2020年5月11日月曜日

【No.1063】学習は繰り返し、発達は待つ

発達は誰のものかといえば、それは本人以外ありえません。
その子が刺激を受け取り、感じることができなければ発達は生じませんし、何よりも自分自身で動き、その刺激を取りに行くことが幅広い発達へと繋がっていきます。
植物のように一点に定まり、常に刺激を受け続けることで成長する存在ではないからです。
受け身で育つ部分は限られています。
ヒトとして、動物としてよりよく生きるためには、意識無意識を問わず、とにかくその人が"動く"ことが発達の始まりだといえます。
 
 
本人が動くことで発達が生じるのですから、周囲の働きかけは二次的なものになります。
一言で言えば、きっかけの一つであり、数多ある環境の中の一つにすぎません。
当然、周囲の働きかけによって育つ部分もありますが、それは受け身で育つ部分であって、植物の育ちだといえます。
動物としての発達、動物としての豊かな生き方には、直接的な影響を与えることはできません。
周囲ができることがあるとすれば、より良い発達のための準備の手伝いと、本人が思わず動いてしまうようなきっかけ作りと、本人一人で創造できない環境への誘いです。
 
 
ですから、周囲が「どれだけ取り組んだか」「時間と回数を費やしたか」ではなく、本人が「どれだけ取り組んだか」「時間と回数を費やしたか」が発達には重要なのです。
時々、発達相談をしていて気になるのがこの点です。
親御さんの中には、自分の取り組みと本人の伸びの差に、感情を乱されている方がいるように感じます。
やったらやっただけ伸びるんだったら苦労はしません。
発達にはタイミングと順序がありますし、当然、遺伝や資質などの内的な要素も関わってきます。
そして何よりも本人が主体となって動かなければ伸びるわけはないのです。
つまり、本人がどれだけ発達の時間、育む時間を過ごせたか、またその時間を豊かに感じられたか、本人のペースでじっくり味わえたかがポイントだといえます。
本人が自分のためだけに育める時間が認められていないご家庭もあるように感じます。
 
 
親心としては「何でもやってあげたい」と思うのは自然なことだといえます。
実際、親御さんが頑張ると、伸びる子もいるでしょう。
でも、得てしてそれは発達というよりも、学習の面の伸びになります。
学習に関しては、やったらやっただけ成長が見られる可能性が高いといえます。
本人の発達段階を超えない学習ですと、繰り返すほど身につきますし、再現することもできるようになります。
繰り返し算数の問題を解けば計算力は上がりますし、毎日ジョギングすれば長い距離を走れるようになる。
 
 
イメージでいえば、神経と神経を繋げて新しいネットワークを築いたり、繋がっている神経同士をより強固なものにしたりが学習。
まだ伸びていない神経を、まだ何ものでもない神経を、ググッと伸ばしていくのが発達。
神経の繋がりが学習で、神経そのものが発達ともいえます。
繋がりを強くしようと思えば、当然、そのネットワークを通る刺激の回数がポイントになります。
神経そのものを育んでいこうと思えば、当然、内的な状態がポイントになり、その刺激も回数というよりも、タイミングと刺激のバリエーションの豊かさがキーになります。
なので、親御さんでしたら「私は今、学習面を育てているのか、発達を後押ししているのか」を考える必要があると思います。
 
 
発達障害のある子ども達は、学習面に障害がある子ども達ではありません。
もちろん、表面的には学習面での課題や遅れが出る子もいますが、それはこの子達の課題の根っこではないのです。
課題の根っこは、生きる土台、動物としての土台の部分に存在する発達の遅れです。
進化の過程と発達の順序を見れば、この土台ができなければ、学習の準備ができていないことがわかります。
学習面に障害があるのではなく、学習に必要な準備の段階に課題があるのです。
 
 
ですから、「取り組んだら取り組んだだけ伸びていかない…」と、そのギャップに悩まれている方は、発達と学習を取り違えている、混同しているのだと思います。
表面にある学習面の課題に対し、繰り返すことで学習させようとしても無理です。
根本が学習の準備ができていないことであり、発達の土台に課題があることですから。
そういった状態で"繰り返し"を行いますと、伸び悩むだけではなく、いびつな学習が出来上がってしまいます。
例えるのなら、手札が足りないのに完成させよと言っているみたいです。
そうなると、真面目な子ほど、足りない手札でどうにかこうにか形を作ろうとしてしまう。
外からは完成したように見えるようにと、外装だけ作って中身がない家みたいな。
すると、ちょっとしたきっかけで、その家は崩れてしまう。
 
 
親御さんが頑張ることは否定しませんし、それが自然な親としての心身の動きなので当然だと言えますが、その方向性を誤ってはいけないと思います。
発達の主体は、その子本人であること。
ですから、親がこうしたいと思っても、親が頑張ってアプローチしようとも、その子自身が刺激に対して意識が向いていなければ、その子自身が動こうとしなければ、動物としての発達の部分は進んでいきません。
 
 
また、その発達に必要なのは、繰り返しの刺激ではなく、豊かな刺激、バリエーションのある刺激のほうです。
「一緒に遊ぶようにしたら、こんな遊びをするようになった」という話をよく聞きますが、実際に遊んでいる様子を見てみると、その遊び自体が学習だったということが少なくありません。
その子の発達状態から見て、その遊びは、おもちゃという道具を使った遊びは早いと言えるのに、しっかり遊んでいるように見える子がいます。
でも、その子の遊び方を見ると、遊ぶ順序・やり方がパターン化されている。
パターン化も、パターン学習という学習です、発達ではありません。
遊びの中の発達とは、本人自らやり方を考え、時間を忘れて没頭しているときに生じているものなのです。
 
 
よって、本人が発達に没頭できるような環境を用意すること、そのきっかけを提供すること、刺激が単調になるときにバリエーションを付け変化を持たせることが、周囲に求められることだといえます。
まさに、これこそが発達保障だと言えます。
学習を保障することも大事ですが、それよりもまず子ども達の発達を保障すること、子ども達が思い思いに自分の発達刺激を味わえること、育んでいけるような時間と環境を確保することが大事だと思います。
 
 
子どもの発達を後押しする親御さんの、さらに後押しをするのが自分の仕事だと考えています。
そのためにアセスメントを磨く必要があるのだと思っています。
子ども達が今、学習しているのか、発達しているのか、そのどちらが必要なのかをお伝えしていく。
子どもさんの何気ない行動、同年齢から見れば違和感に感じる行動が、どんな発達と繋がっているかを確認し、通訳していく。
親御さんも、発達の意義と、その行動と発達の繋がりがわかれば、焦る必要がなくなります。
 
 
繰り返しで行う学習なら、頻度と回数によって達成時期を早めることができますが、発達となればそんなことはできません。
一言で言えば、発達は時間がかかる。
もっと具体的に言えば、学習のように達成が読みづらい。
何故なら、繰り返しになりますが、発達とはタイミング、順序、何よりも本人が満足するか、やりきるかにかかっているから。
心地良くやり切れる環境は準備できるが、準備したからといって、その通りに事が運ぶとはいえません。
環境を準備するのは周囲であり、発達するのは本人だから。
 
 
自分もそうかもしれませんが、世の中、待ちきれない人が多くなっているような気がします。
パッと調べれば答えが出る、ワンクリックすれば欲しいものが届く、という生活に慣れてしまったからだと思います。
また親御さんの中にも、常に刺激を欲しているタイプの方、あれもこれも手をつけてないと落ち着かないタイプの方がいらっしゃいます。
そうなると、必然的に発達に関しても、すぐに結果が欲しくなる。
学習に関しては「短期間で効率よく結果を出す」と相性が良いですが、発達に関しては「無期限(本人次第)で非効率的(無駄や退行、遠回りが大事)で徐々にではなく突然結果が出る(ドカン)」という具合なので現代人とは相性が悪い。
ですから、子が発達するのを待てるためのサポート。
 
 
我が子が今まさに育てようとしているという姿が読みとれれば、ぐっと待つことができると思います。
同時に、我が子のために費やしたいエネルギーを子が育つための環境の方へ、発達ではなく学習の方へ導いていく。
子ども達の発達を保障するということは、子どもを信じ、子どもの発達する力に委ねるということだと考えています。
親御さんに求められることは、我が子の未来を想像しながら温かく見守ることと、本人がやりきるまで待ってあげることだと思います。
 
 


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