私と同世代の親御さん、そして私よりも若い親御さんと仕事で関わることが増えています。
子育ては、とにかく親も体力、気力が必要。
うちの子も、ひたすら同じ遊びをエンドレスで行う時期です。
滑り台、1時間連続で一緒に滑って、私のズボンが破れてしまったくらいです。
発達とは、やりきること。
ですから、遊びに行くときは、我が子が根を上げるまで勝負、という気合を入れて、私も遊んでいます(笑)
そんな夏休みも今日でおしまい。
我が家の発達援助は、海、山、キャンプ、公園。
ちょうど私の背中の皮が剥け始めた頃です。

2019年8月16日金曜日

対人職の過ちを最小限にするためにも

この夏、一人の若者が仕事に就き、そして家を出て一人暮らしを始めました。
仕事を探し、自分で面接を申し込み、採用までをやり切ったのです。
一人暮らしも、本人の意思です。


支援者の力を借りることなく、就職できたのですから、もともと力のあった人と思われるでしょう。
確かに、最初にお会いしたときから、働くだけの能力をもった方だと、私も思いました。
しかし、就職する上でも、生きていく上でも、とても重要な「主体」がなかったのです。


何を尋ねても、「わかりません」と言い、どんな仕事がしたいか、答えられませんでした。
印象ではありますが、困っているのは感じているんだけれども、何がどう困っているか、自分でもわからない感じでした。
ただ年齢的にも、仕事をしなければならないと思っていて、でも、仕事ができなくて、そもそも、どうしたら良いか分からなくて、という中での相談でした。


若者からの相談では、こういった主体性の乏しさからの悩みが少なくありません。
「大久保さん、私はどうしたら良いですか?」
このような発言をたくさん聞きます。
しかし、こういったとき、本人に代わって私が選択肢を選んではならないと考えています。
だって、私が選んだものをそのまま受け取ってしまう可能性が大きいから。
これは、私が嫌う、他人様の主体性を侵すような行為でもあります。


「私はあなたではない。ゆえに、私は誤解するし、誤った判断、選択をする」
このように思って、対人援助という仕事をしています。
私は、一般の人よりも、多くの発達障害の人達と関わり、生活を共にしてきたかもしれません。
でも、私が彼らの代弁ができるとは思っていませんし、そもそも他人の気持ちがわかったも、理解できたも、幻想であり、不可能なことだと思っています。


私には、他人様の人生を決める権利も、能力も、ありません。
ですから、主体性が乏しい方からの相談に対しては、言葉を慎重にし、そして、まずはその主体性を育てる方向性へ後押ししたいと考えています。
ある意味、ちゃんと相談ができるための準備です。
主体性を持ち併せていない方からの相談は、相談ではなく、宗教になると、私は思っています。
私が言ったことが、そのまま、答えになってしまう危険性。
主体性を持たないまま、相談員でも、専門家でも、医師でも、先生でも、相談し続けると、いつしか、その人が教祖様になり、言われるがままの信者となる。


この夏に就職、自活を始めた若者とは、主体性を育てるためのワーク、援助を行いました。
発達のヌケが埋まり、自分の身体が掴めるようになったあたりから、自分の意思を表出できるようになりました。
そこまでくれば、私の援助はおしまいです。
私は、その若者が、自分自身で選択できるようになるところまでの役割。


障害と聞くと、周囲の人間、相談員は一生懸命相談に乗ろうとします。
しかし、発達障害の人達の相談においては、ただ単に一生懸命話を聞いて、進路を選択することが良いことだとは言い切れないと思います。
「福祉に繋げられたからOK」「サービスの申請が完了できたからOK」ということにはならない。
何故なら、主体性という未発達があるかもしれないからです。


身体や機能に障害を持った人は、それに応じたサービスとつながり、社会の中で生活していけることが必要なサポートだと思います。
でも、発達障害の人達は、発達に課題がある人達だといえます。
ですから、相談員がサービスに繋げることだけを主に動いてしまうと、意識しないまま、発達障害の人達の人生や進路を決めてしまいかねないのです。
相談とは、あくまで本人の意思、主体性があって、初めて成り立つもの。


発達のヌケがあるゆえに、皮膚や平衡平衡感覚が育ってないがゆえに、自分自身の身体、空間との境目が捉えられず、結果として主体性が乏しい、ということもあります。
決して、主体性が乏しい障害ではないのです、発達障害は。
未発達が重なっていくと、主体性の育ちに影響が出る。
なので、必要な援助は、未発達の部分を育て、主体性を養うこと。


対人職は、誤解し、常に独りよがりの支援、助言をする可能性があり、そして本人の主体性を侵す危険性を持っている。
だからこそ、確実な部分にアプローチすることが大事だと考えています。
その確実なことの一つが、発達のヌケ、遅れを育て直すこと。
600万年の人類の歩みが詰まった運動発達。
動物としての呼吸、感覚、動きの発達。
そして生活のリズムを整え、快食快眠快便、きちんと疲れ、回復する身体を培っていくこと。
これらは、唯一、確実なことだといえます。
確実なことを追及し続けることが、対人職の過ちを最小限にするための姿勢なのです。

2019年8月15日木曜日

「何を学び、どう生きるか」は私達の権利です

私は施設職員として、利用者さんの主体性、選択、自由の権利を奪っていました。
朝起きてから寝るまでの日課、スケジュールを決めていました。
起きる時間、寝る時間、食事の時間、お風呂に入る時間…週末の過ごし方まで。
すべて職員である私達に決定権がありました。
入所していた人達には、何を食べるかさえも決められず、出されたものを食べ、嫌だったら“食べない”という選択肢しかなかったのです。


限られた人数、資源の中で、多くの利用者さんを見なければなりません。
ですから、どうしても管理の意識、傾向が強くなります。
「もっと選択肢を」「日課に自由を」とは思い、できる改善は行っていたものの、やはり限界があるのです。
一日、無事に終えることが、どれほど、大変だったか…。


いくら業務であり、施設の意向だったとしても、私が多くの人達の主体性、選択、自由の権利を奪っていたのは変わりがありません。
もし私が支援される側だったら、こんな支援は受け入れられなかったはずです。
そのように自分自身で感じるくらいのことを、私はやってきたからこそ、今の仕事では「主体性」「選択」「自由」の権利を侵さないように、と強く意識するのだと思います。


私が発達の準備、後押しにこだわるのは、こういった経緯があるからだといえます。
何か指導しようとすると、うまくいかないことが多いというのもありますが、「指導する」自体に、本人の主体性を侵略するような雰囲気を感じるのです。


何かを指導してほしいという本人からの要望があれば、それは主体性を侵すような指導にはならないでしょう。
むしろ、「何かしたい」「こうなりたい」という本人の意思が明確にあるので、主体性を尊重している対応だといえます。
でも、そこに本人からの発信、要望がなければ、もしかしたら、良かれと思っている指導が、本人の主体性、選択、自由を奪う結果につながらないともいえません。
特に私は、重い障害、症状を持つ人達の施設で働いていましたので、本人からの発信、要望がない場合、慎重になる必要性を強く感じるのです。


幼い子どもや知的障害がある人達、ASDの人達は、自分たちの意思よりも先に、指示されたこと、指導されたことに従順してしまう傾向があると思います。
「自分がやりたいから」「楽しいから」ではなく、「わかるからやる」といった感じです。
周囲の状況や環境の意味が混とんとして掴めていない人ほど、「わかる」に飛びついてしまいます。
でも、「わかること」が自分のやりたいことではない、学びたいことではない、ということも。


私も、実際、施設や学校で個別指導計画を立てていましたのでわかるのですが、本人の意思よりも、できること、できそうなことを目標に立てがちだといえます。
本来は、本人の意思やニーズに基づいて、どういった学びをしていくか決めていくのが、個別指導計画になるのですが、幼い子ども達や障害の重い人達になればなるほど、本人の意思が代弁という名の解釈によって決められ、どちらかといえば、支援しやすいような、親御さんが喜びそうな目標になっていくこともあります。


しかし、これは致し方ない面もあると思います。
本人からの発信を受け止められない限り、周囲が解釈するしかありません。
また、個別指導計画は、保護者と協働することが決められていますので、親御さんの意向に沿う形になるのは自然な流れだといえます。
ですから、普通にやっていれば、知らず知らずのうちに、私達は障害を持った子ども達、人たちの「主体性」「選択」「自由」を侵略していることもあるのです。


爬虫類の脳、哺乳類の脳までは、2歳までの発達段階、言葉を獲得する前の発達段階は、周囲も力を合わせて丁寧に育てていく。
でも、それ以降の成長は、本人の主体性、選択に委ねていく。
その辺のバランス、線引きを誤らないことが、本人の権利を侵略しない、尊重することにつながるのだと考えています。


子どもであるとか、障害があるとか、でいつまでも、どこまでも教えようとするし、支援しようとする。
振り返れば、施設職員、学校の教員だった私は、障害を持った子ども達のことを信じていなかったのだと思います。
しかし、発達援助、発達のヌケ、遅れを育て直していく道と出会い、その中で自ら発達、成長していく子ども達の姿を見続けるうちに、もっと彼らの内なる力を信じて良いと思うようになりました。
特に発達障害の子ども達の場合は、発達のヌケ、遅れをどうにかしてもらいたけであって、一から十まで支援してほしい、教えてほしいと思っていないと感じます。


「わからない」が課題の根っこではなく、発達のヌケ、遅れが根っこ。
「わからない」は結果であって、自然と分からないような状態である感覚、身体、内臓などの発達をどうにかしてほしい、と思っている。
それらが解決すれば、「何を学び、どう生きるか」は私達の権利である、といっているように感じるのです。


周囲がリードする部分は、発達のヌケ、遅れを育てるところまで。
それ以降は、いくら子どもであっても、障害があっても、本人の権利だし、自由が認められるところ。
たとえ我が子であったとしても、別人格。
本人の「主体性」「選択」「自由」を尊重していくためにも、発達のヌケ、遅れを育てることが大事です。
それ以降も、関わることがあれば、本人の意思、発信を聞いてから応えようと思っています。

2019年8月11日日曜日

「どうやって教えよう」から「どんな準備をしたらよいかな」

施設で働いていたときも、学校で働いていたときも、私は「教えよう」としていたと思います。
できないことがあれば、補助具を作ったり、教え方を工夫したりして…。
わからないことがあれば、言葉を簡潔にしたり、視覚的な方法で伝えたりして…。
「学習に集中できるように」と刺激の少ない環境にしたり、スモールステップで教えたり、個別指導で徹底的に教えたりもしました。


こういった教える側の工夫、配慮によって、子ども達はできないことができるように、わからないことがわかるようになりました。
しかし、それは“その場限り”。
学んだ場所、学んだ人から一歩離れれば、できなくなり、わからなくなる。


ですから結局のところ、「家に帰ったらできない」→「学校だから、施設だからできるのね」と親御さんに受け取られ、連携がうまくいかなかったり、養育の意欲の低下を招いたりする。
私達、支援する側、教える側も、外に出れば、できなくなるので、「やっぱり障害が重いから」「それ(般化の難しさ)が自閉症の特性だから」と勝手に諦め、社会の中での実践から子ども達を遠ざけてしまう。


今の事業を起ち上げてからも、できないもの、わからないものは、教え方の工夫によって身についていくと考えていました。
でも、その考え方を改めるきっかけがあったのです。
普通級在籍の小学生の子。
この子は、授業についていけず、また言葉や対人面でも課題があったため、担任、管理職、コーディネーターから再三、「支援級へ」と伝えられていました。
だけれども、親御さんが頑として首を縦に振りませんでした。
今はわかっていないけれども、この子には理解する力がある、と親御さんが感じていたから。
そこで、私との関わりが生まれました。


親御さんからの依頼内容は、「学校の授業についていけるように勉強を教えてほしい」というものでした。
ですから、私はこの子にわかるような教え方、工夫をして、勉強の後押しをしようとしました。
一対一の学習で、この子のペースに合わせて進めていましたので、私との学習のときには理解ができていました。
でも、学校に行けば、わからないし、テストでも点数がとれずにいました。


最初は、「一斉授業だから」「刺激が多いから」などと、私も捉えていましたが、ふと、それまでの「その場限り」のことを思いだし、その姿と重なりました。
もしかしたら、私の考え方、援助の方向性が間違っているのではないか、と思うようになり、一斉授業でも勉強ができる、先生の言っていることが理解できるように援助することの方が必要だと考えるようになりました。
そこから援助の方向性を変え、鉛筆がちゃんと持てることや足を床にきちんとつけて座れること、教科学習の始まりである概念、数の勉強、遊びを徹底的に行いました。
すると、メキメキと力をつけていき、いつしかテストで100点をとるくらいまで成長されたのでした。
そんな子から久しぶりに連絡があり、今は受験生として頑張っています、と教えてもらいました。


この子との出会いは、私にとって大きかったと思います。
どうしても、支援者は、先生は、大人は、子どもに教えようとします。
特に、発達に遅れがある子に対しては、必要以上に教えようとする。
でも、それじゃあ、あまり意味がないんですね。
結局のところ、神経発達にヌケや遅れがある子は、「知識や技能が身につかない」のではなく、知識や技能を身に付けるための「準備が整っていない」ということ。


教え方云々ではなくて、たとえば、教科学習だったら、ちゃんと学習できるだけの手が、目が、足が、姿勢が、軸ができているか。
一斉指示を聞き取れるだけの聴覚が育っているか、その手前のバランス感覚、重力との付き合い方ができているか。
脳みそにちゃんと新しい学習ができるだけの余裕があるか、つまり、快食快眠快便が整っているか、など。
発達のヌケ、遅れは、2歳以前、言葉獲得以前の発達段階にあることが多いので、やっぱりそこを育てなければ、根本的な解決には至らない、ということです。


ある意味、それは当然なことかもしれません。
学習の準備ができていない子、感覚、動き、身体に未発達な部分がある子に、いくら工夫して教えても、徹底的に教えても、身体の底からの理解にはつながるわけがないのです。
ですから、結局、熱心な大人に付き合い、その場“だけ”できるように、パターンとして身に付けてしまう。
私も今までに、多くの子ども達を付き合わせてしまったな、と反省しています。
だから彼らは、一歩外に出るとできなくなった。
それは、本質的な理解ではなく、表面的な理解しかできない状態で、教え込まれたから。


教科学習だけではなく、身の回りのことやお手伝い、コミュニケーションや対人スキルなど、いろんな面で、「できない」「わからない」状態の子ども達がいると思います。
そんなときには、「できない」「わからない」のではなく、「準備が整っていない」という視点で捉えると、育むアイディア、必要な援助が見えてくるかもしれません。
「トイレでうんちができない」ではなく、「トイレでうんちができるためには、あと、どんな準備が必要だろうか」と考えてみる。
もしかしたら、内臓の感覚の育ちかもしれない。
もしかしたら、水分摂取と排出かもしれない。
もしかしたら、体温調節や姿勢かもしれない。


「ハイハイを飛ばした。だから、ハイハイをやらせよう。でも、ハイハイをやりたがらない」
だったら、その子がラクにハイハイができる準備には、「何があるかな?」と考えてみる。
ちゃんと指が分化している?
手首が育っている?
足の親指はどう?
重力とのお付き合いができてる?
反射が残ってない?
ハイハイは、動物としての進化の過程ですので、ハイハイが楽しめる身体に育てば、自ら進んで育て直しを行うものです。
こうやって、「どうやって教えよう」から、「どんな準備をしたらよいかな」と考え方を転換してみる。


私の想い、考えの中には、「子どもは自ら育つもの、学ぶもの」というのがあります。
本来、子どもは新しいことを学ぶのは、とても楽しいことだと感じるし、身体を動かして思いっきり遊びたいと欲している。
だから、勉強が楽しくない、新しいことを身に付けようとしない、身体全身で思いっきり遊ぼうとしない、というのは、その想いまで至らない原因がある、と考えます。
未発達やヌケ、遅れがあると、やっぱり楽しめないし、心の底から、身体の内側から喜び、意欲が生まれない。
なので、今日も私は、「どんな準備をしたら、ラクに学べるか、より楽しく遊べるか」と考えています。

2019年8月6日火曜日

発達は、自然科学であり、ヒトの、動物の自然な営み

保育園一年目は、あらゆる病気を貰ってきます。
春夏秋冬、それぞれの季節で流行するもの、したものは、すべてもらい病気になるわけです。
年がら年中、鼻水を垂らしています。
ときに、発熱しながら、体内に入ってきた初めてのモノと対決する。
そうやって、一年が経ち、二年が経つと、ほとんど症状が出ない身体になっていきます。
子どもが貰ってくる病気のほとんどは、「経過観察」と「対処療法」と説明されるのです。


私自身は、もう10年以上、病院にかかることはありません。
ほとんど風邪などひきませんし、「なんかくすぶってるな」と感じれば、手足を温めたり、ランニングの距離を調整→汗の調整をして治します。
もう30年以上、生きているわけですから、自分でどうすれば、治るか、自然治癒力が発揮できるかわかるわけです。
結局、病院に行っても、直接作用するような特効薬がもらえるわけではありません。


喉が痛ければ、「喉が痛いです」という。
そうしたら、ドクターが喉を見て、「ああ、喉が腫れていますね」という。
頭がボーとすれば、体温を測り、その値を伝える。
そうしたら、ドクターが「熱が出てますね。風邪でしょう」という。
これが一般的な内科の診察。
症状に合わせた薬が出て、とりあえず抗生物質が処方される。


内科のドクターは、風邪に対する特効薬はなく、対処療法しかないこと前提で診察にあたります。
患者の方も、ドクターが直接治してくれるわけではないけれども、一応、通院する。
それは、他の病気だと困るから。
「ああ、普通の風邪ね」と安心し、あとはゆっくり養生するために通院する。


こうしてみると、風邪を発達障害に変えても、意味は通ります。
「こんな症状があるんです」といえば、「じゃあ、こんな薬があるよ」という。
「言葉の遅れがあって、目が合わなくて…」といえば、「じゃあ、発達障害かもね。検査してみよう」という。
そして診断名が出て、診断書が記入され、「あとは福祉へ、療育へ」となる。
ここでも、ドクターが直接治すわけでもないし、神経発達を促してくれるわけでもない。


発達障害専門の医師の多くは、「治らない」という。
それはそうなのかもしれません。
発達障害が治ってから、わざわざ通院する人はほとんどいないでしょうから。
どちらかといえば、診断名が欲しいときと、薬が欲しいとき、に通院するもの。
それ以降の話は、各家庭、個人の出来事。


私は、医療をディスっているわけではありません。
医療だけが特別で、崇高なものではなく、医療だって限界があるといいたいのです。
医療の限界とは、診断と処方、そこまで。
それ以降は、どう頑張っても、各個人の自然治癒力、何を学び、成長するか、どのような選択をし、行動するか、にかかっている。


私達は、病気になれば、病院に行きます。
でも、ほとんどの病気は、医師が直接治してくれるわけではありません。
手術をするのは、医師かもしれないが、その傷口を元に戻し、身体を回復させるのは、本人の自然治癒力であり、患者自身の行動と選択にかかっています。
病院に行けば、100%病気や傷が治るわけではない。
そういったことはわかって、患者だって病院にかかる。


だから、発達障害の専門医とはいえ、同じこと。
治してくれるのは、医師ではなく、患者自身。
本人が何を選択し、どう行動するかにかかっています。
薬を処方してもらうことによって、症状は抑えられるかもしれないが、一時的にラクになるかもしれないが、結局のところ、神経発達障害の“神経”を育て、整えていかなければ、根本的な解決には至らない。


私達は、医療や専門家に頼りたい気持ちになることがあります。
私だって、子どもの調子が悪くなれば、「ただの風邪だろう」「ゆっくり休めば治るだろう」と思うものの、やっぱり心配になれば、医療を頼る。
そこで、「ただの風邪ですね」「二、三日安静にすれば治るでしょう」と言われれば、安心できる。
なので、発達障害の専門医にも、こういった安心できる方向性で話をしてもらいたいと願うのです。


障害名(仮)だって、本当は最初に診断した医師から伝えてもらえれば、どれだけ多くの親御さん達が救われるかと思います。
しかし、現実は、障害名(仮)の話をされないことが多い。
そればかりか、1歳、2歳、3歳というような子ども達を目の前にしても、「治らないから」「この子は、一生福祉」「支援を受けて生きていくのが良い」と言ってしまう。
医療に限界があるからこそ、誠意をもって、親御さんに、そして子どもにも向き合ってほしい、と私は思います。


風邪と同じように、本人の自然治癒力が治すのです。
発達に関しても同じこと。
本人が求める刺激、環境、学びを存分にやり切ることが、神経発達を豊かに育てます。
こういった前向きな話がもっと溢れるようになってもらいたい。


一部の親御さんが、診断名欲しさに、できるだけ重く、重症度を強調して書いてもらいたく、医療にすり寄っていくことがあります。
そうすれば、公的な支援が多く、長くもらえるから。
だからこそ、待合室でも聞こえるくらいに、「重く書いときましたから、お母さん」なんて言葉が聴こえてくる。
だからこそ、そんなつもりがない親御さんにまで、「重く書きましょうか?」なんて言葉が投げかけられる。
「重いことが良い」「軽くならないのが良い」などという曲がった価値観が、「治る」を真剣に考えない専門医療へと留めている要因にもなっていると感じます。


医療に限界があるように、専門家にも、支援者にも、エビデンスがあるアプローチにも、限界があります。
ですから、そういった者たちを絶対視しないこと。
あくまで、治していくのは、本人の自然治癒力であり、発達する力。
上手に使わなければ、選択できなければ、主体性がどんどん奪われていくだけ。
必要なときに頼り、それ以外はちゃんと距離を取る、ときにスパッと切り捨てる。


自然治癒力、発達する力は、主体性がないと発揮されないもの。
専門家を適度に諦める、期待しない姿勢が肝要です。
医療を、専門家を、宗教にしてはなりません。
発達は、自然科学であり、ヒトの、動物の自然な営み。

2019年8月5日月曜日

その人達は、神経の専門家じゃない

ひと昔前は、生まれつきの障害で、それも脳の機能障害。
生まれつきで脳が違うのなら、なんだか普通の人とは別の存在のようなイメージがありました。
だから、そういった自分たちとは異なる人達のことを努めて理解しようとした。
治らないんだったら、制度を整え、あらゆる面でサポートすることが大事だと思った。


だけれども、時は流れ、従来想像していたのとは異なる人達の存在が明らかになりました。
2000年以降、それまで知的障害を伴う人達ばかりだと思っていたのですが、知的障害を伴わない、同世代の人達と同じような道を歩んでいながらも、自閉症やADHD、LDなどを持っている人達が多くいることがわかりました。
さらに2010年代には、自閉症と診断された人達の中に、成長と共に、その診断名が外れる人達の存在も明らかになりました。
国内外を問わず、 診断基準、発達障害というラインを飛び越え、治っていく人達の存在です。


状態像は発達とともに変化していく。
今、思えば、しごく当たり前の話ですが、ひと昔前の「生まれつき」「脳の機能障害」という捉え方を崩すには、多くの人達の姿と、長い月日が必要だったといえるわけです。
結局、生まれつきって言ってたけれども、発達過程のどこかで発症するという話だったのね。
“脳の”って言っていたけれども、神経の問題だったのね。
ですから、発達障害は神経発達障害になったのです。


脳の話から、神経の話に変わったのにも関わらず、どうも旧来の捉え方で支援が展開されているようです。
日本の支援者、隅々まで“神経”が認知されているとは思いませんが、診断に携わっている医師や専門家と呼ばれるような人達は当然知っているはず。
じゃあ、なぜ、もっと「神経だよー」と言わないのか。
むしろ、ひた隠すような素振りすら見られます。
未だに「NC州のような地域プログラムを作ろう」「ご褒美を使って、パターン学習をさせよう」「社会性はマニュアルで教えよう」というような、なんだか、旧来の「生まれつき+脳」前提と思われる療育、支援がはびこっています。


神経の発達障害なのですから、その神経へのアプローチが肝心なわけです。
神経が育ってしまえば、地域をまるまる構造化する必要はありませんし、パターン学習も、マニュアル暗記も、むしろ効率が悪い学習法になります。
なので、これらのアイディアは、一時的な対処療法。


神経が主役になれば、発達の場は、生活すべてになります。
バリエーションの豊かな刺激は、自然な環境、遊びに勝るものはなくなるのです。
一箇所に集め、プログラムされたものをこなすのは、旧来のパターン学習、マニュアル暗記を効率的に行うために作られたものですから。
親子の自由で自然な関わり合い、育ちあいは、究極の個別指導なのです。


専門家たちが、“神経”を黙殺しているのは、神経発達障害へシフトチェンジできないのは、しないのは、おのれ自身を守っているからに過ぎないのだと思います。
新しい知見が広まること、しかも、診断が外れる人達、可能性があることは、それに携わる者としても喜びのはずです。
当事者、家族の人達の喜び、幸せに寄与したいからこそ、その仕事をしているわけですから。


当事者、家族の喜びを喜びだと感じられないのは、その支援者自身に愛着の問題があるからなのでしょう。
ですから、専門領域を守りたいわけです。
しかし、もうその専門領域は消滅したも同然。
だって、神経を育てる場所は、生活の場すべてだから。
むしろ、高度に構造化され、プログラムで設定されたものは、刺激を単一化へ向かわせ、神経発達を阻害しかねません。


家族はもちろんのこと、学校、職場、地域に、神経発達を促す刺激、アイディアがあります。
療育の専門家よりも、地域の習い事の方が、神経発達に繋がることがあります。
環境の統制された部屋で一日過ごすよりも、自然の中に、公園などの遊び場に、必要な刺激は溢れています。
子どもは、自分自身で、今、必要な発達刺激がわかるわけです。
それにいつでも応えてくれるのは、自然であり、家庭です。
人工的なプログラム、専門家のやりたい療育は、どんなに頑張っても、先回りで用意されたもの。
子どもに主導権があり、初めて発達が生じる。


神経が主役になり、発達の場が生活すべて、その人の人生すべてに変わりました。
でも、「生まれつき+脳」で生きてきた人間、それで生かされてきた専門家たちは、これからも変化に抵抗し続けるでしょう。
だって、神経の専門家じゃないから、特別支援の専門家たち、支援者たちは。
わかるのは、「生まれつき+脳」前提で築き上げられた知見とアプローチだから。


なので、親御さん達がしっかり学び、主体性を持って育てていくことが重要になります。
もう一度言います、専門家はいないのです。
頼るのでしたら、我が子の神経を豊かに刺激してくれる人。
それは、学校の先生かもしれないし、地域の習い事の先生、職場の同僚、上司かもしれない。
我が子に必要な人を探す、地域の中から。
そして何よりも、我が子の主体性を奪わず、その育ちに寄り添え続けられるのは、親御さんであり、家族です。
神経を育てるのは、本人であり、自然であり、家族であり、その人の生活すべて。




2019年8月2日金曜日

ベルトコンベヤー

「この地域は、ママ友は、みなさん、視覚支援なので、身体アプローチはちょっと…」というような人もいます。
その一方で、早期診断、早期療育、就学後は相談機関の人と連携して学校生活を送り…みたいな人が、「やっぱりおかしい」といって、治す道へと歩みだすこともあります。


そういった親御さんの一人から連絡がありました。
「他人の気持ちを察することができるようになったんです」
「会話がスムーズになって、雑談ができるようになったんです」
長年の課題、「ここが育てば」と思っていたところが育ち、ご家族皆さん、とても喜ばれていました。


察すること、雑談…。
こういった部分は、発達障害の人、特に自閉症の人達に共通してみられる課題でもあります。
だから、療育でも、熱心なアプローチが展開されます。
なんとか会話や、なんとかストーリー、輸入物のアプローチの数々。
一通りやってみて、結果が出なければ、「それが障害特性だから」という典型的なパターン。
何年もかけて、SSTをやったのに、「だって、障害特性だもん」と言われた日にゃあ、どうすりゃいいの、私達の時間を返せ、となるわけです。


そこで、「これだけ時間かけて、頑張ってきたんだから、仕方ないよね」と納得するか、「仕方がないんじゃなくて、やりかたが悪かったんじゃないの」と思うか。
そこが分かれ道だと思います。
冒頭で紹介した親御さんは、それから自分でいろんなことを調べ、辿りついたわけです、身体アプローチに。


長年、療育に通い、児童デイにも通い、定期的に相談機関、医療機関と頼ってきた。
最初は、「早期療育を行えば、この療法をやって続けていけば、コミュニケーション面も改善しますよ」と言っていたのに、「薬を飲めば、集中力も上がってくるから、療育の効果も高まるから」と言われて飲ませたくなかった精神科薬も飲んだのに、挙句の果てに障害特性で、はい、終了となる。
こういった話は、全国どこにでもある話ではないでしょうか。


結局、上辺だけの知識、技能では、問題解決などするわけないのです。
だって、発達障害は、知識や技能を覚えれない障害ではないから。
発達期に生じた神経発達の遅れ、です。
「神経発達の遅れ」=「知能や技能を覚えられない」???
現在行われている療育、特別支援教育の多くは、知能や技能を覚えられない人向けのアプローチ。
というか、神経発達のヌケが埋まった人、育った人が前提で展開されています。


知識や技能が習得できないのは、課題の表面。
根っこは、あくまで神経発達。
神経発達にアプローチできなければ、エビデンスがあろうが、免許が必要な輸入物の方法だろうが、身になることはありません。
結局、そういった上辺だけのアプローチで学んだことは、真の意味が掴めて身についたものではないので、パターン学習となる。
そろそろ、日本の特別支援も、パターン学習のコレクション(通称『パタコレ』)から脱皮しなければならないと思います。


冒頭の若者、親御さんへのアドバイスは、たった2つだけ。
栄養が吸収できていない雰囲気があったので、藤川ドクターの本を紹介と、背面を優しくマッサージすること。
まずは、それだけとことんやってみてください、と提案。
栄養が満たされれば、神経発達は加速するし、脳みそにも余裕が生まれてくる。
だから、会話にも余裕が。
皮膚の感覚が乏しければ、空気を読むなんてできるわけがない。
だから、皮膚からの刺激を充分に味わい、育ててもらう。
10年以上、悩んでいたことが、たった数か月で解決。
根っこを育てれば、あとは早いんですね。


栄養を整えて、発達のヌケを、未発達の部分を育てる。
何も特別なことではなく、子育ての範疇です。
ですから、気づくかどうか。
「障害を持った子だから、専門的な支援、療育」と思うか、「発達が遅れている子だから、そこを丁寧に育てていこう」と思うか、の違い。


この親御さんのように、いつからでも気が付いたら、その瞬間から育てられるのが、言葉以前のアプローチ、身体アプローチの良いところ。
ただそのためには、一つだけ条件があります。
動ける身体があること。
世の中、「おかしいな」と思っても、それが言いだせない、行動に移せない人が少なくありません。
「おかしいな」と直感が働いたとき、その内なる声に耳を傾け、手や足を動かせるかどうか。
待っていれば、特別支援のベルトコンベヤーは前に進んでいくだけ。
一度、乗ったなら、自らの手や足で降りる必要があるのです。


本人自ら降りられるならベスト。
でも、子ども時代に、それを子ども自身でやるのは難しい。
となると、やっぱり子どもの手を引いて、ベルトコンベヤーから「降りよう」という人が必要。
それが親御さんであり、家族だと思うんです。


「大久保さんとのご縁が」と仰っていたけれども、それは関係ありません。
私と縁がなければ、他の人と繋がっているだけ。
他にも治すアイディア、未発達を育てるアイディアを持っている人はいます。
だから、ベルトコンベヤーから降りた、親御さんが素晴らしいのです。
「おかしい」と気づき、行動に移せる親御さんは、必ず最後には、ふさわしい人と縁ができるわけです。


だって、親御さんは我が子のことで妥協しないものだから。
親が子の手を離すときは、子が自立したときです。

2019年8月1日木曜日

社会は働ける人を求めている

函館も連日、30度超え。
今まさに、北海道の短い夏の真っ只中。
せっかくの暑さなので、楽しまなければなりません。


夏を楽しむといえば、唯一、この時期の早番は苦ではありませんでした。
施設職員だった頃、ほとんど車が通っていない道路を、輝く海を見ながら走る。
風も気持ちが良くて、ぜいたくな気分を味わいながらの通勤でした。
でも、この時期以外の早番は、外はまだ暗いし、寒いし、冬なんか凍結した道路を早朝から走る。
通勤だけでもテンションガタ落ちだったわけです。


夜も明けぬうちから、掃除、洗濯、生活援助、食事を用意し、学校に子ども達を送りだします。
なんたって、人がいないのですから、止まっている時間など、私達にはないのです。
ようやく登校の準備ができた頃に、外を見れば、学校の先生たちの通勤時間。
子ども達が学校に行っている間に、また掃除をして、支援の準備をして、会議、打ち合わせをして気が付いたら下校時間。
そこから個別指導をして、余暇の支援をして、夕食の準備をして…ちょっとホッと息をついたときに、窓の外を見れば、先生たちの退勤時間。
そうです、私達は、先生たちの出勤と退勤を仕事をしながら見るのです。


昨日、埼玉県で「支援学校に通う生徒が急増している」というニュースを目にしました。
それで学級を増やしても、受け入れ施設が足りずに、学校建設が始まっている様子も紹介されていました。
埼玉県のように人口が多く、財政的にも余裕があるところは、学校新設ができるのでしょう。
地方は、子どもの数の減少により空いた教室や、統廃合でまるまる空いた校舎があるので、そういったところに、支援級や支援学校が入ります。
北海道は、人口がどんどん減り続けていますし、当然、子どもの数も減っています。
それにもかかわらず、北海道でも、支援級、学校に通う生徒は増え続けている。


全国的に支援級、支援学校に通う人が増えたということは、卒業生もその分、増えるわけです。
ごく一部の専門的な高等支援学校以外は、一般企業への就職は難しい現状です。
じゃあ、その卒業生たちがどこに行くかといったら、メインは福祉。


その福祉が、卒業生が増えた分だけ、利用箇所が増えているのか、といったら、そんなわけはありません。
学校は、文部科学省、福祉は厚生労働省。
わざわざ調べる必要はありませんが、その予算の差は歴然としています。


分かりやすい例で言えば、一番の支出である人件費を見れば、すぐにわかります。
私達、施設職員は、15名を1人、または2人で支援しています。
隣接していた支援学校は、子ども1人に対して、先生1人(臨時や補助を含む)。
先生1人を一年間雇えば、400~500万。
それに比べて、施設職員は、半分とは言わないまでも、3~4割減くらいでしょう。
しかも、学校の先生は、一度本採用になれば、定年まで働けます。
一方施設は、中堅くらいになると、キツイ仕事へ異動が始まります。
つまり、中堅、ベテランはいらない、というか、雇えない。
だから、お給料の安い若手ばかりか、パートで空き時間に、という職員ばかりになるのです。


こういった世界で働いていましたから、同じ特別支援で、障害を持った子ども達と関わる仕事をしていたとしても、教育と福祉では別次元の話だと思っていました。
ですから、今から慌てて支援学校が増やそうとも、空き教室に支援級ができようとも、それは学校の中の話。
「じゃあ、これから福祉予算を増やし、事業所をバンバン作ろう」なんてなるわけがないのです。
しかも、いくら予算が増えたとしても、働く人が集まるわけもない。
どこもかしこも、どんな業種も、「職員募集」となっているのですから、福祉はなおのこと、人がくるわけはないのです。


私が学生だった頃、もう15年以上前から、卒業後、福祉事業所に申請したけれども、「何十人待ち」「通えて週に1回」などと言われていました。
結局、今、利用している人達のほとんどは、そこから巣立って一般就労をするわけではありません。
ということは、椅子取りゲームなわけです。
椅子が空くのは、当人が働けなくなったとき、通えなくなったとき。
そうなると、一人の席が空くまで、20年も、30年も、かかる。
支援学校を卒業した若い人達が、そういった福祉事業所に入るには、事業所が新設されたときか、利用者が辞めたときしかありません。


さらにさらに、今は普通の高校、大卒、一般企業で働いていた人も診断を受けて、福祉事業所の列に並ぶ時代です。
そうなったとき、重度の知的障害がある人、他害等の問題行動がある人と、大卒、一般企業で働いたことがある人、どちらを利用させたいですか、となるわけです。


ここからは、私の創作話。
このままいけば、支援学校の卒業生たちの行き場がなくなるのは必然です。
自宅待機が大多数になるでしょう。
一般企業で働いたとしても、そもそも支援学校の中で、働く姿勢、土台は養えないので、すぐに辞めていくでしょうし。
働く姿勢、土台は、家庭生活の中で培われます。
家でチャランポラン、やりたい放題、基本的な生活習慣が身についていない子に、先生たちがどんなに頑張っても、働き続けることは無理。


福祉事業所は、大幅に増えることはないでしょうし、職員の意識、質の低下は免れませんので、利用した人は利用しっぱなし、卒業や企業への就職はほぼゼロ。
新設できたところがあれば、大卒、一般企業で働いていた人を優先的に採用するでしょう。
または、「重い人だけを集めて、とにかくのんびり」というような事業所によって、極端な色が出ると思います。


一つ言えるのは、福祉も選ばれる時代。
その選ぶ人は、利用者ではなく、施設側。
福祉を利用することが本人の能力、ニーズと合っていたとしても、より真面目にきちんと働ける人、毎日、休まず働ける人、というような今まで福祉が「まあまあ、障害もあるし、いいよね」といって曖昧にしていた部分も、ちゃんと労働者として見られることになるでしょう。
行政の方も、「在籍していたら、来ても、こなくても、同じお金出すね」というようなふざけたルールのままではいかなくなると思いますし。


「特別支援学校が新設されてラッキー」
「うちの地域では、支援級がどんどん増えてる」
と喜んでいるのは、子ども時代まで。
その間に、きちんと働ける力、働く姿勢を養っていなければ、18以降の椅子取りゲームには勝つことができません。
そもそも、福祉のサービスの質は低下する一方だと思いますし、一度、福祉に入ってから抜け出すには、相当本人の意思と努力が求められます。
つまり、「就労支援」なんていうのは、今以上にただの看板だけになり、そこに通ったから、一般就労が近づく、その準備ができる、というのは、ほぼ「ツチノコを見た」くらいのレベルに。
もちろん、本来の目的である就労支援をきちんとやっている事業所もあるでしょうが、そこだって人材難はずっとついてまわります。


私は、学校の先生の通勤と退勤を、福祉の世界から働きながら見ていたわけです。
ですから、行政がひっくり返るくらい大きく変わらない限り、現状の福祉の有り様は変わらないと思います。
ですから、子ども時代がとても大事。
更に言えば、子育てが大事。
言葉以前の発達段階にあるヌケや遅れをそのままにしてはいけないのです。
何故なら、頼れるのは親である自分しかいないから。


どこの世の中に、親以上の情熱を持って育んでくれる人がいますか。
そして現状を見ても、学校の先生だって、いくら予算や人員が増えようとも、学ぶ土台、働く土台ができていない子に、教えようがないのです。
結局、上辺だけの知識、テクニックにしかならない。
土台があって初めて、学校での学びが実践に繋がる生きたものになる。
福祉は…長くなったので、略。


学校は、発達のヌケを育て直す場所ではありません。
学校は、基本的な生活習慣、身辺スキルを教える場所ではありません。
より良く学べるために、家庭で土台をしっかり養う、発達のヌケ、遅れがあれば、育てていく。
そうやって家庭が主体的な子育てをやっていかなければ、自立も、一般就労も、さらに福祉的就労であったとしても、道が狭まってしまうのです。


私は福祉に全く期待してません。
現状の特別支援教育にだって、限界があると思っています。
ですから、治せるところは治す、未発達な部分は育てる。
これは家庭の中で、親子の育み合いの中で行えること。
そして、皆さん、一般就労を目指す。
今でさえ、働き手が足りずに、困っている社会です。
ある意味、福祉的就労を目指すよりも、一般就労を目指す方が、選択肢も、可能性も大きいといえます。


社会は、働ける人達を求めている。
発達障害云々ではなく、働けるかどうか、働き続けられるかどうか、が大事なのです。
そのための言葉以前のアプローチ、発達のヌケを育て直す、です。