2020年7月1日水曜日

【No.1077】未発達のない自閉症者を目指す

発達相談の際、親御さんにお話しすることがあるのですが、「未発達のない自閉症者は、障害者と言えるのか?」という話です。
皆さんは、どう思われるでしょうか、考えられるでしょうか。
私は自閉症児施設で働いていましたし、今も自閉症の若者、子ども達とかかわりがあります。
そんな中で、一度も「自閉症を治そう」などと思ったことはありません。
治すのは、未発達と発達のヌケです。
あとは、誤学習と問題行動は、こっちの字で直そうとします。


多くの自閉症者と関わってきて感じるのは、自閉症という特性、ある意味、脳の情報処理の仕方が生きづらさの根っこではない、ということです。
ほとんどの人は、未発達と発達のヌケから、生きづらさが生じていると思います。
世の中を見渡せば、自閉症の人はたくさんいるわけで、でも、その多くの人が特別支援を受け、生涯に渡る支援を受けているわけではありません。
診断だって受けていない人の方が多いでしょう。


たぶん、そういった自閉症だけれども、社会の中で自立して生きている人達というのは、自閉症という特性とうまく折り合いがつけれているからだと考えられます。
つまり、別の言い方をすれば、特性と折り合えるくらい、未発達の影響が少ない、もしくはほとんどない、ということなのでしょう。
こだわりは工夫次第で折り合いをつけることができますが、背中の感覚がないこととは折り合いがつけられません。
同じように、聴覚や触覚の過敏さとも、右と左の未分化とも、重力に抗うことのできない筋肉とも。
ですから、本人の生きづらさの背景である、本人の自立を阻む根っこである未発達とヌケを育てていく、そこを治していくのです。


こういう話をすると、必ず「自閉症と未発達の違いは?見分け方は?」というご質問があります。
シンプルに言えば、未発達を育て切ったあとで残るのが自閉症の部分、といえます。
しかし、これでは答えているようで答えていない回答になります。
じゃあ、本当のところは、実際のところは…。


これはあくまで私の経験と学びによる見解です。
自閉症やADHDなど、特性と言える部分、ここは変えられるところじゃない部分と見分けるのは、本人、子どもさんではなく、親御さんからです。
つまり、親御さんの子ども時代、もちろん、今の姿から特性の部分を確認します。
自閉症でいえば、やっぱり親御さんのどちらか、または両方に、または祖父母、親戚の中に似たような人がいるものです。
そういった部分は受け継ぐものであって、急にお子さんだけにポッと出る特性、特徴ではないと感じます。
ある程度、年齢が上がったお子さんや大人の場合は、ベースにあった未発達が環境と適応し続けた結果、一見すると自閉っぽい人もいますが。


ですから、ご両親、親戚、家族に自閉症の特性を持つ人がいなければ、未発達とヌケが根っこで、そこが育っていない姿が自閉症の診断基準にひっかかっただけだと考えます。
私の相談でも、8割以上の人が未発達のみ(+環境要因)です。
今は未発達と自閉症が区別できる診断キットがありませんので、どうしても治る子ども達まで「治らない障害」とされてしまいます。
未発達の子が、そこを育て直せば、治るのは当然のこと。
フィクションでも、超能力でもなく、発達のヌケが埋まれば、元の発達の流れに戻るのは当たり前の話です。
今の問題は、多くの治る子ども達が「治らない障害」と一体化して語られてしまうこと。
そして未発達と特性の区別ができない下手くそな支援者が増えてしまったことだといえます。


未発達のない自閉症の人は、普通の人です。
「ちょっと変わった人」などと言われることもありますが、私に言わせれば、世の中、変人ばかりです。
まったく変わったところのないすべて標準で普通の人なんて会ったことがありません。
つまり、どんな人でも完ぺきとは言わずとも自立できていれば良いわけで、それを妨げるような生きづらさが少なければ良いのです。
またあったとしても、折り合いがつけれるくらいに未発達とヌケが育っていれば良いのだと思います。
ですから私の仕事は、未発達とヌケを確認し、そこを育てるアイディアを親御さんと一緒に考えていくことです。


親御さんに自閉症の特性があるのなら、それは子どもさんにも受け継がれることがあるでしょう。
だからこそ、家族の子育てが大事なのです。
そうやって特性を持ちつつも、家族を持ち、自立した生活を営むことができている。
ということは、その親御さんの生きてきた歴史が、試行錯誤した日々が、子どもさんがよりよく生きるアイディアとなる。
発達相談中、親御さんが「私も小学校に上がるまで言葉が出なかった」「他人の気持ちがわからず、よく失敗したものです」などと話してくれることが少なくありません。
そのとき私は、「では、お父さんは、お母さんは、どのようにして工夫されてきたのですか?克服されてきたのですか?」と尋ねます。
それこそがお子さんの道標になるのです。


子育てとは、生活力、自立に必要なスキルを身に付けさせることだけを言うのではないと思います。
こういったお父さん、お母さんの生きてきた道、人生で感じたこと、考えたこと、試行錯誤したことを我が子に伝えていくことも言うのだと思います。
それは私のような他人ができることではなく、いくら自閉症の勉強をしたからといってできることではなく、まさに親御さんだからできる育て方です。


受け継いだ特性なら、親御さんの生き方そのものが教科書になります。
「もう少し、お子さんが大きくなったら、その話をしてあげてください」
そのようにお願いすることがあります。
また未発達とヌケは、どの子も育てた方が良いですし、未発達ゆえに発達障害と言われているのなら治さなければなりません。
自閉症だから生きづらいのではなく、未発達とヌケがあるから生きづらいのだと思います。
未発達のない自閉症者を目指すのです。




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