2015年10月22日木曜日

具体的な手立てを持っていない人が言うセリフ

学生時代の専攻は、障害児教育ではなく、教育心理学。
心理学というと、人の気持ちや考えなど、「相手の心の中を見る」みたいな印象を持たれるかもしれませんが、実際は心を見ようとするのではなく、行動(身体、脳を含む)を見ます。
行動を見ることによって、その人が何を考え、思っているかを予測します。
そもそも"心"って実体のないものですから、自分以外の人間は、その人の身体(脳や行動)を見るしかできませんよね。

これって自閉症支援でも同じだと思うんです。
他人からは心の中を見ることができない。
自閉症の人の中には、自分の心の中を掴むのが難しい人、表現することが難しい人もいる。
ですから、自閉症支援も"人"を支援するっていうことですから、身体から考え、身体から支援していくのが基本だといえます。

「こんなこと当たり前じゃないか」と思われるかもしれませんが、実際の場面で遭遇するのは、心を中心に捉えている多くの支援者たち。
障害者支援は福祉との結びつきが強いからかもしれません。
また、現在の日本のオピニオンリーダーたちは、ご家族に障害を持たれた方が多いので、口では「治療、教育」と言っていても、どうしても家族としての心情が全面に出てしまうのかもしれません。
とにかく、これだけ自閉症の脳を中心とした研究が進んでいるのにもかかわらず、未だに「心を育てる」「心に寄り添う」のような講演や書籍が多いのが、"心"中心の支援を物語っていると感じます。

別に「自閉症の人、子どもの心や気持ちなんてどうでも良い」と言っているのではありません。
ただ自閉症支援はサイエンスです。
分析と仮説と根拠と結果と再評価がなくてはなりません。
「心に寄り添う」だけでは、自閉症の人たちを成長させ、自立させることはできません。
他人の心を掴むことはできませんので、支援者がいくら「心に寄り添った」と言っても、それは心に寄り添った"つもり"にしかならないのです。
支援者は抽象的な支援ではなく、具体的で客観性のある、そして一番大事な"結果が出る"支援ができなければなりません。
楽しい思い出を作るのは、支援者ではなく、家族の役割です。

私がトレーニングを受けたときも、「ストレスという見えないものを根拠にするな」と教わりましたよ。
とにかく見えるもの、確認できるもので支援を展開していけ、と。
「ストレスや心を出発点にしていたら、一生、問題行動を無くすことはできない」とも言ってました。
当たり前と言えば、当たり前のことなのですが、日本の多数派とは違うように私には見えます。

自閉症の人が学校や職場でトラブルを起こすと、「ストレスが原因だ」→「ストレスを取り除こう」という流れになります。
でも、本当にストレスが原因なのか、どのくらいの程度のストレスなのか、そもそも本当にストレスになっているのか、が確認できない・・・。
それにストレスなどの刺激がまったくない学校や職場はないのですから、ストレスを云々かんぬんではなく、本人の心身を整える方法、ストレス等に耐えられる&切り抜けられる力を身に付ける方が現実的と言えます。
ストレスのモグラたたきをしていたら、通える学校も、職場もなくなってしまいます。

不登校やひきこもり、非行も、「いじめによる心の傷」「心の闇を抱えている」などと言われますが、それは支援の手立てを持っていない人のセリフです。
きっかけがいじめや失敗、挫折かもしれませんが、それ以前に身体面のしんどさを抱えていたということも考えられます。
自閉症の人たちは、定型発達の人とは異なる脳、感覚、身体を持っているのですから。
身体的なトレーニングで変わった人や、快食&快眠&快便で変わった人もいます。

見ることのできない、確認することのできない"心"を中心とした支援は、家族や周囲の人を安心させるかもしれませんが、本人の成長、自立を確実に促すものではありません。
そして、何よりもお金を貰って支援している第三者が"何となく"支援していてはいけません。

自閉症の人たちと接していて感じるのは、定型発達の人も、自閉症の人も、みんな"心"は変わらないということです。
自閉症の人たちは心に闇を抱えているわけではありませんし、もちろん心を閉ざしているわけでもありません。
違うとすれば、身体面と思考の違い。
ですから、ここにアプローチするというのが、自閉症支援の基本だと考えています。

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