2015年8月2日日曜日

来年からの「大学における合理的配慮義務化」を前に

来年度から義務化になる「大学における合理的配慮」
今、全国の大学は、その準備に追われています。
そういった中で、先行事例としてどのような配慮を行ったのかについての冊子が配られています。
その冊子を私も先日、見せてもらいました。
その発達障害の学生に関する事例は、正直驚くものばかり・・・。

合理的配慮とは名ばかりで、「予算をつけろ」「支援者をつけろ」というような要求だったり、講義や試験、課題の方法、期限、内容を変えろという要求だったり。
これだと、合理性のないただの特別扱いの要求です。
現在、まだまだ準備段階で、現場の大学も試行錯誤の最中ですので、特に障害に関する学部やノウハウのない大学は、「合理的配慮」という名で強く要求されると、断ることができず、そのまま、要求をのんでしまっているそうです。
要求する側も、高校の先生、支援機関の人、保護者が合格が決まったあと、大学の方に何度もやってきては要望を出していくそうです。

まず大事なのは、合理性があることだと思います。
それは、本人だけではなく、大学側にとっても。
今までの事例の多くは、本人にとっては配慮があっても、他の学生や大学には配慮が抜けている場合があります。
「障害を持っているから」「かわいそうだから」というだけでは、大学側の負担をただ多くしているだけです。
実際問題として、すでに「できることなら発達障害の学生は入れたくない」という声もあちこちの大学から上がっているという話があります。

そして、もう1つ大事なことは、その配慮をすることで、本人がより良く学べるか、他の学生と同様な学ぶ機会が得られるかということです。
字を書くことが苦手な学生、文章の構成を考えることが苦手な学生、課題や試験を筆記ではなく、口頭試験にすることは、長い目で見て本人のプラスになるでしょうか。
発達障害の学生だけ課題の提出期限を伸ばしたり、試験時間を伸ばしたりすることは、どうでしょうか。
人とコミュニケーションを取るのが苦手だから、グループ活動は免除、すべてメールのみでやりとりすることの許可を与えるのは、どうでしょうか。

もしかしたら、こういった配慮があることで、単位が取れたり、卒業ができたりする学生も増えるかもしれません。
でも、就職したら、このような配慮が受け入れられることは、ほとんどないでしょう。
決められた期限内に仕事ができないのなら、働き続けることはできません。
コミュニケーションが苦手だったとしても、同僚や上司、取引先、お客さんとまったく接しない仕事なんてありません。
それよりも、大学は社会人になる前の準備の段階ですので、どうすれば自分の苦手を克服し、またどんな工夫があれば大丈夫なのかを調べ、身に付けるための時期にすべきだと思います。
そちらの方が、将来、自分の資質を社会のために活かせるチャンスが広がるからです。

ある事例では、本人は話し合いに入れず、高校の先生、相談機関の支援者、親御さんと大学側で、入学後の配慮について検討をしたということがありました。
これはいかがなものかと思ってしまいますし、こんなことがあるのでは先行きが不安になるばかりです。
合理的配慮を求める権利があるのは、本人です。
また、求めた内容について合理性が感じられなければ、大学側に拒否する権利があると思います。
本人と大学が議論を重ね、妥協点を決めていく作業が大事だと思います。
それは要求を受けっぱなしで、自分たちの首がしまってしまう大学を救う意味もありますし、本人側の成長のために必要なことです。

大学に入学できるくらいの能力を持っている学生ですので、自分自身で配慮を要求し、議論ができることが求められます。
何故なら、社会に出たら、自分自身で配慮や要求をしていく必要があるからです。
その交渉できる力を身に付けておくことも、大学生活の中で身に付けておくべき重要なスキルだと考えています。

大学を養護学校にしてはいけません。
大学を福祉の価値観で染めてはいけません。
大学は高度な知識と技能を身に付ける"学ぶ"場所です。
障害のある学生も、無い学生も、社会に出る前の貴重な数年間を思いっきり学ぶことができるようにするためにも、尽力していこうと改めて決心した出来事でした。

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