計画通りに舵が切られた「放課後等デイサービス」

私が学生の頃は、重宝されていました。
障害を持った子ども達の、また成人した人達の余暇活動支援においてです。
15年くらい前は、学校が終わると、ほとんどの子ども達が家で過ごしていました。
当然、働きに出ているお母さんは少なく、朝、学校に送りだしたら、子どもが帰ってくるまでに家事を済ませ、そこから寝るまでは付きっ切り、という家庭が多かったのです。


当時は、今のような放課後デイはなかったので、私達のサークルには依頼の電話がたくさんかかってきていて、学生ボランティアを集めても、集めても、足りないくらいでした。
私自身も、たくさん掛け持ちをし、4年生の頃には、月~日まで誰かしらのお宅に訪問し、家で過ごしたり、外出したりしていました。
交通費のみ、という面も大きかったかもしれませんが、1時間でも、2時間でも、一緒に過ごさせてもらうだけで、親御さん達からいつも感謝の言葉を頂いていました。
夕方に差し掛かったりすると、「夕ご飯、一緒に食べてって」と言われることも多く、学生の身としては温かい家庭料理を頂けることも、親御さん達からの有難いお返しの1つになっていました。


私が福祉施設で働き出して数年が経った頃から、児童デイができ始め、ここ数年で雨後の筍のように当地にも出現するようになりました。
学生時代の経験から、当時の親御さん達が望んでいたサービスがようやくできた、という思いで、喜んだというよりは、ほっとした気持ちになったことを覚えています。
それと同時に、「1日1万円」という事実にひっかかりを持ちました。
これは、10年くらいかけて数を増やす作戦だなって。


制度を作る人達は、いわゆるエリートと呼ばれるような人達です。
いくら10年前と言っても、超高齢化社会になることも、福祉予算がどんどん膨れ上がることも、国の制度もこのままでは立ち行かなくなることも、当然、理解していたはずです。
それなのに、出てきた制度は「1日1万円」
平日なら数時間ですし、休みの日でも8時間くらいなものです。
1日5名の利用があっただけで、5万円。
それが1ヶ月になると、5万×6日×4週で120万。
で、単純計算で年間1,440万円。
事業者からしたら、場所と人さえ確保できれば、十分利益が計算できる制度になっています。


地方でしたら、一軒家を借りても、そこまで経費はかかりませんし、職が少なく、無資格でも十分な給料を貰えるなんていったら、おいしい商売です。
事業者にとっては、大盤振る舞いの制度。
でも、社会は右肩上がりではないし、しかも、児童デイは国民全体が利用するサービスではない。
ということは、資源のない今は、とにかく種を撒き、たくさん芽を出すことが、ねらい。
でも、その芽が出たあと、しっかり種を撒く量をコントロールし、余分な栄養をとってしまう芽は摘んでしまおう、というところまで青写真はできていたのだと思います。
そして、とうとう摘み取りの時期がやってきたのです。


昨日、厚生労働省から放課後児童デイの運営に対する厳格化の方針が発表されました。
利益優先の事業者、ほとんどケアをしていない事業者、「覚悟しておけよ」という通知のようにもみえますね。
そもそも放課後児童デイは、障害のある子ども達のための制度。
事業者を儲けさせるための制度ではありませんね。
子ども達の学びや成長の機会を提供すると同時に、子ども達の将来を意識した制度です。
当然、制度を作った方からしたら、また社会のニーズとしても、より意義のある時間を過ごしてもらうことによって、将来の納税者、もしくはより支援を必要としない自立した大人になってほしい、という目的があります。
時々、勘違いされている方がいますが、お母さん方に働きに出てもらうための制度ではないのですね。
それは、働きに出ることで納めている税金の額と「1日1万円」を見比べれば、わかります。


昨日のニュースを見て、2017年はまさに時代が変わる分岐点だと思います。
4月から厳格化されていき、今まで以上に厳しい目で事業者の姿勢、力量、また利用している子ども達の成長が見られることでしょう。
不正を行っている事業所から、当然芽が摘まれていき、ある程度摘み取られたあとは、質の悪い事業所に手が伸びていくはずです。
10年かけて種を撒いてきたので、10年かけて芽を摘む作業が行われていくはずです。
そうなると、保護者の方の目も厳しくなっていくと思われます、支援の質と効果に。
「何が何でも児童デイ」「お金かかんないから児童デイ」とはならないはずです。
事業所の数も減ってきますし、より良い支援が行えない事業所以外は生き残れなくなるからです。


私は、今回の方針を歓迎しています。
それは改めて「子ども達が中心である制度」であること、「子ども達の将来の可能性を広げるための制度」だと表明されたからです。
その作用として、親御さん達の意識がさらに我が子の育ちと将来へと変わること、事業者のサービスの質が上がることを期待しています。
児童デイを利用する方は、今以上に、積極的に支援の内容と質、効果に注目し、子どもさんの未来のために活用しながら、主体的に成長へと繋げていってもらいたいです。
今頃、部屋に鍵を閉めて好きなように遊ばせていた事業所、構造化された支援と言いながら、狭い衝立の中で、ひたすらビデオを見せ続けていた事業所、「疲れていたから」と言って、ずっと寝かせていた事業所は、正月ボケから一気に目が覚めたはずです。

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