2018年8月31日金曜日

障害者雇用の問題が、どういった現実を表しているのか

意図的か、計算間違いか、認識の誤りかは個別に違うのでしょうが、8月は障害者雇用に関する問題があからさまになりました。
最初は特定の自治体だけと思いきや、全国の自治体でも同様のことが起きており、障害者雇用を促進し、リードする立場の中央省庁でも…。
この問題を「水増し」と表現している媒体や人が多いことからも、ネガティブな出来事として見ている人が多数なのだと感じました。


もちろん、言い出しっぺの、先頭になってモデルを示さないといけないところが水増しに見られるような行為をしていたのはいけないと思います。
でも、私個人としては、特に驚くことはなく、「そりゃそうだよな」って思いました。
本音を言えば、雇うのなら、一緒に働くなら、「できれば障害のない人の方が良い」とみんな思うのが自然です。
私としては、「障害を持った人が入ってくれてよかった」と言っている人の方が信じられませんね。


田舎なんかでは、天下りは日常茶飯事であって、どこどこの元校長先生なんかが公的機関の中で働いていたりします。
そのOBが、自分の教え子なんかを引っ張ってきて、優先的に雇ってしまう。
で、障害者枠で入ってきた若者は、特にすることはなく、やってもやらなくても良いような仕事をして一日を過ごす。


民間の障害者雇用だって、ペナルティを受けたくないから、企業イメージアップのためにと、大なり小なり、障害を持った人を雇う理由になっていると感じます。
何故なら、障害者雇用で働いている人達のほとんどが、適切な仕事を与えられていないから。
ずっと仕事場の奥の部屋に入れられている人もいますし、周囲の掃き掃除だけが仕事という人もいます。
そんな状況に耐えられなくなり、「仕事をください」と言うと、「あなたにやらせる仕事はない」と突き返される人もいる。


つまり、雇用している企業であっても、こういった扱いしかできていないのですから、障害を持った人は雇いたくない、というのが本音であり現実です。
できれば雇いたくないからこそ、いろんな逃げ道、工作が行われる。
その一つの表れが、今回の障害者雇用の問題だといえます。


この問題に対して、ブーブー言うのは簡単です。
でも、現実としてこういった実態があるのですから、当事者の方、ご家族、また支援する立場の人間も、冷静に受け止め、対策を練る必要があると思います。


私が関わる人達に対しては、障害者枠での就労を勧めません。
先ほど記したような実態を知っていることもありますし、「私は障害者です」が社会の中で通用しないことの方が多いからです。
たとえ、理解しようとする職場、同僚であったとしても、その理解がギョーカイ支援者の先導する「理解」ですから、「無理させない」「頑張らせない」「できないのは本人ではなく、環境側の問題」なので、意味のないというか、職場の人にただ負担を強いるだけで、仕事の力が向上するわけでもないので、ヘタな理解ならやめた方が良いと思います。


「理解するのは、周囲の人間」
「障害者は配慮と理解を受けるのが当然」
「わからないのは、本人の問題ではない」
というメッセージが、職場の人達を萎縮させ、面倒に感じさせ、できれば遠ざけたい、関わりたくないという想いを懐かせる。
結果的に、雇用自体の水増し、雇われた本人が職場内で心理的にも、物理的にも端っこに追いやられることに繋がっているのだと思います。


支援者の多くは、この問題に対して、遺憾の意を述べていますが、「いやいや、どの口が言っていますか」と私は思うのです。
就職する前までに関わってきたのは、誰なのでしょうか?
しかも仕事として、専門として。
「支援があれば、理解があれば、働くことができる人達」
それは言葉としては伝わっていますが、実態が伴っていません。


だって、ジョブコーチだ、支援ミーティングだと言って関わっているのに、一向に職場内で自立して働くことができていない。
結局、やっているのは、職場の人に支援者の代わりをさせているだけです。
この世の中に、社員として働くことを求め、雇った人に対し、支援者の仕事をさせたいと思う企業があるでしょうか。


障害をオープンにして就職するのなら、求められる水準で働ける能力と、ハンディの部分を自分自身で支援できる段階までになっておく必要があります。
自分自身で支援できないのなら、それは誰かの手を借りないといけないということになりますので。
現実として、そのような手を貸す人になってくれる余裕がある職場はほとんどないのです。
となると、今、障害者雇用で就職する人は、仕事の質や昇進昇級などを諦めなければならない可能性が高いといえます。


でも、これって、たとえ就職できたとしても、自立して生活できるだけの賃金を得ることは難しいですし、結婚や子どもも諦めざるを得ない。
そして何よりも、仕事を通して得られる生きがいや達成感、誰かの役に立っているという実感が得られない日々を送らないといけないことになる。
だからこそ、私は障害者枠での就職は勧めませんし、発達のヌケを育て直し、ハンディの部分は自分自身で支援できる段階まで成長してから、一般の人として働くことをお勧めしています。


世の中を見渡せば、変わった人はたくさんいます。
というか、典型的な「普通の人」ってどういう人か分かりません。
みんな、大なり小なり、変わった部分があり、個性的。
じゃあ、何が違うのかといったら、ちゃんと求められるレベルの仕事ができ、自分自身で苦手なところを対処している、ということ。
つまり、社会の中は、個性的な人で溢れているし、他人様に迷惑をかけない限り、その個性は侵害されないのです。


だったら、障害者枠で就職するより、きちんと働ける力、自分自身を支援できる力をつけてから、一般枠で就職した方が良いんじゃないのって思うのです。
そのためのアイディアが発達援助であり、発達のヌケを育て直し、治せるところから治していこう、というお話。
端的に言って、その企業で働けるだけの能力と自立する力がない人を、「障害者」というラベルだけで雇うから、こういった問題が起きるということ。
障害者雇用の取り組みが始まってから年数が経ちますが、こういった小さな積み重ねが全国であり、今回、問題として公に表れたのだと思います。


国が雇用率という形で示したことは間違えではないと思います。
もし、数として出していなければ、もっと障害を持った人が仕事に就く機会は少なかったはずです。
こういった数が先行した形であったとしても、中には、それで就職の機会を得て、持っていた能力を発揮して働けている人もいるのですから。


これから数から質への流れになってくると思いますが、それがいつになるかはわかりません。
だったら、今の現実に合わせて、どう動くのか、自分はどうしていくのかが大事です。
理解と制度が充実した未来を思い描き、歩んでいくのか。
それとも、理解や制度が整ったとしても、働けるかは本人の問題と思い、それに向けて準備をしていくのか。


ただ事実として、今後も変わらないのは、職場は仕事をするところであって、発達のヌケを育てる場所でも、支援や介護を受ける場所でもないということ。
そして、国の建前は「多様性のある社会」「障害を持った人も存分に働ける社会」ですが、本音は一人でも多く働く力をつけてもらい、自立してほしい、ということ。
すべての障害を持った人を一生涯、社会で抱えていくつもりも、余裕もないのがわかります。
ですから、「治るが勝ち」で、障害者枠ではなく、変人枠で伸びやかに働き、人生を謳歌する道を選びましょう、と私は言っています。

2018年8月30日木曜日

発達のヌケが埋まると、赤ちゃん返り、幼児返りが始まる

以前、発達のヌケが埋まった大人の女性が、若い頃にできなかった青春を楽しむような生活を送るようになったというお話を書きました。
私が「青春の育て直し」と表現したお話です。
生きづらさを抱えていて、十分に味わえなかった青春時代に戻り、そのとき、同世代の人達が味わい、育てていた部分を戻って育て直しをされているのだと私は捉えています。


こういった過去に戻っての育て直しは、子どもの場合でもよく見られます。
発達のヌケが育ち、埋まると、子どもは赤ちゃん返り、幼児返りが起きます。
赤ちゃんのときにできなかった愛着を育む行動をしたり、普通の子が楽しむような遊びに熱中し始めたり、人とのやりとりを楽しむようになったり…。
中には、子ども同士で喧嘩ができるようになった、という子もいました。


呼吸や内臓、感覚や動きなど、生きる上で土台となる部分の発達のヌケが育ち、埋まり始めると、今度は定型発達の子ども達が成長過程の中で何気なくやっているようなことを辿り始める。
そんな姿を見て、生きるための土台作りが終わった人は、人間として生きるための土台作りを始めるのだと感じます。


「ヒトの発達の次は、人間の発達へと進む」
でも、これは自然で、当たり前のことだと思います。
受精した瞬間から進化の過程を辿り、ヒトとしての発達を遂げていく。
そして、ヒトとしての発達が進んでいくと、人間としての発達を始め、自分の身を守り、自分で生活できる「自立して生きる」まで発達を続けていく。
600万年の人類の歴史を見れば、同じ道を辿っていることがわかります。


発達障害の人達は、ヒトとしての発達の部分にヌケがあり、人間として生きるに支障、生きづらさが表れます。
年齢は、すべての人と同じように重ねていきますが、人間としての発達課題はそのまま、未経験、満たされないまま。
こういった状況の人に対して、年齢相応のことを求めたりしても難しいのは当然です。
年齢は時の流れを示すだけであって、ヒトしての発達段階、人間としての発達段階を表していないからです。


発達のヌケが埋まると、赤ちゃん返り、幼児返りするのは、当然だといえます。
赤ちゃんのとき、お母さんが抱っこしても何だか違和感を感じていた子が、大きくなってから抱っこを求め始めることもあります。
「あれ、みてみて」と共同注視を求めたり、「あれ何?」「これ何?」と質問魔になったり、“しりとり”や“にらめっこ”など、幼児が楽しむような遊びにハマりだしたり。
こうやって、赤ちゃんのとき、幼児のとき、同世代の子がやっていたけれども、自分はやってこなかった部分をやりなおし、育てていく。


発達のヌケが埋まり、ホッとしたところに、赤ちゃん返りが始まると、驚かれる親御さんがいます。
でも、大丈夫です。
赤ちゃんのやり残し、幼児のやり残しが埋まると、同世代の子ども達と同じように心身共に発達を遂げます。
子どもの赤ちゃん返り、幼児返りに、とことん付き合ってもらうと、「あっ、うちの子、お兄ちゃんになった、お姉ちゃんになった」と思う瞬間がやってきます。
身体が育ったあと、心が育つといった感じです。


「もう小学生なのに、こんな小さい子がやるような遊びをやって」と悩まれるのではなく、「ああ、小さいときにできなかった、味わえなかった遊びをやりなおしているのね」と捉えられるのが良いと思います。
土台となる部分の発達と同様、やり切るとちゃんと発達段階は進んでいきます。


街を歩いていると、年齢よりも若い格好をしている人を見かけることがあります。
ただの趣味嗜好の場合もあるでしょうが、もしかしたら、当時、何らかの理由でできなかった部分を育て直している途中なのかもしれません。
発達課題は、いつからでもクリアできるし、クリアしない課題は、クリアするまで残り続ける。


発達のヌケが埋まったら、赤ちゃん返り、幼児返りするのは自然なことです。
それがヒトの、人間の自然な発達の流れですから。
同じようなご相談が続きましたので、みなさんにお話ししていることを記事にしてみました。

2018年8月29日水曜日

障害受容ってする必要ある??

「私、障害受容ができていないんです」と言われる親御さんには、「それは良かったです。治るための手数が一つ減りました」と言っています。
治るためには、障害受容など必要ありません。
むしろ、足かせになったり、治り切るのを阻害する要因になってしまいます。


そもそも「障害受容」という言葉はどうして生まれたのでしょうか。
誰のためになる言葉なのでしょうか。
「私、障害受容できています」という人に限って、心の底では障害を受け入れることができず、自分に言い聞かすように、いや、自分自身を洗脳するために使っていたりします。


支援者も「障害受容」という言葉をよく用いますが、その意味するところは
障害受容できている親=自分が行う支援の方針に従う親
障害受容できていない親=自分が行う支援の方針に従わない親、支援よりも育てるを重視する親、治そうとする親
がほとんどです。
つまり、端的に言えば、自分の言うことを聞きやすい従順な親かどうか、なのです。
「お母さん、全然わかってないね」と直接的な表現をする代わりに、「障害受容することが大事ですよ、お母さん」と言っているだけ。


私は、「障害を受容しちゃってどうするの」と率直に思います。
障害はその名の通り、その子の能力、生活、選択肢の障害になっている部分なので、そのままにしちゃだめでしょ、と思います。
本人が生きづらさを感じている部分を、「それが障害ね。私は受け入れるわ」と言ったら、誰がその子の生きづらさを解いていくのか。
誰がその子の発達のヌケを育てていくのか、わかりません。


受容したことで、障害を含めて「その子」みたいな感じになり、結果的に育てるよりも、見守る、介護する、という方向へ流れていきます。
これって、本人のためにならないでしょ、「生きづらいのも、あなた」みたいな感じって。
じゃあ、誰が得をする言葉か、誰のための言葉か、と言ったら、本人以外の人が妥協するための言葉。
「何もできないのではなく、何もしないのではなく、私はちゃんと障害を受容しているの」
「障害受容」という言葉は、自立してほしいと願う親心に覆いかぶさる蓑であり、支援者が思いのままにコントロールしたいという本心を隠す笠なのです。


一度は通る「障害受容」という響きの中。
これは「治そう」「治ってほしい」と願い、日々育てている親御さんも同じこと。
もともと持っていた「治ってほしい」「自立してほしい」という想いを、「障害受容できていないダメな親」という言葉を使って、自分を何度も何度も傷つけ、ようやく飲みこんだ。
そういった親御さん程、お子さんが治り切るラインをまたごうとすると、揺らぎ始めます。
目の前に、自分も望んでいた治るがあるのに、心がざわつき、ラインを超えそうな我が子の手を掴んでしまう、といった感じです。


お子さんが治り切らないケースを見ていますと、最後の最後で親御さんが治るを阻んでいることがあります。
それは実際に、発達援助を止めるですとか、妨害するということではありません。
治り切らない子の側に、障害児として見ている目がある、ということです。
その目が、子どもに伝わり、そして治るラインの手前で立ち止まってしまう。


子ども達と日々、接していますと、自分が普通の子として見られているか、障害を持っている子として見られているか、どの子もわかっています。
だから、いくら生きづらさがなくなり、自分で大丈夫だ、治ったと思っても、その周囲の目がメッセージを伝えてくるのです。
「いや、治っていないよ。障害児のままだよ。ただ状態が良くなっただけ」
そういったメッセージが、僕は一人の人として治ったのではなく、障害児として治った、という想いと繋げてしまう。


「障害受容できていない」のではなく、それは親としての本心であり、本能、自然な願いと感情だったのに、自分を何度も傷つけ、障害をひっくるめて我が子の姿と無理やり飲みこんだ。
そのため、我が子の障害の部分が育ち、治ったではなく、障害児の息子が治った、という意識が残り続ける。
この意識の違いが、最後の最後で治り切るかどうかを分ける、と私は考えています。
障害児として見られている自分を知っている子は、社会や生活、人生の中で揺らぎが起きたとき、障害児に戻ろうとする。


ここ数か月間、発達的には治ったのに、障害児の雰囲気を出している子ども達の存在について考えていました。
そこで出た答えが、この「障害児として見る目」でした。
そして、この問題の根を辿っていくと、着いたのが、「障害受容」という言葉。
「障害受容」という言葉が、障害を固定化し、「障害=我が子」という認識を作り上げていくのだと思いました。


親御さんの中には、明らかに障害があるのに、「うちの子には障害はない」と言う人もいます。
こういった親御さんに対し、周囲の人は「障害受容ができていない親」「そこの子はかわいそうな子」という声が上がります。
でも、見方を変えれば、「障害=我が子」という認識を持ちたくない、という表れにも感じます。
この親御さんに必要なことがあるとすれば、それは我が子をしっかり見る目だといえます。
「障害=我が子」と見ていない目があるのですから、必要なのは障害となっている部分を見る目であり、その根っこを辿る根気強さでしょう。


私は「発達援助」という言葉と出会い、治るを肌身で知ることができました。
そして、私が関われた方達の中からも、治っていった人達が増えました。
そこで初めて、治った人と治り切った人がいると気が付いたのです。
治り切った人は、障害が部分でした。
治った人は、障害を持った人が治った、でした。


私は、常々、「障害者として生きるのではなく、一人の人として生きて」と伝えています。
世の中では、障害者、障害児と呼ばれているけれども、〇〇さんは、みんなと同じ時代、社会で生きる一人の人。
あったのは、発達のヌケや課題、未発達の部分。
だから、そこを育て直すというだけの話。
〇〇さんが、今よりも生きやすくなって、自分の資質を磨き、社会の中で活かしていけるように治していく。


「私、障害受容できていませんし、するつもりもありませーん」と明るくおっしゃっていた親御さんがいました。
この親御さんのお子さんは、発達のヌケが育ち、埋まったあと、あっという間に治るのラインを駆け抜けて行き、同世代の子ども達の世界に溶け込んでいきました。
だから私は、「障害受容できていないんです」と言われる親御さんにこう言います。
「発達のヌケが埋まったら、あっという間に治っていく子ですね」と。

2018年8月28日火曜日

「自分が関わっていない時間は成長も、発達もない」という思いこみ

北海道はすでに2学期が始まっていますが、本州でも昨日から2学期が始まったところがあるそうですね。
有難いことに、お子さんの夏休みの変化、成長を伝えてくださるメールがたくさん届いています。
学校から離れ、とことん発達と向き合える1ヶ月は、子どもにとっても、家族にとっても、貴重な時間になったと感じます。
あちらこちらで、発達の「ドカン!」が起きているようです。


夏休みは、子どもの心身に発達する余白を与えるとともに、多忙な先生方にも余裕を生みます。
ですから、2学期の先生というのはエネルギーとやる気に満ちています。
で、特に熱心な先生は、夏休みの研修で得た知識や成果を子どもに還元しようとする。
この姿勢自体は、素晴らしいことなのですが、得てきた成果によっては、先生と生徒の間でギャップを生むこともあります。


たくさん遊び、たくさん心身を動かし、発達と向き合った子ども達にとっては、夏休み前後で、発達自体が変わっているのです。
ですから、2学期の始まりは、その子の発達を確認し、そこから指導を組み立てていく必要があります。
必要だった支援が、必要ではなくなっていることもある。
支援の形態を、よりナチュラルな形態へと変える必要性も出てくる。
そこに、夏休み中、特別支援を学んだ先生が、「さあ、やってやるぞ」と待ち構えていたら溝ができていくのです。


2学期の始まりは、このギャップに悩む親御さんが多いです。
夏休み中、発達のヌケを育て直し、中には「ドカン」と発達した子どもさんもいる。
だけれども、2学期が始まってみれば、1学期の延長だったり、「ドカン」が来る前の子どもの状態から教育内容が組み立てられたり…ということが。
そこで親御さんが、「こんな風に変わりました。成長しました」と伝えても、共感してくれるが、指導の内容は変わらない、特別支援のまま。


これは学校の先生に限らず、支援者というのは、家庭での成果、成長を認めたくないもの。
だって、愛着障害を持っている支援者というのは、「ぼくが いなくても だいじょうぶ っていわないで」と潜在的に思っているから。
また、これに関連して、「学んだことを実践したい」という想いは、「より良い支援ができるようになった僕は、これまで以上に、いろんな人から必要とされるはず、もっともっと必要としてくれる」という本心が隠れているから。


こういった支援者が、「自分が関わっていない時間は成長も、発達もない」という認識を持ち、夏休みの流れを切ってしまいます。
本人や親御さんが、2学期が始まると、それまでの教育、支援に違和感を感じるのは、このためです。
発達は日々起きていますし、途切れることなく流れているものです。
夏休みを切り落とし、1学期と2学期を繋げてしまうと、加速した流れが分断されてしまいます。
残念ですが、夏休みでついた勢いがしぼんでしまう、学校の中に反映されていかない、という子ども達は少なくないように感じます。


今日は、先生をメインに書いてしまいましたが、「自分が関わっていない時間は成長も、発達もない」というのは、先生と支援者の間でも溝を作ることがあります。
コンサルテーションと言って、何か月かに1回、学校に来る支援者がいる。
支援者は、いかに自分が専門知識を持っているかを披露して帰っていく。


で、私のところに学校の先生から相談が来て…
「子どもの実態に合わないことを指示してくる」
「親御さんが、学校よりも支援者に重きをおいているから、やらないとクレームがくる」
「でも、やっても、当然、子どもはできないし、効果が出ない」
「効果が出ないと、『先生のやり方が悪い』と言われ、次回のコンサルテーションの時期を早めましょうとなる or 親御さんが個人的に支援者と連絡を取り合って、どんどんチグハグになっていく」
という最悪なパターンが出来上がります。


専門家だと自負している支援者は、自分が一番だし、専門性を持っていると思っているものです。
だから、「私が関わると効果がある」「関わらないと、できないだろうし、効果がないのは、その支援者の腕が悪いから」と捉える傾向があります。
ですから、学校の先生と支援者の間でも、「自分が関わっていない時間は成長も、発達もない」問題が起きるのです。


こういった相談が先生たちからくると、「学校での子どもの姿、成長を一番側で見ているのは先生でしょ」「介護をするために、先生になったわけじゃないでしょ」と伝えます。
コーディネーターか、専門家かわかりませんが、数か月に1回、しかも短時間しか見ていないような人間の意見に負けてどうする、ちゃんと意見や考えが述べられなくてどうする、と私は思います。
せっかく教員免許をとり、教員試験に受かり、志を持って教壇に上がっているのなら、子どもと子どもの成長のために闘わないでどうするのでしょうか。


コンサルテーションも、学校の指導も、“間(ま)”ができます。
コンサルテーションとコンサルテーションの間には、数か月があり、学校にも、休日と家庭生活があります。
だから、支援者というのは、間を埋めなければなりません。
そのために、発達の流れ、受精から現在に至る一人ひとりの物語を掴んでおく必要があるのです。


一方で、家族には、間のつなぎ目がほとんどありません。
本人に至っては、間ができるはずはなく、流れに乗り続けています。
ですから、本人が流れの中で感じている主観が一番的確な答えであり、家族の感覚が支援者よりも優先されるべきだと思います。
私が「家族の中でこそ、発達が育まれる」と言っているのは、発達の流れを分断することなく、流れに沿って発達とその後押しができるからです。


不登校の記事でも書きましたが、知識や技能を得る、バリエーションのある刺激を受ける、自立するための基礎を養うには、学校が最適な場所だと思います。
でも、発達を考えると、そうは思いません。
やはり発達の舞台は、家庭生活であり、家族との営みの中。
発達の時間は、言語を獲得する前、勉強をする前だと思います。


だからこそ、2学期の教育内容に違和感を感じた親御さんは、夏休みの中で、どういった発達、変化があったのかを伝え、それに伴った学習の変化を求められると良いと思います。
ただその前に、私が学校に求めようとしているのは、学習の部分なのか、発達の部分なのか、整理されるのが良いです。


時々、学校に対して、発達を求めている方がいます。
もちろん、学校でも発達が促されれば良いのですが、やっぱり学校のメインは学習だと思います。
でも、発達のヌケを育て直し、埋めていくのは、発達の流れを掴んでおかないといけませんので、子どもの人生の、生活の部分にしか関わらない人間に、それを求めるのは違うような気がします。
なので、当然、私も、発達のヌケの確認と育てるアイディア、発達の流れと掴み方をお伝えするだけで、発達のヌケの育て直しはやってませんし、できません。


発達は家庭で担い、学習は学校で担う。
これが自然で、良い形だと思います。
ここに「支援機関」が入っていないのがミソです(笑)

2018年8月26日日曜日

「気づく前に治っている」という理想を追い求めて

私が訪問すると、毎回、「僕、治った?」と訊いてくる子がいました。
その言葉を合図に、私は「どれどれ」と言って、発達の進み具合を確認します。
「ここは育ったね」「ここはもう少し頑張る必要があるね」と私が受けた印象を伝えると、「僕も、そう思ってた」と言って、その日のレッスンが始まります。
そして、次回までに頑張ることを確認し、お別れするというのを続けました。


ある日、訪問しても、「僕、治った?」と言ってこないことがありました。
そのときは、「別に話したいことがあるんだな」と思いましたが、同時に「もしかしたら」とも思いました。
玄関を開けて、顔を合わせた瞬間、雰囲気がガラッと変わっていたのです。
そうです、発達のヌケが埋まり、その子の本来の歩みが始まっていたのです。
私は一通り確認したあと、こう言いました。
「もう教えることなくなっちゃった」


「治るとは、どういう状態のことを指すのか?」と尋ねられることがあります。
つまんない言い方をすれば、「症状の程度や頻度が減り、生活に支障がないくらいになった状態」でしょう。
でも、治るって、言葉で表現できないというか、言葉で表現できているうちはまだ治っていないような気がします。
「ああ、この人は治ったな」と思う方達にお会いしてきましたが、言葉じゃなくて、雰囲気なんです。


「これができるようになり、ここがだいたいこのくらいまで育っているから、治った」なんてことはありません。
発達のヌケが埋まったかどうかも、状態の確認は行いますが、それよりも本人が育て直す動き、活動をやらなくなった、心地良く感じなくなった、などを重視します。
「〇〇ができるようになったから、治った」
「〇〇という症状がこのくらいの頻度でしか表れなくなったから、治った」
というようなモノサシはないと思ってます。


ですから私は「治った」を雰囲気で感じますし、「治った」とは本人の主観だと考えています。
本人が「治った」と感じれば、治ったんだと思います。
「ああ、私はずっと〇〇という症状に苦しめられていたけれども、それに苦しめられることはない」
「今の私はラクに生きられている」と感じられれば、それは治った状態だと思います。


時々、治った人に出会ったことがない人が「全然、治ってないから」「発達障害は、そもそも治るもんじゃないから」と、自分のモノサシで判断してくることがあります。
しかし、本人の主観と、他人のモノサシ、どちらが本人の状態に近くて、どちらが本人をより良い明日へ向かわす原動力になるのでしょうか。
私は、本人の主観こそが尊いと思います。
発達援助とは、発達のヌケや遅れを育て直す後押しをする行為ではありますが、その目的は、特定の行動ができるようになることでも、特定の症状をゼロにすることでもなく、本人がラクになり、そして前向きに人生を歩めるようになることですから。


自分が治ったかどうか、尋ねてくる方は少なくありません。
でも、尋ねてくるうちは、治っていないと感じます。
「自分は治ったような気がする」
「私は治ったと思う」
というような実感が持てれば、治った状態に入ったと思います。
しかし、それでも、まだ「治り切った」には入っていません。


治り切った人というのは、「治った」と実感する状態を抜けた人だと感じます。
別の言い方をすれば、主観にすら入ってこない状態。
私が治った雰囲気を感じる人は、みなさん、「治る」を忘れている人であり、「治る」がその人の生活の中に入ってこない人。
冒頭のお子さんのように、「治った?」と訊かなくなるのが、治り切っただと思います。


そもそも「治る」「治らない」を話題にすること自体が間違っていると思います。
支援する対象は、本人の内側にある生きづらさ、発達のヌケだから。
本人が生きやすくなって、ラクになって、自分の目標とより良い人生のために「頑張ろう」という活力が出てきたら、それで十分。
本人の主観が喜び、伸びやかになれば良いのです。
そこに外部の思惑が乗っかってくるから、話がややこしくなる。
本人の主観を「障害」や「生きづらさ」「特別支援」から解き放ち、主観を開放することこそが「治る」です。


幼い子ども達の内側には、「障害」という概念も、「治る治らない」という概念も、感じません。
伝わってくるのは、「今よりもラクになりたい」という想いであり、伸びていきたいというエネルギーの鼓動です。
なので、概念を植え付けられる前に、そのまま気づくことなく、治ってほしいと願っています。
幼い子ども達との関わりを通して、「気づく前に治っている」という理想を見ます。


「治った」と実感できること。
「治った」と実感すること自体を忘れてしまうこと。
これが治り切る。
そして、主観が「障害」や「治る治らない」と出会う前に、治ってしまっていることが理想です。
私は、この理想を求め、日々、特別支援の匂いのしない、残らない発達援助を目指しています。

2018年8月25日土曜日

不登校と発達障害、不登校と特別支援

不登校中である発達障害の子の親御さんからの相談も、結構な頻度でいただきます。
あっ、正確に言うと、「発達障害の子が不登校になった」というよりは、「不登校になったから、発達障害の診断を受けて、発達障害になった子」ですかね。


というのも、最初から発達障害の診断を受けている子は、普通学級に適応できなくなると、すぐに支援学級が勧められますし、支援学級では、そこまで登校を刺激されませんし、そもそも個別対応が主ですし…。
なので、支援学級に通えなくなる子は少ないですし、普通学級で不登校よりも切迫感が少ない気がします。


発達障害で悩まれる方が最初、公的な支援機関へ足が向かうように、不登校の子の場合も、最初は公的な機関、不登校メインの機関に足が向かいます。
そして、そこで答えが見つからないために、私のようなところにいらっしゃいます。


私のところにくる不登校を相談される方は、100%このように仰います。
「不登校関係のところに行くと、『受容しなさい』、『今は休みなさい』としか言われない。それでは解決しないし、問題もそこじゃないと思うんです」と。


不登校のきっかけは、イジメなど、様々あると思います。
しかし、不登校の原因は、外にではなく、本人の内側にあるはずです。
何故なら、同じ条件、きっかけになるような出来事があったとしても、みんながみんな、不登校にならないからです。
不登校になる子とならない子がいるのなら、その違いは個人の違いだといえます。


このように言うと、「本人が弱いと言うのか」「ただでも傷ついている子を、さらに苦しめるのか」などと批判を受けます。
酷いレベルのイジメに関しては、どの子も行けなくなりますし、心身に大きなダメージを与えるものなので「個人が」とは言いませんが、それ以外は個人に起因すると考えています。


不登校になる子の多くは、きっかけになる出来事の前から生きづらさを抱えています。
もともと学校に行くのが、授業を受けるのがしんどかったり、人付き合いが苦手。
勉強が遅れていたり、ついていけなかったり、そもそも登校する前の家庭生活で乱れがあったり…。
そして「きっかけが不明確」「学校に行けない理由がわからない」という子も、少なくありません。


イジメは、加害者が100%悪いといえます。
でも、このように不登校になる原因は、個人の側に存在しています。
だったら、不登校をいくら受容しようが、肯定しようが、生きづらさは変わりません。
理由が分からないというのは、言語以前の発達段階のやり残しと考えられるので、そこを育て直す必要があるのです。
つまり、ここでも言語、大脳皮質に向けたアプローチではなく、言語以前へのアプローチ、育てるということが大事なのだといえます。


特別支援の世界と同じで、受容と理解で仕事が成り立つのなら、支援者など必要はありません。
ですから、不登校で相談に来られる方に対しても、その子の受精から現在に至るストーリーを見ながら、発達のヌケを確認していきます。
そうすると、発達のヌケが見つかるもので、そこを育てなおしていくと、生きづらさが薄れていき、もう一回頑張ろう、挑戦しようと動き始めます。


同じ学校に戻っていた子もいますし、別の学校、道へ進んだ子もいます。
発達のヌケが埋まると、心身が動き始めるのは当然です。
発達が前へ前へと進むものなのですから、人の身体も、心も、連動して同じように動き始めるのです。
反対に、いつまでも発達のヌケが埋まらず、生きづらさ、発達課題が残ったままですと、たとえ別の道に進むことができたとしても、何らかのきっかけで不登校と同じような状況に陥りやすいといえます。


特別支援のアプローチと同じで、「ありのままで」は、急場しのぎであって、根本解決になりません。
それに長期的に見れば、不登校の状態を続けることはマイナス面が大きいと考えられます。
刺激の制限、刺激のマンネリ化があるからです。
神経発達が盛んな時期に、刺激のバリエーションが乏しく、同じような刺激、少ない刺激の中で過ごすと、どうでしょうか。
勉強は家でも、いつからでも取り戻せますが、神経発達が子ども時代ほど、盛んな時期はもう戻ってきません。


学校は勉強がメインですが、それ以外にも、多くの発達、成長につながる機会でもあります。
ただ単に、情報と知識を得るだけでしたら、同じ時間に、同じ場所に集まって勉強する必要、意義はありません。
しかし、学校は通うこと自体に心身を育て、生活の土台を築く力がありますし、何よりも刺激のバリエーションが多く、複雑です。
同じような刺激を学校以外で作ろうと思えば、大変な労力がいるものです。


よく「ゲームすることを否定しない」と言う人がいますが、目と身体の一部しか使わない活動を長時間やり続けることのマイナス面を考えないのか、敢えて言わないようにしているのか、と疑問に思います。
あれだけ強烈な視覚的刺激を、単一な刺激を入れ続けると、ヒトはどうなるか。
ただでも発達に遅れがある子、デコボコがある子が、強くて単一的な刺激を入れ続ければ、デコボコが大きくなるに決まっています。
現実を忘れ、誰かと繋がれるというポジティブな面もありますが、同時にネガティブな面もある。
どちらか一方だけの情報を伝えるというのは、その伝える人の意図が乗っかっていると言われても仕方がないと思います。


著名人を起用し、「不登校は不幸じゃない」キャンペーンが行われています。
でも、著名人の発言を見てみると、不登校は不幸じゃないと言っているけれども、何もしない状態を良しとはしていない、肯定しているわけではないことがわかります。
学校以外の学ぶ場所がある、学校だけが唯一の価値観ではない、と言っています。
第一、その著名人たちの現在と歩みを見れば、ただ単に家にいたわけではない、学校の勉強はしなかったかもしれないが、それ以外の場所で発達、成長していたことがわかります。
その著名人たちは、決して棚ぼたがあった人達ではありません。
「自分も待っていれば、棚ぼたがある」というのは、勘違い。


不登校の方達の相談が増える中で、不登校の世界を見聞きしていくと、特別支援のギョーカイと似ているなと感じます。
違うのは、不登校支援をしている人達の多くが特別支援でいうところの支援者ではなくて、当事者ということ。
そして特別支援でいうところの支援者は、私立の学校や塾ギョーカイの人達。
当事者の人が多い分、特別支援ギョーカイのような金、金はしていませんが、私怨と自己治療が充満している印象です。


いずれにせよ、受容と理解では課題は解決しませんし、「ありのままで」では時間が流れていくばかり。
「ありのままで」は、救いの手を差し伸べているようで、自分たちの世界へと引っ張っているようにも思えます。


学校がすべてじゃないのは、学校に通っている子ども達も同じこと。
しかし、神経発達が盛んな時期に、バリエーションのある刺激の中に行かないこと、通うという自立する上で基本的な力を養わないことの差は大きい。
だからこそ、発達のヌケを育て、学校に通える身体にしておくことは大事。
それは学校に行く、行かないに関わらず、人生を見据えた上で。


不登校状態を受け止め、理解してくれた人達も、神経発達が盛んな時期、時間を巻き戻し、与えてくれることはできないし、一生涯を丸抱えしてくれるわけではありません。
学校を批判しても、生きづらさはなくならない。
日本の教育制度を批判しても、不登校につながった発達課題の根っこを掴むことはできない。
子ども達は、不登校を認めて欲しいんじゃなく、根本的な生きづらさを解決してほしいというメッセージを日々、私は感じています。

2018年8月23日木曜日

治り切るを妨げていたものは…

今朝、きみか先生が言っていたように、人間、仕事とか、生きがいとか、誰かのためになっているという実感とかが、生きる力の源だと思いますね。
病気だからといって、いつまで経っても病人扱いするのは、「病人」というキャラクターを作ることになる。
お年寄りに「もう年だから」と言うのは、老化を加速させるだけ。
山口の行方不明になった子を見つけた男性は、元気な足腰があったから見つけられたのではなく、「誰かの役にたちたい」という想いが活力を生み、行動として表れたのだと思います。


障害があるからといって、障害者扱いをするから、「障害者」というキャラクターが出来上がり、無理をさせない、頑張らせないという姿勢が、生きる力を奪っていく。
私は、子ども達には家庭の中での役割を、若者たちには地域の中での活動を、大人になった人達には社会の中で働くことを勧めています。
「自分が誰かの役になっている」という実感は生きる力につながります。
そういった意味で、社会には人を癒し、発達、成長を促す力があるのだと思います。


発達のヌケが埋まり、治った人達が最後に通る道があります。
それは「発達障害」というラベルを剥がすこと。
支援グッズ、連絡ノート、支援者とのお別れ。


家族の後押しによって、発達のヌケを育て直し、「もう治ったね」と言えるくらいの状態までになった子がいました。
本人も、「もう配慮も、支援もいらない」と言っていました。
そこで私が関わるのを止めたのですが、このくらいで治り切るだろう、本来持っていた発達の流れに戻っただろうという時期になっても、治り切らないし、グラついている。
発達に後戻りはないので、何か治り切る力を押し返しているものがあるのではと思い、再び訪問したのです。


お宅に訪問し、すぐにその原因がわかりました。
治り切るを押し返していたのは、支援グッズだったのです。
この子は、長い間、特別支援を受けていて、私が初めて訪問したときには、家中、支援グッズで溢れていたのです。
当然、必要なものは残しつつも、役割を終えた支援グッズは取り外していくようにお願いしていました。
本人の発達、成長と共に、支援グッズは減っていき、徐々に自然な部屋に変わっていきました。


「もう大丈夫です」と言って支援を終了したときに残っていた支援グッズが、再び訪問したときにも残っていたのです。
親御さんに理由を尋ねることはしませんでしたが、本人に「この支援グッズを見てどう思う?」と尋ねました。
すると、本人は一言「気持ちが悪い」と言ったのです。


この子は、自分でも自信をつけ、「もう大丈夫です」と言う子でした。
でも、部屋にあるその最後に残った支援グッズを見るたびに思い出すそうです、生きづらかった自分、障害者として見られていた自分を。
そして、そのたびに気持ちが落ち込み、結果として治り切るをストップさせる要因になっていた。
発達が満たされると、それまでやっていた遊びや運動をまったくしなくなったり、「気持ちよくない」「もうやりたくない」という気持ちになったりすることがあります。
それと同じで、必要のなくなった支援グッズに対し、思いや見え方が変わってくることもあるように感じます。


最後に残った支援グッズを外すように、親御さんに提案しました。
そのあと、すぐに実行していただき、ほどなく本人の気持ちの揺らぎがなくなりました。
そして、そのまま順調に発達、成長の流れに乗っていったのです。
このような経験から、ちゃんと障害名や特別支援とお別れすることも、治り切るには大事な儀式であり、通過儀礼のようなものだと考えるようになりました。


治った方たちからは、「日常生活で障害を意識しない、意識することなく生活できている状態が治った」というお話を聞きました。
私も、本当にその通りだと思います。
発達的に言えば、ちゃんと埋まり、もう治っているはずなのに、という方が、治る手前で行ったり来たりしていることがあります。
そのような人を見ると、障害や過去を連想するものが側にあったり、定期的な支援者との関わりがあったりします。


当然、完全に切ってしまわない方が良い状態の人もいるでしょうが、治るに関して言えば、完全にお別れするのが良いと思います。
そして社会に出て、同世代の人達と同じような環境、人間関係を新しく築いていった方がしっかり治っていくし、そのあとの成長に繋がると感じます。


必要のない支援グッズや支援、支援者を減らしていくのは、刺激を減らし、心身の余裕を生むと同時に、自然な環境、新しい世界に飛び立つ準備、助走を始めることだと考えています。
ですから、私の支援、関わりは、極力回数を減らすことが大事であり、私の余韻を残さないようにするのが重要なのです。


ある一般就労している若者が、「未だに学校の先生がやってくる」と怒っていました。
小さな街ですので、そのお店を支援の先生が利用することもあるでしょう。
でも、ちゃんとこうして一般就労し、普通の人として何年も働いているのに、「支援学校の〇〇ちゃん」としてやってきて、話しかけてくるのが許せないそうです。
学校の先生というのは、卒業後も先生で、プライベートも先生という人が少なくないような気がします。
学生時代は、特別な支援が必要だった子かもしれないし、あなたの教え子だったかもしれない。
でも、卒業し、社会人として働いているのだから、一般の人同士で接する必要があると思います。


愛着障害を抱える支援者というのは、いつまで経っても支援者でいようとし、いつまで経っても生徒、利用者から離れられないものです。
支援グッズも、配慮&支援も、支援者も、必要なときに利用するもので、あとは気持ちよく捨てていくものだと思います。
それが、本当の意味での「自立する」ということですから。


「支援を受けながら自立する」という矛盾した言葉同士をくっつけちゃうのは、どうにかこうにか続けさせたい、という想いから生まれた寂しいアイディア。
自立や治るためのプロセスには支援が必要であっても、ゴールテープを切る瞬間には必要がないもの。
別の言い方をすれば、支援が必要だと思っている限り、自立も、治るも、ないということなのだと思います。

2018年8月22日水曜日

理由が分からない生きづらさの根っこを探しに行く

この仕事をするようになって、世の中には、こんなにも生きづらさを抱えている人がいるんだ、と思うようになりました。
「学校に行けない」「仕事が続かない」「対人関係がうまくいかない」というような実生活での躓きからの生きづらさ。
過去のいじめや失敗経験からの生きづらさ。
聴覚過敏や疲れやすい身体、片づけられない、順序立てて物事が行えないような特性からくる生きづらさ。


このように、自らで生きづらさの端を掴んでやってこられる人がいる一方で、なんとなく生きづらさを抱えている人、理由が分からないけれども生きづらい人がいます。
上記のように、ご自身で生きづらさを掴まれている人は、その口調に苦しさがにじみ出ていますが、言葉が流れていきます。
そして語られていることと、目の前の姿が一致します。
しかし、「なんとなく」ですとか、「理由がわからない」という人は、たとえ自分ではこう思います、と論理的に説明していても、理由が伝わってこないのです。
本人や家族が説明した通りの部分に、発達課題を見つけようとしても、見つからないことが多いのです。


この夏、集中的に関わったお子さんは、自分の気持ちを話さなければならない場面になると、しゃべられなくなり、涙が止まらなくなります。
幼少期、言葉の遅れがあったために、発達障害の診断を受け、この自分の気持ちがしゃべられなくなるのも、言語発達の遅れや求められていることを想像する力の障害として見立てられ、お決まりの視覚支援とSSTで支援されていました。
でも、一向に良くならないし、変わっていかない。
それで、私のところに依頼がきたわけです。


親御さんは、支援者の言う通りに「障害からくるもので」と説明されていました。
でも、挨拶や雑談、質問には自然な反応が返ってくるし、足の親指やふくらはぎの発達に問題はなさそう。
会話の中に概念が出てきましたし、学校の勉強も遅れがない。
だから私は、障害特性ではないと思ったんです。
そして、その見立ては、この子の発言から決定的になりました。
私が「どうして、自分の気持ちを話そうとしても、言葉が出てこないんだろう?」と尋ねると、「わからない」と返ってきたのです。


「生きづらさの理由が分からない」と言われる人は、子どもに限らず、大人でもいます。
お子さんの発達援助で伺ったけれども、親御さんが言葉にできない生きづらさを抱えていた、なんてことは珍しくありません。
子どもの場合、また知的障害を持った人の場合、表現や論理的な思考などに制限があって、ということもありますが、ほとんどの場合は、本当に「分からない」という人ばかりです。


この「分からない」という言葉を聞いて、心理系の人は「過去の心の傷を自らで記憶の外に追いやっているのでは」と言いがちですし、特別支援系の人は「言語の遅れ」「想像する力の障害」と言いがちです。
もちろん、そういったケースもあると思います。
でも、私が出会ってきた方達は、上記の見立てに当てはまらないし、その見立てで支援をしようとしても、うまくいかないことが多かったです。
本人の受精から今までのストーリーから見ると、私の中では違和感を感じ、流れから外れた感じがします。


私は「分からない」という言葉を聞いて、こんな連想をします。
「分からない」というのは、言葉にできないということ。
つまり、言葉を獲得する前の段階に、発達のヌケがあるのではないだろうか、と。


言葉にならない不安、生きづらさを抱えている人の多くは、発達のごく初期に課題、やり残しがあるように感じます。
夏休みに関わった子も、生きづらさの根っこは胎児のときの発達にありました。
「もしかして、お子さんがお腹にいたとき…」と言うか言わないかのうちに、親御さんから言葉と感情が溢れ出ていました。


生きづらさの根っこを掴むことができたので、あとはそのときのやり残しの育て直しを行いました。
発達課題は、発達のヌケは、いつからでもやりなおせる、育て直せるが原則ですから。
夏休みの間、毎日コツコツと親子で育まれた結果、少しずつ気持ち、要求、欲求に関する言葉が出せるようになり、それに伴う不安感も減ってきたそうです。


「なぜ、学校に行けないんだろう?」
「なぜ、他人と顔を合わせると、逃げ出したくなるんだろう?」
「なぜ、お子さんが失敗しそうになると、苦しくなるのだろう?」
「なぜ、子どもの泣き声を聞くと、涙が出るのだろう?」
理由が分からない生きづらさというものがあります。
そんなときは、言葉にできない生きづらさであり、言葉を獲得する前の段階、時期に何かやり残しがあるのではないだろうか、と想像するのも良いかもしれません。


もちろん、目の前の人の状態や発達段階をしっかり見てから判断する必要がありますし、当然、受精から出産、現在に至るストーリー、流れを捕まえておくことも大事です。
それでも、本人が意識しているところ、表現し、説明している内容を聞いて違和感を感じたら、言語以前、意識が芽生える前の段階に、根っこを探しに行く必要があると思います。
「理由が分からない」というのは、それ自体が答えだったりするのです。

2018年8月21日火曜日

目の前にいるのは「重度の自閉症」ではない

先日、お話しさせていただいた成人の方達の支援をしている方が、こんなことを仰っていました。
「一人ひとりがよく見えるようになった」
「何かやりようがあると思えるようになってきた」
と。
お話をした前後で、顔が明るくなり、前向きな発言と態度が出るようになっていたので、私も嬉しい気持ちになりました。


「重度の障害者」というのは、その人を表す言葉ではありません。
記号であり、便利で効率的にするための言葉です。
一人の人を正確に、かつ具体的に表現することは不可能です。
身長が、年齢が、性別がとなり、どんな性格で、どんな能力があり、どんな課題があり、運動面は、感覚面は、学習能力は、今までの経験は・・・。
その個人を構成する要素は無限にあり、いつまで経っても、その人を正確に表現することはできません。
同じ「自閉症」「重度」「行動障害」の人であったとしても、その背景は一人として同じではないのです。
だから、便宜上、「重度の障害者」「自閉症」「発達障害」などと表現し、その大枠の情報だけが必要で、利用している人同士が効率よくコミュニケーションできるように使っている言葉だといえます。


こういった個人を特定するわけではなく、大枠を伝えるための言葉は、その存在を知らない人たちに紹介するために、サービスを利用するための必要なグループ分けをするために、統計や制度作成、運用に利用する目安を得るために用いられたものでした。
しかし、いつの間にか、直接的な支援を行う者たちのところまで浸食し、今となっては、その違和感すら感じない人たちが多くなってしまいました。
便利に、効率的にするための言葉が、支援に用いられるようになってしまったのです。


「重度の人だから、自立は無理だ。できるのは介助しかない」
「自閉症の人だから、環境調整と視覚支援だ」
「行動障害には、薬と賞罰で行動を変えさせる」
「発達障害は生まれつきの障害だから治らない、一生支援を受け続ける」
インスタントに伝えあうための言葉が、インスタントな支援を生みました。
最初は便宜上、また必要な場面で限定的に使うために人間が生んだ言葉が、人間を食ってしまったのです。
生みだした言葉にコントロールされる人、その人に直接支援を受ける本人たちの生活、人生はインスタントラーメンのような消費のされ方になってしまいました。


特別支援の過ちは、注目を集めるために生みだした言葉に、いつの間にか自分たちが踊らされるようになったこと。
本来、人と人との関わりは原始的なものであり、人を育てるとは非効率的な営みであるはずなのに、工場で作られる製品のような効率重視の仕事にしてしまったのです。
本人とその家族を流れ作業のように、右から左へ流していく。
少ない労力とお金で、より多くの利益を上げようとする。


「ああ、アスペルガーの診断受けてるんですね。じゃあ、障害者枠ではこんな仕事があって、福祉的就労なら、こことここの事業所が利用できますね」と流していく就労支援。
一箇所に利用者を集めて、決められた時間まで怪我がないことだけを目指す児童デイ。
100均で集めてきた材料を使って授業を行い、そこでできた製品を行事のときに売って、「はい、作業学習ね」「はい、キャリア教育」と言ってしまえる学校。


目の前に「重度の自閉症の人がいる」と思えば、支援者の手は止まってしまうのです。
熱意のある人ほど、動きたいけれども動けない、何から手をつければ良いか分からない、という状態にもがき苦しみます。
冒頭のお話しさせていただいた方も、そんな方でした。
でも、目の前にいるのが「発達のヌケがある人」だとしたらどうでしょうか。
「重度の自閉症の人」よりも、動きが生まれてきます。


では、もっと部分的に、具体的に見ていくと、どうでしょう。
「汗がかきづらい人」
汗がかけるようになるにはどうしたらよいだろう、そもそも汗をかくって、どういうことだろう、と連想が浮かんできます。
「足の親指が使えていない人」
足の親指を使う遊び、活動はないかな、足の指がうまく使えないということは、ちゃんと寝返り運動ができていたのだろうか、と想像が連なってきます。
「発達にヌケている部分があるなら、そこを育て直そう」
「未発達の部分があるのなら、そこを育てていこう」
そんな風に見ていくと、目の前にいるのは、重度の自閉症者ではなく、私たちと同じ一人の人に見えてきます。
一人の人として自分の目にその姿が映るのなら、何かできることが見えてきますし、共に育て合おうという自然な交流が生まれてきます。


部分的に、より具体的に見えるようになるためには、基本となるヒトを学ばなければなりません。
でも、その前段階として、「重度の障害」も、「自閉症」も、伝え合うための効率化された言葉という認識を持つのが大事だと思います。


このように偉そうに言っている私も、学生時代は、施設で働く前は、冒頭の支援者のように、目の前に自閉症者がいて、行動障害を持つ人がいる、としか見えていませんでした。
自分とは別の人達と思っていた時期もありました。
でも、こういった大事なことに気づかせてもらったのは、寝食を共にした施設で暮らしていた子ども達。
言葉がない子も、寝たあとは寝言を言うし、お母さんと別れるときは涙を流して、服の袖を掴んでいる。
そういった姿を見て、私は自閉症者を支援しているのではなく、一人の人を支援しているのだと感じました。


私の話が聞きたい、いろいろ教えて欲しいと言ってこられる方達にお話しすることや、こうやって綴っているブログ等の内容も、そのほとんどが私の失敗と反省が集まったものです。
私が経験してきたことが、誰かのお役に立てれば、誰かの背中を後押しすることができれば、と思い、事業も、ブログも続けています。
冒頭の支援者の方のように、人と人との自然な関係、交流の中で、発達と成長が育まれていく、そんな人たちが増えていくことを私は願っています。

2018年8月20日月曜日

「発達障害バブル」という嫌な言葉

支援が必要なら、堂々と支援を利用すれば良いと思います。
そして支援が必要ではなくなったら、返せばよいだけのこと。
もし、再び支援が必要になったときがきたら、また利用すれば良いと思います。
私も含め、民間のサービスは、必要なときに利用し、必要がなくなったら利用を止めるのが、普通のことです。


でも、お金の出所が自分の財布じゃなくなると、一度得たものを手放そうとしなくなるのはどうしてでしょうか。
いつも私は、私の事業を利用する必要がなくなったら、親御さんに「もう止め時ですよ」と言います。
中には、それでも利用を続けたいという人がいますが、その場合は「お金の無駄遣いになってもよろしいですか」と断りを入れます。
しかし、これ以上は言いません、個人のお金なので。


ですから公的なお金を扱う人たちは、私以上に慎重になる必要があると思います。
公的なお金は、自分のお金ではありませんので。
みんなのお金であり、別の言い方をすれば、今の子ども達が将来背負っていく借金でもあります。


支援者の間では、「発達障害バブル」と言われていたりします。
今は発達障害に対する社会的な注目、意識が高まっている時期なので、発達障害の診断がつけやすいし、いろんな申請も通りやすい、サービスも受けやすい、という意味です。
私はこの言葉が支援者の姿勢をよく表していると思いますし、私はこの言葉が大嫌いです。
発達障害の人達を飯のタネ、金の生る木のように見ている感じがよくわかるからです。


都市部では、だんだん蛇口が閉まってきているようですが、地方ではタイムラグがあるので、まだまだバブルの中。
診断も、申請も、希望通り、求めた通りに進むことが多いです。
しかし、平成のバブルがはじけたように、発達障害のバブルだって、必ず終わりがきます。
昨日のブログで紹介したように、少なく見積もっても、自閉症の人、一人が生涯支援を受け続けたら1億円くらいの税金が必要なのですから。
10人で10億円、100人で100億円、1000人で1000億…。


国も、地方も、「発達障害の診断を受けました。じゃあ、サービス提供してください」と言われて、「はい、わかりました」と言えない状況になってくるのは、容易に想像できます。
サービスの申請は通りにくくなるでしょうし、利用できても日数や金額は減る一方。
今、高齢者福祉の世界で起きているのと同じように、施設に入るには、福祉サービスを受けるにはお金が必要になり、富める者とそうではない者の差が開いてくる。
自宅で介護が大多数になり、サービスを受けられても週に1時間だけ、というような未来は、障害者福祉の世界も近い将来というか、今の子ども達が大人になる頃には必ず来ていると思います。


歴史を学ぶのは、暗記して受験で点数を取るためではなく、自らの人生、より良い社会のために活かすためです。
公共サービスは、最初にドバっと水を流し、魚を集める。
そしてある程度、数が集まったところから、水の量を減らしていく。
そうやって公は土台を作ったあと、民に切磋琢磨させるものです。
平成のバブルがはじけたように、発達障害バブルも必ずはじけますし、そのあとは自己責任の流れになっていきます。


「家事のできるひきこもりを目指そう」
「発達障害の人達は、生涯に渡って支援を受け続けるもの」
「この子達は充分頑張っているのですから、頑張るのは社会の方です」
など、無責任な発言をしている人達だって、あと10年、20年もすれば、現役を引退します。
こういった人達は、ちゃんとお金を貯め、老後は悠々自適に過ごしていくはずです。
何故なら、「じゃあ、先生は家事のできるひきこもりになりたいですか?生涯に渡って支援を受け続けたいですか?それが可能な社会がやってくると思いますか?」と尋ねられれば、「YES」と言わないからです。
どうして、自分がやれないこと、できないことを他人様に本気で勧めることができるのでしょうか。


「児童施設なのに、成人になっても利用し続ける人がいて、そのために、今サービスが必要な子どもが利用できない」なんて話は、あちこちで聞かれます。
他にも、利用できなくなるからといって、みんなでグルになり、行動障害があるようにしたり、重い判定がでるような工作をする人たちもいますし、利用に制限がかかりそうになると、役所に行って、脅迫まがいに怒鳴り散らしてくる、なんて話も珍しくありません。
私も嫌と言うほど、こういった自分のことしか考えられない人達、公的なものは貰えるもんはもらっておこうとする人達を見てきました。
そしてその陰には必ず「この子が利用できたら」「この家族が救われるのに」という人達の存在があるのです。


必要なときには、安心して支援を利用でき、必要がなくなったら、その分を誰かに渡す社会が理想だと思います。
頑張りたい人が、いつからでも、何度でも頑張れる社会が望ましいですし、健全だと考えています。
私のところには、成人した方達からも依頼や相談がきます。
私よりも、一回りも、二回りも年上の方からの依頼だってきます。
みなさん、いつからでも頑張りたい、治せるところから治していきたい、と思われている方達ばかりです。
何度でも起き上がり、挑戦し、頑張っていきたいという姿から、私は人生の先輩として刺激を受けるとともに、本来なら私のような民間ではなく、公的な機関で、こういった方達の想いを後押しできたら良いのに、と思うのです。


事業を開始してから利用された方の最年長は、50代の方。
短い間でしたが、いろいろとやりとりを行い、定職に就かれた方です。
もう何年も前ですし、連絡は取っていませんが、最後に「仕事が楽しい」「遅れてきた青春を楽しんでいる」と言っていました。
ちょっと話が逸れますが、発達のヌケが埋まったあと、若い頃にできなかった青春、楽しみをやりなおす人が少なくないように感じます。
若者のファッションを楽しんだり、アイドルや趣味を楽しんだり…。
青春のヌケも育てなおしているのかな、なんて思うこともあります。


結局、言いたいのは、支援が必要なら堂々と支援を使えばいい、ということ。
そこに後ろめたさや批判されているような雰囲気を感じるのなら、それはその人の問題。
社会や他人の問題にすり替えてはいけません。
後ろめたさは、本当は必要のないものであり、前向きに行動を表せない自分に気づいている証拠。
批判されているように感じるのなら、主体性が育っていない、他人軸、他人の評価で生きている、恐怖麻痺反射が残っている証拠。


社会は頑張るための支援、後押しをしようとしている。
そして側にいる人達は、発達障害の理解云々以前に、頑張る人が好きだし、応援したいと思っている。
それを政争の具にしてしまうのは、いつだって、それによって利益を得る者。
発達障害の生活、人生を政争の具にするのはナンセンスであり、そうさせてはならないのです。
みんなが見る先は、本人がより良い人生を歩むということ。
そのために支援する人、療育する人、指導する人、治す後押しをする人がいる、というシンプルな話だと私は思っています。
あるのは役割の違いだけ。


歴史に永遠はありません。
時代の変化に生き残れる者は、過去から学び、未来に活かせる人達。
発達のヌケを育てなおす、治しやすいところから治していくは、子ども達の10年後、20年後をより良く生きるための道なのです。

2018年8月19日日曜日

必要なくなった支援を手渡していける社会

発達障害と経済的な負担というテーマでも、多くの研究、調査が行われています。
たとえば、2014年ペンシルベニア大学の研究グループの試算では、自閉症の人が生涯に渡って使うお金が、知的障害を伴わない場合は約140万ドル、伴う場合は240万ドル、日本円にすると約1億4千万~2億4千万円となっています。
もちろん、家族の負担だけではなく、税金も含みます。
他にも、こういった研究、調査はされていますが、あまり日本では、というか、身近な支援者からこういった話は聞きませんよね、話題にも上がりませんよね。


発達障害による心理的な負担は話題にするのに、経済的な負担は話題にしない。
これはおかしい話だと思いますね。
家族の経済的負担だって、みんながみんな、お金に余裕があり、ずっと負担し続けられるわけではありません。
当然、国のお金、税金だって、無限にあるものではなく、ある意味、日本全体で共有している財産だといえます。
特に、自分の給料や事業の収入の主が税金からのお金である場合、経済的な負担にも目を向ける必要があると思います。
いや、同じ国に住む社会人なら税に対する意識を持つのは当然でしょう。
それなのに、ほれ、支援を利用しよう、もっと国に訴えていこう、とだけ言い続けるのは無責任と言われても仕方がないと思います。


支援を利用することは悪いことではありませんし、必要な人が安心して利用できる世の中の方が良いに決まっています。
でも、支援者たちが「利用しよう」という支援は、治すことが目的でもなければ、軽度化することが目的でもありません。
敢えて言うのなら、二次障害にならないのが目的。
その二次障害だって、支援者は「なる前の予防が大事です」と言って、結局、なった人を治せるわけでもない。
それに、そもそも予防もできていないし、本人の意思を無視した支援者の介入を受けることによって病んでいく人が後を絶ちません。


発達障害というのが、発達しない障害であり、支援を受け続けることで、より良い生活と選択肢を増やすことになるのなら、生涯に渡る支援は必要な支援であり、その人達が安心して支援やサービスを利用できる社会を目指すのは、私も賛成です。
しかし、発達障害の人達も発達しますし、たとえすべての発達課題をクリアできなかったとしても、軽度化し、部分で見れば治っていくところもある。
ですから、「治しやすいところから治していく」というのは、本人や家族の心理的、経済的負担を減らし、自立や選択肢を増やすことにつながります。


それなのに、「治るなんておかしい」「治るというヤツが怪しい」などと言うだけで、大卒の若者を就労支援Aとか、Bに送り込んで「支援やってます」というギョーカイは、結局、既得権益が揺さぶられそうだから、必死に抵抗しているだけにしか見えません。
昔、流行った抵抗勢力ってやつです。
郵政族、道路族、特支族…。


本当に、その人の人生を考えるのなら、「一生涯の支援」などとは言えないはずです。
支援は必要なときに利用するものであり、生涯利用するものではありません。
もし生涯利用する必要があるとしたら、それ以上、伸びないし、改善しないし、治らない部分においてです。
人そのものが障害なのではないのですから。


必要ない支援を受け続けることは、心理的、経済的負担を増すだけではなく、その人の可能性を制限することにもつながりかねません。
親御さん達とお話ししていると、「同級生の〇〇くん、うちの子よりも伸びる可能性があると思うんです」「あの子も、本気でやったら、治っていくと思うんです」などと言われます。
治る道を歩んでいる親御さん達というのは、他の子を見ても、治る可能性がわかるんです。


親御さんのお話や支援者や先生方からの相談で、間接的に関わったり、知ったりする子の中にも、「もうちょっと頑張れば、治っていくのに」と思う子ども達がいます。
でも、実際は治っていかないし、ある程度で伸びがとまってしまう。
何故なら、生涯に渡る支援が前提になっているからです。


よくあるパターンが、幼い頃、発達の遅れが目立つし、心身共に安定しない、行動も大変という子がいて、支援を受けることで安定し、伸びが見られてきた。
就学後は、普通級や支援級で支援を受けながら学び、放課後は児童デイに通う、幼いときから関わってもらった医師や支援者と定期的に関わる。
で、本人の発達、成長に伴い、もっとチャレンジしても大丈夫、支援を減らしても大丈夫、特別な支援ではなく、同世代の子と同じ習い事や環境で大丈夫なくらいまでになったのに、そのまま、支援を受け続ける。
親御さんの想いとしては、支援を受け続けた結果、幼かったときの不安定さはなくなり、伸びてもきているから、このまま支援を受け続けるのが良い、と考える。
それもわからなくもありませんが、ある段階からピタッと伸びが止まり、逆にどんどん障害者っぽくなっていく、というパターン。


これは、支援は必要なときに利用するものではなく、「生涯に渡って受けるもの」という誤解が、子どもの内なるメッセージを見落とす結果につながった例です。
本当は、支援が必要な時期を過ぎたのに、昨日のブログで書いたように、より自然な環境の中で、複雑な刺激が、その子の発達に必要な段階まできていたのに、不安定な時期に合わせた支援を継続してしまったため、伸びが止まってしまったということ。
伸びが止まっただけならまだしも、小学生くらいの頭の柔らかい子ども達の場合は、特別な環境、単一な刺激に、脳も、身体も適応していってしまうこともあります。
それが「どんどん障害者っぽくなっていく」ということ。


シンプルに言えば、支援が必要な時期があり、安定する時期があり、支援を減らす時期があり、同世代と同じ環境に移行する時期がある。
地域の習い事や活動で、十分楽しめ、学ぶことができる段階まで発達した子が、ずっと児童デイに通い続け、卒業後は福祉なんてことはよくあります。
「地域のスイミングに通い始めたら、ぐっと伸びました」
「その習い事の中では、だれも特別支援級の子だと気づかれず、うちの子も、みんなと一緒に活動できています」
なんていう家族は少なくありません。
特別支援の世界では、「障害がある子」「支援が必要な子」だとしても、地域の習い事に行けば、ちょっと変わった子になり、そうこうしている間に、そこら辺にいる子になる。


私は民間人で、税金による援助は受けておりません。
私の事業の収入のすべては、利用してくださる方のお金です。
飛行機代や宿泊費を、個人で、または仲間内で割って出し、私を呼んでくださる方達がいます。
このときは、経済的な負担が大きいかもしれませんが、生涯に渡ってかかる1億、2億という金額からしたら少ないといえます。
民間人の私が、「発達のヌケを育てなおしたい」「少しでも、一つでも課題をクリアし、今をラクに、そして将来の可能性を広げたい」という方達に対し、助言やアイディアによって後押しするのは、何の問題もないと思います。
むしろ、社会のニーズとも合致しているのではないでしょうか。


誤診でも、軽度でも、なんでもいいです。
一人の人が、支援が必要な段階を脱し、自分の足で生きていけるのなら、それでいいのです。
10ある支援が必要な部分の中で、1つでも支援がなくても大丈夫、という状態になれれば、その1は、他の誰かにお渡しすることができる。
そうやって、必要な人に支援が渡っていく世の中の方が、安心して暮らせる社会、多様な人達が生きやすい社会になると思います。


治るという人が詐欺師なら、治しも、改善も、軽度化もせず、ただただ社会に負担を求める人達のことを何と呼べば良いのでしょうか。
本人や家族の心理的な負担だけではなく、経済的な負担、そして社会の目も持つ必要があると思います。
社会は発達障害の人達を排除しようとしていませんし、むしろ、彼らに社会の一員として活躍してほしいと願っています。
国の発達障害の人達に対する予算だって、制度だって、年々拡充しているのです。
既得権益を守りたい人達の言葉を鵜呑みにしてはなりません。
そのために、実社会に出て、学ばないといけないのです。
実社会は、特別支援の世界で教えてくれないことをたくさん教えてくれるところですから。

2018年8月18日土曜日

自然の中にある揺らぎが多様な刺激を生み、自然な発達を後押しする

ツイッターに流れてきた「ロボット言葉」のお話を見て、そんなこともあったな~と思いだしました。
私が学生の頃、どこの養護学校でもやっていましたね。
「Aくん、~はいけません」
「~しません」
「~します」
「~は、バッテンです」
「~は、マルです」


「~しません」と何度も言いながら、走り回る子どもを追いかけている姿は、学生だった私でも「こりゃあ、ダメやね」と思いましたよ。
耳ふさぎをしている子に向かって、「バッテン」「バッテン」を言い続け、挙句の果てには指で×を作って見せる。
福岡生まれの私は、「あの先生は、博多の出身かね」と言って、友人や親御さん達を笑わせていました。


これは統一した支援の勘違いですね。
統一するのは支援の方向性であって、声がけの仕方、何と言うかを同じにするという意味ではありません。
こういった誤った解釈が、関わる大人が全員同じ言葉を繰り返す、それ以外は言わないという異様な光景を生み、そのロボットのように同じ言葉を繰り返し続けるのが、子どもの口調に移っていく。
だから昔は、ロボットのような話し方をする子ども達が多かったですね。
今どきの子ども達の中には、そんな子は見かけませんが(私だけ?)、20代、30代の養護学校に支援や療育が入りこんできたときの世代の若者たちには、こういったロボットのような話し方をする人をよく見かけます。


このように支援を統一するのは、刺激を単調にするという弊害がありますね。
いっつも同じ言葉しか耳にしていなかったら、覚える言葉も、出てくる言葉も、同じになってしまいます。
だから、自然が一番なんです。


私は、発達援助において、「自然」を核にしています。
その子の持つ自然な流れ、家族が形成する自然な空気感、自然の中で自然な動き、遊びを楽しむ…。
ヒトが生きている限り発達するのは自然なことですし、長い長い人類の歴史を見れば、自然と共に発達、進化の道を歩んできたのがわかります。
「発達とは自然の営みであり、自然の中で育まれる」が、私のモットーです。


自然というのは、常に揺らぎがあります。
不規則であり、ひと時として同じ状態がありません。
一瞬たりとも同じがなく、常に揺らぎが存在するから、複雑が生まれる。
この複雑が発達に必要なのです。


複雑ということは、多種多様な刺激ということです。
多種多様な刺激は、ヒトをより良く発達させます。
複雑な刺激を受け、その刺激を基に発達していくから、ヒトは同じ動きではなく、ナチュラルな動きができるようになる。
自然な環境の中で育っていくから、自然な動き、思考ができるように育っていく。
これが管理された環境で、何の変化もなく、一定の刺激だけの中で育ったら、みんな、ロボットのようなヒトになってしまいます。
そうです、冒頭のロボット言葉を話す子ども達のように。


未発達の状態のため、周囲の情報、刺激の渦の中で混乱する人は、統制された環境が必要でしょう、今、生きるために。
しかし、育つ可能性のある人達、特に子ども達の場合には、刺激を統制し続けることは、自然な発達の機会を奪うことにもなります。
統一された支援が、統一された人間を造る、なんて恐ろしい事態を生みます。
「その子らしさ」「個性を大事にする」「多様性を大切に」などと言いながら、みんな同じスケジュールで、同じ支援の仕方で、同じ声がけ、なんてこともあるのです。
「個性豊かな子ども達に育てたい」と言いながら、「あの学校、事業所を利用している子はすぐにわかるね」というくらい、みんながみんな、統一された方向へ育っていく。


環境側をコントロールする必要があるのも、私は否定しません。
しかし、ある程度の発達段階にきたら、そこから飛びだす必要があると思います。
一番発達が遅れていた段階から利用していた事業所に、ずっとずっと通い続けている子どもがいます。
こういった子どもさんを見て、私は「発達が止まってしまったの」「本人ではなく、親のニーズ、そのままがラクだから通わせてるんじゃないの」と、率直に思います。


「ここの事業所の開設当時から利用しています」と自慢げに話をする人がいますが、同じ刺激の中で、お子さんの発達刺激は満たされているのか、「障害のある人もない人も同じ社会で」と言うのは、ただの理想なのか、とも思います。
同じ社会の中で生きていってほしいと願うのなら、ある程度発達した後は、自然な環境、社会の中で学んでいく必要があるのは当たり前です。
同じ支援、環境を使い続けるのなら、それは発達が止まってしまったか、諦めたか、本人以外の怠慢なのでしょう。


私は「ずっと利用するものではない」と言うので、児童デイや事業所から目の敵にされています(笑)。
「ここまで発達のヌケが埋まったら、一般的な習い事や公園で遊んだ方がこの先伸びます」「逆に利用し続けると、伸びないし、障害者っぽくなりますよ」とも言いますから。
でも、これが真実です。
子ども自ら「つまらない」「もう行きたくない」と言う子もいますし、表現しなかったとしても、刺激の物足りなさが伝わってくるのです。
あとは、「そこ以外の刺激を知らない」という子もいて、その子からは子どもらしい躍動感、生命力を感じない、なんてことも、悲しいけどあるのです。


子どもによっては、長い時間かけて療育機関に通うよりも、その同じ時間があるのなら、公園で思いっきり遊んだ方がより良い発達に繋がる、という子もいます。
療育機関は、刺激が統制されている場合が多い。
ある意味、不自然な環境なのです。
刺激を統制することで、情報がキャッチでき、その分、成長や学習につながる子もいるのは確か。
でも、いつかはその段階から飛びだす時期がくる。
そして、飛びだす先は、複雑で多種多様な刺激に溢れる自然な環境。
この自然の中にある常に動き、不規則で、変化に富んだ刺激が、発達に幅を持たせてくれる。


ヒトは、どんな環境にも、あとから対応して生きていけるように、胎児の状態で一年早く生まれてくる道を選択したのです。
どんな環境にも適応できるだけの余白、幅、柔軟性を持ったヒトが、統一された環境の中で生きる、それも発達目まぐるしい子ども時代を過ごすのは不自然なこと。
私は、発達障害の持つ限界よりも、ヒトの持つ可能性の方を信じます。
だからこそ、発達のヌケが埋まった人達に、「ここからは社会が、自然な環境が、あなたを育てます」と言っています。
そして、私の支援を受けるのを止めるよう提案しています。
必要のない支援、援助を利用し続けるのは不自然ですから。

2018年8月17日金曜日

苦手なままの夏にするよりも、味わえる夏に育てる

今日は午後から晴れているものの、すでに空気が夏ではなくなっています。
私の大好きな季節、夏が終わろうとしていて、寂しい気持ちになります。


個人的に好きな夏ですが、私がこの夏にお会いした子ども達は「夏が嫌い」「夏が楽しめない」という子でした。
発達障害の人達の中には、夏が苦手な人が多いです。
当然、発達の遅れは認知の発達のみを指すのではないのですから、内臓や感覚の発達の遅れから夏が苦手になっている、と考えるのが自然です。
夏が苦手なのは、社会性の問題でも、コミュニケーションの問題でも、想像力の問題でもないのですから。
まさか今どき、自閉症=変更が苦手=季節の変化、夏が苦手、とは…。


でも、そのまさかと思うような捉え方で、そこを基に支援や助言がなされていました。
「この子は夏が苦手です。なので、外には出ないようにして、家の中の室温と湿度をしっかり管理しましょう」
いやいや、夏の間、ずっと家の中にいたら、経験が偏るし、健康にだって良くないでしょ。
クーラーがない施設は、「理解ガー」とやるんですか。
暑い日は、学校にクーラーが無いから休ませるのでしょうかね。


で、実際に休ませるを助言する支援者がいてビックリ。
「毎年、夏になると不調になるから、7月8月は無理に登校しなくて良いですね。学校に行っても、集団で授業を受けるのは負担になるので、個別対応をお願いしましょう。配慮として授業の代わりにプリントを用意してもらうのも」と言って、年度初めにカレンダーに書きこんだ、なんて話がありました。
なんでもかんでも「障害のせい」で「理解だー」「配慮だー」とは、なんとラクな仕事でしょうか、支援者というのは。


その子の抱える問題に対し、何も手がなくて、ただ「理解だ―」「配慮だー」とやっているのならまだしも、親でも、親戚でもない赤の他人が、子どもの学ぶ権利を奪い、あたかもそれが正しいことをしているように振る舞う現実。
この話を聞いたときは、さすがの私も絶句でした。
「夏が苦手だから、学校を休むのを許可する」
これは理解でも、配慮でもありませんね。


ここまでひどい話ではありませんが、いつから「夏が苦手」が障害特性になったのか、診断基準に入ったのか、と思うような支援、支援者がいるのは事実です。
そんなに「夏が苦手」を障害にしたいのなら、人体や生理学も学び、支援に取り入れたらいいのに。
でも、そういった発想にはつながらず、あくまで「自分たちが対処できない問題=障害のせい」で、かつ支援方法は自分たちがしたい支援。


夏が苦手な人の多くは、汗がかきにくいことと関係しています(@栗本啓司氏『芋づる式に治そう!』花風社2015発行)。
じゃあ、汗をかいた人の絵を描いて「汗をかきましょう」とするの??
じゃあ、汗がかけたらお菓子、とするの??
じゃあ、「汗をかくことは良いことです。身体の中にある悪いものを排出し…」と物語を書いて、読ませるの??
エビデンスのある標準療法では、太刀打ちできないのが良く分かります。
汗がかけるようになり、夏を乗り切れる身体に育てるアイディアを持ち併せていないからって、それは「障害のせい」にして、理解と配慮の問題にすり替えるなんて、卑怯以外のなにものでもありませんね。


この夏は、夏が苦手だった子ども達と一緒に、たくさん身体を動かして遊びました。
親御さんにも、夏が乗り切れる身体を育てることの意義を理解してもらい、家族で夏を楽しんでもらうようにお願いしました。
たとえ障害があったとしても、幼い子ども達がずっとクーラーの利いた部屋の中で一日中いたら健康にも、発達にも良くないと思うのが自然。
毎年、夏が来る日本に住む人なら、夏が乗り切れ、できれば楽しめる身体にするほうが、生活の質は良くなるはずです。
夏が来るたびに、会社を休む人は、「クーラーがない場所以外では働けません」という人は、自立した生活を送るのが難しくなります。
だからこそ、特に成長著しい時期の子ども時代にしっかり汗がかける身体に育てていくのが、大事な発達援助だといえるのです。


ある親御さんから、家族で行ったキャンプの写メが送られてきました。
たくさん陽を浴びて、たくさん遊んだようです。
皆さんの額には汗がにじんでいました。
特別支援の世界で、我が物顔をしている標準療法では、この汗を出させることはできません。


この親御さんは、夏休みの間に、しっかり発達を後押しし、2学期からどんどんチャレンジできる身体に育てたい、と言っていた方でした。
何をしても「頑張らせてはならない」という特別支援から、「我が子と共に飛びだしたい」と電話を頂いた方です。
2学期からは、ちゃんと失敗を味わうことができ、またそこから立ち上がられると思います。
それくらいこの夏で心身共に育った子どもさんですから。
苦手なままの夏にするよりも、味わえる夏にした方が将来の可能性と選択肢を増やし、人生を豊かにすると私は考えています。

2018年8月14日火曜日

発達と向き合っているから前向きで元気になる

この夏は、いろんな方とじっくり時間をかけてお話ができているように感じます。
そして、お話をしていると、「元気が出ました」「希望が見えてきました」「頑張ってみようと思います」というように、みなさん、前向きな言葉を言ってくださいます。


本人や家族の方達から前向きな言葉が聞かれると、お伺いして良かったと心から思います。
大事なことは、前に足を動かすことですから。
一歩でも、半歩でも、昨日より今日、今日より明日、前に進んでいれば、より良い人生を歩んでいる証です。
時間は後戻りできませんし、前へ前へと進むのが自然の原理というものです。


時々、「話をさせてもらうと、元気になる」「私が前向きな気持ちになるように、前向きな言葉を使うようにしているのですね」などと言われることがあります。
しかし、私は敢えて前向きな言葉を使おうとは思っていませんし、本人のためだったら厳しいこともガンガン言います。
もし意図的に前向きな言葉を使っているとしたら、それは私が特別支援の世界に見た接待していることになりますし、本人の幸せではなく、自分の仕事や自分自身を見て仕事をしていることになりますので、そんなことはあり得ないのです。
接待や支援者自身のための支援は、本人の成長と自立を阻むのを散々見てきましたから。


では、なぜ、前向きな話になるのか。
それは、私の仕事が発達に関わることだからです。
この前も書きましたが、成長には良い成長と悪い成長がありますが、発達には良い発達しかない、ということです。


発達は、前に前にしか進むことができません。
発達が後戻りするなどということはなく、やったらやっただけ発達の器には水が溜まっていきます。
発達にヌケを持ったまま成長したお兄さん、お姉さんも、発達のヌケが埋まった瞬間、どどどっと一気に成長することがあります。
それは、もっと幼かった頃、ちゃんと発達の器に水を溜めていたからです。


当時、その取り組みは、結果として表れなかったけれども、少しずつ水は溜まっていた。
発達のヌケが埋まって堰が切られた瞬間、その水が溢れ出した。
よく「一気に変わった」というような場面に遭遇しますが、それは単に発達のヌケが埋まっただけではなく、それ以外の部分での育み、蓄積がちゃんとあったからだといえます。
たとえ、そのとき、意味がないように見えたことでも、将来を見据え、「きっとこの子の将来に活きてくるはず」「これも大事な学び、成長につながる」と思って、コツコツと取り組まれていた親御さんのお子さんには、こういった堰を切ったような発達、成長の波がやってくるように感じます。


この夏、出会った親御さんが、「子どもの発達っておもしろい」とおっしゃっていました。
本当に、その通りだと思います。
本来、発達とはおもしろいものです。
だって、前に前に進むものですし、やったらやっただけ発達につながっていくわけですから。
もし、子どもさんと関わっていて、そのおもしろさを感じられず、ただ辛いもの、どうなるかわからず不安なもの、というようにしか感じられていないとしたら、それは発達と向き合えていないのだと思います。


良い方向にも行くし、悪い方向にも行く。
そんな風に感じているのでしたら、それは発達ではなく、成長を、いや、成長ではなく、ただ単に行動のみを見ているのかもしれません。
子どもの行動のみを変えようとしているのでしたら、それは不安や緊張感、ときに無力感を感じるもの。


行動の主体は、子ども本人であり、行動を思うがままに変えるのは不可能ですし、もしそれができるとしたら洗脳するか、その子の主体性を奪ってしまうしかないからです。
意のままに操るのも、主体性を奪ってしまうのも、親心もそうですし、自然の摂理にも反することです。
ですから、行動のみに注目し、それを変化させようとしている人達は、ずっと苦しさが漂っている。
「〇〇ができるようになった」と言って喜んでいるようでも、それが本人が発達した結果ではなく、行動変容がもたらした結果だとしたら、心の奥底からは喜べない、むしろ、心の奥底で苦しみ、涙を流していることもある。


また発達を後押しするのではなく、対処をし続けている人にも、同様の苦しさを感じます。
「困ったことが起きたから対処する」
「これができないから、こうやって対処する」
対処には、その場に留める、流れを止める、というようなニュアンスがあります。
たとえ、問題行動であったとしても、その根っこは本人の内側から流れる自然な発露。


もちろん、問題には対処する必要がありますが、それだけではいつまで経って課題は解決しませんし、周囲の人間は本人の流れ、エネルギーを止め続けなければなりません。
問題行動こそ、発達のヌケを育て直し、埋めていく必要があると思います。
課題を抱える子を育てている親御さんが、「毎日、大変」「子育てが辛い」と感じるのは、その問題行動というよりも、その問題に対処し続けないといけない、子どもから出ているエネルギー、流れを止め続けないといけないことに対する悲鳴のように感じることがあります。


治るを目指している本人たちや親御さん達には、エネルギーに溢れ、明るい雰囲気が漂っています。
それは、前に前にと進んでいく発達と向き合っているからであり、自然な流れに沿っているから。
自然と言葉や態度が前向きになるのは当然だといえます。
自然な流れに沿った子育て、生き方というのは、心地良さがあります。
心地良い流れが、子どもの発達を後押しし、親としての本能を存分に発揮させる。
そして何よりも、自分の人生に動きを生み、彩を与える。


治るを目指している人たちは、明るい言葉、前向きな言葉で溢れています。
治るのは、発達だからです。
その子が発達しないから、「行動くらいは変えよう」「対処くらいはしよう」とするのではなく、自然の原理である発達が何らかの理由でうまく進めていけないのだから、そこをどうにかして、本来の前向きな流れにしようとするのが発達援助。


発達は、やったらやっただけ器に水が溜まっていくし、前にしか進めないもの、良い方向にしか進まないもの。
だから、発達と向き合うのはおもしろいことですし、発達援助は本人だけではなく、周りも元気にしてくれるもの。


この夏も、いろんな子ども達の発達、成長の話を聞くことができました。
ガラッと変わった子ども達の周りに、親御さん達の明るく、元気な声が溢れています。
秋の気配を感じる北海道のように、すでに豊かな実りの便りが届いています。

2018年8月11日土曜日

治っていくと、本来の姿が現れる

明確な発語がなくて、表情も、動きも乏しいお子さんのところへ行ってきました。
このような状態ですと、当然、重い知的障害と判定され、医師や支援者からも「無理せず」「この子のペースで」「支援を受けながら」と言われていました。


昔の言い方ですと、カナー型の自閉症の子。
私が部屋に入ってきても、注意を向けることはありません。
まるで、一人の世界で生きているようです。


しかし、一瞬ではありますが、同世代の子どものように、自然な表情で、柔らかい身のこなしを見せることがありました。
それは一緒に思いっきり遊んだときです。
この子は、大きな声を出して笑って、「もっともっと」と要求するのです。


その瞬間の姿は、とても子どもらしく、重い障害のある子には見えませんでした。
たぶん、この子の本来の姿なのだろう、と私は思いました。
と同時に、この子の課題は「神経同士の繋がり」 なのだと感じました。


こういった自然な姿が垣間見れる瞬間というのは、他の子でも見られることです。
特に、感情が揺さぶられるような状態のとき、まるで全身に電気がビビっと駆け巡るみたいで、表情や動きがとても自然になります。
「発達の遅れ」という言葉からは、その部位、機能自体の遅れ、未発達が連想されますが、このように繋がりに課題がある場合もあると感じます。
ですから、このケースの場合の発達援助のテーマは「神経同士の繋がり」となるのです。


神経同士の繋がりが良くなれば、その子らしさが出てくる、という視点は大事だと思います。
もしそういった視点がなければ、表情が乏しいのも、動きが固いのも、障害だから、自閉症だから、となってしまいます。
「障害だから」という言葉は、症状の固定化を生みます。
症状の固定化は、本来の姿を見えなくするものです。


ある意味、発達援助の目的は、本来の姿を取り戻すことだといえます。
障害によって、その人らしさ、本来の姿が表れていない、資質が開花せずにいる。
だからこそ、発達のヌケを育て直す、神経同士の繋がりを育てる。
発達障害が治ったあと、本来の姿、資質が表に出てくると考えています。


バリバリ発達の遅れがあり、バリバリ症状が出ている状態で、それをその人の「個性だ」なんて言う人もいます。
でも、それは障害以外のなにものでもなく、治す対象だと思います。
「障害は個性だ」というのは「障害だから」と同じで、症状の固定化を生みますし、その症状に何の手も打てないことを言い換えているだけです。


その人の個性というのは、最後の最後まで残り続けるものだと思います。
発達のヌケや遅れという普遍的ではないもの、育て、治していけるものは個性とは言いません。
発達のヌケや遅れを育て、治しきった先に、それでも残るものが、その人の個性だと言えます。
治しきっていないのに、それもこれも「個性です」というのは、「私は何もしないけれども、あなたはすべて受け入れてね」という一種の甘えです。


発達のヌケや遅れが育ち、治ってくると、別人のようにガラッと変わる人達がいます。
治ると、本来の姿が表れてくるのだと思います。
言葉の遅れがあり、他人とコミュニケーションを取るのが難しかった子が、陽気で社交的な若者になっていました。
もともと明るくて、人といるのが好きな子が、発達のヌケや遅れによって、その人らしさが出ていなかっただけなのですね、という感じです。


「重い自閉症ですね」と言われていた子が、感情が大きく揺さぶられたとき、自然な表情、動き、姿が表れる。
こういった場面と巡り合うと、「重い自閉症」は本来の姿ではないと思います。
本来の姿ではないものを、その人の「個性だ」と言ってしまう恐ろしさ。
しかも本人ではない他人が。
私は、一瞬見たその子らしい自然な姿が本来の姿であり、もっと表に出てこれるように、治す後押しをしていきたいと思うのです。

2018年8月5日日曜日

成長には良い成長、悪い成長があるが、発達には良い発達しかない

子どもが、自分自身の発達のヌケを育てようとしている行為を、「年齢にそぐわないから」といって止めてしまう。
その行為は誤学習であり、問題行動なのに、「障害だから」といって、すべて受け入れてしまう。
こういったチグハグな対応をする支援者は少なくありませんね。


だいたいこういったチグハグな対応をしてしまう人は、子どもが軸ではなく、自分の軸で支援しているのだと感じます。
興味関心があるのは、目の前にいる子どもではなく、その子の行動のみ。
だから自分から見て、問題に見えるその行動を止める、抑え込む。
障害に関係なく、誤った経験、学習を積み重ねていった結果であるのに、「障害はかわいそうだ」「障害を持った子ども達は100%頑張っている」「障害を持った子は、全面的に受け止め、受け入れる存在だ」という個人的な思想により、注意や制止しないばかりか、その行為を認め、強化することすらある。


子どもを軸に、もっと具体的に言えば、発達を軸に支援する人は、こういった過ちは犯しません。
発達の軸がわからないとしたら勉強不足ですし、そもそも発達にヌケや遅れがある人と関わるべきではないと思います。
人がどのように発達するのか。
これがわからなくして、どうして発達援助ができる、やっていると言えるのでしょうか。
まあ、支援者の多くは、人の発達が分からないから、支援グッズを作ること、支援技法と知識の量を比べること、啓発活動に向かっていくのでしょう。


親御さんからも、「我が子のどんな行動が発達を育てなおしているのか、問題があり、止めるべき行動なのかわからない」と相談されることがあります。
基本的に支援者とは異なり、親御さんは我が子が育てなおしているのか、問題を起こしているのか、直感的に、本能的にわかると思います。
もし、それがわからなければ、頭でっかちになっているか、親御さんにも課題があるかですので、そこを治していきます。


「わからない」という親御さんには、このようなお話をしています。
「成長には良い成長と悪い成長がありますが、発達には良い発達しかありません」と。
好青年に成長する子もいれば、どうしようもない大人に成長する子もいます。
まったく成長しないということもあります。
でも、どうしようもない発達、まったく変化のない発達などありません。
発達は、常に前に前にと進み、満たされ、成熟するという良い方向にしかいきません。
発達には良い発達しかないことがわかると、多くの親御さんは自信と元気が出てきます。
子育ては技法ではなく、正解、不正解があるわけではないことがわかるからです。


支援者によって決まった技法があり、正解不正解があると洗脳されているだけ。
ですから、本能の部分に蓋がされ、頭で判断しようとするから迷うのです。
親御さんの資質が一番発揮されるのは、我が子の発達という舞台。
「良い発達しかない」という言葉は、自分の直感、本能の声に従う美しさを呼び起こすのだと感じます。
正解、不正解などというデジタルを超えたところに、ヒトの発達というアナログがあり、美しさが存在する。


年齢だ、IQだ、障害だ、という人工的な基準から子どもを見ても、ただ息苦しいだけで、発達は見えてきません。
親御さんには、我が子の発達を見てほしいですし、後押ししてほしいと思います。
発達には良い発達しかありませんので、とことん付き合い、とことんやり切ってほしいです。
またそれができるのが、家族です。


親御さんが感じるまま、本能のままに発達を楽しみ、喜ぶ。
発達は良い方向へ、後戻りせず前へ前へと進むものですから。

2018年8月4日土曜日

資質が喜ぶ声を聞く

聴覚過敏がバリバリで、人混みの中は辛くていられない。
発語は小学校に入学してからで、ずっと話すのが苦手だった子。
でも、今、その子は社会人として週40時間以上働き、休みの日にはライブハウスに通うようになっています。
好きなバンドの演奏を聴きながら、踊ったり、同じ会場にいる人達と会話を楽しんだり。
仕事も、プライベートも充実し、「今、私は幸せ」と言っていました。


この言葉を聞いて私は、資質が開花したのだと感じました。
聴覚過敏やその他の課題が治った、ただそれだけではないと思います。
治った先に、本来持っていた資質が飛びだしてきたのです。
しゃべることが苦手で、人と関わること、人と一緒にいることすら苦痛だった姿は、本来の姿ではなかった。
本来の姿は、社交的で、みんなと一緒に盛り上がるのが好きな人。
治った先にあった今の姿は、本人や家族だけではなく、本人の持っていた資質も喜んでいるのだと思います。


「資質が喜ぶ」
これは本人のみの目標ではありません。
子どもの発達を後押しする家族も同じだと思っています。
家族一人ひとりの資質が喜んでいるだろうか?
家族が自分たちの資質が喜ぶ子育てをしているだろうか?
そんな視点で、ご家族とも関わらせていただいています。


発達障害を持つ子は、どっか別のところから急に現れたのではありません。
少なからず、両親から資質を受け継ぎ、また兄弟児も似たような資質を持っています。
ですから、家族の資質を見ること、特に資質が開花し、喜んでいる様子を見ることは、本人の発達援助をする上で、重要な気づきを与えてくれます。
充実した生活、人生を送っているという親御さん、兄弟の背中には、資質を開花させた物語があるものです。
その物語の中には、本人の資質を喜ばせるヒントがあると、私は信じています。


子どもが伸びやかに成長していかない、発達が埋まっていかないのは、親御さんの資質に合っていない子育てをされている、ということが多々あります。
うまくいかないとき、「私の勉強不足」「私のやり方が間違っている」と考える親御さんがいますが、間違っているのは方法ではなく、資質と子育ての関係性です。
直感的に行動してきた人が、知識を詰め込み、考えて子育てしようとするとドツボにハマります。
じっくり考えて行動してきた人が、感覚的に子育てをすると選択を誤ります。
親御さんも、一人の人間であり、その資質と資質を喜ばせる方法は一人ひとり違うのです。
だからこそ、親御さん自身の資質が喜ぶような、活かされるような子育ての仕方をしなければ、子どもも伸びやかに発達、成長していきません。


夫婦も、元を辿れば、赤の他人。
育ってきた環境、歩んできた物語も違えば、資質も違います。
でも、異なる資質同士が刺激し合い、開花した資質が融合した先に、その家族ならではの子育てがあり、一つの家族としての成長があるのだと思います。
お母さんも、お父さんも、自分の資質に合った子育てを行っていく。
そうすると、子どもの内側にある受け継いだ資質も共鳴し、花が開いていこうとするのです。


発達障害を治すのは、途中経過であり、ゴールではありません。
冒頭の若者のように、治ったあと、資質が開花した瞬間、発達援助の役割が終わるのだと思います。
我が子を治す親御さんは増えてきたと感じます。
発達のヌケや遅れを育て直すアイディアが広がってきたからです。
これからも、どんどん治していく親御さん、治っていく子ども達は増えていきます。
だからこそ、私はその先を見つめていきたいと思います。
治ったあと、資質を開花させ、喜ばせる生き方をする人達を増やしていくことです。


私も、たくさんのご家族と関わらせていただきました。
そして今思うのが、子どもの資質を開花させるところまで後押しできる親御さん、ご家族というのは、一人ひとりがご自身の資質を開花させ、資質が喜ぶような生活、子育てをされているということです。
発達援助とは、ただ発達のヌケ、遅れを育て直す行為のことではなく、その子の持つ資質を開花させるまでの営みだと私は考えています。
「資質が喜んでいるだろうか?」という問いかけは、本人だけではなく、家族にも向けられるのです。