2019年8月22日木曜日

言葉、雰囲気

この仕事をしていて思うのが、雰囲気を感じることの大切さです。
なぜなら、言語化できないものと向き合うのが、仕事だから。
まだ十分に説明できるだけの言葉を持っていない子もいます。
言葉を持っていたとしても、しっかり捉えられるだけの感覚を持っていない人もいます。
そして何よりも、援助の中心である発達とは、言葉でいい表すことができないものです。


たとえば「問題行動」というのは、言葉です。
言葉だから、それは道具。
道具になると、使い方の幅は狭まり、みんなが似たような使い方をするようになります。
だから、特別支援が学問になり、専門になっていくと、個人が薄まり、道具に使用される人という具合な主従逆転現象が起きるのです。


今の特別支援を見ていると、どんどん新しい言葉が生まれ、その新しい言葉をどう使いこなそうか、四苦八苦している支援者たちの姿を感じます。
懸命に言葉を使いこなそうとすればするほど、いつの間にか、言葉に行動が規定されていく。
だから、養護学校と呼ばれていた時代の方が、まだ個人があり、自由があり、治るがあった。


言葉によって支援が展開されていくと、パターン化、マニュアル化が起きます。
なので、少しでも困った行動が見られれば、「止めなきゃ」「無視しなきゃ」「別のところへ意識を向けなきゃ」となってしまいます。
その行動の背景には、個人があるはずなのに。
個人よりも、言葉が優先されてしまう。
誤学習、自己防衛、純粋な発達では、それぞれの姿から漂っている雰囲気が全然違うのに。


本人からの相談で多いのは、「なんだか困っている」「なんだか生きづらい」というものです。
その“なんだか”は言葉にできない何かです。
つまり、雰囲気。
その雰囲気を感じられるか、共有できるかが、その人の支援者になれるかどうかの判定になります。


親御さんからの相談でも、「周りは大丈夫って言うけれども」「その行動は無視してください、と言われるけれども」「障害だから受け入れましょう、と言われるけれども」、やっぱりこのままじゃいけないと思うから、相談します、という場合が少なくありません。
なんだか胸騒ぎがするから相談する。
なんだか、こうやったら良いかな、と思うからそうやってみる。
それが結果的に功をなすことが多いのです。


親御さんは、子どもの生きている流れを常に感じながら、共に生活しています。
だから、子の雰囲気を誰よりも早く気が付き、共有することができる。
普通の子育てをしている親御さんが、特別支援という言葉と距離を置いている親御さんが、子どもの発達を上手に促し、後押しし、治しているのは当然だといえます。
雰囲気という言葉にならないものを大切にするということは、その子、個人を中心にすることだから。


その子の生きてきた流れ、内なる力、発達、資質…。
これらは、言葉に表せないものです。
ですから当然、パターン化、マニュアル化できないもの。
つまり、支援しようなどと身構えた時点で、支援の対象から除外されてしまうのです。


発達という、個人という、言葉に表せないものをどう支援していけばよいか。
そのためには、雰囲気を感じるしかないのです。
なんだか良さそうだな、良い方向へ進んでいるな。
そういう雰囲気を頼りに、後押しするか、引き返すか、方向を変えるか、選択していく。
だから、子どもを治せるのは、常に雰囲気を共有している家族であり、親御さん。


治せる支援者、発達を掴み、後押しできる支援者というのは、言葉に頼っていない人であったり、言葉をちゃんと道具として使いこなせていたりする人のような気がします。
多分、子どもが部屋に入ってくる瞬間、課題を見抜き、「じゃあ、セッションを始めましょうか」と言う頃には、すでに援助の方向性が定まっているはずです。
別の言い方をすれば、「目が合うかな」「受け答えはどうかな」「言葉はあるかな」と考えないといけないようでは、個人に合わせた支援、より良い発達への援助はできないといえます。


言葉や説明は、後付け。
大事なのは、本人がラクになるか、心地良いか、より良い発達が生じるか。
エビデンスのある方法の効果が、限定的で表面的なのは、エビデンス自体が言葉だから。
言葉によってエビデンスを証明するということ自体が、個人を切り捨て、発達や資質という言葉に表せないものを切り捨て、ほんの少しだけ残ったものを対象にせざるを得ない、というジレンマを抱える。


子どもを見て、「なんとなく調子よさそうだな」「これをやってみて大丈夫そうだな」と感じられるかどうか。
そして、感じたものを素直に実行できるか、信じて選択することができるか。
「子どものことを良く見て援助してください」と言うのは、子どもから漂っている雰囲気を感じてください、重視してください、ということです。
「何秒以上できたら、どうだ」「腕の角度がどうだ」というのは、パターンを覚えさせているだけで、発達は促されていきませんので。

2019年8月21日水曜日

問題行動というズレ

「問題行動」という言葉は、支援者によって造られ、支援者のために存在する、といえます。
それに対応するだけのアイディアを持ち併せていないとき。
その言動の内側に流れる意味を捉えるだけの感性を持っていないとき。
支援者は、「問題行動」という言葉を借りて、自らの逃げ道を作るのです。


「問題行動」と称されるものには、3つの流れがあります。
誤学習と、自己防衛と、純粋な発達。


「誤学習」は、その名の通り、時間をかけて培ってきたズレた学習です。
本人的には、ズレた意識はないのですが、結果的に周囲や環境と折り合いがつかなくなった学習パターン。
ですから、気づいていないズレを教えることが必要。
そのためには、まず培ってきた学習パターンを一度、壊す必要があります。


支援にあたる者は、身体的な体力と言語的な体力が求められます。
それに、まずおのれの愛着の土台に脆さを持つ者は、対応不可能。
徹底的な否定ができなければ、中途半端な否定と肯定に揺れ動くのなら、一度形成された学習パターンを壊すことができないから。


自立できていない人達の中には、多かれ少なかれ、誤学習が存在している。
なので、支援者は誤学習と向き合う場面が多い。
そして、愛着障害と親和性の高い支援者という存在が、中途半端な否定と肯定を繰り返す。
特別支援の世界に誤学習が溢れているのは、元来、誤学習と対処することを一番苦手としている者たちが、その任務を担っているからでしょう。
驚くのは、誤学習すら、障害特性と捉えるような支援者の存在。


「自己防衛」は、ある意味、本人の資質の開花でもあります。
ヒトは追い詰められ、生きるか死ぬかのギリギリのラインに立たされたとき、意識を飛び超えた次元の反応が表れます。
どうして思いついたか分からない。
でも、それをすることで、なんとか今、私は生きている、生き続けることができている。
周囲からは理解されないけれども、自分にも害を被るけれども、自らを助けるがために発動された行動には躍動感をも感じます。


自己防衛は、そうせざるを得ない状況、状態があります。
刺激に圧倒される状況、心身の状態。
孤独な状況や心理的、身体的に他者から侵略されそうな状況。
ですから、まずはその状況、状態から解放できるかが支援の一歩になります。


そして、自己防衛自体は、本人からしたら正しいことをしているので、否定ではなく、その方向性を少しズラす。
本人の心地良さを害さず、また侵略という雰囲気を感じない範囲で、「ちょっとだけズラしてみては」と提案する感じ。
筋肉を使った自己防衛なら、同じ筋肉を使う、より周囲や自分の命と調和しやすいような行動へと誘ってみる。
心理的なバリアなら物理的なバリアへ。
家にこもるのなら内へこもるへ。


誤学習は開き直りで、自己防衛は悲しみの雰囲気を感じます。
しかし、純粋な発達には伸びやかな雰囲気を感じます。
特に、子どもさんを育てている親御さんから、支援者、学校の先生から相談を受けますが、「困った行動」と聞き、確認してみると、ただ自ら必要な発達段階を歩んでいるだけ、ということが少なくありません。
ズレで言えば、時間軸のズレ。


小学生の子が、お母さんに身体接触を求めてくる。
身体も大きくなっているし、同世代の子は、そんなことをしない。
どうしたもんか、と親御さんは悩む。
もしかしたら、中学生になっても、成人しても、他者に向かったら。
でも、本人からしたら、口周辺の感覚を育てたいだけだったりもする。


学校の校庭で、いつも泥をいじって困っている、という。
泥を口の中に入れようとすることもある。
よく聞けば、幼少期、泥遊びはしなかった、触りもしなかったとのこと。
大きくなった子が泥遊びをするのは不適切に思えるかもしれませんが、発達のヌケを育て直しているだけ。


誰にでも声を掛けてしまうのは、やっと言葉が出るようになって、その楽しみを感じているからかもしれません。
友達に触ろうとするのは、幼少期に霧の中にいたからかもしれません。
友達に触れようとするのは、1歳、2歳の子ども達の遊びかた、関わり方。
その当時できなかったから、発達の遅れがあって準備ができていなかったから、今になってやっとやれるようになったのです。


作業所のスタッフから、仕事中に急にクルクル回って困っている、という相談が。
学校からの引き継ぎでも、「止めてください」「やるべき活動へ促してください」と言われてきたとのこと。
でも、それでは一向に収まらない。
それはそうです、耳の内側を育てているのだから。
中途半端に止めるから、やりきらせてあげないから、18以降も残っているのです。
回転する椅子を用意してもらい、家でグルグル回っていたら、1ヶ月くらいで行動が見られなくなりました。


定型発達という軸を持たない支援者が、未発達を問題行動と見間違える。
同世代の子はやらない行動が、すべて問題行動なわけはありません。
その背景を読み解いていくと、ただ未発達を育てているだけ、ということが少なくないのです。
1、2歳の子がやる行動、発達課題を、小学生、中学生、大人がやるから違和感を感じるだけ。
でも、本人からしたら、発達のヌケを育て直している。


「当時はできなかったから、今やっているの」
そういう声が聞こえるようになれば、「問題行動」などという陳腐な造語が消えてなくなると思います。
本当の問題行動とは、本人の視点と支援者の視点のズレなのかもしれませんね。

2019年8月20日火曜日

原始的なレベルでしか埋められない発達段階

思いっきり水遊びをした子ども、できた子どもは、泥遊び、砂遊びに興味が移っていきます。
ヒトが辿ってきた道を振り返れば、それは当たり前のこと。
夏が始まる前、「とにかく思いっきり水遊びを」とお伝えした数家族の親御さん達から、「急に砂場で遊ぶようになった」「泥が平気になった、自ら進んで触るようになった」というお話を聞きました。
一生懸命、来る日も来る日も、水をテーマに遊び、子育てを頑張られた結果だと思います。


水の段階を完了するのは、とても重要なことです。
何故なら、皮膚とその感覚を育てるから。
そして、次の段階である泥、砂の段階へ進めるから。
ヒトは、泥遊び、砂遊びを通して、人になる。


触っただけで、物事を判別できるようになる土台は、泥遊び、砂遊び。
ひとまとまりだった手を、親指と4本指に分けるのも、そのあと、5本、それぞれの指に分けるのも、泥遊び、砂遊び。
夢中になって、泥や砂と戯れているうちに、自然と手で情報を得られるように育ち、指の分化が完了していく。
だから、泥遊び、砂遊びは、とても大事な発達刺激。


水の段階を卒業していない子に、いくら促しても、泥や砂で遊ぼうとしません。
遊んでいる風に見える子は、みんな、スコップや木の枝など、道具を介して泥、砂と関わっているもの。
手で、足で、直接戯れる姿が、真の姿。


水の段階を完了していないから、泥や砂で遊ばない子もいるし、環境的に水で思いっきり遊べなかった、泥や砂で思いっきり遊べなかった子もいます。
いずれにしろ、それは手先の不器用となって表れます。
手先が不器用な子の中には、首の問題の子もいますが、結構、水遊び、泥遊びが足りなかったから、という子も少なくないように感じます。
原因、アプローチの方法は異なりますが、どちらも未発達が背景にあります。
だから、治る。


しかし、治るけれども、不器用だからといって、細かい作業をさせたり、指を動かす訓練をしたりしても、なかなか育っていきません。
養護学校で、手先が不器用な子ども達にネジ回しなどの指先を使う作業をひたすらやらせる姿を見てきました。
12年間やったのに、卒業時も、手先は不器用なまま。
結局、不器用だから指を動かす活動、では育たないということ。
ネジ回しはうまくなっても、指は自由に動かない。


近頃、つくづく思うのは、発達には、それに応じたレベルがある、ということです。
やっぱり泥遊び、砂遊びで育つ発達段階の刺激は、泥や砂以外ない。
今は、いろんなグッズやアイディア、プログラムに溢れているけれども、代替できるものはほとんどない、と思います。
進化の過程の中にある発達課題、段階は、どうしても自然を通してしか育てられない。
高度なものでは代替できない、どうしても原始的なものが必要な発達段階がある。


成人した方の中にも、同じような悩みを抱えている人がいます。
親御さんに尋ねると、やはり幼少期、泥遊び、砂遊びをした記憶がないといいます。
ですから、ある人には、土いじりを提案しました。
庭の小さな場所で野菜を育てる。
おのずと土、泥と関わるようになる。
気が付いたら、以前よりも、ラクに指が動かせるようになった、手で触ってわかるようになった、と言っていました。
他の方には、陶芸をお勧めしたこともあります。
成人してからの泥遊び、砂遊びは難しくても、泥や砂と戯れることはできます。


時代が進めば、より高度で、効率的なモノ、アイディア、プログラムへと、特別支援の世界も進んでいくはずです。
でも、発達のヌケ、特に言葉以前の発達段階、2歳までの発達段階のヌケ、遅れに対しては、ある意味、非効率的で時代にそぐわない方法でしか、育てられないと私は思うのです。


100年後、200年後の未来は、今の社会とはまったく違った文化、テクノロジーに溢れた世界だと思います。
人間の生き方も、当然、違っている。
しかし、人間の本質、発達は変わることがない。
人類の歴史から見れば、そんな100年、200年という単位で、遺伝子も、性質も、本質も変わるわけはないから。
ということは、100年後の子ども達も、水で戯れ、泥や砂で遊び、発達を遂げていく。


水でビシャビシャになって困るのは、泥で服が汚れて困るのは、大人の都合。
子どもの視点に立てば、重要な発達段階を歩んでいる証拠です。
どこかの療育機関に行かなくても、なんとかプログラムをやらなくても、子どもの発達を促すことはできるし、自然の中でしか育たない発達段階、レベルもある。
ある親御さんは、「久しぶりに、私も子どもと一緒になって泥遊だらけになって気持ちが良かった」と言っていました。
どこか懐かしい感じがするのは、泥だらけになってすがすがしかったのは、私達、大人も辿ってきた道だから。
子どもの発達を保障するとは、子ども時代を子どもらしく過ごせる自由を守ることかもしれませんね。

2019年8月18日日曜日

若い頃の子育て、年を重ねてからの子育て

子どもは、いつまでも子どもではありません。
子どもも、年を取ります。
同じように、親も年を取る。
そして、親の親も年を取る。
月日が流れると、そのとき、想像していなかったことが起きるものです。


子どもの年齢が幼い頃は、親も体力があり、意欲も満ち溢れているものです。
ですから、子育ても、発達の後押しも、じっくり時間をかけて取り組むことができます。
しかし、子どもの年齢が上がり、そして自分は年をとっていくと、なかなか腰を据えて、時間をかけてじっくりと、ができなくなります。
自分の健康上の話も出てくるし、親の介護等、そっちの話も出てきます。
そうすると、子どもが幼いときのように、子ども中心でいられなくなる。


大学から私は函館にいますので、長い人では20年近くの付き合いがあるご家族がいます。
学生時代はもちろんのこと、施設で働いていたとき、学校で働いていたとき、そして今の事業を起ち上げてからも、治るとは思っていませんでしたし、治るアイディアも持っていませんでした。
しかし、今は違います。
多くの治った人、治したご家族とご縁がありましたし、治す知見を持った実践家の人達からも教えをいただくことができています。
なので、当時の私とは異なり、「治る」と自信を持って言うことができます。


ある意味、未発達の集合体が「神経発達障害」という状態だといえます。
その一つ一つの未発達を育てていけば、全体的な発達が進み、障害というラインを飛び越えることができる。
また、それができなくとも、一つの発達課題がクリアされると、それだけで生きやすくもなるし、脳みそにも余裕が生まれる。
当然、適応力だって上がっていきますので、障害という範囲の中にいるかもしれないが、社会に適応し、自立的に生きていけるようにもなれる可能性がある。
だから、いくつになっても、たとえ一つの未発達だとしても、それを育て直し、クリアしていくことがとても意味のあることだと思います。


ただ、それが伝わらない、長年、治らない前提で子育てをされてきた親御さん達に。
学生時代からの仲であるご家族も。
興味があるけれども、途中までやるけれども、若い世代の親御さんのように続かないし、やろうろともしない。
この親御さん達の10年前、20年前も知っているけれども、決して柔軟性のない人、意欲のない人、コツコツできない人、支援者の顔色を伺う人でもなかったのです。
ただ“遅かった”。
それは、子どもさん(もう皆さん、成人されていますが)の発達という意味ではなく、親御さんにとっての。


もし、10年前、20年前に、今の治るアイディア、未発達を育てる知見があり、それがわかれば、どの親御さんも、今の親御さんのように、熱心に取り組み、同じように治していったと思います。
どの子も、「重い」と言われていたけれども、それは未発達の部分を育てず、そのままにしていただけで、決して特別に重い人達だとは感じません。
ですから、どの子も、治る可能性は持っていた。
小さい頃を知っていただけに、今のように児童デイもなく、一生懸命育てられていた親御さん達の姿を知っていただけに、私自身、とても寂しい気持ちになります。


今、仕事で関わっているご家族の中心は、就学前の子ども達。
子どもさんは、神経発達が最も盛んな時期を過ごしていますし、親御さんも体力、気力ともに満ち溢れています。
おじいちゃん、おばあちゃんの世代も、まだ若いですので、介護等の心配もない。
十二分に、子ども中心に生活が回せる、子どもの発達に力を注げる。


発達とは、お金で解決できないし、基本的に子育てなので、外注できるような次元でもない。
だから、子ども自身が発達課題をやり切れるよう、とことん腰を据えて付き合える身体を親御さん自身がもっていなければなりません。
親御さん自身が我慢できるだけの筋力がないといけませんし、動けるだけの身体が整ってなければなりません。
試行錯誤する脳みそだって必要。
そう考えると、子どもの年齢が幼い頃から、発達のヌケや遅れを育て直すことは、親御さんにとっても意義のあることだといえます。


一生懸命我が子のことを愛し、動いてきた親御さんも、時が経てば、「今、親の調子が悪くて、あまりうちの子に構ってられないわ」「今さら、もう聴覚過敏は治らないと思う」「もう自分のことでやっとだから」「施設で問題なく過ごしているみたいだから、もうそれでいいのよ」という言葉が出てしまう。
どんな人だって、年はとるし、年代年代によって、若いときに想像しなかった悩みが出てくる。
そういった意味でも、子ども時代の治す中心は親御さんであり、成人後は自分自身なのかもしれません。


いつの間にか、私と同世代の親御さん、そして私よりも若い親御さんと仕事で関わることが増えています。
子育ては、とにかく親も体力、気力が必要。
うちの子も、ひたすら同じ遊びをエンドレスで行う時期です。
滑り台、1時間連続で一緒に滑って、私のズボンが破れてしまったくらいです。
発達とは、やりきること。
ですから、遊びに行くときは、我が子が根を上げるまで勝負、という気合を入れて、私も遊んでいます(笑)
そんな夏休みも今日でおしまい。
我が家の発達援助は、海、山、キャンプ、公園。
ちょうど私の背中の皮が剥け始めた頃です。

2019年8月16日金曜日

対人職の過ちを最小限にするためにも

この夏、一人の若者が仕事に就き、そして家を出て一人暮らしを始めました。
仕事を探し、自分で面接を申し込み、採用までをやり切ったのです。
一人暮らしも、本人の意思です。


支援者の力を借りることなく、就職できたのですから、もともと力のあった人と思われるでしょう。
確かに、最初にお会いしたときから、働くだけの能力をもった方だと、私も思いました。
しかし、就職する上でも、生きていく上でも、とても重要な「主体」がなかったのです。


何を尋ねても、「わかりません」と言い、どんな仕事がしたいか、答えられませんでした。
印象ではありますが、困っているのは感じているんだけれども、何がどう困っているか、自分でもわからない感じでした。
ただ年齢的にも、仕事をしなければならないと思っていて、でも、仕事ができなくて、そもそも、どうしたら良いか分からなくて、という中での相談でした。


若者からの相談では、こういった主体性の乏しさからの悩みが少なくありません。
「大久保さん、私はどうしたら良いですか?」
このような発言をたくさん聞きます。
しかし、こういったとき、本人に代わって私が選択肢を選んではならないと考えています。
だって、私が選んだものをそのまま受け取ってしまう可能性が大きいから。
これは、私が嫌う、他人様の主体性を侵すような行為でもあります。


「私はあなたではない。ゆえに、私は誤解するし、誤った判断、選択をする」
このように思って、対人援助という仕事をしています。
私は、一般の人よりも、多くの発達障害の人達と関わり、生活を共にしてきたかもしれません。
でも、私が彼らの代弁ができるとは思っていませんし、そもそも他人の気持ちがわかったも、理解できたも、幻想であり、不可能なことだと思っています。


私には、他人様の人生を決める権利も、能力も、ありません。
ですから、主体性が乏しい方からの相談に対しては、言葉を慎重にし、そして、まずはその主体性を育てる方向性へ後押ししたいと考えています。
ある意味、ちゃんと相談ができるための準備です。
主体性を持ち併せていない方からの相談は、相談ではなく、宗教になると、私は思っています。
私が言ったことが、そのまま、答えになってしまう危険性。
主体性を持たないまま、相談員でも、専門家でも、医師でも、先生でも、相談し続けると、いつしか、その人が教祖様になり、言われるがままの信者となる。


この夏に就職、自活を始めた若者とは、主体性を育てるためのワーク、援助を行いました。
発達のヌケが埋まり、自分の身体が掴めるようになったあたりから、自分の意思を表出できるようになりました。
そこまでくれば、私の援助はおしまいです。
私は、その若者が、自分自身で選択できるようになるところまでの役割。


障害と聞くと、周囲の人間、相談員は一生懸命相談に乗ろうとします。
しかし、発達障害の人達の相談においては、ただ単に一生懸命話を聞いて、進路を選択することが良いことだとは言い切れないと思います。
「福祉に繋げられたからOK」「サービスの申請が完了できたからOK」ということにはならない。
何故なら、主体性という未発達があるかもしれないからです。


身体や機能に障害を持った人は、それに応じたサービスとつながり、社会の中で生活していけることが必要なサポートだと思います。
でも、発達障害の人達は、発達に課題がある人達だといえます。
ですから、相談員がサービスに繋げることだけを主に動いてしまうと、意識しないまま、発達障害の人達の人生や進路を決めてしまいかねないのです。
相談とは、あくまで本人の意思、主体性があって、初めて成り立つもの。


発達のヌケがあるゆえに、皮膚や平衡平衡感覚が育ってないがゆえに、自分自身の身体、空間との境目が捉えられず、結果として主体性が乏しい、ということもあります。
決して、主体性が乏しい障害ではないのです、発達障害は。
未発達が重なっていくと、主体性の育ちに影響が出る。
なので、必要な援助は、未発達の部分を育て、主体性を養うこと。


対人職は、誤解し、常に独りよがりの支援、助言をする可能性があり、そして本人の主体性を侵す危険性を持っている。
だからこそ、確実な部分にアプローチすることが大事だと考えています。
その確実なことの一つが、発達のヌケ、遅れを育て直すこと。
600万年の人類の歩みが詰まった運動発達。
動物としての呼吸、感覚、動きの発達。
そして生活のリズムを整え、快食快眠快便、きちんと疲れ、回復する身体を培っていくこと。
これらは、唯一、確実なことだといえます。
確実なことを追及し続けることが、対人職の過ちを最小限にするための姿勢なのです。

2019年8月15日木曜日

「何を学び、どう生きるか」は私達の権利です

私は施設職員として、利用者さんの主体性、選択、自由の権利を奪っていました。
朝起きてから寝るまでの日課、スケジュールを決めていました。
起きる時間、寝る時間、食事の時間、お風呂に入る時間…週末の過ごし方まで。
すべて職員である私達に決定権がありました。
入所していた人達には、何を食べるかさえも決められず、出されたものを食べ、嫌だったら“食べない”という選択肢しかなかったのです。


限られた人数、資源の中で、多くの利用者さんを見なければなりません。
ですから、どうしても管理の意識、傾向が強くなります。
「もっと選択肢を」「日課に自由を」とは思い、できる改善は行っていたものの、やはり限界があるのです。
一日、無事に終えることが、どれほど、大変だったか…。


いくら業務であり、施設の意向だったとしても、私が多くの人達の主体性、選択、自由の権利を奪っていたのは変わりがありません。
もし私が支援される側だったら、こんな支援は受け入れられなかったはずです。
そのように自分自身で感じるくらいのことを、私はやってきたからこそ、今の仕事では「主体性」「選択」「自由」の権利を侵さないように、と強く意識するのだと思います。


私が発達の準備、後押しにこだわるのは、こういった経緯があるからだといえます。
何か指導しようとすると、うまくいかないことが多いというのもありますが、「指導する」自体に、本人の主体性を侵略するような雰囲気を感じるのです。


何かを指導してほしいという本人からの要望があれば、それは主体性を侵すような指導にはならないでしょう。
むしろ、「何かしたい」「こうなりたい」という本人の意思が明確にあるので、主体性を尊重している対応だといえます。
でも、そこに本人からの発信、要望がなければ、もしかしたら、良かれと思っている指導が、本人の主体性、選択、自由を奪う結果につながらないともいえません。
特に私は、重い障害、症状を持つ人達の施設で働いていましたので、本人からの発信、要望がない場合、慎重になる必要性を強く感じるのです。


幼い子どもや知的障害がある人達、ASDの人達は、自分たちの意思よりも先に、指示されたこと、指導されたことに従順してしまう傾向があると思います。
「自分がやりたいから」「楽しいから」ではなく、「わかるからやる」といった感じです。
周囲の状況や環境の意味が混とんとして掴めていない人ほど、「わかる」に飛びついてしまいます。
でも、「わかること」が自分のやりたいことではない、学びたいことではない、ということも。


私も、実際、施設や学校で個別指導計画を立てていましたのでわかるのですが、本人の意思よりも、できること、できそうなことを目標に立てがちだといえます。
本来は、本人の意思やニーズに基づいて、どういった学びをしていくか決めていくのが、個別指導計画になるのですが、幼い子ども達や障害の重い人達になればなるほど、本人の意思が代弁という名の解釈によって決められ、どちらかといえば、支援しやすいような、親御さんが喜びそうな目標になっていくこともあります。


しかし、これは致し方ない面もあると思います。
本人からの発信を受け止められない限り、周囲が解釈するしかありません。
また、個別指導計画は、保護者と協働することが決められていますので、親御さんの意向に沿う形になるのは自然な流れだといえます。
ですから、普通にやっていれば、知らず知らずのうちに、私達は障害を持った子ども達、人たちの「主体性」「選択」「自由」を侵略していることもあるのです。


爬虫類の脳、哺乳類の脳までは、2歳までの発達段階、言葉を獲得する前の発達段階は、周囲も力を合わせて丁寧に育てていく。
でも、それ以降の成長は、本人の主体性、選択に委ねていく。
その辺のバランス、線引きを誤らないことが、本人の権利を侵略しない、尊重することにつながるのだと考えています。


子どもであるとか、障害があるとか、でいつまでも、どこまでも教えようとするし、支援しようとする。
振り返れば、施設職員、学校の教員だった私は、障害を持った子ども達のことを信じていなかったのだと思います。
しかし、発達援助、発達のヌケ、遅れを育て直していく道と出会い、その中で自ら発達、成長していく子ども達の姿を見続けるうちに、もっと彼らの内なる力を信じて良いと思うようになりました。
特に発達障害の子ども達の場合は、発達のヌケ、遅れをどうにかしてもらいたけであって、一から十まで支援してほしい、教えてほしいと思っていないと感じます。


「わからない」が課題の根っこではなく、発達のヌケ、遅れが根っこ。
「わからない」は結果であって、自然と分からないような状態である感覚、身体、内臓などの発達をどうにかしてほしい、と思っている。
それらが解決すれば、「何を学び、どう生きるか」は私達の権利である、といっているように感じるのです。


周囲がリードする部分は、発達のヌケ、遅れを育てるところまで。
それ以降は、いくら子どもであっても、障害があっても、本人の権利だし、自由が認められるところ。
たとえ我が子であったとしても、別人格。
本人の「主体性」「選択」「自由」を尊重していくためにも、発達のヌケ、遅れを育てることが大事です。
それ以降も、関わることがあれば、本人の意思、発信を聞いてから応えようと思っています。

2019年8月11日日曜日

「どうやって教えよう」から「どんな準備をしたらよいかな」

施設で働いていたときも、学校で働いていたときも、私は「教えよう」としていたと思います。
できないことがあれば、補助具を作ったり、教え方を工夫したりして…。
わからないことがあれば、言葉を簡潔にしたり、視覚的な方法で伝えたりして…。
「学習に集中できるように」と刺激の少ない環境にしたり、スモールステップで教えたり、個別指導で徹底的に教えたりもしました。


こういった教える側の工夫、配慮によって、子ども達はできないことができるように、わからないことがわかるようになりました。
しかし、それは“その場限り”。
学んだ場所、学んだ人から一歩離れれば、できなくなり、わからなくなる。


ですから結局のところ、「家に帰ったらできない」→「学校だから、施設だからできるのね」と親御さんに受け取られ、連携がうまくいかなかったり、養育の意欲の低下を招いたりする。
私達、支援する側、教える側も、外に出れば、できなくなるので、「やっぱり障害が重いから」「それ(般化の難しさ)が自閉症の特性だから」と勝手に諦め、社会の中での実践から子ども達を遠ざけてしまう。


今の事業を起ち上げてからも、できないもの、わからないものは、教え方の工夫によって身についていくと考えていました。
でも、その考え方を改めるきっかけがあったのです。
普通級在籍の小学生の子。
この子は、授業についていけず、また言葉や対人面でも課題があったため、担任、管理職、コーディネーターから再三、「支援級へ」と伝えられていました。
だけれども、親御さんが頑として首を縦に振りませんでした。
今はわかっていないけれども、この子には理解する力がある、と親御さんが感じていたから。
そこで、私との関わりが生まれました。


親御さんからの依頼内容は、「学校の授業についていけるように勉強を教えてほしい」というものでした。
ですから、私はこの子にわかるような教え方、工夫をして、勉強の後押しをしようとしました。
一対一の学習で、この子のペースに合わせて進めていましたので、私との学習のときには理解ができていました。
でも、学校に行けば、わからないし、テストでも点数がとれずにいました。


最初は、「一斉授業だから」「刺激が多いから」などと、私も捉えていましたが、ふと、それまでの「その場限り」のことを思いだし、その姿と重なりました。
もしかしたら、私の考え方、援助の方向性が間違っているのではないか、と思うようになり、一斉授業でも勉強ができる、先生の言っていることが理解できるように援助することの方が必要だと考えるようになりました。
そこから援助の方向性を変え、鉛筆がちゃんと持てることや足を床にきちんとつけて座れること、教科学習の始まりである概念、数の勉強、遊びを徹底的に行いました。
すると、メキメキと力をつけていき、いつしかテストで100点をとるくらいまで成長されたのでした。
そんな子から久しぶりに連絡があり、今は受験生として頑張っています、と教えてもらいました。


この子との出会いは、私にとって大きかったと思います。
どうしても、支援者は、先生は、大人は、子どもに教えようとします。
特に、発達に遅れがある子に対しては、必要以上に教えようとする。
でも、それじゃあ、あまり意味がないんですね。
結局のところ、神経発達にヌケや遅れがある子は、「知識や技能が身につかない」のではなく、知識や技能を身に付けるための「準備が整っていない」ということ。


教え方云々ではなくて、たとえば、教科学習だったら、ちゃんと学習できるだけの手が、目が、足が、姿勢が、軸ができているか。
一斉指示を聞き取れるだけの聴覚が育っているか、その手前のバランス感覚、重力との付き合い方ができているか。
脳みそにちゃんと新しい学習ができるだけの余裕があるか、つまり、快食快眠快便が整っているか、など。
発達のヌケ、遅れは、2歳以前、言葉獲得以前の発達段階にあることが多いので、やっぱりそこを育てなければ、根本的な解決には至らない、ということです。


ある意味、それは当然なことかもしれません。
学習の準備ができていない子、感覚、動き、身体に未発達な部分がある子に、いくら工夫して教えても、徹底的に教えても、身体の底からの理解にはつながるわけがないのです。
ですから、結局、熱心な大人に付き合い、その場“だけ”できるように、パターンとして身に付けてしまう。
私も今までに、多くの子ども達を付き合わせてしまったな、と反省しています。
だから彼らは、一歩外に出るとできなくなった。
それは、本質的な理解ではなく、表面的な理解しかできない状態で、教え込まれたから。


教科学習だけではなく、身の回りのことやお手伝い、コミュニケーションや対人スキルなど、いろんな面で、「できない」「わからない」状態の子ども達がいると思います。
そんなときには、「できない」「わからない」のではなく、「準備が整っていない」という視点で捉えると、育むアイディア、必要な援助が見えてくるかもしれません。
「トイレでうんちができない」ではなく、「トイレでうんちができるためには、あと、どんな準備が必要だろうか」と考えてみる。
もしかしたら、内臓の感覚の育ちかもしれない。
もしかしたら、水分摂取と排出かもしれない。
もしかしたら、体温調節や姿勢かもしれない。


「ハイハイを飛ばした。だから、ハイハイをやらせよう。でも、ハイハイをやりたがらない」
だったら、その子がラクにハイハイができる準備には、「何があるかな?」と考えてみる。
ちゃんと指が分化している?
手首が育っている?
足の親指はどう?
重力とのお付き合いができてる?
反射が残ってない?
ハイハイは、動物としての進化の過程ですので、ハイハイが楽しめる身体に育てば、自ら進んで育て直しを行うものです。
こうやって、「どうやって教えよう」から、「どんな準備をしたらよいかな」と考え方を転換してみる。


私の想い、考えの中には、「子どもは自ら育つもの、学ぶもの」というのがあります。
本来、子どもは新しいことを学ぶのは、とても楽しいことだと感じるし、身体を動かして思いっきり遊びたいと欲している。
だから、勉強が楽しくない、新しいことを身に付けようとしない、身体全身で思いっきり遊ぼうとしない、というのは、その想いまで至らない原因がある、と考えます。
未発達やヌケ、遅れがあると、やっぱり楽しめないし、心の底から、身体の内側から喜び、意欲が生まれない。
なので、今日も私は、「どんな準備をしたら、ラクに学べるか、より楽しく遊べるか」と考えています。