2018年2月2日金曜日

「治ってほしい」と願わない親などいない

「発達障害は治りません!」
そう言う親御さんは、嘘をついていると思う。
そう言う親御さんは、他人に言っているようで、本当は自分自身に言っているのだと思う。


「発達障害は治るとか、治らないとかじゃくて!」
声を荒げながらも、心の奥底で「治ってほしい」と願っているはずだ。
だって、そうでしょ。
現代医学では「治せない」「治った子が一人もいない」
そのような病気、障害を持ったとしても、「もしかしたら、世界には治せる人がいるかもしれない」「今は無理でも、数年、数十年待てば、医学の力で治せるかもしれない」
そう思って、愛する我が子と懸命に生きようとしている家族はたくさんいる。


もし私の子に重い病気があり、私の心臓が必要だと言われたら、喜んで心臓をあげようと思う。
自分の命と引き換えに、息子の命が助かるのなら、息子の病気が治るのなら、我が身など惜しくはない。
それが自然な感情であり、親心。


施設で発達障害の子ども達と共に生活していたとき、自傷する子を見れば苦しくなった。
睡眠障害で一晩中寝られず、声を挙げていた子がいれば、「寝られなくて辛いよね」と一緒に朝を迎えた。
あのとき、私の中に治るという視点も、治すという方法もなかったけれど、こういった子ども達を見れば、いつか医療で治るようになってほしい、と思っていた。
今だって、他人様の子の発達援助に携わらせてもらっているが、いつも「治ってほしい」という想いでいる。
だから、「発達障害は治りません!」「発達障害は治るとか、治らないとかじゃくて!」と言っている親御さんは、嘘つきだと思う。
自分自身に嘘をついている。
本当は、誰よりも治ってほしいと願っているに違いない。


世の中には、症例がほとんどなく、不治の病と言われている難病の子ども達がいる。
大変な状況で生まれきて、「今日一日、一日が生きているだけで奇跡」という子もいる。
そういった子ども達、親御さん達が、希望を持って精一杯生きているというのに、何故、発達障害の子の親御さん達が諦めるのだろうか?どうして諦めることができるのだろうか?


発達障害は神経発達の障害だ。
彼らの身体の中には神経がないのだろうか?
神経がダメージを受けて、もう変化が起きないのだろうか?
いや、違う。
彼らの身体の中にも、発達する力を持った神経が全身にめぐらされている。
彼らの神経も、刺激を欲している。
治らないという人達だって、発達障害を持つ子ども達が成長する姿を目にしているし、成長すると思っているから教育、療育を受けさせているのではないか。


「神経が発達していかない」「神経が死滅していく」
そういう障害が、発達障害だとしたら、私も「治そう」などとは言わない。
でも、実際は私達と同じように変化する神経を持っている。
違いがあるとすれば、受精から誕生、現在までの成長過程の中に「発達の遅れやヌケがある」それだけである。


啓発活動の先頭に立ち、「理解をー」と叫んでいる親御さん達を見ると、悲しくなる。
本当は、社会が変わるなんて思ってもいないだろうに。
発達障害の人達が住みやすい世の中なんてこないことを知っているだろうに。
どんなに社会の、地域の理解がなかったとしても、我が子が発達、成長し、自立した生活が送られているのなら、それで良いはずだ。
社会が変わらなくても、我が子が治ればそれでいい、我が子が幸せならそれでいい。
そういうのが自然な親心。
啓発活動に傾倒していくのは、自分の純粋な親心を見ないようにするための己との戦いであり、治す方向へと向かえずに行き場を失ったエネルギーの消耗という苦肉の策である。


「発達障害は治りません!」
「発達障害は治るとか、治らないとかじゃくて!」
「治るとか言うのは、障害の理解がない!」
そう言って声を荒げるのは、「治る」という人、「治したい」と思う親御さんに対する否定ではなく、ちょっとでも気が緩めば溢れ出てきてしまう「治ってほしい」という純粋な感情を必死で否定しているのである。
叫ばないといけないくらい、叫ばないと保てないくらい、本当は治ってほしいと思っている。


私のところにくるメールの文面には、「治したい」「治ってほしい」そういった言葉が、想いが、親心が隠れることなく、堂々と溢れている。
実際のセッションを行えば、治すためのヒントを少しでも多く掴もうとする純粋な親御さんの目が、私を見ている。
「お金は関係ないから、治すためのアイディアを知りたい」と、離れた場所から私を呼んでくださる親御さん達もいる。


みんな親なら治したいと思う。
少しでも治っていくのなら、あらゆるものを投げうってでも掴もうとするのは自然な姿だと思う。
医師から、専門家から「治りません」と言われて、「はい、そうですか」とは普通ならない。
なるとしたら、その親御さん自体に主体性も、内部感覚も、乏しいのであって、まず親御さん自体が治らなければならないのだ。


自分に嘘をつくくらいだったら、「治りません!」と叫ばないとならないくらい辛いのなら、「私は、我が子に治ってほしいと思う!」と声を出せば良い。
他人がどうだとか、専門家がどうだとか、どうでもいい。
親として我が子にどうなってほしいのか、どうしたいのか。
大事なのは、ただそれだけ。
「発達障害は治らないから」と涙目になるくらいなら、そのエネルギーを我が子が少しでも治る方向へと使う。
その方が、我が子も、自分も、家族も、幸せになる。


自分自身に向けた嘘であっても、そばで聞いている人がいる。
それは、誰よりも幸せを願う我が子だ。
あなたは、我が子に向かって「治りません」という言葉を言うことができるのだろうか?

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