2020年10月2日金曜日

【No.1107】入口と出口を押さえられた教育

教育大に入学したのだから、子ども達への"教え方"について学べるものだと思っていました。
1年目は、「最初だから座学が多いのかな」「教養や知識の習得の講義が多いのかな」と思いきや、それが2年目、3年目となり、気が付けば4年目になり、卒業してしまいました。
実践的な教え方を学んだと言えば、教育実習の期間中でしょうか。
あとは、教育の歴史だとか、障害の種類だとか、パブロフの犬やアヴェロンの野生児、ボウルビィの愛着理論とか、そんな感じです。
教育大なのに、教えている教授の教え方が悪い。
何年も使い回しのレジュメを配って(コピーのし過ぎで端が切れてる…)、声も聞こえないような一方通行の講義。
地方の国立大ですから、これで許されているのでしょうが、それにしてもつまらない講義ばかりで、だからこそ、自分で地域活動やボランティア活動、社会人を対象にした講演会などに潜り込むような4年間を過ごしていたのだと思います。


私も教員免許を持っていますが、結局、これは自動車免許と同じなんだと思いました。
教員の資格を得るための4年間であり、大学は学科、実習が実地、自動車学校で基本的なことは学べるけれども、運転の上手い下手は個人のセンスによるし、何よりも実際に運転するようになってからの練習と経験がものをいう。
今こうして子ども達や育ちに関わる仕事をしていますが、ほぼ大学で学んだ知識は使われていない。
他の仕事と同じように、やはり社会人になってから学んだことが主になっています。
というか、大学で学んだことだけでできる仕事なんてありませんね。


教育大ですので、同期はほぼ教員です。
学生時代、生意気にも「あの先生の教え方が悪い」「あんな教師にだけはなりたくない」「俺だったら、こんな授業をする」なんて言っていた仲間たちですが、皆さん、見事に"あんな教師"になっています。
共に学び合った仲間なので、それぞれの学校で頑張り、中堅になった今頃は学校も、地域も少しは良くなっていると期待していたのですが、あいも変わらず、構造化、惰性でやっている朝の会&帰りの会、とにかく「仕事には体力!」で校庭をランニング、エスケープゾーンという名の出口のない部屋、問題行動は無視、令和にその仕事ある?というような木工・陶芸の職業訓練、自立を掲げながら進路は福祉ばかり…。
これって私が学生時代から見ていた学校の姿と変わりません。
高等部の先生たちが「どうして小・中と今まで自立に向けた教育をしてこなかったんだ」と憤り、また小・中の先生たちが「どうして卒業後の進路が福祉ばかりなんだ。あの子はもう少しできたはずなのに」と嘆くのも毎年、秋から冬にかけてです。


先日、施設内の虐待が発覚したとニュースになっていました。
ここ10年くらい人気があった施設で、道南地域の学校からも多くの生徒が入所、利用しています。
ある進路担当の先生は、「ここに入れたらラッキーですよ」なんて言っていました。
それが今回の件です。
当然、既に利用している本人、親御さんは不安になるでしょう。
ですが、「じゃあ、出ます」といえないのが、福祉の闇です。
施設を出てどこに行くのでしょうか。
他の施設?家?自分でアパートを借りる?
そういった選択肢とスキルを身に付けてこなかったから、卒業後の進路で向かい、そのときは「有難い」と思ったのではないでしょうか。


学生時代からずっと思っていたのですが、どうして学校の先生は卒業後の進路で福祉施設を勧めるのか、それで「卒業生を送りだせた」とすがすがしい気持ちになれるのか、はなはな疑問です。
だって皆さん、口々に「施設職員だけはやりたくないよな」なんて言っていたのですよ。
私が施設に就職しますと言ったときも、全員、「やめた方がいい」と言っていたくらいです。
たぶん、これは労働条件的な印象だったと思います。
月に休みが6日で、24時間勤務がコンスタントにやってきて、給料は先生の初任給より10万円くらい少ないし、ほぼ上がっていかない。


また私も施設職員になって分かったのですが、先生たちの多くは、施設で暮らす人達がどのような生活を送っているかを知らないのでしょう。
「決まり決まった生活と日課があって息苦しい生活」「人里離れた場所での生活」くらいなものでしょう。
でも、実際はそんな生易しいものではありません。
常に人に見られ、監視されている息苦しさ。
同じ日課が今日も明日も明後日も何年も続いていくという未来。
自分の意思が主張できる機会の少なさと、それが通ることのない現実。
言葉に表しきれないような現実が施設にはあるのです。
皆さんは、本当の姿を知らない。


同期を見ていても感じますが、学校が、教育が本気で自立を目指さないのは、卒業後の60年間を知らないからだと思います。
自分たちは良い思い出として笑顔で卒業式を行い、生徒たちを送りだしているのかもしれませんが、その後の生活を想像したら、笑ってはいられないと思います。
「困ったら、福祉があるんだ」「福祉が彼らの生活を支えてくれるんだ」
それは実際に利用しないからこそ言える言葉です。
福祉を利用するのも大変、利用してからも大変、利用しなくても大変。
それが現実です。


もう遅いかもしれませんが、学校をフォローするとすれば、問題の大元は福祉であり、医療です。
先生と親御さん、双方から学校の様子を伺うこともありますが、とてもじゃないけれども、十分な教育ができるだけの準備が整っていない子ども達が多すぎます。
学校の先生は教育をする人であって、子ども達の排泄、着替え、健康、食事のお世話をする人ではありません。
障害とか、認知機能とか以前に、基本的な生活習慣としつけの問題があり、「遅刻、早退、欠席なんて当たり前ですよ」と先生たちに言わせてしまうことに問題があります。
でも、それは就学前の段階の課題だし、そこに関わっているのは幼稚園、保育園だし、もっといえば、診断と療育で関わった人間がそういった親御さん達を育てているといえるのです。
なんでも障害のせいにする親は、なんでも障害のせいにする専門家、支援者によって作られる。


「どうせ、治んないし、一生福祉だし、支援だし」
そういった言動が、親御さんの親として育つ意欲と機会を奪い、基本的な生活習慣やしつけといった部分までも諦めたり、丸投げしたりする態度を養ってしまう。
もし親として歩みだした最初の6年間の間に、「基本は子育てです」「快食快眠快便を整えることが子どもの成長に繋がります」「神経の発達の不具合なので、遅れても発達するんです」「社会の中で自立している人たちもたくさんいます!」と言ってくれる専門家、支援者と出会えていたら…。
「頑張らなくて良いよ、お母さん」という言葉が、そういった親御さんを育て、頑張ることを知らない子を育てることになる。
この子ども達が学校に入学して、勉強や級友との関わりを頑張れるというのでしょうか。


学校という12年間があるので見失いがちですが、結局のところ、福祉が種をまき、間12年水やりをやってもらい、再び福祉が刈り取りを行うのです。
こんにちの特別支援の問題が"入り口"にあるのは確かです。
その入り口で待ち構えている専門家というのが医療であり、福祉です。
療育と言っていますが、教育機関ではなく、教育者が行っているわけではありません。
その多くは、福祉系の大学、専門学校で学んだ者。
あとは旧来の「脳の機能障害」に固着する医療関係者です。
福祉の人間がイメージする未来は福祉の世界。
医療の人間がイメージする未来は医療の世界。
自立を本気で目指すのが、本来教育者のはず。
しかし、入り口と出口をふさがれた学校は、おのずと福祉抜きには、福祉の影響を避けることも、福祉をイメージしないこともできないのです。


私が思い描く理想の姿は、学校が教育に集中できること。
それが子ども達の自立するための後押しになると信じているからです。
そのために、就学前の子ども達の育ちが大事であり、私が家庭に入り、親御さんと共により良い子育てを考え、後押しすることの意義があると思っています。
今の特別支援教育は福祉までの中継ぎ、ある親御さんの言葉を借りれば、福祉という世界に入る前の思い出作り。
学校が思い出作りじゃ、悲しいではありませんか。
人生100年時代の始まりの20年。
子どもも、親も、先生も、皆が成長を喜び、成長し合える未来を願っています。




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