2016年1月28日木曜日

待てない支援者が多い

待てない人が多いなって思いますね。
子どもさんではなくて、支援する側のお話。
「今、必死に自分の頭で考えているのに~(見かけでは分からないけど)」とか
「せっかく自分で動こうとしているのに~(時間はかかったけど)」とか
モッタイナイなと思うことが多いです。

すぐに手を貸そうとしたり、制止しようとしたりって、私が支援される側だったら、とってもうっとうしいと思っちゃう。
どこに行くにも、何をするにも、横であーだーこーだ言われたら、それこそがストレスでしょ。
支援者が側から離れたら落ち着いた、なんて話は良くあること。
お前らドラクエの仲間かって。

まあ、近くにいてもいいんだけど、刺激になっちゃだめ。
空気のようにならなきゃ。
そして、ここぞというタイミングで、教えたり、補助したりが大事。
それが支援者の役目。
あくまで学ぶのは本人であり、支援者はシャドー。

そのシャドーが陽の当たる所に出てきて、しかも待てないと来たら、困ったもんだ。
とにかくみんな待てない。
ちょっとでも失敗したら、すぐに手を出すし
ちょっとでも止まったら、手を出すし
ちょっとでも誤ったことをしたら、手を出すし
「不適切な行動はやらせない」っていうナントカ療法の教えにとらわれ過ぎでしょ。
「正しい行動だけやれば良い」なんていうのは、適応力をあげてるだけ。
そこに成長はない。
成長って、自分の頭で考えて、自分の意思で行動しなきゃできない。
試行錯誤することが脳も、心身も発達させると思う。
その試行錯誤の機会を待てない支援者が奪っちゃダメ。

待てない支援者がいる一方で、待ちすぎる支援者もいる。
というか、待っているのではなく、タイミングが読めないとも言う。
同じ課題をそのままにしていて、結局、高校3年生になってから慌てて指導を始めたりとか。
問題行動に対処せず、「思春期が過ぎれば」「気持ちが穏やかになれば」「春になれば」なんて俳人のように悠長なことを言って、何もやらないとかね。
学校教育だけじゃないですよ。
ひきこもりの人だって、就労できない人だって、待つってことは、年齢を重ねること。
ひきこもりの年数が長くなれば、社会に出るのだって大変になってくるし、就労できない期間が長くなれば、就職先はどんどんなくなってくる。
待てないのも困るが、待ちすぎるのも困ったものです。

自閉症の人は空気が読めないなんて言われるが、支援者の方が空気読めてないんじゃないってことが多いと感じるのは私だけ??
子どもが不適切な行動をしたら、危険性がない限り、ほっといてもいいんじゃない、と思う場面がありますね。
本人が「おやっ」と思ったら、そこも学びです。
そして自分自身で行動をコントロールできたら、それこそが将来につながる生きた学びじゃないですかね。
通常学級に通っているお子さんや大学生くらいのお兄ちゃん達には、敢えて手を出さないようにしている場面が多いですよ。
自分で「うまくいかないな」「失敗しちゃった」「どうしよう…」と感じてもらうのも大事なこと。
そこから本人たちの学びがスタートしますからね。
待ち続けるのも、支援です。

待つのも大事。
待たないのも大事。
タイミングを読むのが大事です。

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