2016年8月18日木曜日

あなたを支援している人は、どんな“目”をしていますか?

ブログを書くときは、1つ前のブログとの繋がりを意識してます。
もちろん、まったく繋がっていないブログも多いです。
でも、こんなキーワードで昨日のブログと繋がるとは思いませんでした。
「モルモット」
自分で書いていても嫌な文字なんですが、昨晩、ある出来事を知ってしまったんです、直接関わりはありませんが。

私は支援者のいろんな“目”を見てきました。
自分が関わる人の
可能性を、成長を見ている“目”
心を、脳を、身体を見ている“目”
喜びを、苦しみを、楽しさを見ている“目”
過去を、今を、未来を見ている“目”
・・・。
そんな中に、どうしても許せない“目”があります。
それがモルモットを見ている“目”
別の言い方をすれば、目の前の人を見ていない“目”です。

こういった目を持つ人は、目の前の人以外のところを見ています。
その人の持つ障害であったり、問題であったり、支援や治療の結果であったり…。
まず人と向き合ったときに自然と生まれるであろう「人と人の交流」が感じられないんです。
「人と人の交流」はどーでも良くて、もっぱらの関心は自分の趣味嗜好。
なんとかフェチと同じです。
その人の一部分を取りだして、欲情してるんです。
最初から治す気は無くて、個人的に楽しんでるだけです。
とっても不自然だし、キモチワルイことです。
でも、自分は気が付いていない。
もしその人が医師という立場の人だったら、絶対に患者さんを治すことはできませんね。
だって、患者さんという人間を切り離した治療になるのですから。
モルモットと同じですね、得たい情報が得られたら、それ以降は知ったこっちゃないってところが。

親御さんはよく言っています、「なんかあの先生嫌なんだよね」って、当事者の人も。
で、「どんなところが?」って訊きますと、「目」とか、「態度」とか、「雰囲気」とかって返ってきます。
本人や親御さん達は一瞬で見抜くのでしょう、この支援者が自分の、我が子のどこを見ているかが。
支援者としての地位、実力、経歴よりも先に。

私が言っていることは、頭の良い、お偉い先生方には理解されないことでしょう。
「医師が障害、病状に注目して何が悪いんだ」
「その結果が他の人、将来の医療、福祉、教育の発展に活かされるから良いだろう」
というように。
確かに一理あるかもしれません。
でも、たとえそのような意図や意味があったとしても、目の前にいる患者さん、当事者の人に訊いてほしいんです、「こういう目的で支援するけど、良いかい?」って。
病院で血を採って、勝手に研究機関に送ったら大問題になるでしょ。
目の前にいる人は、少しでもラクになりたくて来ているかもしれない。
治してほしくて、成長したくて、今の生活、自分の未来を変えたくて来ているかもしれない。
その想いに耳を傾ける、目を向けるのは、人の支援に携わる者として当たり前の姿勢だと思いますし、その想いを踏みにじるような行為をすることは支援者以前の人として問題があると思いますよ。

医師免許があるからって、ライセンスがあるからって、障害を持った人を見世物にしたり、失礼な対応をしたりしていはいけないでしょ。
当然、講演をお願いする立場の人間だったら、講演してもらう人に敬意を払い、気持ちよく講演してもらえるような心遣いをするのは、社会人として当たり前のことですし、できないのが恥ずかしいことなのです。
社会の中で生き、輝いている当事者の方にはモルモットを見るような“目”が並ぶ場所ではなく、希望の“目”で溢れている場所での講演をして欲しいと思っています。

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