2020年7月7日火曜日

【No.1080】思考の仕分け作業

私もようやく「治す系」の支援者と認識され始めたせいか(笑)、以前のように「私達の自立には、社会が理解する必要があるんです!」「もっと支援と支援者を増やさないといけないんです!」「私達は、一日8時間労働は無理なのですから、金銭的な補助を受けるべきなんです!」といった成人の人達からの相談がこなくなりました。
私が「社会が理解したとしても、あなた個人の内側にある生きづらさは変わらない」と返すからでしょうかね。
しかし、こういった認識を持った子がいる、関わっている利用者さんがそうだ、という周囲からの相談は来ていますので、まだまだ実際のところは多いのだと思います。


自閉症ゆえに自分は「保護されるべき存在だ」「理解されるべき存在だ」という主張をする人は少なくありません。
また、そういった人に対して同意"以外"の助言をすると、「わかってくれない」「障害の理解がない」と言って拒否反応を示します。
このような人達は、同意してくれる人を見つけるまで動き続けます。
結局、彼らが求めているのは、彼らの思考の丸抱えなのです。


こういった主張をする人たちに共通するのは、「整理統合する力が弱い」ということです。
「自閉症だから◎◎」というのは、とてもシンプルな図式です。
小さい子が「りんごは赤い」という図式を頭にえがくのと一緒です。
初めて青いりんごを見たとき、小さな子はびっくりします。
ですから、「自閉症だから8時間労働は無理」と言う人に、「いや、8時間働いている人もいるし」と言うと、ビックリしているのです、それが拒否反応になっているだけです。


小さな子が経験や成長と共に、赤いりんごだけではなく、緑も、黄色もあることがわかるようになる。
これは脳内で情報が整理統合され、概念が作られていくからです。
大人になっても、「りんごは赤だ。それ以外は認めない」と主張したら、おかしいでしょ。
でも、それと同じことが起きている。
自閉症の人達は「思考が固い」と言われることがあります。
『こだわり』と表現されることもあって、道順を変えると…といういつものやつです。


結局のところ、「理解ガー」とか、「自閉症だから◎◎だ」とか言っている人の多くは、整理統合の問題を抱えているのです。
当然、自閉症が、発達のヌケが影響して難しい部分、苦手なことがあるでしょう。
でも、同じ人の内側に得意な部分も、できる部分もある。
自閉症だからすべてがダメなわけではなく、自閉症が全人格&人生すべてを支配しているわけではありません。
そんなことは、大人なら瞬時にわかるはずです。
逆に言えば、それが瞬時にわからないところに課題があるのです。


以前、そういった人達の相談を受けていたとき、彼らに必要なのは頭の中を整理、統合するお手伝いだと考えていました。
「これは自閉症の特性が関係して」「これは発達のヌケが影響して」「これは自閉症とは関係なく」「ここはできる部分で」など。
私のイメージでは、思考の仕分け作業です。
思考の仕分け作業ができていないから、「自閉症だから全部だめだ」「(自分ではなく)社会の理解が必要だ」といった思考停止が生まれている。
「生きづらい」と言っている人は年がら年中、同じことを言っています。
今の状況が生きづらいのなら、何かを変える必要があるのに、止まっていないで動く必要があるのに、そのそぶりを見せないのは、思考停止が動きの停止を生んでいるからです。
思考停止が独自の解釈、独自の自閉症像、障害観を生むため、皮肉にも彼らが求める"理解"を得ることは難しい。


思考が整理できてくると、自閉症が人生を決めるわけではないのがわかるようになります。
また、できる部分、大丈夫な部分と、できない部分、苦手な部分がわかりますので、対処がうまれてきます。
自分が苦手とする部分が必ずしも社会の理解を欲していないということがわかるだけでも、一歩踏み出すきっかけになるのです。


このように考えると、道順の"こだわり"というのも、自閉症特有の特徴というわけではなく、思考が幼いからということがわかります。
こちらも身体や運動の発達同様、「未発達なら育てればいい」という方向へ進めます。
いろんな発達のヌケ、遅れがありますと、整理統合というヒトの脳の部分の発達が遅れるのは当然です。


こういった当事者の人たちを生むのは、周囲の人間の言語力の乏しさだと感じています。
親御さんの中にも「うちの子、自閉症だから◎◎」という人がいますが、できない理由をすべて『自閉症』という言葉で片づけてしまっている印象がぬぐえません。
本来なら、できない理由を細分化すること、できないことの中にあるできる部分と、対処で乗り越えられる部分と、学習・発達・成長で可能になる部分と、手助けが必要な部分を仕分けることが必要です。
それができなければ、本人は何も変わっていきませんし、そのためには周囲の人間の言語力が必要になります。
言葉は思考を整理するために存在するのですから。


「A=B」はもっともシンプルな数式です。
「自閉症=できない」
「自閉症=理解が必要」
「学校へ行く道=コンビニの横を通る道」
「ミニカーで遊ぶ=一列に並べる」
内容にはレベルがあっても、課題の根っこは同じです。
人間脳を育てるために、土台である感覚・運動・身体などの発達のヌケを埋めていく。
「A=B」の段階の人へは、周囲の言語力によって思考を整理し、統合し、本人が理解を深めていく。
問われるのは、支援者、先生、親御さんの言葉の力、豊かさだといえますね。




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