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【No.1357】そこに育ち愛はあるんか?

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私が働いていた施設には、全国各地から入所者が集まってきていました。 当時は措置制度でしたので、まずは家での養育が困難であることを児相に相談、判定が行われます。 そうすると、その地域の施設で空いているところに入所が決まる(または養護学校の寄宿舎が先の場合も)。 だけれども、その施設でも生活が困難だとなると、今度はその都道府県で大変な状態の子を受け入れる施設に移行し、またそこでも難しければ、近畿圏というような範囲であたり、でそこでもダメならといって最後にたどり着くといった感じの施設が、私の働いていた場所でした。 そういった施設でしたので、入所してくる子も様々でした。 結構怪しい手術やサプリなどをやっている子も少なくなかったですね。 頭の中に金属を入れていたり、数万円のドリンクを飲んでいたり、不思議なメガネや道具を使っていたり、腸内洗浄や手術を定期的にしていたり。 今よりもずっと情報が限られていた時代でしたし、そうやって多くの困難をもってたどり着いた子ども達でしたので、民間療法でも何でもよいので「この最悪の状態を抜け出せるように」と親御さんも求めていたのだと思います。 で話を令和5年に戻しますと、自傷がなくなるサプリや発達の遅れが元通りになる手術があれば、我が子に利用したいと思うでしょうか。 ここが同じ身体アプローチや発達援助を「やってます!」という人でも、違いが出てくる部分だといえますね。 もちろん、家庭での養育が困難で、いくつもの施設を転園するような子どもさんなら、その困難を解決するために手術でも、何万円もするサプリでも、なんなら祈祷でも、壺でも、利用したいと考えるのは自然だと思います。 でも、そういった子どもさんってどのくらいいるのでしょうか。 24時間、交代で職員がそばについていないと、自傷して死んじゃうくらいの子って、他害がひどくて部屋が破壊されたり、周囲の人間が大怪我しちゃうような子って、どのくらいいるのでしょうか。 最近、私が気になるのは、身体アプローチ、発達援助の対症療法化です。 ある課題があって、それが身体アプローチによって解決できるのなら、それは良いことだと私も思います。 しかし、それは子どものことをしっかり見て、理解できていることが前提です。 だって、家族だし、親子なんですよ。 申し訳ないけれども、我が子に対する理解がないままで、方法論に終始している

【No.1356】アセスメントと聞いてイメージするのは?

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みなさんは「アセスメント」と聞いて、どういったものを頭に浮かべるでしょうか? それは知能検査のようなものでしょうか。 はたまた「できる」「できない」「芽生え」というような様々な技能の達成状態を確認するものでしょうか。 あとは視覚優位、聴覚優位といった脳の使い方や、得意不得意の機能を見て、認知機能のバランスを確認するものでしょうか。 「寝返りは5,6か月」といった定型の運動発達がクリアできているかを調べるのもあると思います。 私も発達相談の内容を説明する際、「アセスメント」という言葉を使っていました。 すると中には、大久保が訪問して検査をすると捉えられる親御さんがいます。 そして私が子どもさんが遊んでいる様子を見ながら、ときに一緒に遊んだり、会話をしたり、おやつを食べたりしながらアセスメントをしているのを見てビックリされることがあるのです。 それは無理もありませんよね。 だって、世の中、とくにギョーカイの言うアセスメントって検査のことだから。 検査シートがあって、それをチェックしていくタイプ。 または検査道具を使って、「はい、やってみて」といってパスできるかを確認するタイプですから。 別にそういった検査ができないわけではないです(笑) 一応、バリバリギョーカイにいましたし、結構、研修受けたり、資格を取ったり、それなりには勉強していましたから。 だけれども、なぜ、そういった検査みたいなアセスメントをしないかと言えば、それ(検査結果やシート)見せられても、「じゃあ、今日から何をやろうか、育てようかってアイディアが出てこないから」が理由です。 「あなたの子は、視覚優位です、キリッ」って言われても、じゃあ、身体の使い方が不器用で、座位も保てないのはどうしたらよいの?っていうのには答えられていない。 正しい椅子の座り方を絵に描いて、教室の机に貼っておけば、ちゃんと座ってられるようになるの?? 「言語性IQが高いけれども、ワーキングメモリーが標準値以下で低くなっていますね、キリッ」で、どうやって人間関係を育てていけばよいかってわかりますかね。 「歩き始めが1歳6か月と遅かったですね」と言われても、言葉の発達の後押しのアイディアは浮かんでこない。 親御さんが欲しいのは、「だから、どうやって育てていけばいいの?」っていう方法の部分でしょ。 いつも一緒にいる親御さんが「あなたの子は、ボ

【No.1355】「神経発達症」に変わって10年

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「脳の機能障害」から「神経発達症」に定義が変わり、今年で10年になる。 いまだに「脳の機能障害」と言い張る人もいるが、それは不勉強なのか、利権を守るためなのか、どちらかでしょう。 とにかくそれまでは支援一辺倒で、(本人や特性は変わらないので)「周りが理解する!」方向ばかりから「育てよう!」「発達を促そう!」という方向へと変わったのは良かったと思います。 一方で課題というか、懸念されることも多くなってきました。 神経発達症に認識が変わって10年ということは、今の赤ちゃん、幼児さん、小学生の子ども達の親御さんは、最初から「神経発達症」だったわけです。 なので、「支援の仕方を知りたい」「地域に理解の輪を広げたい」と考えるよりも、「どうやって育てたらよいの?」という考えが中心。 つまり、「やりようによっては(子が、症状が)変わる」という前提で子育てをされている。 だからこそ、私が感じるのは、「なんでもかんでも、変わるものって思いすぎていませんか」ということなんです。 発達障害は神経の発達にかかわる問題です。 神経は生まれたあと、刺激によって変化しますので、環境側の働きかけや本人の行動によって変わりますし、改善することができます。 しかし、発達に遅れがある子がみんな、神経の発達の問題ではありませんね。 子どもはただでも最も神経発達が盛んな時期を過ごしていて、日々変化し、ある意味、不安定な存在です。 それは発達的にも、感情的にも、外面も、内面も。 ですから、今感じている発達の遅れは、一時的な可能性もあるし、そういったゆっくり育つパターンだったり、遺伝的な表れだったり、たまたまそう見えているだけということもあるし、そう見たいという場合もある。 園や学校で手に負えない子は、よく「発達障害」と言われる。 だけれども、単純に授業がつまらないだけで、正常な子供の反応ということもあります。 いくら毎日ハイハイをやっても、先生の教え方は変えられない(笑) ここからは私の反省点でもあるのですが、「発達のヌケ」というお話。 結論から言っちゃえば、発達のヌケを育てなおしても、治らない子はいます。 ハイハイを抜かした子に、ある一定期間、ハイハイをもう一度、やり直しさせたら、発達障害が治るかと言えば、そういう子もいるし、そうじゃない子もいる。 私の中では当然だと思っていて、あくまで前提として「(運動発

【No.1354】対処なの?根本解決なの?

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ある支援者さんから「原始反射の統合は、根本治療じゃないんですか?」と質問を受けた。 その支援者さん曰く、「原始反射の統合をした子ども達はガラッと変わって、支援が必要ないくらいまで成長する」とのこと。 確かに発達のストッパーとして原始反射の残存があり、それを統合することで全体的な発達が前に進んでいくという姿は私も何度も遭遇してきました。 でも、原始反射の統合も、対症療法でしょ、というのが私の認識。 同じように栄養療法も、根本治療だという人がいます。 ヒトの神経発達に必要な栄養を整えることで、土台から育っていく。 だからこそ、根本治療のように目に映る。 でも、これも私の認識では対症療法。 私は「課題の根っこ」「根本治療」「根っこへのアプローチ」などとよく言い、とにかく“根っこ“にこだわています。 なぜなら、根っこから治れば、それ以降の発達全般が前に進んでいくから。 また根っこである土台が育てば、揺り戻しや後戻りなどが生じないから。 そして何よりも、根本解決がいち早く他者の支援や介入から抜け出し、自分の力で治っていけるようになるから。 原始反射の残存は結果であって、問題の根っこは「なぜ、原始反射が統合されずに残っているのか」だと思うのです。 どうしてうちの子だけ、原始反射が消失する時期を過ぎても残っているのでしょうか。 脳神経の問題? 単純にその運動ができずにやり切れていないだけ? 栄養療法も、なぜ、フェリチンの値が低いのか、同じだけ食べても吸収できていないのか、そちらの原因を考え、そこにアプローチしていくことが根本治療だといえます。 内臓が未発達でうまく消化吸収ができない子に、いくらサプリを盛ってもさらなる消化不良を起こすだけ。 サプリを盛るよりも、大事なのはその未発達な内臓を育てることであり、ちゃんと食事から消化吸収できる身体、そして口を中心とした「食べる運動」を育てていくこと。 内臓の未発達ばかりじゃなくて、そもそも食べる意欲が乏しくて、あまり食べないから栄養不足になっていることもある。 そもそも丸呑みしていて、よく噛むことができないから吸収されずにうんちになって出て行ってしまうこともある。 日中の運動、遊びは足りていて、ちゃんとお腹が空いているのか? 食事は楽しい雰囲気で食べられているのか? 手づかみ食べをやらせないで、大人が食べさせていないだろうか? そうやって

【No.1353】「発達障害」という言葉から伝わってくるメッセージ

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なぜ、あなたのお子さんは“発達障害“なの? 医者がそういったから、そのように診断したから。 だったら病院に行かなければ、発達障害じゃないの。 医者が「あなたの子は発達障害ですね」といえば、その瞬間から発達障害になるの? 医者が「あなたの子は発達障害じゃないですね」といえば、その瞬間から発達障害じゃない普通の子になるの? 「だって、うちの子、歩き始めが遅かったから」 「まだ言葉が出ていないから」 「集団行動ができないから」 「お友達とうまく遊べないから」 でも、それって全部発達障害だから起きることなの? 歩き始めが遅くても、普通に大学に行き、就職し、家族を持っている人もいる。 言葉が出ていないのは現時点での話であって、まだその子の話始めるのが先ってこともある。 集団行動ができない人は世の中にごまんといるし、友達とうまく遊べないのはただ遊びたくないだけ、今は一人で遊びたいと思っているからかもしれない。 幼稚園で一人で砂遊びをしている子は発達障害なの? 学校の休み時間、教室に残り、一人で絵を描いている子は発達障害なの? 私は子どもを発達障害にしているのは、周りにいる大人たちだと思っています。 どんなにできないことがあったとしても、「いま、発達が遅れているね」とはいえるが、「この子、発達障害だよね」ということはできない。 この世の中に科学的に発達障害を証明できる人も、その方法もないのだから。 とすれば、「ああ、この子は発達障害だな」と言っているのは、子ども本人ではなく、大人たち。 よく「うちの子、発達障害で」という親御さんがいるが、横で聞いている子どもさんはどんな気持ちだろうか、と思うことがあります。 自分の親が自分のことを説明するのに、毎度「発達障害があって」と言うのは、それで傷つく子もいるだろうし、「そうか、自分は発達障害なんだ」と思考が作られていくこともあるでしょう。 私の発達相談を希望される親御さんは、私に対してなにか特別な、そしてダイナミックに変化するようなアプローチ、方法を教えてくれるものと期待している場合があるでしょう。 しかし、そのようなアプローチの方法を教える前に治ってしまうケースがあります。 それは親御さんが自分の子に対して持っている「発達障害」という言葉、態度、認識を改めること。 特に口癖のように「うちの子、発達障害があって」「重度なんで」と言っている

【No.1352】発達障害も「重症化予防」だった

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「1日のコロナ死者数が最多を更新(503名)」と言っていたのが昨日。 (ちなみに年間死亡者数は約130万人で、365日で割れば、1日3,500人亡くなっている) で全国の重症者数を見ると、693名で前日からマイナス2名。 ECMOを使用しているのが17名。 そこで思い出すのが、「ワクチンは重症化予防」という話。 これが本当だとしたら恐ろしい。 重症にはならないけれども、死んじゃうんだから。 たしかに重症化は防いでいると言えなくもないな、なんて思ってる(笑) 発達障害を治すわけじゃないんだから、どうして病院に行くのだろう、という疑問。 医療のガイドラインでは「生まれつきの障害」であり、「治らない障害」になっている。 「治りませんよ」と言っている医師のところに行って、「どうして治さないんだ」と怒るのは患者側の間違いですね。 とにかく「治さない場所に何を求めていくのか?」という疑問は残ったまま。 そしてワクチンの「重症化予防」という奇妙な説から、ふと連想したことがある。 そうか、お医者さんの言い分としては発達障害も「重症化予防」だったりして、ということです。 治らないけれども、治さないけれども、病院には通ってもらう。 それは「二次障害(仮)」にならないために。 それは問題が大きくなる前に介入できるように。 そう考えると、救急医療や外科的治療以外の慢性疾患はぜんぶ「重症化予防」なのかもしれない。 うつ病だって神経伝達物質の調整は行うけれども、どうしてうつ病を発症したのか、どうすれば発症しないのか、そこのところには入っていかない。 職場のパワハラでうつ病発症したのなら、最初にやらないといけないのはパワハラをやめさせること。 会社が潰れて多額の借金を背負ってうつになったのなら、病院に行く前に弁護士事務所や公的な相談所に行き、借金をどうにかするかのほうがずっと症状を改善させる。 いくら薬を飲んでも、カウンセリングを受けても、パワハラや借金はなくならない。 服薬して社会復帰は治っていないのと一緒でしょ。 「悪化する手前で(それを)教えてくれる」 それを求めて、定期的に病院に通うことは良いのかもしれません。 だけれども、多くの人たちは病院に行くのは治るためと考えている。 だったら、本当に必要なのは、治るための医療。 医療がその目的を果たせないのなら、自分自身で治していくしかありません

【No.1351】「うちの子、治りますか?」

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「うちの子、治りますか?」と訊かれるたびに、「どうして、そのような言葉が出たのかな」と私はそちらのほうへ意識が向かいます。 治っても治らなくても、親子は変わらないし、大事な我が子には違いありません。 どの子も独り立ちができるように、その子がよりよい人生が送れるように見守り、教えていくのが親の務め。 だけれども、こういった言葉は、きれいごとに過ぎないと思うのです。 親御さんによっては、心から我が子を愛せない人もいる。 普通の子が基準で、遅れがあることを受け入れられない人もいる。 そういった我が子の状態を見るたびに、自分がダメ親だというメッセージを受け取り傷つく人もいる。 SNSで流れてくる「治った」という言葉を真に受け、勝手に我が子、親としての自分と比べてしまっている人もいる。 自分に負い目があり、いっときでも早く、そこから抜け出したいと思う人もいる。 本当は我が子に治ってほしくない、そんなことを求めていない人もいる。 私の仕事の形態が、「家庭訪問」であり、「1回切りの単発」ということもあり、こういったドロドロした想いを吐露してくださる親御さん達が少なくありません。 「我が子の発達の遅れ」は表面的な悩みであり、本当は親御さん自身、自分の内側に悩んでいる人が多いと感じます。 とどめを刺すようで申し訳ないのですが、親御さんの課題がそのまま子どもさんに出ているのが現代の発達障害のキモでしょ。 いくら医療や学校が発達障害を増やそうとしても、「いいえ、結構です」と突っぱねられれば、診断も、投薬も受けなくて済むことができます。 ワクチン、マスク同様、診断も、投薬も強制ではなく、個人の意思と選択次第ですから。 もちろん、生物学的・神経学的な問題を持ち発達障害になっている子もいますが、ほとんどの子は「何らかの原因で一時的に発達が遅れている普通の子」じゃないですかね。 この仕事をして10年ですが、最初のころは発達障害を持つ子の親御さんは、自身の課題で悩んでいる人がたまたま多いと感じていました。 途中から愛着障害の概念が加わり、愛着障害ゆえに関係性を築くのが難しかったり、子育てでより悩み、動けなくなっていることがさらなる発達の遅れとつながっていると思うようになりました。 しかし今は違います。 特にコロナ騒動を経た今、私たち世代の問題がダイレクトに子どもの発達に出ている、という認識に変わり

【No.1350】発達援助は何から始めればいいの?

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昨年から引き続き、0歳代、1歳代という幼いお子さんからの相談が続いています。 「本読みました!発達援助、やりたいです!」という親御さんが多いのですが、実際、そのくらいの赤ちゃん達でできることは限られちゃいますよね。 もちろん、できることはあるのですが、それでも「ハイハイ抜かしたから、もう一度、ハイハイを」なんていうのは難しい。 このような赤ちゃん以外にも、育てなおしや発達援助の考え方をあとから知って取り組もうとされている親御さん達がいますね。 「どこから始めれば?」「何から始めれば?」という相談を受けることも多いです。 そして見ていると、いきなり「〇〇を育てなおそう」と始められるご家庭がありますが、思ったよりも良い変化が生じない、うまく育っていかないケースが多い印象です。 発達援助を始めるにあたり、大事な順序があると思います。 実際は同時並行で行っても良いですが、まずはこれから、その次には、というのがあるので、今回ご紹介します。 「うちの子、発達に遅れがあるかも」と思ったら、まずやってほしいのは「この子の発達にはよくないな」と思うものを減らしていくことです。 家の中を見渡して、またお子さんの一日の活動を振り返り、「テレビ見せすぎかも」「そういえばずっと家の中にいるな」「床がつるつるじゃ、ハイハイできないな」「お菓子ばっかり与えてるかも」「噛まなくてよい食事ばっかりでは」「夜も遅くまで電気がついてるな」「夫婦喧嘩の声を聴かせちゃっているな」など、子どもさんの視点に立って影響がありそうなものを改善していきましょう。 どうしても「何かやらねば」「〇〇アプローチが良いだろう」と思いがちですが、案外、発達を阻害しているものを排除していくだけでも、本来の発達の流れに戻ることがあります。 全員が全員、発達のヌケがあるわけでも、神経発達に問題があるわけでもありませんので、まずは子どもさんの発達に影響がありそうなものを減らしていくことが大事ですね。 そういったものを無くしていったあと、やっと「育てなおし開始!」と思いがちですが、その前にも一つ準備が必要です。 それはよりよく発達するための準備です。 発達に遅れがある子が、同世代の子どもさんと同じペースで発達していくだけでは、発達の差は埋まっていきませんね。 ですから、具体的にはよりよく神経発達が生じていく条件を整えていくのです。 神経

【No.1349】「名もなき遊び」は前頭葉からの解放

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「名もなき遊び」は、子ども達にとって発達そのもの。 私たち、大人から見れば、「その行為にどんな意味があるの?」「なんで、そんなことを繰り返すの?」と思ってしまうような行動であっても、その子にとっては今まさに神経を育てている瞬間だといえます。 発達相談でも、子ども達のそんな名もなき遊びに注視し、それがどんな発達につながるのか、自身で何を育てようとしているのか、をお母さん、お父さんに伝えることが大切な役割だと思っています。 じゃあ、どうして「名もなき遊び」が発達につながるのか。 特に発達にヌケがある子ども達にとって重要なのかについては、あまり言語化できていなかったと思います。 でも、この頃、皆さんに説明できるような言葉が浮かんできたので、今日は紹介します。 「名もなき遊び」は、私たち大人の脳みそで見れば、意味のない、無駄な行為にも見えてしまいます。 石を摘まんで穴に落とすのを繰り返す。 椅子の上に登って棚の扉を開け閉めする。 わざわざ縁石の上を歩く。 だけれども、子ども達の表情や身体を見ていますと、内側からその楽しさがあふれ出ています。 そこに時間の概念はなく、ただひたすらその行為を繰り返すことに喜び、没頭していますね。 私はそんな姿を見るたびに、脳の前頭葉、人間脳の部分から解放されているように感じるのです。 私たち大人は合理的にその行為を見る。 だけれども、子ども達はそういった脳の前頭葉から解放され、ただ楽しいから行うという原始的な脳の部分を中心に遊んでいる状態。 発達障害と言われる子ども達は、胎児期から2歳前後に発達のヌケがある場合が多いので、まさにこの原始的な脳の部分に発達のヌケがあるといえます。 ですから、そのヌケの育てなおしを行うには、前頭葉を介さない「名もなき遊び」が最も有効で、必要な行動だと考えられるのです。 身体アプローチも、コンディショニングも、その他のアプローチも、大人側がやらせようとした瞬間、発達につながらなくなるのは、みなさん、体験してきたことだと思います。 「20回、トランポリン跳ぶ」とした時点で、それは脳の前頭葉、人間脳が反応します。 同じ跳ぶ行為にしても、子どもが自分で椅子の上に登り、そこからジャンプするのとは表情や反応がぜんぜん違いますよね。 それは動物として、動物の脳が活発に動いている違いだといえます。 発達援助が上手な親御さんは、子ど

【No.1348】子どもの問題としてとらえるか、自分の問題としてとらえるか

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「栄養療法を始める条件、どういう子に合う合わないはありますか?」といったご質問を時々、受けます。 私は医師ではありませんし、検査の数値からどうのこうのといえるような専門性はありませんので、別の視点から回答しています。 「『親の借金を子どもが払う』という認識を持てるかどうかだと思います」と。 栄養療法はもう何十年も前から研究や実践がされてきたもので、それが発達障害の世界に入ってきたからここ5年間くらいでブームが起きた。 栄養療法が流行ったのは、発達障害の世界において真新しい考えだったのと、実際、栄養の問題で発達障害っぽく見えちゃう子が多かったのと、ほかのアプローチと比べてとにかくシンプルで工夫が必要ないという3つがあったからだと私は分析しています。 私も最初の1,2年は「こんなアプローチもありますよ」と紹介していたほうですが、いつからか「栄養療法=サプリ」みたいになって基本である日々の食事に目が向けられなかったのと、一言でいえば愛着障害増産中みたいになっていたのとで、ほとんど紹介するのはやめちゃいました。 動物にとって食べることは生きるために必要な行為であり、発達障害を治すための行為ではありませんね。 そして子どもにとっては、食物を嚙みちぎり、粉々にし、飲み込むことは生きていくための発達の機会になり、味わうことは毒物と自分に必要な栄養を判断する訓練になります。 じゃあ、サプリやプロテインで口や感覚は育つのでしょうか。 また毒物かどうかの判断をしないまま、飲み込むことは問題じゃないのでしょうか。 フェリチンの値が200も、300も、なってしまうご家庭が少なくありませんでした。 栄養療法を勧めている医師の見解では、子どもの場合は(サプリ等を)やめれば徐々に値が低くなっていく、とのことでした。 ある意味、どの親御さんも一生懸命なんですが、一方で「私は良いことをやっている」「それがこの子のためだ」という勘違いがあるような気がします。 ここで冒頭の「親の借金を子どもが支払っている」という視点が必要で、子どもの問題と捉えていることが新たな問題を生じさせているんだと感じるのです。 「この子のためなら」と思えば、どんなことでもやれてしまうのが親心というものでしょう。 でも、どんなことでもやれてしまうが過剰に働いているケースも少なくないような気がします。 過剰な栄養だけではなく、過剰な

【No.1347】動物として生きることは変わらない

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年末年始、帰省したのですが、飛行機の中は家族連れが多かったですね。 飛行機が揺れると、あちこちで「キャー」「キャー」と聞こえてきました。 うちの子も、兄ちゃんは「ジェットコースターみたい♪」と言い、弟は「こわーい」と言っていました。 前回、飛行機に乗ったとき、下の子は飛行機が揺れても平気だったのに。 周りにいたほかの子供たちのリアクションも面白かったですね。 一番怖がるのが幼児さん達で、この時期はちょうど内耳が育つ時期で揺れに対する反応が強い時期。 一方でまだ内耳が本格的に育つ前の0~3歳くらいまでの子は、飛行機が大きく揺れてもノーリアクション。 10歳前後になると、想像力と論理的思考が育ち始めるので、揺れる→落ちる→爆発→「落ちたらどうしよう」などの怖さが出てくるわけです。 同じように怖がっていたとしても、その意味合いが違いますね。 そして小学校高学年くらいになると、怖がっている自分を隠そうとするような「俺、平気だし」という振る舞いが出るようになり、もう少し大きくなると、飛行機の墜落する確率はほぼゼロ%、雲を抜ければ揺れは収まるなどと冷静に考えられるようになり、おじさんになれば「この操縦士さんが、岩倉学生だったりして。でもCAさんのほうが良いかも」とかくだらないことを考えるようになる(笑)。 大人で知的障害のない人でも、内耳の発達の遅れがあるケースは結構多い。 聴き洩らしが多かったり、電話応対が苦手だったり。 他人とコミュニケーションが苦手と一言でいうけれども、そもそも聴いているようで聴いていない、耳が育っていない場合があって、それじゃあ、やりとりができないよなって思いますよね。 当然、揺れや回転などの入力に問題があって、身体の位置関係がつかめなければ、他人との距離感がつかめなくなって、極端に距離が近かったり、遠かったりする状態へとつながります。 SNSでトラブルを起こしている人たちを見ると、距離感が掴めていない人ばかりで、単純に身体感覚を伴わないコミュニケーションをやろうとしているからずれが生じているのだと感じます。 つまり、内耳が育っていない人というのは、SNS上のみでコミュニケーションしているような感じで、実生活でも生きているのでしょう。 文字情報だけに偏り、身体感覚を伴わないコミュニケーション。 それじゃあ、うまく人付きあいができないのは当然で、だからこそ

【No.1346】2023年ご挨拶

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新年あけましておめでとうございます。 30歳で始めたてらっこ塾(あのとき、私は若かった)。 気が付けば私は40代に突入し(2度目の成人式)、てらっこ塾も丸10年。 「10年続けられて、はじめて一人前かな」と思っていましたので、嬉しくもあり、ようやく独り立ちができる、といった気持ちでいます。 この3年間は、子ども達が可哀そうで、不憫に思う日々でした。 この3年間で失ったものは、子ども時代のどの3年間だったのかによって意味が違ってくると思います。 そして全員ではありませんが、子どもによってはとても深刻なダメージを受けた3年間になったでしょう。 ですから、今年はそういった子ども達のケアを、今まで以上に子ども達の発達と幸せのために気合を入れて頑張ります。 2023年は揺り戻しが起き、人と人が関わることが望まれ、求められるでしょう。 てらっこ塾としましても、家族、人と人との関わりあいを通した発達援助を大切にし、また分野を問わずいろんな人と交わることで発展させていきたいと考えております。 人の間で生き、人の間で成長し、人の間で幸せになる。 そんな想いを持ちながら、今年も突き進んでいきます。 みなさま、本年もどうぞよろしくお願い致します。 いま、アマゾンを見たら、「ポストコロナの発達援助論」が児童心理部門8位、障害児教育部門で77位と縁起が良い数字が並んでいました。 今年はよい一年になりそうです☆彡