2016年2月23日火曜日

今から教員免許状の申請すればいいじゃん

30年以上、教員免許がないまま、指導していた教諭のことがニュースになっていましたね。
私の感想は、「別にいいじゃん」です。

ちゃんと教職課程の大学を単位とって卒業したんだし。
今まで30年以上、教員としてやってきたんだし。
これで全然関係ない大学を出てて、詐称して教員になったら問題だけど。
ちゃんと教員採用試験にも合格したんでしょ。
教育委員会が適正である、あなたは合格ですと認めたんでしょ。
受け持っていた生徒たちへの単位は有効、補習なしと言ってるんでしょ。

教員免許状授与の申請手続きしてなかったのなら、「ごめんなさい」って一言誤って今から申請すればいいじゃない。
生徒たちのことを考えたら、その方が断然いいと思う、犯罪者みたいに扱うよりも。
「今まで払った給料の返還請求!?」
「刑事罰で法的な手続きも!?」
頭がガチガチな人間には、良い教育なんてできないと思いますね。

私の家にも教員免許状ありますよ。
どっか奥の方にしまってますけど。
今の仕事では使ってないですからね。
つまり、今の私にとっては紙なんです。
私が支援させてもらっているご家庭で、誰一人として「教員免許状見せてください」なんて言わないですし。
料金に見合う支援ができれば、良いのです。

結局、教員免許状の紙は、指導の質を証明してくれるわけではないんです。
人を教え育てるって教員免許状やるんじゃないんですね。
やっぱり人なんです。
教える人が自らの腕を上げるために勉強し、経験を積み重ね、成長していかない限り、よい教育を提供することはできないですから。

よく教員同士で…
「教採に何年で受かった」とか、「1種免許だ、2種免許だ」とか、「教育大学か、私大か」とか、「特別支援ばっかり勤務」だとか、「教員免許を持っていない塾の先生、習い事の先生」とか言っている人もいますけど、ホントどーでもいい。
臨採の先生でも、子ども達を一生懸命指導し、伸ばしている人もたくさんいます。
教員免許がなくたって、子ども達の成長に携わっている人達は家庭にも、地域にも、たくさんいます。
「子どもは社会で育てていく」と言いながら、「自分たちしか指導ができない」と思っている教員、また教育行政の人間がいるとしたら、本当にいろんな意味で残念だと思いますね。

学生時代、講義をサボる人、カンニングする人、水商売で働いてお酒の匂いをプンプンさせて机で寝てる人、公私ともにチャランポランな人、子どもは好きじゃないけど、安定した職だからと言ってた人…みなさん、採用試験に合格し、全国で教員されてますよ。
そんなもんです。
もちろん、教壇に立ったあと、心を入れ替えて努力されている人もいるとは思いますが。
私は、将来自分の子が学校に行ったら、担任の先生に出身校だけは訊いておこうと心に決めてましたね(笑)

子どもの目には、教員免許状は映らないはずですよね。
映るのは、この人が自分にどんな影響を与えてくれるのか、だけです。
子どもを目の前にすれば、どんな大人も一人の先生、一人の人間になります。
立場や職種を超えたところで、誠の教育がなされることを私は望んでいます。
いつまでも「教員免許ガー」とこだわるような狭い見識では、これからの社会を担う人材をより良く育てていくことはできないでしょう。

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