2020年7月8日水曜日

【No.1081】私達が医学の土俵の上にあがる必要はない

新型コロナに関する専門家の発言やメディアでの捉え方を見ていますと、その言葉の中に個人の息吹を感じることができません。
同じコロナウィルスとはいえども、それが発症するか、重症化するか、実際に罹るかは、個人によるところが大きいといえます。
でも、その個人が語られることはありません。
いや、むしろ、一生懸命個人を排除しようとしているようにすら感じます。


ウィルスを研究するのは、医学の話でしょう。
私達一般の人達は、医学ではなく、実学が必要なのです。
このウィルスとの折り合いの仕方が知りたくて、よりよく生きるという目標に向かっている中で出会った一つの環境要因でしかないのだと思います。
新型コロナに罹らないために、無人島に行くか、誰にも会わず家に閉じこもるか。
新型コロナに罹らないために医学があるのかもしれませんが、それは個人の生き方、命の全うの仕方とは次元が異なる話なのです。


これは医療に共通する話なのかもしれません。
現在の神経発達症に関する診断基準を見ても、見事に個人が排除されています。
私達が知りたいのは、その子に感覚過敏があることではなく、何故、感覚過敏が生じているかという理由です。
しかし、どう頑張って読んでも、その「何故」が見えてきません。
しかも同じ症状の中にも、個人によるバリエーションがあるのにもかかわらず、そこすら見ようとされていません。
あるのは、できるだけ個人が排除された基準だけ。
本来、診断とは、その個人がよりよく生きるためのものであるはずなのに、その個人、家族に利するところがほとんどありません。
むしろ、医学という土俵の上で、医師が診断をつけやすいような形式に、どんな医師でも同じような結果が出るような形式になっているような気がします。


アメリカでは、医師以外の人でも診断を行います。
私だって、診断をつけるトレーニングを受けたくらいです。
つまり、誰でも診断できるがコンセプト。
いろんな人が診断しても、だいたい同じような結果になるように曖昧な部分、その個人という要因を削り落としているのです。
その子が今後、どのような発達を遂げていくかは考慮されていません。
その子が何故、発達が遅れているのかは考慮されていません。
それを入れてしまうと、診断が成り立たなくなってしまうから。


新型コロナと同じように、その個人は診断のために生きているのではありません。
自閉症という診断をもらうことが、人生の目的ではないのです。
その診断を受けることが、その人の人生に彩りを与えることがあるのかもしれませんが、ゴールではありません。


診断や療育、服薬が大きなことのように語られますが、それは医学という分野、土俵においての価値観、話だといえます。
自閉症の有病率だとか、感覚過敏を持っている人が〇%だとか、この薬が効くだとか、新しい薬は副作用が少ないぞとか、それってお医者さんの話でしょ。
「薬は効いたけれども、家から一歩も出られなくなった」
「療育を週20時間受けれたけれども、幼稚園での生活ができなくなった」
「診断がついたけれども、仕事が続かないのはかわらない」
医療の豊かさ、目標の達成度が、個人の幸せ、目標と一致するとは限らない。


現在、早期発見、早期診断がもてはやされ年端もいかない子ども達が、どんどん診断を受けている時代です。
でも、幼少期の子どもさんにとって診断は、その子個人のためでも、願いでもないはずです。
欧米では10年ほど前から、日本でもここ数年で、「どれだけ早く診断できるか、低年齢でつけられるか」が医師、クリニックの評価になり、競い合う項目の一つになっています。
1歳とかで診断をつけられるのは、どう考えても、その子のためではなく、医療側のためだといえます。
「医学の発展に寄与できた。でも、その子の人生は無茶苦茶だ」「正しい診断のために、人生を棒に振る」ではいけないのです。


診断はあくまで医療、医学の話です。
その子がよりよく成長する、よりよく生きるとは土俵が違うのです。
だから、診断を受けなくても、発達する子はいるし、治る子もいる。
というか、個人を排除している診断をいくら受けても、よりよく育つアイディアは出てきません。
個人は数値化できない曖昧なものだから。


親御さんは「なんとなく、これが良いと思って」と言いながら、子どもさんを治していく。
でも、医療は「"なんとなく"ではダメだ。それは曖昧なものだから」と言う。
両者がかみ合わないのは、目的が違うから。
親御さんは、我が子がより良く育つことを願い、医療は医学の発展を願う。
だから、『自閉症』『ADHD』『知的障害』などの括りで話がされる。
「この子は、どうなんですか?」と尋ねる親御さんに、「自閉症の子は、〇〇で~」と返す医師が多い。
親御さんが訊きたいのは、自閉症の育て方ではなく、我が子の育て方。


新型コロナがどのような遺伝子を持ち、どのような発症率で、経過をたどるか、どんな治療が良いかはわかりませんし、私の興味関心はそこではありません。
大事なのは、私の生活、仕事において、どのくらい影響があるか、どのくらい対策をすれば良いのか、ということ。
結局、罹っても自分の自然治癒力に頼るしかありません。
同じように、診断されようがされまいが、我が子をよりよく育てること、自立を目指して育てることは変わりませんし、信じるのは我が子の内側にある発達する力です。


専門家は、他の人も自分と同じ土俵にいると勘違いしがちだといえます。
特に自分たちがサービス業であるという自覚がない仕事の人達は、それが顕著です。
サービス業の人は、相手の言葉で、相手の土俵の上で勝負をしようとします。
四六時中、医学という土俵の上の話ばかりが続くメディアにはうんざりです。
知りたいのは私個人とコロナの関係性であり、医療とコロナの関係性ではありませんね。




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