2018年5月23日水曜日

アセスメントから生まれた言葉を方法論に転用して商売にする

前回のブログに対する反応を見ていますと、もしかしたら他のスキルに関しても、ご存じない方が多いのかな、と思いました。
ソーシャルスキル同様に、コミュニケーションスキルですとか、余暇スキル、職業スキルなんていう言葉があって、それに対するアプローチみたいなのもあるような感じがしますが、そんな特定のスキルだけをピンポイントに当てて伸ばすような方法ってないですよ。


ヒトの発達は特定の部分だけが伸びたりするのではなく、全体的な発達の中で、つまり、様々な発達が繋がり合って伸びるものです。
時期によっては、特定の領域がググッと伸びるということもあるでしょうが、その背景には土台となる発達過程があるものです。
受精から胎児期、出生後のヒトの発達の姿を見れば明らかなように、細胞が組織化され身体ができ、内臓や感覚器が育ち、動きの発達に繋がっていく。
そして運動を通して、神経がより良く育っていき、言語や知能を発達させていく。
こういった複雑で、繋がり合う発達というものを、どうして「〇〇スキル」といって取りだすことができるのでしょうか。
本当に、特定の能力、スキルを伸ばそうと思ったら、全体的な発達を促すしか方法はないのです。


じゃあ、コミュニケーションスキルだ、職業スキルだ、というのは、どこから発生したものなのか。
ここがポイントですね。
ナントカスキルというのは「アセスメント」を作ったために、生まれたものだといえるのです。


『社会性の障害』という言葉が診断基準から生まれたように、『〇〇スキル』はアセスメントから生まれました。
よくいろんなところで実施される診断とは違う評価です。
本人の能力を見て、課題を見つけるために、様々な検査が行われます。
「お子さんはコミュニケーションの面で苦手さが見られますね」というやつですね。


私個人的な考えとしては、アセスメントというものは、どこかの誰かが勝手に言葉をつけて、勝手に区分けしたものという捉えです。
人間の能力をいくつかの項目で表せるはずがありませんね。
何かの目安にはなるでしょうが、具体的なアプローチにはつながりません。
だって、発達は複雑で、繋がり合うものだから。
例えば、「言語理解が弱い」と出たとしても、じゃあ、言葉がけをたくさんすれば良いか、なんて単純な話にはなりません。


なぜ言葉の理解が弱いのかには、注意の向け方の課題があるかもしれないし、聴覚の発達に課題があるかもしれない、そもそも言葉を捉える認知の面で遅れがあるかもしれない。
そして、いくつも考えられる要因は連動し合っているし、そのすべての課題をクリアしていかないと、真の意味での成長とはいえないはずです。
で、すべての要因の根っこを辿っていくと、ヒトが辿ってきた進化と発達の過程へとつながっている。
だから、ヒトの発達、その人の発達を丁寧に辿り、育て治していくことが、土台から、全体的に発達を促していくことに繋がるのです。


まあ、アセスメントというのは、支援者にとっては何かやっている感がありますし、受け手の本人、親御さんにとっても何かやってもらっている感が得られるくらいなものです。
よくセンスの良い親御さんが、「検査してもらって、評価表ももらったけれども、それをどう活かすのか見えない」と言われます。
「あなたのお子さんは言語理解が弱い」から、じゃあ、どうするのって感じ。
時々、ご丁寧に「視覚的に伝えると理解しやすい」などと対処方法も一緒に書かれているいることがありますが、それって育てる方法ではないし、支援の仕方。
幼児期、学齢期の子ども達が主にアセスメントを受けるのですから、対処じゃなくて、育てる方法が知りたいよねって普通は思いますね。


〇〇スキルなんて勝手にくり抜いて、命名しているのは、支援者側の都合です。
本人や家族にとっては、自分の一面を知るきっかけにはなると思いますが、厳密なものでなければ、そこだけ取りだして育てられるものでもありません。
名前を付けた分だけ仕事は増えるし、名前を付けた分だけ飛びつく人もいる。
で、治らない。
何故なら、その人を部分的に切り取っても、全体的な視点がなければ、真の発達が見られないから。


もともとあるのは一人の人間であったはずなのに、それを勝手に能力というものさしで線を引く。
線を引けば、その人を知る上で見やすくなることもあるけれども、それだけでは具体的な発達援助にはつながらない。
で、線を引くだけならまだしも、その命名したスキルを「伸ばします」「アプローチする方法です」と商売にしちゃう人達が出てきてしまったのが、今の特別支援という商売なのだといえますね。
本屋をのぞけば、棚いっぱいに「〇〇スキル」「〇〇アプローチ」のオンパレード。
じゃあ、我が子を自立するように育てようと思ったら、その全部の本を買わなきゃいけないの、そのすべてのスキルを実践しなきゃいけないのって思いますね。


ヒトの発達を特別支援の商売のタネにしてはいけないと思います。
発達障害は、その自然なヒトの発達過程の中にヌケや課題があるということなのですから、特に言葉を獲得する以前の発達段階を育て直すアプローチ以外は、部分的な効果、場面限定の効果にしかならないですね。
アセスメントから生まれた言葉を方法論に転用して商売にする。
だから、そこから出てくるのは売る側が売りたい対処療法ばかりになってしまいますね。


対処療法も、仕事を増やすタネ。
おーい、やっているのは支援者の仕事を増やしてることばかりじゃないか。
支援者が支援を増やしていってどうする!?
支援者というのは、支援がいらなくても生きていけるようにするのが仕事。
よりシンプルに、より自分たちで、が目指すべき姿です。

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