2016年1月16日土曜日

障害者として生きない選択をした若者

新年が始まって、まだ半月というのに、嬉しい話が次々にやってきます。
昨日も、4月からの就職が決まった、と嬉しい報告をいただきました。
その生徒さんは、高等部入学時に「知的障害を持っているんだから、一般就労は無理」と学校に言われたんですよ。
でも、お母さんも、お父さんも、「そんなはずはない!」「まだまだ伸びるはず!」と思い、私のところに依頼がありました。
「我が子を成長させてほしい」
「一般就労できるよう手を貸してほしい」
という依頼でした。
その依頼に応えることができ、ホッとしています。

その生徒さんは、4月から誰もが知っている企業に就職します。
それも、障害者雇用ではなく、一般就労です。
障害のある人ではなく、一人の若者として就職したのです。
それは本人の希望でもありました。
障害者という枠の中で働くのではなく、一般の人と同じように働く。
正社員としての就職ではありませんが、正社員になるための試験も受けられます。
給料や有休、福利厚生も、一般の人と同じ条件です。
あとは、自分の実力次第です。

以前、お金の勉強をしたとき、特別支援は税金が多く使われている、という話をしました。
ですから、就職が決まったときの第一声が「これからは税金を納めて"支える側"になります!」というものでした。
税金を使うことは悪いことではありません。
必要な人が、一般の人よりも多く使うのも問題がありません。
問題があるとすれば、それは無駄遣いすることだと思います。
この生徒さんは、しっかり税金を使い切ったのだと思います。

障害者として生きるのも、そう生きないのも、選択肢があるのは、身体障害ではない発達障害の人たちだからこそ、といえるかもしれません。
この2つの選択肢は、本人の手の中にあるのですから、どちらを選ぶかは本人の自由だと思います。

確実に就職者数を確保したい学校は、特に入学願書締め切りの前に決めておきたかった学校は、福祉的就労を押してきました。
(挙げ句の果てには「どこでも良いから」なんて、しかも親御さんに直接言っちゃうし)
また就職させない就労支援機関も、同様に一般就労は無理だと言い、それよりも障害者として働く方を押してきました。
(しかも勧めるのはすべて系列の福祉施設)
でも、いずれも親御さんは押し返したのです。
だから、このような結果、未来が生まれたのだと思います。

障害者として生きる選択をした人しか愛せない支援者なんていりません。
障害者として生きる選択を迫る姿を見て、つくづくこの人たちは、当事者の可能性よりも、自分たちの利益を優先させるのだと感じました。
親御さんも、私も、本人がどちらの選択をしようとも支持し、応援するつもりでした。
そして、本人は障害者として生きない選択をした。
障害者として生きる方が守られ、苦労することも少ないかもしれません。
でも、その説明もしたうえでの決断です。
支援者のサポートとは、選択するための情報提供がサポートなはず。
決して選択させることのサポートではありません。

一人の若者が社会に飛び立つ姿を間近で見ることができ、本当にうれしかったです。
「障害を言い訳にはしません」という言葉に、3年間の成長を感じました。
これから、どんなことが起きようとも、自分の責任だと受け止めることができる。
そういった姿勢を私は知っているから、飛び立つ姿を静かに見守ることができる。

就職おめでとう!
障害者として生きない選択をしたあなたを支持します。
3年間で私が教えたことなんかよりも、はるかに多くのことを社会は教えてくれます。
社会の中で学び、成長し続け、豊かな人生を自分の足で歩んでいってください!

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