2019年12月27日金曜日

治る子、治りにくい子、治り切らない子

重い知的障害を持っている子、言葉がなかなか出ない子。
そのようなお子さんがいるご家族にとっては、「治る」という言葉が、希望よりも、プレッシャーや落胆という意味合いになっている場合があるように感じます。
実際、揺れ動く心のうちを話してくださった親御さん達が一人、二人ではなく、複数いらっしゃいます。
他のお子さんが治っていく姿に喜びや希望を感じるのも事実。
でも、その姿がまぶし過ぎて、また同じように育っていかない現実を受け止められず、苦しく思ってしまうのも事実。


確かに、子どもさんによって、治りやすさに違いがあります。
ポンポンと治っていくお子さん達というのは、「もともと発達障害の器質はないよね」っていう雰囲気があります。


胎児期の栄養、環境、刺激によって、発達に遅れが出た発達障害の子。
出生後、栄養、環境、刺激によって、発達のヌケが出た発達障害の子。
胎児期、また出生後に生じた愛着形成の不全が、主に社会性の部分で発達の遅れを生じさせ、発達障害と見られちゃう子。
トラウマが発達のストッパーになり、同年齢のように育っていかず、結果的に発達障害っぽくなっている子。
腸内環境の問題や脳内の炎症が、不適切な行動、不可解な症状となり、典型的な発達障害と誤解されてしまっている子。
首の育ちの遅れが、末梢神経と脳の行き来を阻み、刺激の目詰まりで順調に発達していけない子。


発達障害と診断された子ども達が、栄養や運動、原始反射の統合などによって治っていくのは、「だって、僕は発達障害ではないもんね」というのが真実のような気がします。
原因があって、結果的に発達に遅れが出た。
ですから、その子の本来の発達の流れを読み、その流れに乗っていけるような育みをすれば、治ります。
もしかしたら、「治る」というよりも、本来の姿に戻ったという表現が、実態に近いかもしれません。
「発達障害が治る」という言葉を聞いて、特に驚きも、高揚感もないのは、現在、診断される子ども達の中心が、遺伝的な要素以上に、その“引き金”の方の問題によって生じているからだと感じます。


一方で、治りにくい子ども達がいるのも事実です。
同じように、発達のヌケがあり、育て切ったとしても、同年齢の子ども達と違いがないくらい治っていく子もいれば、その部分での発達は進んだけれども、やっぱり認知の面で、症状や行動の面で、遅れや特性の残る子もいます。
私自身の知見の浅さによって、発達課題の根っこが掴めなかったために、なかなか治っていかない子もいると思います。
ただ私の経験の中から申しますと、その子の内側に流れている発達自体が、定型の子ども達とは異なっている気がします。
それは遺伝的な流れでもあり、脳内の炎症や栄養不足などといったものとは、もう一つ違うレベルの生態的な原因があるようにも感じます。


「なかなか治っていかないんです」と相談されるご家族のお話を聞けば、親御さんのどちらかに、また祖父母の代、親戚の中に、幼少期、同じような行動や症状のあった人がいる場合があります。
そういった場合は、治らないんではなく、それ自体が引き継いだ資質であり、その子の内側に流れる発達の流れだと思います。
ですから、発達のヌケ、未発達を育て切ったとしても、特性自体は残り続けます。


じゃあ、特性が残り続けるのなら、「治すよりも、支援、理解の方を重視した方が良いのでは」と思われるかもしれません。
もしかしたら、「治すことが無駄だ」「遠回りだ」と感じるかもしれません。
しかし、そんなことはありません。
発達のヌケや未発達を一つでも多く治しておくことは、その子の生涯の生活の質を変えていきます。
一つでも課題がクリアされれば、それだけで心身が一つラクになります。
そして、重要なのは、この先なのです。


「一つラクになる」ということは、脳内に余白を生みます。
空いた余白に何が入るか。
その余白が、学習に使われるのです。
残った特性を持ちつつ、大人になった方達は、みなさん、学習することで、その特性と折り合いを付けています。
完全に消し去ることはできなくても、試行錯誤を繰り返し、その特性と折り合いをつけて生活されています。
学習する力によって、特性に心身がコントロールされるのではなく、心身が特性をコントロールする状態までもっていく。
そのために、たとえ重い知的障害を持っていたり、症状や特性が強く残ったりしていたとしても、完全に定型の子ども達のように育たなかったとしても、発達のヌケや未発達をコツコツ育てていくことが重要なのです。


私のキャリアの前半は、すべて重い知的障害を持った方達であり、強度行動障害と言われるものを持った方達との関わりでした。
彼らもゆっくりではありましたが、発達していました。
ある部分で発達が見られると、こちらからの指示に対する反応が早くなったり、理解できる幅が広がったりします。
そうすると、新たなことを学習したり、課題となる行動の頻度が減ったりしていました。
たぶん、発達によって、余裕が生まれたのでしょう。
もし、当時の私に、今の発達援助のアイディアがあれば、もっと「発達→余白→学習→生活質の向上→発達…」というポジティブなサイクルを後押しできたのでは、と思っています。


知的障害が重い人も、強度行動障害を持っていた人も、年齢が高くなってからも学習し、自らの特性と折り合いを付け、少しずつより良い生活の質を手に入れていきました。
ですから、「なかなか治らないな」「もしかしたら、完全には治らないかも」と思われている親御さんにも、「治しやすいところから治す」「一つでも多く、発達のヌケ、未発達を育てる」を続けて欲しい、と思います。
その育みが、将来、自分の特性との折り合いをつけ、主体的に生きていく姿と繋がっています。


子ども時代に治り切らなくても、大人になってから、時間をかけて治っていくかもしれません。
生涯、特性や知的障害が残り続けたとしても、自らの試行錯誤と学習によって折り合いがつけられれば、前向きな人生を送ることができるはずです。
特性にコントロールされている状態では、他人に意思や選択を委ねざるを得ないのです。
意思と選択の自由がなければ、人間は幸せに生きていくことができません。


今の仕事をするようになってから、知的障害を持った成人の人達の中に、主体的で前向きに、幸せを感じながら生きている方達がいます。
彼らは、他人から見れば、治っていないかもしれない。
でも、治ることを諦めなかった人であり、大人になってからも日々、成長し、学び続けている方達です。
治ること以上に、自らの意思と選択によって生きている今日一日が、幸せへと繋がっている、と私は彼らから教えられているような気がします。
一人でも多くの子ども達に治ってほしいですし、治らなかったとしても、自由を謳歌できる人生を送ってほしい、と願っています。

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