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11月, 2017の投稿を表示しています

社会の中で学級会は行われません

学校のクラスの中でトラブルが起きれば、学級会などで話し合いの機会が設けられる。 最初から「クラスの仲間と仲良くする」というゴールが設定されていて、その終着地点に向かって、あーすれば良い、こーすれば良いと進んでいく。 そういった様子を見て、「クダラナイ」と傍観している子がいれば、「〇〇くんは、どうしたら良いと思う?」などと指名されたりする。 ゴールは決まっているし、「全員でそのゴールまで向かう」というルールも決まっている。 全員一致で、「みんな仲良く!はい、おしまい、ジャンジャン」が学校の文化。 小学校の低学年くらいは、本気で「クラスのみんなと仲良くするにはどうしたらよいだろうか?」と考えますが、学年が上がるにつれて、自分たちが求められているゴールが決まっていることに気が付いてきます。 だから、高学年子たちは、早くゴールまで到達しようと阿吽の呼吸で、みんなが模範解答を述べるようになります。 同時に、めんどくさくなりそうな子とは、最初から距離を置こうと思うし、上辺だけ仲良いふりをし始めます。 これが学校という文化の中で適応する方法だから。 私はというと、同級生よりは早い段階で、この学校ルールに気が付いていました。 何故、そう言えるのかというと、学級会が始まった時点で答えが決まっているのに、「どうしてみんなはクドクドと回り道する発言をするのだろうか」と思っていたからです。 ズバッと模範解答を言って、早く終わらせようとしてばかりいる子でした。 社会人になって、すぐに福祉施設で働き始めました。 職員に人権のない職場ではありましたが、職員同士仲が良く、職員間で悪口を言うようなことはなかったです。 しかし退職して、学校で働き始めると、同僚の悪口ばかりで、その違いに驚きました。 でも、一緒に授業をしたり、会議をしたりする場では、そんなそぶりは見せず、むしろお互い信頼しきっている仲間のように振る舞っているのです。 学校の文化なんて、とうの昔に必要がなくなり、忘れていたことだけれども、まさか30になって思い出すとは思いもよらなかったです。 そして、あのとき、学校の先生が教えていた文化は、クラス内でうまく立ち振る舞うためのルールではなく、職員室でのルール、職場での適応の仕方を教えていたのだと思いました。 「嫌いな人とも仲良くする(振る舞う)

啓発が進めば、分断が進む

ある啓発活動に熱心な当事者の人に、「一般の人の理解が進めば進むほど、発達障害の人と関わろうとする人と、関わりたくないと思う人とがはっきり分かれてくる」というお話をしました。 理解が広がっていくからこそ、分断される。 これは当然のことです。 「理解する」と「受け入れる」はイコールではありません。 理解したからこそ、近づきたくないと思う人もいるのです。 よく「自分たちが子どもの頃も、発達障害の人はいた。今振り返れば、クラスのあの子がそうかもしれない」という話をする人がいます。 そして決まって、「その頃は、そういう子も一緒に遊んでいたし、受け入れられていた」と続き、「今の社会は、寛容さがなくなっている」などと展開されます。 で、オチが「少数派の人たちが生きやすくなるような社会を目指す」…。 こういったお決まりの話が、発達障害の人達の誤学習の元になるのでしょう。 啓発活動に熱心な当事者の人の多くは、「理解=受け入れられる」という誤学習をしているように感じます。 ですから、なおのこと、その人の周りで一緒に活動している支援者に嫌悪感を抱きます。 何故、真実を教えないのだろうか、と。 特に自閉症の人は、見えないものを想像することが苦手であり、物事を一つの側面でしか捉えられないことがあります。 だからこそ、支援者という仕事があって、その見えない部分、見落としている側面を伝えるのが役割のはずです。 それなのに、「理解=受け入れる」とは限らない、という定型発達の人がすぐに気がつくであろう真実を伝えずにいる。 私には、敢えて真実を伝えていないようにも見えます。 「新規の顧客開拓には、当事者を使うのが一番だ」 そんな薄汚い考えが透けて見えることもあるのです。 啓発活動の壇上に上がる当事者の人で、「仕事は充実してるし、お金もあって、恋人もいて、今度の正月休みは海外旅行に行きます!人生サイコーだぜ~~~」みたいな人はいません。 というか、そういう人にはオファーはいきません。 みんな生きづらい人ばかり。 というか、生きづらいからこそ、理解が進めば、受け入れられると信じているのだといえます。 そう、生きづらいからこそ、今の生活が充実していないからこそ、啓発活動に傾倒していくのです。 だからこそ、再三言うようですが、この誤学習を解くた

見えない障害を敢えて周囲から見えるようにしたいのは誰?

自分の障害をクローズで、仕事の面接に行く人は少なくありません。 そして受かり、そのまま仕事を続け、社会の中で生活している人達がいます。 一方、自分の障害を相手先に伝え、支援者が入り、配慮事項を確認したうえで面接を受ける人もいます。 で、そういう人は、クローズの人とは異なり、ほぼ100%障害者枠が決まっており、障害者として雇われます。 それなのに、なかなか仕事が続きません。 「支援があれば」といって、支援を増やしてきたのに。 「理解があれば」といって、啓発活動をしてきたのに。 あとは、何が足りないというのでしょうか?? 成人の方達から多く訊かれるのが、この障害をオープンにするか、クローズにするか、ということです。 私は、オープンにした場合とクローズにした場合、どのようなことが起こりうるかを一緒に考えます。 すると、ほとんどの方が「クローズで面接を受ける」と言われます。 そのような様子を見て、みなさん、働きたいのであって、障害者として生きたいのではないと感じます。 自閉症やLD、ADHDなど、発達障害の人達は、「見えない障害」と言われています。 そんな「見えない障害」の人達のことを見えるようにしようとするのが、啓発活動に熱心な人達だと思います。 この熱心な人達を見ていますと、見えない障害を敢えて見えるようにすることのニーズは、どこにあるのだろうか、といつも疑問に思うのです。 本当に、発達障害の人達は、周囲から見えていない自分の障害を見えるようにしてほしいと願っているのでしょうか? 私にはそう思えないのです。 もし私に障害があったとして、周囲が気づいていないとしたら、そのまま気づかないままで良いですし、敢えて気づいてもらおうなどとは思いません。 周囲とのズレや困難があったとしても、周囲に気づいてもらうよりも、その困難を解決したい、それが一番の望みになるはずです。 困難があれば、その困難が解決できるのが一番ですし、就職できていなければ、就職できるよう努力したいし、努力の後押しをしてもらいたい。 これは、私が関わらせてもらった成人の方達の想いと同じだと思います。 つまり、就職するのにオープンにした方が良いと考える人は、オープンにしなければ、周囲の配慮がなければ、自分は就職できないし、この人は就職できないと考えているので

関わってきた人の数が多くなれば、言葉が重くなる

学生時代、大学院の先輩が「私達は障害児教育のエリートなんだ」と言っていました。 障害児教育という専攻の課があり、そこで学べて、その免許、しかも1種免許が取れる大学で学んでいる。 だから、私達は障害児教育におけるエリートであり、リードしていかなければならないんだ。 「社会人経験がなく、狭い世界に籠っていると、人は妄想の中で都合の良い世界を作り上げるものなんだな~」 そのとき、私は思いました。 こういった生活は4年間で十分で、一日も早く社会に出たかった私は、他人とは違った職場を選び、そこでしかない実践と経験をしようと考えました。 相談支援をやっている人で、「なんか具体性がないな」「的のずれた発言しかできないな」と思うと、直接的な支援をやったことがない人だったり、限られた経験しかない人だったりします。 どんなに良いことを言っていたとしても、実践経験のなさは、その言葉の軽さとなって伝わってきます。 学生時代の院生のように、あたかも自分が特別支援を背負っているみたいな上から発言する人には、「今まで、何名くらいの方の支援、教育に携わってきましたか?」と言って、伸びた御鼻を折らせて頂くこともあります。 学校の先生だったとしても、担任し、直接関わる子どもの人数は、1年間で数名程度です。 ですから、20名、30名に対する教育の経験のみで、発言されている場合があります。 とても高い位置からご発言されているなと思った先生に訊いてみると、「普通級で3名の子の担任をしたことがある」という方に驚いたこともあります。 素晴らしい実践家の方は、やはりその数が違います。 特に発達障害と言われている方たちといいますか、人と関わる仕事をしている人は、どれだけ多くの方達と関わったかが問われます。 特別支援教育の先生は、仕事の性質上、何百人もの子ども達と直接関わることは難しいですが、その中でも重みを感じる発言ができる先生というのは、学校以外の場所でも、障害を持った人と関わっている場合が多いと感じます。 学校の中のみであるとか、施設の中のみであるとか、限られた場所で、限られた人としか関わっていない人からは、なかなか素晴らしい実践家は生まれないと思います。 親御さんに「どういった支援者が良い支援者と言えるか?」と質問されることがあります。 良い支援者を一言で

「その当時、そんな道はなかった」

親御さんの多くは、「支援を受けることが、この子の成長と自立と生活のためにつながる」というところから出発されるように感じます。 親御さんご自身が経験してこなかった世界です。 知識を集めるところから始めなければなりません。 子ども時代にはなかった概念、サービス、選択肢なのですから、自分以外の“専門家”が必要で、どうにかしてくれる、助けてくれると思うのが自然だといえます。 この出発点は、皆さん、同じですが、徐々にそれぞれの道へと分かれていかれます。 まずは、そのまま突き進まれる方。 私はよく「支援の量と、お子さんの成長と自立と生活の質は比例するわけではない」と言っていますが、「いろんな支援を、より多く受けさせることが、この子の幸せになる」と思い、信じ続けられている方たちがいます。 今日は療育機関に行って、明日は病院に行き、支援ミーティングをやって、夜は余暇活動の準備で、週末は親の会、学習会…。 「我が子のためになんでもやりたい」という想いとエネルギーに共感いたしますが、家族全体が疲れて見えることが少なくありません。 また、お子さんが親御さんの想いほど伸びていない、むしろ、こんがらがっているということもあります。 その理由は、端的に言えば、子どもが見えていないから。 子どもの成長と状態を見て、その時々で取捨選択をしなければならないのにも関わらず、あれもこれもと集めることに終始ししてしまった結果、必要のあるものもないものもごちゃまぜ状態になり、子ども自身がこんがらがってしまっている。 支援者は、親御さんはお客様であり、いっぱい利用してくれることが有難いですから、「頑張ってますね、お母さん」「その想い、行動力に、私達の方が頭が下がります」なんておべんちゃらを言いますが、親御さんにそれを真に受けてしまう状況があり、真に受けて育て直す発達のヌケをお持ちなのだと思われます。 いつしか、我が子のために頑張っている親御さんが、頑張っている自分のためにいる親御さんに変わっているなんてこともあります。 支援に対し、疑問が芽生えてくると、分かれ道が出てきます。 このまま支援を受け続けても、希望していた将来に近づいていけない。 または、もう無理かもしれない、そもそもが無理だったかもしれない。 疑問が無念な思いと結びついてしまうと、その無念さが別の

突然の指摘に、迫りくる選択と手続きの中で

先月くらいから、以前、 就学時健康診断について書いたブログ のアクセスが増えています。 特に今月は、ほぼ毎日、誰かしらが読まれています。 この時期は、全国各地で行われているのでしょう。 先日、息子も就学時健康診断を受けてきました。 生まれてから同じ月日を過ごした子ども達ではありますが、この6年間をどう過ごしてきたのかが随所に表れていたように感じました。 私のブログに辿りつくということは、発達の遅れが指摘された子の親御さんが多いものと想像します。 実際に相談に来られる方たちの中にも、「就学時健康診断で指摘されて」という親御さんがいらっしゃいます。 どの親御さんも、我が子の障害を受け入れるかどうか以前に、初めて障害の存在を知り、そうかと思えば、選択を迫られています。 「支援学級を希望されますか?通常級を希望されますか?」 「お子さんの場合は、支援学級での教育が適していえます。つきましては、なるべく早く診断を受けに行ってください。医療機関で診断を受けたあとは…」 同じように、驚きと戸惑いと不安がごちゃ混ぜになった感情の中、ネット上に情報を求められた親御さんが、今日もどこかにいるのだと思います。 「障害についてわからない」 「どんな教育が良いのかわからない」 「障害を持った人の大人の姿がわからない」 みなさん、「わからないことだらけです」とおっしゃいますが、それは当然のことです。 翌年の4月から特別支援を受けるなら、すぐに動き出さなければなりませんから。 親御さんご自身の気持ちと向き合う暇はなく、やらねばならないこと、選択しなければならないことをこなしていくだけで、すぐに年が明け、入学の時期になってしまうのですから。 「障害を持った子は、放課後、児童デイに通うらしい」 そんな情報を得た親御さんは、いろいろと見学に行かなきゃ、申し込みをしなきゃ、とさらに自分の気持ちと向き合う時間を後ろにやり、翌年の4月に向けて突き進まれます。 当然、福祉の仕組み、特別支援の実態などを知る由もなく、支援を受けることが普通であり、良い支援を受けさせることが、この子にとって良いことになる、そんな思考を作り上げてしまいます。 突然の指摘に、迫りくる選択と手続き。 そんな中で、ゆっくり自分の気持ちと向き合う時間がないかもしれません。 でも、 

障害者をメンドリに仕立てる土壌の正体

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福祉施設で働いていたときも、支援学校で働いていたときも、同僚の人達は一生懸命で、「利用者、生徒のために頑張りたい」という人ばかりでした。 現場の職員の中に、「この子の障害は重いままで良い」「問題はそのままで、成長しない方が良い」と考えている人はいませんでした。 それは当たり前のことで、支援者は問題がなくて、自立的に生活できる人の方がラクですし、教員は子どもの成長を願う人が就く仕事ですから。 しかし、このように障害を持った人をメンドリにしようとは思っていない現場の職員たちも、知らず知らずのうちにメンドリ化の土壌を育みます。 それは、障害を持った人と関わる仕事を求める人の中には、身内に障害を持った人がいる人が多いこと、愛着障害を持った人が多いことが関係しています。 障害を持った身内(その多くは兄弟児)がいる職員と一緒に仕事をしていますと、どうしても手を貸し過ぎる傾向があります。 そういった様子からは、子ども時代、手を貸すことを求められ、また手を貸すことで家族から有難がられていた姿が見えます。 口では「自立」と言うものの、先に、先にと自然に動き過ぎることがあるため、結局、その人を自立から遠ざけてしまう、介護慣れさせてしまいます。 同様に、愛着障害を持った職員は、自分を頼ってくれる人がいることで自分の存在価値を感じようとする傾向がありますので、その子が自分の手から離れようとすると、急に気分が落ち込んだり、そうさせまいとしたりします。 ですから、これまた無意識のうちに自分の側にい続けてくれることを求め、結果的にメンドリとして籠の中に閉じ込めてしまうのです。 他にも、特に教員は、子どもが障害を持っているから自分が先生であり、その子が生徒になりますので、支援級から普通級へ転籍するのを嫌がったり、自分の力量不足や課題の多いクラスを受け持った場合には、一人ひとりに合わせて伸ばしていくよりも、その日一日を無事に終えられるよう学級適応を目指した指導になってしまったりすることもあります。 福祉の場合は、志を持って就職した人よりも、「仕事がなくて」や転職組が多いですから、もともと知識を持っていない、障害=介護だと思っている、問題なく静かにしててくれればよいと思っているなど、結果的に大人しいメンドリを求めて仕事をしてしまいます。 このように直接かかわる現

親御さんは、治ってほしいから早期療育に行く

幼い子の親御さんは、みなさん、「治る」を求めていらっしゃいます。 最初から「一生涯の支援」なんて求めてはいないのです。 改善ではなくて、治るが希望です。 「治したい」というのは親として当然の想いです。 そんな当然の想いをもって、早い時期から療育を求めていきます。 ですから、早期療育というのは、治したいという想いを持った親御さんが受けに行くものです。 しかし、早期療育をおこなう方は、親御さんと同じ想いを持ち併せてはいません。 むしろ、親御さんの希望とは正反対の方を向いているのです。 私のところにいらっしゃる親御さん同様、発達障害を治したいと思い、また治ることを期待して早期療育を受けに行きます。 幼い我が子を抱きかかえ、いろんな時間と引き換えに療育機関に行く。 そして辿りついた先が、期待していたもの、希望したものではなく、一生涯の支援コース。 障害があるのだから、より多く支援を受けることこそが、親にできることであり、この子の幸せにつながる…。 そんな風に囁き、特殊な価値観に誘導していくのです。 一生涯の支援が決まっているのなら、年端もいかない子を抱きかかえ、いろんなものを投げ打って、早期療育とやらに行くでしょうか? 親御さんは早期から療育を受ければ、症状は治っていくし、将来の自立につながると思っています。 それなのに、何をやるかと思えば、絵カードの使い方の練習、ごく限られた場所でしか意味をなさないSST…。 これって支援者が支援しやすいような“植え付け”を行っているだけでしょ。 早期から支援を入れておけば、あとあと支援がラクっていうのでしょ。 早い時期からメンドリにしておこうっていうのでしょ。 早期療育というのは、治す方を向いていないといけません。 支援導入期ではなくて、この子が生を受けたそのときから今までにやり残してきた発達のヌケを育て直す時期だと思います。 早期から発達のヌケを育てなおしてきた。 それでも埋まらないものがあれば、そこは上手に支援を受けながらより良く成長と生活の充実を目指していく。 それが自然な姿、流れだと思うのです。 幼い子の親御さんは、いろんな面で余裕がありません。 そんなとき、親なら誰でも思うし、願う「治る」だけをもって早期療育の扉を開けてしまいます。 扉を開けた瞬間から走り

一回目の個別相談会を行いました

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今日は一回目の個別相談会でした。 朝から断続的に雨が降り、自分の日頃の行いの悪さを恨んでいましたが、5組のご家族の方達に来ていただきました。 年代も、悩まれていることも、育てたいところも、皆さん、それぞれでしたが、「我が子のためにできることをしたい」「自分たちでしっかり育てたい」という強い想いを感じました。 このような強い想いを持ち続けていれば、子どもさんはより良く成長できると思いますし、このような親御さん達が増えていくことが、地域と社会を変えていくことにつながると思いました。 この相談会には、私のスケベ心があります。 相談にいらした方達の中から、実際の発達援助の利用につながれば良いと思い、またそれを目的としています。 個人事業主は、ボーと指をくわえて待っていれば仕事がやってくるわけはありませんので、いろいろな手段で、お客さんを獲得していかなければなりません。 そうやって試行錯誤しながら5年間、過ごしてきました。 しかし、この相談会にはビジネスの側面だけではない目的もあります。 それは土を耕すということです。 私は、この地域に「本人と家族主体の発達援助」という土壌を作っていきたいと考えています。 「福祉がどうにかしてくれる」「専門家に任せておけば安心」というような長年に渡って培われてきた土壌を変えたいのです。 もちろん、私一人にできることは限られていますし、一変させるような実力はありません。 相談会でも、親御さんのお話を聞いて、100%の答えをお返しすることはできません。 ですから、家庭でできる発達援助を“一緒に考える”というスタンスになります。 相談にいらした方が、診断された瞬間から延びる特別支援のエスカレーター以外の道があることを知ってもらえれば、一番の目的は達成だと考えています。 「そうか、発達の遅れやヌケは、家庭でも育てていけるんだ」 「発達障害は治しやすいところから治していく、治るものなんだ」 そのような事実を知ると、「治ってほしい」と自然な親心が、子どもの発達を後押しする力になると思います。 「発達障害は治らない」「一生支援を受け続ける必要がある」「怒ったり、頑張らせてはならない」「社会の理解があれば、生きやすくなる」そんな情報しかない状況が、本人と家族を迷わせ、誤った選択へと導くのです。 「ネ