2018年2月11日日曜日

多様性を認める社会に生きる上での最低限のマナー

SNSを利用されている方は経験があると思うのですが、いきなり見ず知らずの、しかもハンドルネームで突っかかってくる人がいますね。
私も年に1,2回は絡まれるのですが、その人達は障害を持った子の親御さんであったり、当事者の人っだったりすることがほとんどです。


最初の頃は、「自分の表現がまずかったのかな」「文章力の問題かな」なんて思っていましたが、いつも決まって一部分を取り上げて、また独自解釈をして、なんだかんだ言ってくるので、これは実生活の中で鬱積した感情を持った人が、自分で処理できずに、誰でも良いから他人を巻き込んで自己治療しているのだと思うようになりました。
私のブログを定期的に読んでくださっている方たちやツイッターをフォローされている方たちの中にも、「ここは違う意見だ」「この考えは間違っていると思う」「別の事実、見方もあるのでは」などと思って目を通されている人がたくさんいるはずです。
いつも、まったく同じ意見だということの方が不自然です。
でも、だからと言って、いちいち突っかかってはきません。


どうしても何か言いたくなるのは、自分の中に処理できていない、認めたくない感情があるからだと思います。
それが私の言葉によって呼び起こされる。
突っかかってくる人は共通して、まるで自分が一人言われているかのように捉えています。
たとえ自分の意見と違っても、自分が選択したことが否定されていたとしても、自分自身が納得して選択したのなら揺るがないし、スルーできるはず。
不特定の人に向けた文章を自分の意思で見て、「私のことが言われてる!」となるのは、元から自分の中にその感情、経験があるからに違いありません。
勝手に風呂場を覗き見しておいて、「なんだ、俺のタイプじゃないじゃん」って文句言っているようなものですね、その人にスケベ心があるから覗くのです。


やりとりを繰り返していると、よく「支援者なんだから、発言、影響力に気を付けろ」みたいなことを言われます。
たとえ私が支援に携わる仕事をしていたとしても、すべて正しいわけではありませんし、そもそも日本にいるたくさんの支援者の中の一人です。
影響力があるはずはありませんし、影響力があるように感じているのは、受け手の勝手な解釈だと思います。
こういった人は、多分、主体性のない人で、権威主義の人なのでしょう。
医師が言うから信じる。
先生が言うから信じる。
支援者が言うから信じる。
でも、実際は心から信じているようで、権威によって自分の素直な感情を抑え付けているのだと思います。
その実生活の反動で、見ず知らずの支援者に吐き出し、甘えているのだと感じます。


もともと論理的な主張ではありませんし、実生活の不満が解消されなければ収まらない感情なので、途中で議論がかみ合わなくなります。
そうなると、これまた決まって「藁をも縋る想いの人が騙される」と言った文言が出てきます。
いやいや、藁をも縋る人はあなたには関係ないし、一人の親が、一人の当事者の人が、それを心配し、それを自分の中の正義で正せと言うのはおこがましいことだと思います。


藁をも縋る想いで、周囲に相談できず、切羽詰まった感じの方から電話がくることもあります。
「もうどうしたら良いかわからない」と感情が乱れている方もいます。
そういった方から連絡が来れば、時間が許す限り、その人が落ち着くまで付き合ってきました。
それで私が終わったあと、「はい、相談料、10万円振り込んでください」と迫るのなら、それは詐欺まがいだ、これ以上、被害者が出ないように、と言われても仕方がないかもしれません。
でも、お金を要求したことはありませんし、壺などを売ったりしたこともありません。
お金を頂くのは、直接援助したときであり、それも依頼があったときのみです。
ですから、藁をも縋る想いの人にはできることを行っていますし、商売について文句を言えるのは、実際に利用してくださっている方達だと思います。
その人達が、「やっていることがおかしい」となれば、ただ潰れるのみです。
利用したこともないし、これからも利用することのない人が、商売について言ってくるのは、ただのクレーマーだと捉えられても仕方がないことです。
また脅迫まがいまでエスカレートしたら、クレーマーも業務妨害で罪に問われるので、お気を付けください。


精神科の服薬に関して補足すれば、医師の診察で処方されたのなら、服用すべきだと思います。
ただ医学の世界では、発達障害は治る障害ではないと言われていますし、発達の遅れにつながった神経発達を促す薬があって、それによって発達障害を治すといった治療をされていることを聞いたことがありませんので、精神科の薬を飲めば、発達障害が治っていくですとか、行動障害が治っていくといったものではないはずだと、臨床してきた立場からの考えを述べたまでです。
薬の力を借りつつ、その一方で、どう育て、何を教えていくか、という視点がなければ、根本から治っていくことがないと思います。
施設で働いていたときも、精神科薬に関して職員の判断でということはなく、減らすにしても、増やすにしても、必ず医師の指示を受けながら、また日々の様子を報告しながら、そして保護者の同意を得てからになっていました。
職員の判断で行ってしまったのなら、それこそ、その人に対する人権侵害になると思います。


昨日のブログを読んで、医師になってから言え、せめて薬剤師の資格を取ってからモノ申せ、と言っていた自称医療関係者もいました。
こういった人は、日頃、「患者さんの意思を尊重しながら」なんて顔でニコニコしていたとしても、腹の中では「素人の癖に、診察、処方に関してガタガタ言うな」と思っているかもしれません。
ほとんどの医療関係者は、このような発言をする人ではないと思いますが、もしかしたら、自分が受診する医師が、看護師が、薬剤師が、そうではないと言い切れません。
多くの親御さんは、医療関係者ではありませんし、医師と一対一で向かい合わなければなりませんので、自分の頭でいろいろと考えておくことが必要ないことだとは思いません。
医療の力を借りつつ、どうやって我が子を育てていくか、それを考えることは、医療関係者ではなくても、親なら誰でもやって良いことであり、必要なことだと思いますね。


多様性を認める社会は、自分と意見が違う人、嫌いな人も一緒に暮らす社会です。
ですから、そういった人達のことが気にいらなくても、否定や排除をしてはいけません。
直接、自分に関わるのなら、きちんと向き合い、主張すべきですが、そうでないとしたら、他人の権利を侵害していることになりかねません。
少なからず、親、また支援に携わる者たちがこういったことを知り、実行している必要があります。
そうでなければ、子ども達が多様性を認められる人には育たないと思います。
どうしても愚痴や文句があるのなら、見えないところでやる、他人を巻き込まずに自分で処理する、これは大人の最低限のマナーではないでしょうか。

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