2020年10月1日木曜日

【No.1106】自分で育てているときと、そうではないときの見分け方

9月13日(日)のzoom講座のあとから、こういった質問を多く受けるようになっています。
「自分でなにか(発達)を育てているときと、そうではないときの見分け方は?」
確かにその見分け方までは説明しなかったと思います。
途中で質問タイムがあり、そういった行動についての相談がありましたが、答えることがメインで根拠までは説明しませんでした。
昨日で録画した動画を視聴できる期間が終わりましたので、この辺りのお話をしようと思います。


言ってしまえば、雰囲気です。
実際に見れば、良く分かりますが、何かを育てているときの姿は雰囲気がぜんぜん違います。
伸びやかで、自然で、明るく、内側から突き動かされている感じがします。
でも、これは私個人のイメージであり、現在まで多くの人たちと関わってきたからこそ、感じる部分だと言えます。
なので、答えているようで答えになっていませんし、これでは講座を視聴してくださった方達への後押しになりません。
ちなみに、メール相談でも、電話相談でも、親御さんの言葉を通してお子さんの雰囲気は伝わってくるものです。


そこで、どのようなところを具体的に見ているのか、どのような勉強を通して身に付けた技術なのかを紹介しようと思います。
まず大まかな枠組みとして、子ども達の行動には「育てる」「(純粋な)遊び」「防衛」が考えられます。


自分自身で発達を育てているときは、必要な刺激、足りていない刺激を求めていますので、型はどうでもいいわけです。
どんなやり方、どんな環境を使おうとも、同じ刺激が得られれば良いのです。
ですから、内耳を育てている子は、移動するときもピョンピョン跳ねているし、縁石をみればその上を歩こうとするし、ソファーに上がってはそこから跳び下りようとするし、おんぶされていても頭をたくさん動かすし、公園に言えば、とにかくブランコだし、自分も回るし、扇風機など回るモノも好きだし…という具合に、生活全般の中で「ああ、内耳を育てたいのね」というまとまりがあります。
一方で遊びは趣味嗜好なので、ある程度、決まった型があります。
いつも同じ場所で行う、いつも同じものを使う、遊びは変わっても遊ぶもの自体は、やり方自体は変わらない、ということがあります。


また育てる行動は、一種の退行ですので、その子の認知機能からいえば、行動レベルが幼いことをやります。
普通級で勉強しているような子でも、家に帰ったとき、グルグル回ったりします。
しかし遊びは、その子の愉しさと繋がるものですから、つまり、認知樹的な好奇心を満たすものですから、認知機能と合ったものを選択することが多いです。
IQや認知機能が変わると、遊びもより複雑なものへと変わってきます。


そして育てる行動は一過性のものが多いといえます。
乳幼児期の子ども達の姿を見ればわかるのですが、ハイハイを育てる時期は、朝起きてすぐにハイハイ、寝ているとき以外、ハイハイという具合に、1つの発達課題に没頭する傾向があります。
そのような四六時中、ハイハイの時期があったかと思えば、ある日を境にピタッと止め、とにかく伝い歩きに没頭する時期へ移行していきます。
親御さんのお話を伺っていても、「ある日、パタッとやらなくなった」「急に先週くらいから、毎日、〇〇をするようになった」ということがありますので、この場合は、ある発達課題をやりきった、ある発達課題を育て始めた、と解釈できると思います。
遊びの場合は、それこそ、小学生になっても、中学生になっても、大人になっても、遊びの大枠、型は変化しません。
虫が好きだった子が、図鑑や生物の仕組みに興味が出るように、車を並べて眺めていた子がブロック制作が好きになったり。
親御さんは子どもさんの遊びを見ていると、「そういえば、小さかったときから〇〇が好きだったもんね」というように、遊びの歴史、繋がり、きっかけがわかると思います。


なんとなく「育ち」と「遊び」の違いは分かったと思うので、「防衛」に話題を移します。
防衛は、遅延性や即時性のストレス回避行動です。
簡単に言えば、ストレスから身を守るために行っている対処行動になります。
聴覚過敏の子が、子どもの鳴き声を聞いて耳をふさいだり、学校で疲れた子が家に帰ってきて布団の中にくるまったりする行動です。
こういった行動は"明らかに"ですので、他の二つとの違いはわかると思います。
当然、自傷・他害なども、育てたり、遊んでたりはしていません。


「育ち」は刺激を求めていて、「防衛」は刺激を遠ざけています。
時折、嫌悪刺激から身を守るために常同運動(顔の前で手をパタパタさせる、ピョンピョン跳びはねるなど)をする場合もありますが、嫌悪刺激が止まれば、こういった行動も止まります。
「育ち」の場合は、周囲の環境が変わっても続きますので、ここが違います。
あとは、「防衛」がストレス始まりの行動なので、表情が硬く、身体に力が入っていて、動きがぎこちない、動きのバリエーションが少ないという特徴があります。
一方で「育ち」はリラックスしていますし、幼い段階に戻る行動ですので、動きがなめらかです。
細かいところで言えば、「育ち」や「遊び」は周囲からの声がけにパッと応じられますが、「防衛」のときはそれが難しい、ストレスレベルが下がるまで続く、ということがあります。


上記までの説明では、雰囲気を無理やり言語化した感じになります。
たぶん、経験則的に「こういった方向性で提案したほうがうまくいく」というのがわかるのだと思います。
でも、それだけだと間違いを起こしますので、勉強&補助として定型発達を理解することになります。
「育ち」の場合は、定型発達の子ども達も、どこかの年齢で行うことが多いといえます。
あまり自己流ということはなく、子ども達に共通して見られる行動です。
そこにプラスして、成育歴、発達の流れ、そして今の発達段階を確認し、「汗をあまりかかない。砂遊びを嫌がる。触られるのがイヤ。寝返りの際、反動をつけて回っていた」からの「お風呂からなかなか出ようとしないのは、皮膚を育てようとしているかも。水の時期だからかも」という見立てになります。
そこから、「じゃあ、足を使った遊びを」「じゃあ、海へ」「波打ち際を裸足で歩こう」というような刺激のバリエーションを増やすことからの発達の後押しへとつなげていきます。


たぶん、ほとんどの親御さんは、この3つの違いが感覚的にわかるはずです。
こういった質問をされるというのは、今、不安な気持ちがあるからであり、「解釈を間違えたらどうしよう」という想いからだと想像します。
たとえ解釈を間違えても、基本的に見守りでOKです。
ストレスに対する防衛行動だとしても、自分自身で動き、乗り越えようとしていますので、またその乗り越えた経験が生きていく上での武器になりますので、本人や周囲に危険と迷惑がかかる行動でなければ、特段介入する必要はないといえます。
ただし、親としてそのストレスが何なのかは確認する必要がありますが。


まずは子ども育つ力、乗り越える力を信じること。
そうすれば、ひとつ冷静になって、子どもの姿を見ることができます。
アセスメントのコツは、見ている側の感情を乗せないことになりますので。




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