2016年10月2日日曜日

言葉は鳴き声を含んでいる

耳の中に入ってくるメロディー 歌詞は明るいのに
伝わってくるのは 重くて 苦しそうな雰囲気
でも 今度のアルバムから聴こえてくる雰囲気には 
以前ほどの重さも 苦しさも 感じられなくなった
少し軽くなったような気がするし 少しラクになったような気がする
何かは分からないけれど 何かが変わったのは確かだと思う


言葉を獲得し ヒトは人になった
人は言葉を自由自在に操り 「お前たちとは違うんだ」と動物たちの前に線を描く
しかし 勝ち誇ったように掲げるその言葉にも ヒトが含まれている
私達の内から出てくる音は ヒトの鳴き声でもある


鳴き声には 感情の匂いがする
だから 同じ言葉に触れても 漂う雰囲気はまるで別のものになる
明るい歌詞で 暗い曲のように
言葉は変えられても 匂いは変えることができない


いつも美辞麗句を並べ 「当事者のため」「より良い社会のため」と言う支援者がいる
でも 私の内側から共感が生まれてはこない
なぜだろうと 自分でも疑問に思っていた
そして出た答えが その支援者の言葉の中に“悲しい鳴き声”が聞こえるから


「障害も素晴らしい個性です」と言って “治ることのない人達”という鳴き声が聞こえてくる
「当事者のために頑張ります」と言って “私のことを注目して欲しい”という鳴き声が聞こえてくる
「自立できるように支援します」と言って “どうせ無理”という鳴き声が聞こえてくる
こんな鳴き声が聞こえていた私は 発する言葉に嫌悪感を懐いていたに違いない


悲しい鳴き声の支援者は 明日を照らす支援はできない
相手の持つ悲しい感情と共鳴するから
明るい鳴き声の支援者が 目の前にいるヒトの前向きな感情に触れることができ 心地良いハーモニーを奏でられる


その人の言葉 文章 ブログ ツイッターから どんな鳴き声がきこえてくるのだろう…
自分にとって心地良い鳴き声を 聞き分けられているのだろうか?見つけられているのだろうか?

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