2019年1月27日日曜日

情報量で優位さを持てなくなった専門家

若い世代の人達とお話をすると、元気が出てきます。
自分の意見をちゃんと持っているし、「絶対に治してみせる」「自立してみせる」「幸せになってやる」、そんな強い気持ちがひしひしと伝わってくるからです。
自分で立てた目標のために、調べ、行動する姿からは、明るい未来、より良い社会を感じることができます。


「ゆとり世代」などと、どちらかといえば、ネガティブな感じで語られることが多い世代ですが、全然そんなことはなく、むしろ、その主体性と行動力は素晴らしく、見習わなければならないと思います。
だいたい、「ゆとり世代」などと言っている人間は、自分が社会からどんどん取り残されていくことを感じていて、その反動として、自分より下の世代を揶揄しているだけですね。
自分の不安を、下の者を想定することで安心しようとする、といった古典的な対処法。
自分が常に向上心を持って成長できているのなら、「〇〇世代」などとクダラナイことを言って、自分を慰める必要はないのです。


今の若者たちも、いずれ結婚し、家族を持つことでしょう。
そういった世代の人達に、発達に遅れのある子どもが生まれたとします。
そのとき、彼らはどういった行動をとるでしょうか。


今の若い親御さん達もそうですが、発達に遅れがあるなしに関わらず、子どもの発達、子育てについてネットで小まめに調べています。
保健師さんが気づく前に、発達障害に気が付いていた親御さんが多くいます。
健診を待たずとも、手元で情報を得られますし、それが当然の環境で育ってきた親御さん達。
情報量だって、ベテラン保健師さんよりも多い可能性だってあるのです。


以前ですと、持っている情報量は、圧倒的に専門家の方が多かったといえます。
だから、論文、原書を平気で誤訳したり、意訳したり、自分の都合の良いように端折ったりしても、大丈夫だった。
だって、一般の人は自分で調べる手段がなかったから。
江戸や明治と一緒。
留学した人達が言ったことを、権威が言ったことを、御上が言ったことを、「ははぁ~」と聞いて、それに従うのが一般庶民であり、ムラ社会で生きる術だった。


しかし、現在は、調べようと思えば、誰だって調べられる社会です。
圧倒的、優位さを持って抑えられていた情報量において、専門家も、素人も、違いはなくなってきました。
むしろ、素人の方が、新しい情報を持っている可能性だってあるのです。
そうなれば、情報を持っているかどうか、つまり、専門的な勉強をした、免許や資格を持っている、だけでは、支持されないし、そこが評価対象、信頼とはつながらなくなったということです。
知識オタクが専門家を名乗れなくなったのです。
知識勝負ではなく、実力勝負。


発達障害に関して言えば、これからますます結果が求められるようになるでしょう。
つまり、行っても行かなくても変わらないところには、誰も通わなくなる。
ただ知識を持っているだけで、「様子を見ましょう」「成長と共によくなりますよ」としか言えない専門家は淘汰されていくはずです。


自分が立てた目標、願いをとことん、どこまでも果てしなく調べ、追及することが身についた人達には、「地元には、良い施設がないけれども、仕方ないから通います」「〇〇ちゃんちが通っているから、うちも」なんてことはあり得ません。
情報はボーダレスなので、地域にこだわる必要はありません。
それに、得た知識を元に行動できる人達ですので、自分で色々やってみようとする。
すると、専門家に頼らずとも、地元の支援機関とつながらずとも、自分たちで治していく人が増えていくでしょう。


みなさんの地域で、でかい顔をしている専門家の姿を思い浮かべてみてください。
その人達は、5年後、10年後、そのままトップでい続けることができるでしょうか。
年齢的なものもそうですし、今の10代、20代の若者たちが親となったとき、その人達のニーズに応えられるようなものを提供できているでしょうか。
その世代の親御さん達に対し、堂々と「治りません」と言えるのか、対処法だけで満足させられるのか、「一緒に建物を青くしましょう」と言えるのか…。


どこの地域とは言いませんが、相変わらず、「治るなんてインチキだ」「あそこを利用したら、うちを利用させないぞ」「文句があるなら、仕事(利用者)を回さないぞ」など言っている。
昭和の任侠映画ですかって感じ。
それにおびえて、「この地域で生きていくなら」「将来的にお世話になるから」と顔色を伺い、同時に親御さん同士で飛び抜けないようにけん制し合っている。
「私も辛いけれども、あなたのうちも辛いのね。だったら、私は安心」


だから私は、若い世代の親御さん達、これからの世代の人達の方を見て、そしてその人達のニーズに応えられることを目指していこうと思っています。
昨年あたりから、2歳、3歳の親御さん達からの相談、援助が増えました。
地域だって、道外ばかり。
自分で良いと思ったものに、どんどん飛び込んでいける親御さん達です。
ですから、若い世代の親御さん達に、家庭での発達の後押しの仕方、育み方をお伝えすることで、どんどん治していく、それこそ、DSM-5で記されているように、『diagnosis is no longer appropriate』な状態にまで育っていくことを目指していくのです。


その地域で治した人がいても、「もともと違った」「軽かった」といえば、一応、抑えられていた時代があったわけです。
でも、今は、一家族が治せば、同じ時代を生きる、いや、未来の子ども達、家族たちの希望にもなれる時代です。
ブログやツイッターなどのSNSで、どんどん発信していけるから。


これから10年も経てば、治った子ども達、大人たちの情報は、今よりもずっとすぐに見つけられる、検索に引っかかるようになるでしょう。
そうなれば、治った子ども達、治した家族たちの間で、情報交換がなされ、より良いものが作り上げられていくはずです。
だって、自分で目標をたて、それに必要な情報を集め、そこから行動や創造をしていける世代の人達だから。
なので、私の賞味期限も、残すところ10年なわけです。
治ることが、家庭で、子育ての中で治っていくのが自然になれば、知識量でも、技術の質でも、専門家のニーズはなくなるのです、私は待ちどおしい!

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