2019年4月29日月曜日

「治らない人がいる」=「みんな、治らない」にはならない

「この子は、言葉を話すことはないね」と、医師より告げられた子が言葉で会話をしている。
「この子は、生涯、支援を受けて生きていく子」と、支援者より言われた子が、今、一般就労して働いている。
他にも、「この子は、支援級の子」と言われた子が大学に通い、「運動は無理」と言われた子が体育会系の部活動で汗を流している。
「感覚過敏は障害特性」で環境調整とイヤーマフで生活していた子が、刺激に圧倒されることなく、普通に生活している。
睡眠障害だった子が、夜には眠くなり、朝までしっかり眠られるようになっている。
こういった子ども達に対して、「治った」と言って、何が悪い。


だって、全部、「不可能だ」「無理だ」「治らない」と言われたものだから。
治らないと言われていたものが、そうではなくなった。
症状が消えて、普通に生活ができるようになった。
それを「適応しただけ」「発達しただけ」「成長しただけ」というのは、辻褄が合わないだろう。
治らないものが治ったんだから、「治った」という言葉が一番状態を適切に表している。


治らないと言われていたものが、治る。
それは、「治る」と表現することが間違っているのではなく、前提である「治らない」が間違っていると考えるのが自然だろう。
ましてや、障害と言われるくらいのものなのだから、「治らない」という前提が変わるなら喜ばしいこと。
でも、どういうわけか、発達障害に関しては、というか、どっぷりギョーカイに浸かっている者たちは、前提の間違いを認めようとしない。


当然、発達障害の原因は特定されていないのだから、いろんな要素から神経発達の遅れが生じる。
なので、全員が全員、治るかどうかはわからないが、治る人がいるのは当然。
そしてスペクトラムなのだから、治らない人でも100%治らないなんてことはなく、部分的に治る人もいるだろう。
治らない人の中にも、治せる部分はある。
神経が発達する、そのこと自体が生じない、ダメージを受けているわけでないのなら。


このように考えると、また冒頭で紹介させていただいた私が実際見てきた人達がいるのだから、「治らない」と言い切ることはできない。
「治らない障害」と言うのなら、それは、その人の周りに治った人がいないか、その人がやってきた療育、子育てが、神経発達に繋がっていないか。
あなたの目の前にいる子が治らないからといって、世の中、すべての子ども達が治らないか、といったら大間違い。
自分ではなくて、医師や専門家が「治らない」と言うから「治らない」と思うのは自由。
しかし、冒頭の子ども達と親御さんたちのように、医師から、専門家から「治らない」「生涯、支援」と告げられたのにもかかわらず、そのようになっていない子ども達がいることも忘れてはならない。


「治るか、治らないか」なんて話題になることすら、おかしなこと。
「治る人もいるし、治らない人もいる」が真実。
「治らない人の中にも、治る部分がある、育てられる部分がある」が真実。
それ以下でも、それ以上でもない。
繰り返しになるが、発達障害になった原因が特定されているわけではないから。
その原因は、人それぞれ違うから。
神経の発達の問題だから。


私は思います。
発達障害者である前に、一人の子であり、一人の人間である。
だから、どう子どもを育てていくか、どうやって自分自身を育んでいくかの話。
他人様の家庭が、どのような方針で子育てをしようとも、その人自身がどのような生き方をしようとも、個人の自由。
ただ私は、あたかも「治る」「治す」を目指すこと自体が誤りである、おかしなことである、みたいなのは間違えだと思う。


実際に、治っている人がいて、部分的に育ち、育める部分がある。
0か、100かではなく、治らないか、治るではなく、治る人がいて、治らない人がいる。
治るを完全に否定する理由がどこにあるのか。
治った存在、人たちを、「誤診だ」「軽かったんだ」「適応しただけ」「寛解だ」「また悪くなるはず」と言って傷つけたり、足を引っ張ったりする意味はなんだろうか。


少なからず、重なる部分があり、同じような苦しみを抱えていた人が、その状態から脱し、「治った」と喜んでいるのなら、一緒に喜ぶのが自然な反応だと思う。
そして、自分もあとに続け、自分でも取り入れられることがあれば、と動くのが自然な動きだと思う。
だから私は、こういった自然な反応がみられない人達を見ると、個人的な感情で物事を言っているようにしか見えないのだ。


これまで、多くの親御さん達と関わらせてもらったが、治る可能性がゼロではなく、1%でもあるのなら、完全に治らなくても、普通の人と同じようにならなくても、部分的に治せるところがあり、育めるのなら、それだけで前に進む大きな力になるのだ、と感じる。
極端なことを言えば、ゼロじゃないことが大事。
不安でいっぱいのとき、まだ子どもが年端もいかないくらいのとき、医師から、専門家から「ゼロ」だと言われたのだ。
本当はゼロじゃないのに。


その子に治る可能性がないのと、周囲が治るアイディアを持っていないのでは、その「治らない」の言葉の意味は、まったく異なる。
同じように、周囲が治ってほしくない、という個人的な感情で言っている「治らない」も、まったく異なる。
入り口のところで、医師、専門家から傷つけられる。
その上、先輩の親御さんから、当事者の人から、支援者の人からも、「可能性はゼロ」だと傷つけられる。
私には、みんなで足を引っ張り合っているようにしか見えない。
その先に、誰の幸せもないと思えてならない。
特別支援の世界は、いびつだ。
まるで他人の不幸を望んでいるよう。


「治らない。自分にはできることがない、と思っていたけれども、子どもが育ち、変わっていく様子を見て、これからも子育てを頑張ろうと思いました」
そのようなことをおっしゃってくれる親御さん達がいる。
子どもは未来の希望。
だからこそ、希望を持って子育てできる後押しをすることが、本来の支援者の姿、役割。
未来の希望の芽を摘んではならない。




2019年4月25日木曜日

昭和っぽさ、平成っぽさ、発達障害っぽさ

もうすぐ年号が平成から令和に変わります。
でも、4月30日と5月1日で、何か大きく変わるかといったら、そうではないと思います。
だって、30日の23時59分59秒と1日0時00分は連続しているから。


かつての昭和がそうだったように、平成も「平成という時代は…」という具合に振り返られることがあると思います。
平成という30年間が、一つの括りとして語られる。
それ自体は良いことでも、悪いことでもありませんが、一人の人間としてみれば、そこには人間の数だけ、30年間があるのだといえます。


一人ひとりの歴史があり、発達の流れがある。
ある意味、『発達障害』というのは、平成みたいなもの。
「なんとなく、〇〇って昭和っぽいよね」「平成っぽいよね」と似ています。
大まかな括り、共通言語にはなるけれども、具体的なものを表しているわけではありません。
一人ひとりが感じる「昭和っぽさ」「平成っぽさ」があるように、どうしても個人の経験、考えに依存している。


「発達障害」「発達障害」と言われるけれども、結局、具体的な何かが存在しているわけではありません。
みんな、同じ「発達障害」という言葉を使っているけれども、それぞれ捉え方、感じ方は違っています。
世界的な診断基準とやらがありますが、それだって具体的な何か、客観的な何かを見て診断しているのではなく、どうしても診断者の主観が入ってしまう形態になっています。


ということは、診断ができる人だろうが、日頃、支援で携わっている人だろうが、家族だろうが、間接的に知っている人だろうが、みんな、主観から逃れられることはできない、ということになります。
それぞれの昭和、平成があるように、それぞれの発達障害がある。
家族なら身内の人がベースになるし、教師や支援者だって関わってきた人達がベースになる。
診察室で多くの人達と関わってきた専門家だって、診断室で見える姿がベースになる。


なので、専門家だなんだかんだ言っても、主観と経験を元に、その人の発達障害像があるのは、他の人達と変わりがないことです。
すべての発達障害の人達と出会い、関わることはできません。
神経の発達は、一人ひとり異なりますし、そのとき、そのときで状態も変わります。
そもそもが「発達障害とはこうである」とは言えないものなのです。


発達障害像とは、その個人の考え、経験が反映されます。
ですから、状態が変わらず苦しんでいる人達と関わることの多い人ならば、発達障害は変わらず、苦しみ続ける人、という発達障害像ができるでしょう。
反対に、発達、成長している人達と関わっている人ならば、発達障害は固定化されたものではなく、アプローチによって変わっていくという障害像を持っている。



同じ「発達障害」という表現をしていても、その個人によって意味するところ、感じるところは異なっています。
ですから、治らない支援者のもとには治らない人達が集まり続け、治る支援者のもとには治る人達が集まってくる。
支援者組合も、ママ友も、同じ。
治せない支援者は治せない支援者と徒党を組み、治さない子の親は治らない子の親と息を合わせていく。


発達障害とは、「なんか、それって昭和っぽくないww」と同じ。
そもそも具体的に表せないものを、なんとなく「こんな感じ」という具合に、一つの言葉にしているだけだから。
「神経の発達に、何らかの障害が起きている人達ですよ。その神経は全身に張り巡らされているし、その障害だって発達期に起きていることしかわからないんです」
これくらいのレベルの話に、「発達障害とは〇〇である」とは言い切れないと思います。


「発達障害とは〇〇である」と言い切る人を見ると、その障害観がとても狭い範囲の話だったり、多いのは、その人個人の体験のみだったりします。
「発達障害は〇〇だから」という人は、「発達障害=自分」だったり、「発達障害=我が子」だったりする。
それこそ、個人のエピソードを十人十色の発達に当てはめて語るなよ、という感じです。


発達障害が治るか、治らないかは、ずっと結論が出ないと思います。
何故なら、個人の障害観に左右されるから、もっと言えば、主観から逃れられないから。
治った人を見たことがない人は、治るを信じることができない。
同じように、まったく治らない人を見たことがない人は、治らないを信じることができない。
でも、それで良いのです。


「これこそが昭和である、平成である」なんて決着をつける話じゃないのと一緒。
治らないことに発達障害っぽさを感じているのなら、そのまま、治らない道で突き進めばよいのです。
治ることに発達障害っぽさを感じているのなら、そのまま、治していけば良いのです。


私の発達障害観は、冒頭の年号の話と重なります。
神経発達障害なんだから、連続体でしょ、ということ。
定型発達と言われる人だって、発達期のどこかで神経発達に課題があっただろうし、育てなおしてきた。
それは発達障害の人達ともつながっていて、違いがあるとすれば、育て直す機会が後に、後になってきただけのこと。
当然、あとになればなるほど、その間も神経発達は行われているのだから、発達に凹凸ができるのは自然。
つまり、定型も、非定型も、分離した存在同士ではなく、連続していて繋がっている。
端的に言えば、神経発達の仕方、表現に違いがあるだけ。


4月30日と5月1日が繋がっているように、スペクトラム、連続体として、発達障害も、定型発達も繋がっています。
だから、神経発達が進めば、発達のヌケを育て直せば、定型発達の範囲に入るのは自然な現象。
「決して治らない」という人は、流れが分離してしまっている人。
平成と令和で、まったく別物になってしまうくらいの感じなのでしょう。
でも、それ自体は、否定も、肯定もされることではありません。
だって、その人の主観だから。


私は、治らなかった人達と同じくらい、大勢の治っている人達を見てきたからこそ、「育み、治していける」という障害観を持っているのです。
私の発達障害観を作ってくれたのは、治った人たちと、そのそばで育み、後押しをしていた人たちです。

2019年4月22日月曜日

幼い頃の“もう一頑張り”

一つのエピソードとして聞いてください。
もちろん、個人が前面に出ないように、改変もしています。


就学前から関わっているお子さんがいました。
その子は、単語レベルの会話で、かつ、文字を書いたり、計算したりするのも難しいお子さんでした。
しかし、離席や他害行動がなかったため、一応、言っていることの意味は理解できていたため、普通級へ進学しました。
この辺りは、小さな学校、親御さんの強い希望があったことも影響したと考えられます。


普通級に進学しましたが、ノートをとるのも一苦労、テストは常に半分以下の点数。
こういった様子でしたので、学期ごとに面談があり、支援級を幾度となく勧められました。
でも、本人が「みんなと一緒に勉強がしたい」と意思表示をし、また親御さんも、その想いに応えたいと、家庭学習や身体アプローチを一生懸命頑張られていました。


3年生くらいから、表現の幅が出て、言葉のキャッチボールもできるようになりました。
学力の面も、コツコツと積み上げてきたものがつながり始め、テストでも50点を超えるようになりました。
そして、高学年になる頃には、テストで100点も取るようになり、友達と放課後遊びに行くような子に成長しました。
この春より、真新しい制服を着て、中学校に進学。
その姿を見て、親御さんは、「あのとき、我が子の声に耳を傾けて、私自身も頑張れて、本当によかった」と涙を浮かべながらおっしゃっていました。


その親御さんの涙は、同世代の子ども達と共に、普通の子として進学できた喜びだけではないのです。
実は、この親御さんには、よく知る幼馴染の子がいました。
その子は、保育園から脱走したり、すぐに手が出たりする子でした。
でも、知的障害はなく、むしろ、賢いお子さんで、普段は明るい子どもらしいお子さんだった。
少しやんちゃな子として、同じように小学校普通級へ進学しました。


進学後、勉強はできるものの、時折、トラブルを起こすことがあり、学校から一度、発達障害専門の病院で診てもらっては、という話がありました。
病院に行くと、すぐにADHDの診断がつき、「落ち着いて勉強できる薬がある」と処方を受けます。
親御さんも、精神科の薬を飲ませるのに抵抗がありましたが、「治らない」「薬でサポート」「またトラブルを起こしても?」という言葉を受け入れ、服薬を開始しました。


服薬後は、以前のようなトラブルはなくなり、落ち着いて授業を受けられるようになりました。
しかし、学力の面で遅れが見られるようになり、元気で、健康そのものだった子が、学校へも行けない日が出てきました。
学校からは、「普通級の授業が負担になっているのでは」「お薬も飲んでますし」と支援級を勧められ、親御さんも応じます。
で、今春からは中学校の支援級へ。
ずっと身体が大きかったお子さんでしたが、服薬後から成長がピタッと止まってしまい、どうみても中学生には見えない身体に。
背も小さく、やせ細ってしまったのです。


中学校の普通級に進学した子の親御さんも、幼馴染の親御さんに身体アプローチの話、発達のヌケは育て直せる話を、何度もしたそうです。
でも、その親御さんは、興味を示すものの、実際の行動までには至らなかった。
あとから聞いた話では、処方を受けている医師から、「そんなんで治るわけがない」と言われたとのこと。
ですから結局、「あなたの子が、普通級に進学したのはできる子だったから」となり、「うちの子は、そういう障害を持った子だから」となって、疎遠になってしまったそうです。


我が子の制服姿を見て流した涙には、喜びの他に、「もしかしたら、一歩間違えば、うちの子も」「幼馴染のあの子も、一緒に制服を着て中学に行けたはず」という複雑な思いもあったと感じました。
あとから振り返れば、「あのとき」「あの選択を」ということは、よくある話ではないでしょうか。


この仕事をしていると、「あのときの選択が」「あのとき、頑張ったから」、反対に「頑張れなかったから」「諦めてしまったから」というエピソードが少なくありません。
今の苦しみが、しなくてよかった苦労が、幼いときの選択と繋がっていると、切ない想いがするのです。
今から振り返れば、当時の課題、問題の芽はまだ小さく、対処も、育てることもできたはず。
でも、あのときのもう少しの頑張りができなかった。
その頑張りをしようとしていたのに、支援者がその手を掴み、「頑張らなくて良いよ、お母さん、お父さん」と、耳元で囁いた。


小さな芽は、いつしか大きな花となり、実をつけるくらいまでになった。
その実をみて、「それが障害だから」と周囲は納得した。
小さな発達のヌケは、その後の発達に影響を与え続け、大きな凸凹を生んだ。
その凸凹をみて、「それが障害だから」と周囲は納得した。
でも、その苦しみ、しなくてよかった苦労を背負い続けるのは、本人。
幼いときの選択が、まだ自分自身にその選択権を持たない時期の選択が、後々の人生に影響を与える。


親も年を取る。
若いとき、頑張れたことが頑張れなくもなる。
子どもが小さいときにはなかった親の介護、仕事での責任、健康、体力の問題、そういったものが乗りかかってくることもある。
だから、子どものことに集中できる時期、特に我が子が小さいときに頑張らなくてどうする、と思います。
そして支援者が、その若い親御さんの頑張りを後押しするのではなく、真逆の「頑張らなくて良いよ」というその無責任さに憤りを感じるのです。


上記のエピソードは、まさに親御さんの頑張りの違いが、子どもの将来の可能性に影響を与えた典型的な例だと思います。
知的障害の程度も、発達のヌケの多さ、大きさも、中学普通級に進学した子の方が大変だった。
でも、親御さんは、我が子の言葉と可能性を信じ、コツコツ積みあげていった。
その結果が、真新しい制服姿になって表れた。
一方で、元気でやんちゃだった子は、確かに問題を起こさず、落ち着いた中学生に成長した。
いろんなものと引き換えにしながら。


その子の明るく元気な資質は、どこに行ってしまったのでしょうか。
必要な子が、支援級へ行くのは悪いことではない、と思います。
ただ幼き頃の輝いていた資質が消えていくのが悲しい。
発達障害を治すというのは、資質を失うことではありません。
むしろ、資質を輝かせるために、発達障害を治すのです。
持って生まれた資質を磨き、活かしていくためにも、我が子が幼き頃の、親御さん自身が若い頃の“もう一頑張り”がとても重要になってくるといえます。

2019年4月19日金曜日

遅れが遅れのままになっているから、発達に遅れが生じてくる

その発達の遅れが、いつから始まり、どうして生じたのか、誰も確認することができない。
何故なら、生きている限り、ヒトは常に変化し続けているから。
一秒たりとも、同じ状態にはならない。


ある時点で、発達の遅れが生じたとします。
でも、次の瞬間、環境側からの刺激によって、自ら持つ発達の力によって、再び自然な発達の流れに戻る可能性も考えられます。


私は、「これだから発達障害」「あれがあったから発達障害」というような単純明快な感じで、発達障害が生じているとは思っていません。
もちろん、仕事の上では、相手にわかってもらうことが最優先なので、よりシンプルな説明にしていますが。
発達障害とは、本来の発達の流れに戻りたいけれども、戻れず、その揺らぎ、もがきが、時間の経過とともに表面化したもの、と捉えています。


もし、発達の遅れとなる一つの原因があって、それ以降の発達すべてに遅れが出るとしたら、世の中は、発達障害だらけになっているでしょう。
当然、発達の仕方は、一人ひとり異なり、全員が全員、きれいな発達過程、曲線を描くものではありません。
そういった意味では、みんな、何かしらの発達障害を持って生きている。
でも、世の中の大多数は、自分の発達障害を意識することなく、足を引っ張られることなく生き、そして人生を終える。
それが700万年続いてきた。


このように考えると、「発達の遅れが生じる要因がなかった人が、いわゆる普通の人で、要因があった人が発達障害の人である」とは言えません。
みんな、受精した瞬間から現在に至るどこかで、発達の遅れが生じる要因と出会ってきただろうし、実際、遅れも生じたはずです。
でも、多くの人達は、普通の生活の中で、学校や職場、地域、社会の中で、その遅れを育んでいった。


遅れが遅れのままだったら、その後の発達、生活、心身に大きな影響が表れるのだと思います。
ですから私は、その遅れをどうにかしたいと考えるし、本来の発達の流れに戻るような後押しがしたいと思っています。
世の中の多くの人達が、発達障害という診断を受けるまでにならないということは、それだけヒトの持つ発達の力が素晴らしいということ。
そりゃそうです、内なる発達の力が優れていなければ、700万年も人類は続いていません。
人類の歴史のほとんどは、文字も、言語も、持たず、命の糸を紡いできたのだから。


ヒトは、自然の中で、生きる営みの中で、自分自身の発達の遅れを育み、治していったのだと思います。
本来、発達に遅れが出れば、内なる発達の力が、その人の自然な発達の流れまで戻していたのでしょう。
ですから、現在、発達障害がこれほどまでに問題になっているのは、環境の変化や文化の影響により、その人の持つ発達の力が躍動できていないから。
確かにリスク要因は、ここ数十年の間に増えましたが、それ以上に伸びやかな発達が見られなくなった、少なくなったことの方が重大な影響を与えていると思うのです。


私は、発達と向き合えば向き合うほど、支援ありきの支援が、その人の発達の躍動を阻害しているような気がするようになりました。
本人たちが求めていることは、また自分自身が果たす役割は、発達の声を聞くこと。
そして、戻りたがっている本来の発達の流れに乗せられるよう阻害しているものを取り除き、ヌケているところを埋めていく。
揺らぎ、もがいている状態に、そっと背中を押すような雰囲気で。
だって、ヒトは発達の遅れを自ら育み、治す力を持っているはずだから。
何らかの理由で、遅れが遅れのままになっているのなら、それを手伝うのが支援者としての役割だと思います。

2019年4月15日月曜日

発達は常に前に進むからこそ、凸凹が生じる

20代の頃、一時期、論文ばかり集めて読んでいる時期がありました。
そんな中で、確かアメリカの研究だったのですが、共同注視を後天的に教え、身に付けさせる、という内容の論文を読んだ覚えがあります。
自閉症の人達は、幼少期、共同注視(お母さんが空の飛行機を見たら、自分もお母さんの視線の方向に気がつき、同じ飛行機を見る、など)がみられない、発達が遅れる、と言われています。
ですから、その共同注視をトレーニングして身に付けさせれば、それ以降の発達過程である共感、社会性の発達、改善につながる、という研究報告でした。


その論文を読んだとき、世界には、こんなことを考える人がいるのか、また実践しているのか、と思ったものです。
ヒトが自然と発達させ、身に付けていくことを、あとから教えて身に付けさせようとする。
その不自然さを感じるとともに、もし、こういったトレーニングに効果があり、あとからでも身についていくのなら、当時、不可能だと言われていた自閉症の障害特性に関する改善、治療ができるかもしれない、と思いました。
それから、同じような研究がないか調べたところ、物事を一対一対応させてしまう思考に対し、同じものを使って、与えられた要素ごとに、いろんなカテゴライズの仕方を行っていき、柔軟な思考へと改善していく、という実践もありました。


多分、マイナーな研究、実践だったと思いますが、「やらなかったり、遅れてたりするんだったら、そこを後からやりなおそう」みたいな考え方に、特に若い頃、触れられたのはラッキーだったと思います。
実際、いくつかのアイディアを実践したことがありますが、確かに、その部分に関しては良い変化、発達がありました。
ですから、あとから育てられることも不思議には思いませんし、抜かしていた発達課題をクリアすれば、それ以降の発達に影響が出てくるのは当然だと思います。


「発達障害が治る」ということに関して、「それは“治った”ではなく、適応しただけ、改善しただけ」というような人がいます。
多分、それは、日頃、表面的なアプローチ、対処療法、対症療法しかやっていない人が考えることなんだと思います。
そりゃあ、目に見える症状、言動に対してのみ、いじくったり、抑え込もうとコントロールしたりしても、治るわけはありません。
治るためには、今を見ていてもできっこないのですから。
その子の人生、発達の歩みをトータルで見る、辿っていくことが必要です。


発達に遅れが出ている子がいれば、どの時点で発達の遅れが生じたか、それを見つける必要があります。
発達とは、受精した瞬間からの連続体です。
ですから、ある時点で、ある発達過程で、課題が生じれば、それ以降の発達に影響がでます。
そのために、できるだけ発達の遅れと繋がっている課題の根っこを掴むことが大事です。
掴んだ部分が根っこに近ければ近いほど、それ以降の発達にも関わってくる。
当然、根っこが育てば、その次の発達、その次の発達という具合に、どんどんポジティブな変化が生じてきます。


私も、100人いれば、100人とも、発達障害が治るとは考えていません。
それは、全員が全員、発達の遅れが生じた根っこがわかり、そこから完全に治していけるとは限らないから。
たとえ、根っこを掴んだとしても、時間と労力と環境の影響も受けますし、何より本人と家族の力、行動、選択にかかっているから。
また、現時点での診断レベルでは、「どうして発達に遅れが生じたか」その原因までわからないため、生物学的な原因から神経発達が阻害されている子もいると考えられるためです。


しかし、現時点での主観が入る余地ありありの診断では、生物学的な阻害などではなく、たまたま、いろんな要因が重なって、そのとき、必要だった発達刺激が受けられなかった、それで発達の遅れが生じてしまった、という子ども達が大勢いると考えられます。
もし生物学的ですとか、遺伝的な変異ばかりだとしたら、それこそ、世界規模で、人類史上、大変な問題となるはずです。
人類の歴史から見て、10年とか、100年とか、1000年単位で、生物としてのヒトそのものが変わるわけはありません。


発達の課題の根っこに近ければ近いほど、そこを育て治していければ、それ以降の発達過程が大きく変わってくるのは当然だといえます。
そうなれば、ガラッと変わることもあるでしょうし、「本当に、発達障害だったの??」と言われるくらいまで治る子も出てきます。
だって、発達の遅れの始まりから育て直しちゃうのですから。
逆に言えば、その根っこを育て直さずして、いくら表面的な対処をしようとも、発達障がいそのものは変わっていきようがないのです。


もし、発達障害が改善だったり、適応しただけだったりしたら、様々な刺激と変化に影響を受け、揺り戻しが起こります。
でも、発達課題の根っこ、元の元を育て直せば、そんな揺らぎなど起きるはずはありません。
一度、発達したものが、一度、クリアした発達課題が振出しに戻ることはあり得ないのです。
もし、そんな状態が起きたとしたら、それは老化のみ。
何故なら、発達とは後戻りしないから。


発達とは、生を受けた瞬間から死を迎えるまで、前にしか進めないもの。
発達障害は、『発達』の障害だからこそ、いつからでもやりなおせるし、そこから前に進むことができる。
ただ前にしか進むことができない特徴が、発達が抜けたら抜けっぱなしで、そのまま前に進んでしまう、次の発達段階へ進んでしまう、という発達障害が生じやすい理由にもなっていると思いますが。
結局、それが発達の凸凹になるんでしょう。
発達が、常に前に進むという特徴を持っていなかったとしたら、発達障害という概念は存在しなくなり、みんな、知的障害になったと思います。


私が論文を読むことに集中していた時期は、すでに10年以上前。
でも、その時点で、世界に目を向ければ、抜かしていた発達課題をトレーニングと指導によって、あとから育てよう、そこから改善していこうとしていた人達がいたということになります。
障害をそのままにするのではなく、ヘンにすべてを受け入れましょう、みたいな精神世界に向かうのではなく、現実的に目の前の人の困難をどう改善していけるか、治していけるか、と励んでいる人達も大勢いますし、それ自体、自然な考え方だといえます。
「治すなんてトンデモだ」という人もいますが、世界的な視点で見れば、「治そうとしないなんてトンデモだ」と言えるかもしれませんね。

2019年4月12日金曜日

発達障害という軸、定型発達という軸

フィギアの選手を見ていると、「よくもあれだけ高速で回転して目が回らず、演技ができるな!」と思います。
ああやって回転しても目が回らないのも、練習の成果ですね。
最初から目が回らなかったわけではありません。
ちゃんと目が回るという発達を遂げたあと、長年の練習の結果として目が回らない段階になった、ということ。
目が回らない→目が回る、からの再び「目が回らない」です。
目が回らない子が、フィギアの選手になったわけじゃないのです。


お金を貰って発達障害の人達と関わるようになって、もう15年以上が経ちます。
その中で、いろんな支援者と出会ってきましたが、専門家というか、発達障害の専門的になると、どんどん腕が悪くなってくる人が多いような印象を受けます。
若手の頃は、30代くらいのイケイケのときは、「あの人はよい支援者になるな」「この人が上に立つようになれば、素晴らしい変化が起きそうだな」と感じていたのに、肩書が付き、キャリアが積み重なってくると、ただの凡人になり、腕の可もなく不可もなしになる。
治せたはずの支援者が、40代過ぎて、ただの支援者の一人になっている。
そんな期待外れな支援者の顔を思い浮かべる方も、いらっしゃるのではないでしょうか。


肩書や組織ができれば、いろんな縛りが出てきて、それで腕が悪くなる、治せなくなる、という要因も考えられるでしょう。
でも私は、「軸がずれるから下手くそになる」と考えています。
「軸がずれる」というのは、発達障害の中に軸が移動するということです。
つまり、日頃、発達障害と関われば関わるほど、そういった中での経験が増していけばいくほど、自分が見てきた、経験してきた発達障害という軸の中で、「この人は軽い」「この人は特異的だ」「この人は典型的」という具合になる、ということです。


私も、20代の頃は、キャリアとしての経験数が乏しいため、のめりこむように発達障害について勉強したものです。
しかし、あるとき、気が付いたのです。
期待されていた先輩たち、支援者達は、40代になると凡人になる、ということに。
ですから、私は、そういった人達の姿から理由を探ろうとしました。
そこで行きついたのが、軸のズレ。
そういった先輩たちと話をしても、いつも発達障害中心の話で面白味がない。
結局、終始、発達障害の内側の基準で話をしているから、良くなるというような発想は出ないし、それ以上のワクワクするような話がでないのだと感じました。


それに気が付いてから私は、軸はあくまで定型発達に置いておかなければならない、と思うようになりました。
ですから、赤ちゃんの発達やヒトの進化、言葉や遊びの発達段階など、定型発達とはどういうものか、その勉強をするようになりました。
もちろん、始めの頃は、「治そう!」と思って勉強していたわけではありませんが、結果的に今の仕事に繋がっていると思います。


定型発達という軸があるからこそ、そこからのズレで、発達障害を捉えることができる。
だからこそ、どこが遅れ、何が抜けているかに気が付くことができます。
そして、どうすれば、どこを後押ししていけば、定型発達という流れに乗ることができるか、より良く発達していけるかに気が付くことができます。
これが発達障害という軸で捉えようとしていたのなら、ある意味、発達障害の内側のみで解釈、完結しようとしていたら、こういった発達の後押しはできなかったと思います。
そして私も、今頃、凡支援者の一人として、どう支援していこう、どうやって発達障害者の中で、この子を良い部類にしていこう、などと考えていたかもしれません。


私は、我が子の子育てを通して、定型発達を教わっています。
また幼稚園や保育園、学校との関わりを通して、同世代の子ども達の発達を教わっています。
すべて、自分の軸を定型発達に置き続けられるための学びです。
定型発達を知らずして、発達障害を治すことはできないのです。


若手の支援者や幼稚園、保育園の先生、特別支援と関係のない分野の専門家、親御さんがパッと治せたり、治すための育み、アイディアが出たりするのは、普通の子を通して、発達障害の子を見ることができるからだと思います。
反対にキャリアを積み、肩書を身にまとい、「私は専門家です」と恥ずかしげもなく公言できちゃうくらいまでくると、まあ、腕が悪い、そして治せないし、治そうという発想すら一ミリも湧いてこない。
それは定型発達という軸を見失い、発達障害の世界、内側、そこの価値観のみで完結しようとするから。
もちろん、本人は意識していないのでしょうが、発達障害の世界に限って言えば、専門家、専門的になればなるほど、腕が悪くなるのは、特別支援あるあるだと思います。


支援者や若手の人からも、相談や助言を求められることが増えました。
そんなとき、私は上記のような話をします。
軸が発達障害に移ると下手くそになる。
うまい支援者、治せる支援者は、軸が常に定型発達にある人。
だから、ヒトについて知識、理解、知見を深めていかれると良いですよ、と。


発達障害の人は、別の世界からやってきた人ではなく、みんな同じ人間。
ただ定型発達からズレてしまった結果、いろんな支障が出ているだけ。
だったら、課題の根っこはそのズレであり、本来の自然な流れに乗れるよう後押しするのが、支援者としての役目。
だから私達は、ヒトについて学び、深めていく必要があるのです。
発達障害、特別支援の世界には、治すための答えはないですね。

2019年4月11日木曜日

発達の逸脱に気づいた時点での「治す」

「治す」と耳にすると、苦しんでいる状況、状態があって、そこから救うための「治す」を連想します。
睡眠障害を治す。
自傷行為を治す。
激しいこだわりを治す。


偏食や他害だって、結局は、自分自身を苦しめる結果になるのですから、これもネガティブな状態からの脱却という意味での「治す」になると思います。
目の前に苦しんでいる人がいて、特にそれが我が子だったら、この苦しみから、どんなことをしてでも救ってあげたい、少しでもラクにしてあげたい、と想い、願い、行動するのが自然な親心というものでしょう。


一方で、ネガティブな状況からの脱却という意味ではない「治す」もあると思います。
その子が本来持っている力、発達の流れが妨げられている状態からの脱却。
喃語は出ているけれども、それ以降の言語発達がみられない。
立って歩くようにはなったけれども、なんだか身体の使い方がぎこちない。
一人遊びをするんだけれども、友達と遊ぶ段階に進んでいかない。


本人の視点に立てば、必ずしも苦しんでいるわけではない。
でも、本来、辿っていただろうその子の発達の流れに乗れていない状況を、どうにかしてあげたい、もっと伸びやかな発達、成長を遂げてほしい。
そんな願いから出てくる「治す」もあるのだと思います。


「発達障害を治す」と聞くと、性格や資質を矯正でもして変えさせよう、と連想する人がいます。
そういった人は、発達障害を固定されたもの、生来的なもので変化しないもの、と捉えているのだと思います。
中には、古い時代の「脳の機能障害」「生まれつきの障害」と言われていたのを、自らで考えることなく、信じてしまった結果の人もいるかもしれません。
しかし、発達障害とは、簡単に言えば、「いま、発達の遅れがある状態」と言っているだけ。
だから、その遅れた状態を治すのは、当然ですし、何よりも本人のためになるのです。


「遅れたままでいなさい。それがあなたの個性だから」
そんな残酷なメッセージを、子ども達に送ることができるのでしょうか。
子どもが苦しんでいる状態を目の前にしていて、ただ指をくわえてみているだけ。
病気で苦しんでいたら、病院に連れていくでしょう。
それがすぐにできないのなら、汗を拭き、頭を冷やし、栄養のあるもの、食べられるものを少しでも、と思うし、そっと手を握る、背中をさするのが、自然な姿。
病気で苦しんでいる子をそのままにしておくのは、ネグレクト。
私は、発達の遅れに対し、そのままを求め、行動をしないのは、育児放棄と言われても、支援者なら職責放棄と言われても仕方ないと思います。


以前は、「我が子の苦しみをラクにしたい」という「治す」を求め、相談される方が多かったように感じます。
しかし、年々、「この子の本来の姿、発達の流れに乗せてあげたい」という「治す」の相談、依頼が増えてきました。
これは、幼い子の親御さんからの相談が増えたことが大きいと思います。


睡眠障害や自傷、パニックなど、苦しみが表面化して、「明らかに辛いよね」となる前に、親御さんが気づくようになった。
「あれ、おかしいな」と感じた瞬間に、すぐにネットで情報を集める。
そうすると、治った声が聞こえてくる。


幼い子の親御さんは、「発達の逸脱」から入ってきます。
ですから、本来の発達の流れに乗せよう、つまり、子育てのアイディアを求め、入ってくるのです。
「より良く育てたい」という前向きな「治す」が増えてきました。
実際の治った声が、辛い症状として表れる前に、職責を果たさない特別支援の世界に入る前に、「発達の遅れは家庭の中で、子育ての中で、育む」という自然の姿のままに留まらせるのだと感じています。


これから益々、「この子の持っている本来の発達の流れに乗せてあげたい」というような「治す」が増えていけばいいと思います。
そうすれば、辛い症状が表れる前に、治っていける子ども達が増えるから。
そうすれば、一旦、子育ての放棄という異様な世界を通り、親子共々、味わう必要のない苦しみを感じることがなくなるから。


「発達の逸脱に気づいた時点で治す」
これこそが、本当の意味での「早期発見、早期療育」ではないでしょうか。
早く見つけておいて、その遅れをそのままにしておくのは、ただの『青田買い』ですね。
子ども達は、支援者を食わせるための稲じゃない。

2019年4月5日金曜日

「生まれつき」と言うけれども、うちの子が生まれたとき、あなたはそこにいたのか?

近頃、ずっと年齢の低いお子さんの相談が続いていましたが、相変わらず、「生まれつきの障害です」と言われるようですね。
そして、これまた相変わらず、2歳とか、3歳とかの子を前にして、「治らない」「この子は生涯支援が必要」と言われるのです。


“今”、発達に遅れがあるということが、どうして、これから長い人生の間ずっと発達が起きず、遅れ続け、生涯支援を受けて生きていく、と言い切れるのでしょうか。
この診断では、脳の画像を撮って、その根本的なダメージを確認したのでしょうか。
血液や遺伝子などを調べ、生物として、これ以上、発達は難しいという何かを発見したというのでしょうか。


訊けば、行動観察と家庭での状況、成育歴から告げられたとのこと。
それでは、今の状態は分かるけれども、何故、発達に遅れが出ているか、はわかりません。
だったら、なおのこと、今後の子ども達の歩み、成長、発達について分かるはずはないし、客観的な根拠のないまま、ただ親御さんを苦しめている、親御さんの子育ての力を奪っているとしか思えません。


「生まれつきの障害」というのなら、おぎゃと生まれた瞬間には、発達障害である確認が取れていないといけないことになります。
生まれつき、生まれつき、というけれども、実際、出産時に発達障害が確認された子はいないのです。
それなのになぜ、「あなたの子は、生まれつきの障害です」と言い切ることができるのでしょうか。
反対に、「先生は、うちの子が生まれたとき、発達障害があると確認したのですか?」と尋ねたらよいのです。


生まれたときに確認した人がいない、確認ができていないのなら、その子の発達の遅れは、生まれたときにあったのか、それ以降の発達過程の中で起きたのか、わかりません。
第一、これだけ同じ『発達障害』と言われる人の中でも、その状態像はバラエティに富んでいますので、発達障害の始まりが胎児期の子もいれば、出生時、出生後の子もいると考えるのが自然です。
まさに、発達期に起きるのが発達障害。
その子が、どの時点で発達障害が起きたかは、現時点で誰も確認も、証明もできないのです。


「生まれつき」と言っておきながら、10代以降に診断を受ける子ども達も少なくありません。
実際、そういった子ども達からの相談もあります。
親御さんに、成育歴を尋ねますと、乳幼児健診でひっかかったことがない、就学時健診でも「問題なし、普通級」だった、でも、不登校や学業不振、他人とのトラブルなどをきっかけに診断を受けたら、「自閉症でした」「発達障害でした」という経緯です。


もし「生まれつき」だったら、もっと早い段階で発達の遅れが生じ、生活の中で支障が出ていたはずです。
それが見られなかったということは、子育ての中で治せる部分を治していたか、生まれつきではない段階で発達障害が生じたか。
はたまた「支援を受けさせたい」「責任を別のところに持っていきたい」というような周囲の思惑の結果なのか。


決まって言われる「この子は、生まれつきの障害を持っていたけれども、なんとか本人や周囲が頑張ってきたから問題が表れてこなかっただけ」という説明は、ちょっと無理があり過ぎるのではないか、と個人的に思います。
頑張ってうまくいくのなら、そのまま、頑張る方向で行けばいいのでは。
そんなことを言っちゃうと、今までの特別支援が全否定されてしまいます。
「頑張らせてはなりません」「本人が頑張るより、周囲の支援」と言っていたのに。
個人、家庭の頑張りが予後を変える、発達&成長を変える、という真実に触れないようにしていたギョーカイの姿勢を。


まだ幼い子の親御さんに向けて、生まれつきかどうか確認していなのに、今、発達の遅れが出ているその原因が明らかにされていないのに、「生まれつきだ」「生涯支援だ」と言い放つ専門家の存在。
その子と家族と真摯に向き合う専門家なら、客観的な事実、わかっていること、わからないことを伝えるべきだと思うのです。
そして何よりも、子どもも、親御さんも、より良く生きていける方向へと導くのが、その道のプロの仕事、役割ではないでしょうか。


発達障害については、まだまだ行動観察と問診、成育歴でしか診断名をつけられませんし、何よりも、その子個人で見たときに、何がどうしてどうなったが全然わからない状態なのです。
だったら、目の前の子と真剣に向き合い、その子に合った育み方をしていけば、良いのだと思います。
同じ発達に遅れがあると言われた子のご家庭でも、子育てを通して、その遅れを取り戻したり、苦しんでいた症状がまったく出ないまでにしたり、ちゃんと自立して生きていけたりするところまで育て上げられた先輩たちが多くいらっしゃいます。


結局のところ、発達に遅れがあるのだから、その遅れを取り戻せばよい話です。
つまり、これは子育ての範疇。
だから、診察室で切り取った接し方しかしていない人よりも、家族が大事で、治した先輩たちの子育てのアイディアが貴重な意見であり、学びになると思います。
根拠のない専門家より、実際に治した親御さんの言葉です!

2019年4月3日水曜日

新たな喜びへと紡いでいく

神経発達障害ということは、神経の発達に何らかの障害が起きている状態だといえます。
ですから私は、その人の神経発達を妨げている“何か”に思いをはせます。
その何かに気づければ、本来歩んでいただろう発達の流れに解き放つお手伝いができるから。
妨げていたものは、育みの大元を教えてくれる。


「論文を書いたら」「成果をまとめて、発表したら」という話をしてくる人がいます。
しかし、私の仕事、役割、したいことは違うのです。
私は、目の前の人が自分の成長に喜ぶ姿を見て喜ぶのが仕事。
私は、目の前の人が少しでも辛さから解放され、より自由に、より自立的に、より主体的に、自分の人生を歩む出す姿を見て嬉しくなるのが仕事。


研究し、論文を執筆することが役割であり、仕事の人もいます。
その人達は、そういった成果を示すことで評価されます。
でも、私は目の前にいる人のために、自分の力、時間を注ぎたいと思うのです。
それに私に対する評価は、利用する人がいるか、いないか、その一点につきます。
昨日で7年目に突入しましたが、その歩みの一日一日が私に対する評価の日々だったといえます。


神経の発達に何らかの障害があり、今、発達に遅れが出ている状態である。
しかし、その何らかの妨げ、原因も、発達に遅れが出ている程度、どのあたりに発達の遅れがあるのかは、一人ひとり違うはずです。
呼び方、括り方は一緒でも、その状態像は一人として同じ人はいない。
だからこそ、私は、目の前の人と真摯に、真剣に向かい合ってきました。


状態像が一人ひとり異なるのですから、その育み方も、一人ひとり異なるはずです。
この人でうまくいったことが、あの人ではうまくいかない。
そんなことは多々あります。
でも、その一方で、この人でうまくいったことが、あの人でもうまくいくこともあります。


私が向き合うのは、目の前の一人です。
だけれども、向き合う前には、大勢の人達との出会いと気づきと教えが存在します。
多くの方達から頂いた知見と、目の前にいる人の育みは繋がっているのです。
7年目を迎えた今、私の仕事は、役割は、したいことは、この成長した喜び、辛さから解放された喜びを、新たな人へと繋いでいく、新たな喜びへと紡いでいくことのような気がしています。


全国には、我が子を、目の前の人を治す親御さん、実践家の方たちがいらっしゃいます。
私は、その方達の育み、知見から多くのことを学ばせていただいています。
治している人達の目の前にいるのは一人かもしれませんが、その一人と出会う前には、大勢の人達の存在があるはずです。
私が、治している人達から学ぶということは、その人達の背景にある大勢の人達と繋がりを持つことだといえます。


発達障害は、状態像に名前を付けたようなものです。
でも、具体的に、どこに障害、妨げがあって、どの程度、発達が遅れているか、どこの部分に発達の遅れがあるかを示しているわけではありません。
ですから、人によっては、栄養面を改善したら治っても不思議ではありません。
赤ちゃんの運動発達をやり直したら治ることもあるでしょう。
機械音を減らしたり、自然の中で遊んだりしたら治る子もいるはずです。
だって、栄養が、運動発達のヌケが、機械音が、遊びの乏しさが、神経発達の妨げになっていた人もいるはずですから。
神経の発達を妨げたものがあるのなら、そこからやりなおせば、育っていくはずです。


妨げが発達の凸凹を生んだのなら、その妨げを見つけ、そこから丁寧にもう一度、育て直せばよいのだと思います。
神経発達障害は、「現時点で発達が遅れているよ」と言っているだけで、その人の未来、可能性まで否定しているわけではないのですから。
もしかしたら、「現時点で発達が遅れているよ」と言われる人の中には、その妨げの原因が普遍的なものであり、その結果として元には戻らない、という人もいるかもしれません。
しかし、それだって、現在の科学では証明することができません。
だったら、治った者同士で手をつなぎ合い、その人に合った治す方法を、より良い育み方を目指し、試行錯誤して歩んでいけば良いのだと思います。


「この子は、一生しゃべることはないから」と告げられた子が、今では普通に話しをしてコミュニケーションをとっています。
「この子は、一生福祉だから」と告げられた子が、今では普通の人として一般就労しています。
確かに、医師や支援者から告げられた通りの人生を歩む人もいるでしょう。
でも、目の前の人が、大事な我が子が、そういった人達と同じ人生を歩むとは言えないのです。
だって、発達に遅れが出ているのは同じだけれども、その原因も、程度も、治し方も、育み方も、一人ひとり違うから。


私は、今まで出会ってきた人達が喜ぶ姿を、今目の前にいる人と繋いでいきたいと思います。
慌ただしくも、7年目を迎えることができました。
利用してくださった皆さま、いつも応援してくださっている皆さま、心より感謝申し上げます。
ニーズがある限り、日々精進し、頑張っていきます。
本当にありがとうございました。