2020年2月7日金曜日

【No.1011】だましだましで生きてきた

1歳代の子ども達と関わっていると、「ああ、まさに発達障害の根っこは、ここと繋がっているんだな」と改めて感じます。
この時代から始まっている発達のズレを、そのままにしておくか、ちゃんとクリアし、本来の流れに戻しておくか。
そこが、これから続く長い人生に大きな影響を及ぼしていく入り口となる。


小さなお子さんから急に大きな人達からの相談があると、「だましだましで生きてきた」というフレーズが頭に現れてきます。
現在、困ったことがあり、相談に来られている。
しかし、「現在の困った」は、だましだましの結果である。
そんな風に思います。
何を“だましだましか”と言いますと、その手の使い方であり、その皮膚の感じ方であり、身体のバランスの取り方です。


私達は、空気を読みます。
でも、これはデジタルにではなく、瞬時に、特に意識することなく、その場の空気がわかる、察することができます。
一方で、発達に課題のある人達も、空気を読むことができます。
でも、その読み方は、経験や学習によるものが多い。
つまり、結果的に、その場の空気を読んでいるのには違いないけれども、瞬時に皮膚感覚として捉えられているか、知能知識として捉えられているか、に違いがあるということです。


ヒトは、スキンシップや自然からの刺激によって、皮膚を育てます。
その皮膚を育てきれなかった子が大きくなり、経験値の中から空気が読めなくなると、ショート起こし、「現在の困った」となる。
「現在の困った」に対処しようとすると、その場からの回避や周囲の配慮など、環境側をいじくりたくなるものです。
でも、そこじゃないし、それを続けていく先には、社会との分離しかまっていません。


認知的には問題なさそうに見える人も、よくよく見れば、だましだまし生きている。
左右非対称の動きをしていたり、足の裏に重力を感じることができていなかったり。
立っているようで立てていない。
歩いているようで歩いていない。
自分が存在しているようで、重力との付き合い方ができていない。
言葉で会話しているようで、そこにやりとりが存在していない。
一見すると、ちょっと変わった人くらいだけれども、本当は自分自身をもだまして生きている。
その本人も気づいていない“だましだまし”に騙されないのが、その人の支援者になり得るかどうかの答えになる。


ある程度、大きくなると、その身体、状態が通常になるため、本人も発達のヌケを抱えたまま、なんとなく適応できていることがあります。
「生活に適応できているから、いいじゃないか」という想いが浮かぶ一方で、それは今だけのサポートであり、人生のサポートにはなっていないんじゃないか、と私の中で葛藤が生じます。
成人した人達と関わってきて思うのは、なにかあったときに、踏ん張れるか、ぼきっと折れるかに、発達のヌケ、土台がしっかり育っているかが問われるように感じるのです。


ある若者は、親御さんは反対しましたが、「私はやる」と言って、ハイハイや寝返りなどを続けています。
親御さんからしたら、成人した我が子が、「何を今さら」「そんな赤ちゃんがやることで治るもんか」という想いがあるのもわかります。
でも、だましだまし生きてきた生活を育て直すには、やっぱり乳幼児期の発達、動きに戻る必要があるのです。
大人なんだから、「ハイハイではなく、ヨガなどのエクササイズ」では育たない。
ハイハイには、左右交互の動きを獲得するだけではなく、重力との付き合い方、首を動かすことでの視野の広がりなど、多岐にわたる神経発達が含まれているから。


胎児期のテーマは、安心と準備。
母体という安定した環境の中で、生命としての安心感を感じ、その中で手足を伸ばし、羊水を飲んで吐いて、呼吸の準備を行う。
乳幼児期のテーマは、重力とのお付き合い。
母体という前後左右のない環境から、下のある世界へと飛びだしていく。
まず、下である重力との付き合い方を身に付けていくことで、前後左右が現れ、運動発達が始まっていく。
重力を感じ、ちゃんとお付き合いできるようになることで、ようやく重力に抗う準備が整っていく。
「運動発達とは、重力に抗うこと、抗う力を身に付けること」といえるかもしれません。


幼い子ども達の中には、下を、重力を存分に味わう前に、付き合い方を身に付ける前に、なんとなく身体を動かせるようになっている子がいるように感じます。
見た目にはわからないんだけれども、なんとなく、だましだまし、手を使い、立って、歩いているなんてことを感じることもあります。
ですから、「そんなに急がなくていいよ、ちょっと戻ってやり直そう」が、子育てのメッセージになります。


ヒトの脳は、環境に適応するために作られている。
ですから、適応するために発達するし、適応しちゃったら、その部分で発達しない。
発達のヌケを抱えたまま、適応することもある。
だけれども、その適応は、環境の変化に弱くて、脆い。
その脆さを見通し、土台から発達を後押しするのが、支援者の役目。


“だましだまし”に一緒に騙されているのでは、支援者とは言えませんね。
1歳代の子ども達から改めて多くのことを教わっている今日この頃です。


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【業務連絡】

関西出張(2月21~24日)の空いていた1枠は、広島のご家族の発達相談にしました。
ちょうどタイミングよくご依頼がありましたので。
関西出張のアナウンスに協力してくださった皆様、誠にありがとうございましたm(__)m
只今、関西出張募集のブログは削除しました。
またの機会に、よろしくお願い致します。

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