2016年8月28日日曜日

ひきこもりについての空想

この世にいる動物の中で、ひきこもる動物っているのだろうか…なんてことを考えてみることがあります。
動物界にはアマゾンはないはずだから、自分の巣穴まで食べ物をお届けってことはできないです。
だったら、生まれてきたばかりの子か、まだ餌の捕り方を知らない子以外は、巣穴にずっといることはできません。
食べなきゃ、生きていけないので。
親とはぐれたり、親が他の動物に食べられたりしたら、例え子どもでも、這ってでも巣穴から出て食べ物を探しに行きます。
巣穴にいて餌を待つという選択肢は、遺伝子的には組み込まれていないんじゃないかな、なんて動物界を見て思います。

人間も動物なのだから、きっと遺伝子的には、ひきこもらないんじゃないかな、と思います。
じゃあ、なんで人間はひきこもるのでしょうか。
人間界にはお金も、アマゾンも、コンビニも、福祉制度もあるからっていう答えは面白くありません。
爬虫類の脳、哺乳類の脳、人間の脳のどこで、ひきこもるのだろうかと空想してみます。

爬虫類の脳で、ひきこもる人もいると思います。
自律神経の乱れで、餌を捕りに行きたいけれど、身体の方がNOと言っている感じです。
生命活動でいっぱいいっぱいの人は、ひきこもらざるを得なくて、ひきこもっているといえます。

哺乳類の脳で、ひきこもる人は、愛着形成が関係していると思います。
守ってくれる存在、自分は守られているという意識が持てない人は、やっぱり巣穴から出ることは怖いのでしょう。
餌を捕りに行くというのは、心の中でも、実際の場でも、帰る場所があるから出て行くのだと思います。
また、自分を育ててくれた人が巣穴の外を怖がっているとしたら、本能的にひきこもるを選択するかもしれません。
たとえ、その人と愛着が形成されていても、「そんな人が怖がるんだったら、よっぽど恐ろしい場所なのだろう」と怖さも倍増するかもしれません。
あと、トラウマなど、大きなショックが脳へのダメージとなって、ってこともあります。

人間脳で、ひきこもる人も、近しい人から「巣穴の外は怖いよ」と教わってというように、本脳ではなく、学習の結果ってこともあると思います。
「自分で餌を捕りに行かなくても、生きていける」という学習もあれば、ひきこもることがお得っていう学習もあると思います。
ひきこもりの人と接していると、怖がり故のひきこもりの選択っていう人がいる一方、ひきこもりを武器のように、やたらと全面に出してくる人もいます。
これは学習かなって感じることがありますね。

とりとめもなく、根拠のないような頭の中の空想を綴ってきましたが、ひきこもりは遺伝子に組み込まれていることじゃなくて、環境による影響ってことは自分の中ではスッキリしています。
きっと人間も餌を自分で捕りに行くように、また捕りに行くのに最適な身体、進化をしているのだと思いますね。
餌を捕りに行くことを阻んでいる何かが環境の中に存在しているはずですので、その何かを解き明かし、その異物を取り除いて、その人を自然な世界へと飛び立たつための発達援助をすることが、自然な支援と言えるのではないでしょうか。
そんなことを思いながら、ひきこもりの方達と接しています。

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