2016年2月12日金曜日

療育の型から、どれだけはみ出せるか

私は電化製品を買っても、取扱説明書をほとんど読みません。
取り出したら、すぐに組み立てるし、すぐに操作しちゃいます。
分からないことがあっても、故障しても、とにかく自分の手を動かして答えを見つけようとしますね。
説明書を読むのが面倒くさいというか、いちいち読むよりも、自分で試行錯誤しながらやった方が早いと思っちゃうんですよね。
これは子どものときからそうで、ゲームやおもちゃも遊びながら理解していくタイプでした。

自閉症支援って、いろんな療育方法があって、その中にはマニュアル的要素が強いものあれば、支援者の発想に委ねられているものもあるんですよね。
もちろん、最初はどの療法も理念や基礎基本は学ぶ必要があるので、「こうしなければならない」みたいな型を身に付けますが。
型を学んだあと、型からどれだけはみ出せるかによって、その療法の硬さと言うか、自由度が違ってくるように感じます。

私は、「こうしなければならない」とか、「このシートを使う」とか、「このセッションのあとは、こっちのセッションを行う」みたいなカチッと型が決まった療法って好きじゃないんですよね。
自分の着想、発想が入る余地が少ないと、窮屈に感じてしまうんですよ。
しかも、机上の研究なら良いのかもしれませんが、支援って生身の人間に対して行うものですよね。
だから、より余白のある柔軟性を持った療法の方が良いと思うんです。

でも、自由な発想を重視するような療法は流行らないんですね。
療法を教える大元は儲からないし、個人の力量、つまりセンスに左右されちゃうから、多くの人ができなくなっちゃいますし。
マニュアルは平均化するには良いのですが、それ以上が生まれる可能性が少なくなっちゃうんですよ。

マニュアル的な療育が、平均的な支援者を生む。
それ自体は悪いことではないと思いますよ。
でも、それじゃあ、本当の意味で問題を解決することも、成長させることもできないと思いますね。
日々の変化に気づくこと、対面したときの空気感を掴むこと、そして、それに合わせて自分自身が臨機応変に支援できること。
これって、マニュアル的な療育では身に付けられないことですね。

また、支援者に求められる大事なことって未来を見せることですよね。
過去から現在を通してみて、今後、どんな未来が待っているかを推測できる力。
推測できるからこそ、将来を変えるために今できること、すべきことを提示するのが本物の支援者です。
これもマニュアルの先にありますね。

私は支援ってクリエイティブな仕事だと思いますね。
決してマニュアルではない。
発想、着想、想像の部分が大事なんだと思います。
「こういった場合は、こうしましょう」というマニュアルで事足りるなら、そもそも支援者なんていう商売はいらないんですよね。
基礎基本を学んだあと、どれだけその型からはみ出せるかが、その支援者の価値なのかもしれません。
アイディアと工夫の積み重ねのみが、支援の質を高めるのだと思いますね。

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