2016年10月8日土曜日

この児童デイは「どんな療育をし、どんな未来を辿るのか」を玄関の張り紙から想像する

近所の児童デイの窓にデカデカと「スタッフ募集」という文字が貼られていました。
作るのはいいけど、スタッフの目途を付けてから開所しないの??って思いますね。
というか、経験、能力豊かで初日からバリバリ働けるような人が来る可能性は低いので、ちゃんと開所前に研修しなきゃまずいんじゃないのかな?
だって、「一人ひとりの特性に合わせた療育」「自立に向けての療育」と、こちらもデカデカと貼られているのだから。


ここがそうかはわかりませんが、だいたい運営母体は札幌とか別のところにあって、そっから支店長みたいに社員が送られてくる。
そして、ほかのスタッフは、現地募集ってパターンが多いですね、近頃できたところは。
だから、開業日がもともと決まっていることが多くて、人がいなくても開所ってなっちゃう。
私が親だったら、こういうところには預けませんね。
だって、療育で大切な「準備」「アセスメント」「見通し」の甘さが垣間見られるから。
それに、人が人を育てるわけだから、支援する側の人も育っていなければならないでしょ。
人がいないんじゃ、育てようもないんだし。


経営重視の事業所は、制度が変われば、運営も変わります。
近い将来、事業所の報酬は減らされるはずなので、採算が取れないところは撤退していくと思います。
または社員一人で、あとはパートのみってなるでしょう。
それか、元利用者さんを障害者雇用で雇うっていうパターンも、就労支援の方の補助、報酬で賄うってアイディア。
いずれにせよ、本物の児童デイしか残らない時代がきますし、その児童デイを利用するにも順番待ちがあったり、小学生まで、障害の程度がこのくらいというような条件ができたり、当然、利用者負担は増えたりするはずです。


大事なことは、この近未来を念頭に準備しておくことだと思います。
学校や児童デイで学んだこと、身に付けたことがあれば、家でもやってみる。
もし足りない部分があるとすれば、ブーブー言う前に、他の支援者や方法、アイディアを見つけ、家庭で解決、成長を目指していく。
良いか悪いかは別にして、親の行動力、向上心、覚悟、センスが問われる時代がやってくると想像します。


これからも発達障害と呼ばれる子ども達が増えていくでしょう。
その一方で、学校の教員数は減らされていきますし、ここ数年でも教員を志望する若者は減っています。
もうすでに教員免許を持たない人が、パートで補助職員をやっているのです。
増え続ける発達障害の子どもに対し、申し訳ないが専門的知識があるとは言えない人、経験のない人が指導し、補助する時代がやってきます。
これは、私がNCで見てきた風景と重なります。
スマホをいじりながら、何か本人のアクションがあったときにのみ動く支援者。
契約の時間になったからといって、子どもの指導の途中で帰る支援者。
人を育てる仕事が、子どもの未来を応援する仕事が、パートの一つになる時代が。


特別支援の世界でも、格差が広がっていくと予想しています。
お金がある家庭は、民間を利用し、支援量と質を確保していくと思います。
しかし、家庭の裕福度以上に、親御さんの姿勢が格差を生むと考えています。
「今の制度が続いていく」「支援者に任せて置けば良い」というような受け身では、子も、親も、成長を続けられないと思います。
「何か良いアイディアがあるかもしれない」「もっと改善できるかもしれない、成長できるかもしれない」と思い、頭と身体が前へ前へと動ける人が、どのような時代になっても成長を続けられる。
そして、社会の中で持てる資質を活かしていけるのだと思います。


「新しい児童デイができたバンザーイ」
「“スタッフ募集中”早く見つかるといいな」
では、いけません。
ちゃんとひっかかりを持ち、そこから近未来を想像することが大切だと思います。
ちなみに私は、そこそこの事業所がどういった経過をたどるか、将来どうなるか、という近未来を予想するようにしています。
これも関わっている人の未来を具体的に想像するためのトレーニングです。
できるだけ少ない情報量で、正確に予測できるのが私の目標。
未来を育てる人間が、正確に未来を予測できないのでは、生き残ることができないと思いますね。

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