2020年10月13日火曜日

【No.1112】関係性から見る「療法」と「支援者」

函館ではほとんどそんなことはないんですが(笑)、出張での訪問となると、お父さんも遊びには行かず、中にはわざわざ仕事をお休みして、ご両親、ご家族そろって発達相談を受けられる場合が多くあります。
数年前までは、「どうして俺もいなきゃいけないんだ」というオーラぷんぷんのお父さんもいましたし、隙あらば席を立とうとするお父さんもいましたが(笑)、今は積極的なお父さんばかりで、私も楽しい時間を過ごすことができています。


もちろん、母子だけという相談もあります。
しかし、家のその場にお父さんがいなくても、いろんな理由から離れて暮らしていたとしても、子どもさんの中には、きちんと関係性が表れています。
「普段はこうやって遊んでいるのかな」
「こういった部分は、お父さんからの影響を受けているのかな」
「お父さんは、我が子をこのように育てたいと思ってのかな」
母子関係ばかり強調されますが、男の子は特に父親との関係性の中から学び取ろうとする本能的な力を感じます。


私は家庭訪問をしているので、自然な親子、家族の関係性が見えるという利点があると思ってます。
というか、発達相談なので、その関係性が見えなければ、仕事になりませんね。
よく子どもだけとか、お母さんだけとか、単独での検査や面談が行われますが、それでは課題の本質は見えてこないだろう、と思います。
そして何よりも、検査も、面談も、やっておしまいではなくて、その後の未来、家庭生活の中にフィードバックされるからこそ、意味が出てくるのだといえるでしょ。
子どもが家庭の中で、親子間で、家族との関係の中で見せる姿が本当の姿。
子育てとは特にヒトにとっては関係性を中心に営まれるものなので、関係性を通して子どもさんを見て、その関係性をより豊かにしていくことがより良い育ちへと繋がっていくのです。


まあ、ここまでが前フリで、今日のメインはここからです(相変わらず、前置きが長い)。
一旦、特別支援の世界へ足を踏み入れると、いろんな名称の専門家が出てくるし、勧めてくる療法も様々だし、子どもよりも、支援者、専門家との付き合いのほうが疲れる、という親御さんは少なくないと思います。
そういった親御さんは、「関係性」というのをキーワードにして烏合の衆を見ていくと、すっきりしていくでしょう。


たとえば、視覚支援。
視覚支援は、なんだかんだ道具が出てきますが、結局のところ、本人と私との関係性を良くしようとしています。
その"私"は、親御さんも含まれますが、支援者も、先生も、当てはまります。
別に家庭や子育てに特化したものではなく、いうならば、本人自体の育ちをサポートしているわけではなく、より良い関係性を築くためのコミュニケーションツールという側面が強いといえます。
ABAに関しては、モロ関係性を使った指導方法で、賞罰を使いながら関係性を構築していき、関係性と一緒に何かを身に付けさせようとする方法だといえます。
つまり、その子との関係性の中でより良く育っていくというよりも、教える側と教わる側、支援する側と支援される側という関係性をはっきりさせることがポイントです。


専門家、支援者、先生を見るときも、関係性から見るとわかりやすくなります。
子どもの発達の相談に行っているのに、「お母さん、よく頑張ってますね」「辛くないですか」「無理しないで支援を」ばかり言ってくる。
それは相手がお母さんとの関係性を結ぼうとしている証拠です。
そんな人のところに通っても、子どもは育っていきませんね。


また、子どもをやたら褒めたり、子どもに気にいられるようなことばかりをやる人は、子どもとの関係性を結ぼうとしている証拠です。
裏を返せば、長く支援していこうという魂胆があるということ。
とすれば、自立させる気がないか、自立できるとハナから思っていなか、はたまた自立できるだけの腕を持ち併せていないか。
「本人と良い関係が築けないと指導、支援できない」というのは、幻想です。
その子の目を通してみれば、自分にとって有益な人だからこそ、関係性が出てくるのです。
関わっても何の得もない、自分の成長に繋がらない人間が結びたがる関係性は、ただのストーカー。
腕が無いから、「せめて、この子に気にいられるように」と思っているかはわかりませんが、プロだったら技術から先に見せんしゃい!
ただ関係性を築くだけだったら、ホスト、ホステスさんのほうが何百倍優れていて、楽しいですよね。


ということで、関係性を結ぼうとしてくる支援者はケアの人達です。
自立を促す人、教育する人、発達を後押しする人ではありません。
もちろん、そのときの心身の状態によってケアを求める人、特に親御さんはいるでしょうが、結局、子どもさんが生きづらさを解消できなければ、自立に向けた発達成長ができなければ、状況は変わっていきません。
神経発達症の子ども達が、生涯生きづらいまま、発達の課題を抱えたままというのでしたら、ケアを求めることは必要なのかもしれませんが、彼らは発達するし、求めているのは発達を後押ししてくれること。
親御さんから見れば、我が子との関係性を結んでくれる人が多いほうが良いと思うでしょうが、それは特別支援の世界の人間に限ることではありませんね。
むしろ、地域の、社会の、いろんな人たちとの関係性のほうが良いはずです。
あくまで支援者は、有期限の、お金を貰って関わっている人間たちだから。


親と子の関係性は、自然であり、子が伸びやかに育つ環境に近いといえます。
親と子の関係から親戚、園の先生、友達、学校、職場、地域、社会というように伸びやかに育つ環境が広がっていくイメージです。
社会に出てからも成長し続ける若者たちをみれば、人生の始まりの頃に豊かな関係性の原形があるように感じます。
それは母子であっても、父子であっても、兄弟であっても、祖父母との関係性であっても。


関係性は、自然と結ばれていくもの。
人工的に、人為的に結んでいくものではありませんね。
自然と結ばれた関係性の中には、心地良さがあるものです。
ですから、親子一緒の面談のときには、子どもさんの自然な姿が見られます。
言葉に表現できないような雰囲気としての心地良さ。
それが維持され、豊かになっていくことが、子どもの豊かな発達と成長へと繋がっていると私はいつも感じるのです。




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