先人たちが伝えたかったことを想う

TEACCHってテクニックじゃなくて考え方。
「TEACCH=構造化された支援」なんて思っている人は、もう絶滅危惧種でしょう。
構造化された支援って、TEACCHの理念、考え方を形にした一つ。
まあ、これくらいは書いても怒られないでしょう、学生時代に読んだ本にも書いてあったし(笑)

私がTEACCHの存在を知ったのは学生時代。
ボランティアで関わって子が、絵カードで確認しながら一人で活動したのを見ました。
「えっ、手で引っ張らなくてもいいんだ!」
「ドラクエみたいに、ずっと後ろをついていかなくてもいいんだ!」
一見すると、しゃべらないし、何にもわかっていないように見えたけど、「こんなアイディアがあれば、この子達は考えて行動できるし、いろんなことを身に付けることもできるんだ!!」って驚きました。

そのあとも、独学で学びましたし、研修、トレーニングにも行きました。
それはTEACCHの理念、考え方が好きだったから。
薬漬けや力関係、赤子のようになんでもやってあげるんじゃなくて、一目では見えない彼らの持っている可能性、彼らが成長できる可能性を信じることができました。
TEACCHのトレーナーの人達や実際、NCで支援している人達を見て、やっぱり学ぶべきことは彼らの考え方であって、本人たちの可能性を疑わないその姿勢だと思いましたね。

彼らが言いたかったことは、とってもシンプルだったと思います。
「その人をちゃんと見なさい」
「その人の特性や成長に合わせて、支援を変えなさい」
「その人がわかりやすいように情報を整理しなさい」
結局、個別化ってことだし、誰も「構造化された支援を使え~~~」なんて言ってないんですね。
つまり、大事な考え方の共有以降は、支援者一人ひとりのセンスが問われるんです。

これじゃあ、困るのが頭ガチガチの人、マニュアル大好きな人、失敗が怖い人、恐怖麻痺が残ってる人…この解説は割愛。
で、解説したいのがギョーカイの人達の困り感。
想像したらわかると思うんですけど、講演会でもいいし、研修会でもいいし、相談でもいい、そこで「その人をちゃんと見て、支援を変えていきましょう。情報も整理してあげるといいですよ。あとは各自のセンスで」って言ったら、ものの10秒くらいで終わっちゃいますよね(笑)
それじゃあ、ご飯食べられなくなっちゃうし、メジャーになりたい人、家元争いに勝ちたい人、愛着障害を抱えている人は困っちゃうんです。
だから、日本人が大好きなコンサルテーションとか、シャドートレーニングとか、ブラッシュアップとか、横文字で惑わし、言ってる内容をもっともらしく、かつできるだけ長くするんですね。
あのね、本来だったら、支援者の持つ専門性、もっと言えば、税金や料金を払う価値って、当事者の人への実際の支援にでしょ。
それこそ、素人ではできなかったアセスメントとアイディアで、課題を解決し、発達を促し、可能性を広げていく行為が求められているし、それをTEACCHの人達は伝えたかったんじゃないですかね。

ライセンスビジネスになってから、距離を置くようにしました。
いや、わかるんです、州知事が民主党から共和党に変わった。
そして、無料だったサービスが利用者負担になる。
結局、NCの自閉症の人達の生活を守り、維持していくにはお金が必要なんです。
でもね、私が守りたいのは、日本に住む自閉症の人達、この地域に住む自閉症の人達。
ライセンス取得にかかるお金というよりは、同じ労力があるのなら、目の前にいる人のために使いたいと思ったんです。
それにこういった実践を通し、一人でも多くの人の可能性を信じ、広げられるお手伝いをすることこそ、特に初期のTEACCHの人達が伝えたかったことだと思うんですね。

なんで、彼らはずっと無料にこだわってきたのか、そのために戦ってきたのか?
なんで、多くの外国人の研修生を受け入れ、全世界に講演やトレーニングに行っていたのか?
自閉症カンファレンスに空席が目立つようになった今、もう一度、考えてみなければならないと思います。

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