2020年3月9日月曜日

【No.1025】自閉症の人ができない仕事ってなんだろう?

「では、何社の面接を受けられたのですか?」と尋ねると、だいたい返ってくるのが「1社」「2社」という答え。
1社に書類を送り、面接を受けただけで、採用が決まるなんて、どんなに優秀な人だというのでしょうか。
そりゃあ、ヘッドハンティングされるくらい、前の会社で実績があるのならわかりますが、学校を出たてだったり、行くことが目的みたいな福祉的就労、支援からの一般就労だったりすると、1社受けて1社受かるなんて、よっぽどの運がなければ難しいといえます。
これだけ多数の企業がある日本で、自分が就きたい職場と、企業側が採用したいと考える人材が1度でピッタリ合う確率は、そんなに高いことではないと思います。


成人の方からの相談の大部分は、就職に関することです。
で、だいたいの人が、「自閉症ガー」「発達障害ガー」「周囲の理解ガー」と理由づけをされます。
「自閉症の人でも、就職して、自活して、結婚して家庭を持っている人もいますよ」という話をすれば、必ず「私の症状は重くて…」と、今度は重いアピールが始まります。
本当に重ければ、こうやって相談などできないでしょうに。
まあ、とにかくネットか、家族か、支援者か、わかりませんが、典型的な誤学習をされてから、相談に来られる場合がほぼ100%です。
この誤学習さえなければ、話が早いのに、と思うことばかり。
発達につながることは何もしなくていいから、せめて誤学習だけはしてくれるなよ、支援者たち。


結論から言えば、面接のとき、「私自閉症です、配慮してください!」と大きな声でアピールしなければ、言葉の節々から支援されるのが当たり前、当然という雰囲気を醸し出さなければ、自閉症ゆえに不合格ということは少ないといえます。
今は、障害者差別に関しても厳しい態度がとられますし、そもそも働き手不足の社会状況。
ですから、採用してくれる企業を探し、そこにトライすれば、就職はできる。
「一般就労は難しいぞ~、怖いぞ~」と言い、あたかも一般就労が難しいように見せかけるのは、自分たちの支援に引きつないでおく常套手段。
支援者が言うほど、「一般就労の壁は高くない」というのが、私が出会ってきた若者たちから教わったこと。


結局のところ、就職後、仕事が続くかどうかも含めて、身体の問題。
面接を1社受けるだけで、疲れてきって寝込む人は、次の面接まで気力、体力を回復させる期間が必要な人は、十中八九、仕事をしても続かないでしょう。
企業も、最初から即戦力になることを求めていません。
どんなに優秀な人も、その仕事のノウハウ、知識、技能、また会社の文化を学ぶ期間を経て、1人前になっていくから。
ということは、やっぱり1人前になるまでの道のりを立って歩いていけるだけの身体が必要ということ。
「仕事は身体が資本」とはよくいったもので、採用も、採用後も、身体がモノを言います。


1社、2社の不採用で、自分の尊厳まで否定されたような受け止め方をするのは愛着の問題。
1社、2社の面接で、次に行けないのは、身体の問題。
「自閉症だから」「発達障害だから」「周囲の理解がないから」というのは、支援者ムラの論理であって、仕事の論理とは異なります。
結局、自立、社会に出るまでに育つべき部分が育っていないというだけ。
そこは、障害とか、周囲の理解とかの問題ではありません。
単に、発達という次元において、準備できていないのです。
それを直言するのは、意地悪でも、障害に理解無いわけでもなく、それが事実だし、そこが目標達成への通り道だから。


ちょうど一年前、一般就労した若者から、「今も仕事頑張って続けています」と連絡がありました。
「面接で不採用になるんです。どうしたら、就職できますか」という相談に対し、「受かるまで、面接を受けること」とお話ししたのが思いだされます。
障害だ、なんだと言いますが、一般就労する方法はただ一つ。
「受かるまで受ける」しかないでしょう。
それには、1社、2社、不採用でへこたれたり、寝込んだりしているようじゃダメ。
ですから、身体を整え、また未発達とヌケは育て、採用まで足を動かせる身体を作っていくしかない。
特性も、周囲の理解も、変えられないけれども、自分の身体なら育てられるし、整えられるでしょ。


以前は、「自閉症の人には〇〇という仕事が向いている」なんてことが良く言われていましたね。
でも、私は空想するのです。
「自閉症の人ができない仕事って何だろうか?」と。
認知や身体的な機能に障害がある人は、「できない仕事」というものがあるかもしれません。
じゃあ、五体満足に生まれ、ただ自閉的な脳の処理形式を持っている人ができない仕事とは…。
私は、自閉症の人にできない仕事は“ない”と考えています。


成人の方は、「自分には学歴も、職歴もない」と言われます。
そんなとき、決まって私は、その五体満足な身体があるじゃないか、とお話しします。
その身体があれば、できる仕事がある。
身体が資本。
そして、その資本である身体は磨くことができる!
何も、絶望する必要はありませんし、その絶望する時間が勿体無い。
若い時代の時間は、自分を変えることを容易にするのですから。

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